| ●信号について |
もっとも、赤信号を渡るかどうかは、結局はその人次第で、赤信号でもさっさと渡る人もいますし、皆が渡っていても律義に待ってる人もいます。一人が渡りだしたら全員一斉に渡ると現象もあまり見かけません。気のせいかも知れませんが、僕の場合、こちらの生活テンポになれてくるにつれて、以前ほど赤信号にイライラしなくなって、呑気に待つようになった気がします。
ただし、十分に慣れるまでは、車両の流れや車両信号を見て、予測/見切り横断をするのは極力やめた方がいいです。なぜかというと、車両信号のサイクルが日本と違って複雑(先に青矢印の右折信号が出たり、また「赤矢印」というのもある)なうえに、各交差点毎にサイクルが違いますので、日本の感覚で安易に予測すると、早合点して間違える危険があるからです。信号サイクルは長年自分で運転してる人ほど無意識に染み込んでますから、特に意識的になった方が良いでしょう(僕も、一遍これで轢かれそうになったことがあります)。
歩行者用信号は、日本のように人のシルエットが描いてある信号もありますが、「DON'T WALK」「WALK」という文字が書いてあるものもあります(これも赤青の色分けで分かるでしょう)。

また押しボタン式(電柱などに無骨な円形の金属板がついている)になっていて、誰も押さないと車両用信号が変わっても歩行者用信号が変わらないのでいつまでも待つ羽目になることもあります。

横断歩道は日本と同じように横白線が入ってゼブラになっているところもありますが、多くは縦に白線が引かれているだけです。

車両の制限速度は町中で60キロ(50キロにしようという話もありますが)、郊外は100キロとなっています。道路が混雑気味の都心部から外れて郊外に出ると、遠くに見えている車も案外すぐにやってきます。日本と同じ距離/安全感覚でいると危険な場合もありますので注意。
| ●知らない場所への行き方(住所表示の読み方) |
@法則その1:すべての道には名前がある法則
A法則その2:「地番」ではなく「建物番号」である法則
これら二大法則を適用することによって、住所さえわかれば現場に行ってもほぼ確実に「この家」と確定ができます。ですので、第二章でも述べましたが、地図を買われるのであれば出来るだけ通りの名前が細かく書かかれているものが重宝します。
なお、郵便の宛名などの住所表示ですが、日本は「東京都新宿区......」と大きい地区から順に範囲を狭めて最後に名前にいきますが、こちらは逆で、最初に名前→建物番号→通りの名前→地区の名前の順番になります。例えば、「22 Roberts St. Camperdown、NSW 2050」と住所の意味は、「NSW(ニューサウスウエルス)州のキャンパーダウン地区にあるロバーツ通りの22軒目の家」という意味です。「2050」というのは郵便番号(ポストコード)です。
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地図で見ると近く感じても、実際に歩くとかなり距離がある場合も多いです。推測するに、これは区画が日本よりも大き目に作ってあるので、「通り三本(三区画)向こう」と言ってもその一区画が広いのではないか、当地での道と道との間に日本ならばさらに道が2〜3本くらい入っているのではないかと思われます。したがって、そもそも相対的に道の少ない当地の地図を日本の感覚で見ていると、「なんだ、すぐそこじゃないか」と思うのですが、いざ現場を歩くと、行けども行けども次の通りに辿りつかない、直感で適当に歩いていると結果的に小回りをしてしまい道に迷うということになります。
![]() また、意外とシドニーは坂道が多いところです。小一時間も歩いていると結構疲れます。この疲労感もあって、「もうこの辺りだろう」と希望的推測で小回りをしてまた道に迷ったりもします。こまめに通りの名前を確認しておくと良いでしょう。
![]() 地図で見ると、特に都心部などは碁盤の目のように道が整然としているかのようですが、かなり曲がりくねっています。また、大きく湾曲していたり、微妙に斜めに走っていたりするので、余計始末が悪い。現場を歩いている限りは真っ直ぐ進んでいるように錯覚するからです。
![]() 住み慣れてこないと、どこもかしこも風景が似たりよったり(特に郊外住宅地)ですので、これも方向音痴になる原因の一つでしょう。どうしてこんなに似て見えるのかというと、@そもそも風景に慣れてないとどこを見ても「外国の風景」という具合にしか認識されないこと、Aなまじ煉瓦造りで耐久性があるものだから、その昔開拓時代にまとめて作った(造りも外観も同じ)住宅が多いこと、B目印になるようなマンションなどの高層ビルが少ないこと、C広告看板の類もあるのですが、日本のように駅前に林立しているわけでもないこと、などが考えられます。
![]() もう一つだけ付け加えると、南半球ですので太陽が北にでていること。
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