ワーホリの部屋
ワーホリ体験メールインタビュー
SHAIさんの場合(その2)
次に、日本人ワーホリの様子ですけど、何か感じたことはありますか?
僕は日本人のワーホリには、日本人だけと積極的につるむ人(またはそうなってしまった人)、日本人だけと積極的につるまない人と別れると思います。それは個人の目的やスタイルによって違うから、まぁ人それぞれだと思います。
僕は後者だったのですが、失敗だったのは無理に日本人との関係よりも外国人との関係を重視したことです。正直日本語話すやつが日本にいる友達とか家族しかいなくて、きつかったときも結構ありました。やっぱり日本人・外国人関係なく面白そう、なんかこいつこいつ考えてるぞと思ったやつと話していくのが良かったかなと思いました。
それを「失敗」だと思えるSHAIさんは、すごいと思いますよ。
実は先日も昔のワーホリ体験のある方から「最近のワーホリはなってない」みたいなメールを戴いたんですよ。まあ「今の若いモンは〜」みたいなことで、その人も僕から見たらずっと年下なんですけど(^^*)。なんか、日本人が日本人とツルんでいる事が自体が、なにか良くない事、情けないことのように思い過ぎてる傾向ってあるように思います。「折角海外まできて日本人ばかりと」という。
これは僕もそう感じてたことも無いわけではないから気持は判るんですけど、でも同時に、もうそろそろそういう貧乏臭い発想は止めたらどうかって気もするんですよね。オーストラリア人の友達が多い方がエラいとかさ、そういうのって結局コンプレックスの裏返しでしかないし、「海外」を神聖視しすぎてる気もするし。「折角オーストラリアまで」っていうけど、今だったら5〜6万で来れますし、「折角」というほどのイベントでもなかろうし。日本にいるアメリカ人が、他のアメリカ人を指して「あいつはアメリカ人とばかり付き合ってる」って馬鹿にはしないと思うんですよ。これって結局、日本の英語学校で、日本人教師よりもガイジン教師の方が人気があるとか、同じ外人でも西欧系ブロンドの人の方が人気あるとかいう、ガイジン=珍しい=話のネタ&ステイタスとかいう、ある種貧乏臭い状況と同根かなって思います。
確かに本当はオージーとつきあいたいけど出来ないという、語学の壁とかメチャクチャありますし、やりたくても出来ないから仕方無しに日本人とだけ付き合うという「情けない」状況はあると思います。でもそれはしょーがないよね。その程度の語学力だったらこの程度ってのは厳然とありますし、後でいくらでも挽回の機会はありますし、情けなさに甘んじるしかないんですよね。なんとか馴染もうとして、異様に無理してハイになって、ノリノリでやってて逆にオージーに失笑を買ってるのもどうかと思うし。
ただ、一つ、問題があるとしたら、自国のカルチャーにこだわる余り、他のカルチャーに対するレスペクトを欠くのはマナー違反だということでしょうか。別に無理して溶け込まなくてもいいけど、逆にバシャってシャットアウトしちゃうのは失礼だし、周囲が全然見えてないという意味ではコドモでもあるでしょう。それは同じテーブルに日本語が分からない人がいるのに平気で日本語ばっかりで喋るのは止めようとかそんなことですし、郷に入れば郷に従えってことでもあります。他人を不愉快にしてまで自分が気持ち良くなる権利はないし。
自分の家の近所の公園に、日本語の通じない外人が集団でタムロしてるなど、得体の知れない集団が近くにいたら誰だって気色悪いです。そんな部分があるからポーリンハンソンあたりに「アジア人はオーストラリア社会に溶け込む気がない」なんて言われちゃうんでしょう。集団でタムロしてても別にいいけど、得体が知れないわけではない、ちゃんとコミュニケート可能なんだよってことは示しておけばいいんでしょうし、「溶け込む」ってのはそういうことだと思います。
だから、SHAIさんが、結局人としておもしろい人、自分の実になるかどうかで考えればよかったなって反省されるのは、すごくクレバーな認識だと思うし、それだって一通り努力したからこそ言える言葉だと思います。確かに人間的に詰まんないオージーだって幾らでもいますもんね(^^*)。
インターネットなどの使用はされましたか?
日本人の友達にホットメールのことを教わって以来これを使っています。あっちでは、市の図書館を使っていました。ただだし。タスマニアを旅行していて、人口700人ぐらいの町の図書館でインターネットを使える施設があるなんて、日本じゃ考えられないですね。
そういう公共的な部分では、結構発達してますよね。インターネットそれ自体は日本の方が発達してると思うし、個人ユーザーもずっと多いのですが、政府公共関係での取り組みということになると、こっちの方が良く出来てたりしますよね。
それと、タスマニアで思い出したのですけど、新聞記事で読んだことがあります。一種の「村おこし」として、過疎地域がインターネットを通じて活性化させようという試みがアチコチであるという。タスマニアでも確かやってたような記憶があります。またそういう回線インフラを充実させることによって企業誘致をしようとか。オーストラリアのテレホンセールスの拠点というのは、地代の安い田舎に置くようになってるらしいとかいう話も聴いたことがあります。
次に、皆に聞く質問ですが、「行けばなんとかなる」って、そう思いますでしょうか?
確かにいけば何とかなりますが、それはせいぜい「何とか」であり満足いけるものになるとは思えません。僕も何とかやった口でしたが、もっと日本にいるあいだから予定を考えるべきだったと思います。だから日本での予定を考えるのとオーストラリアで実行することの両方が大切だと思います。
何とかはなるけど、「何とか」しかならない、ってことですね。
ただ、じゃあどういう予定でどういう準備をなすべきか?が次に問題になってくると思うんです。僕としては、情報として得られるのは限界があるし、基本的には「英語力」「頑健な生命力」「タフなハート」という素材を磨くくらいかなって思いますが、いかがでしょうか?
今から考えるとなんか情報誌とかに載っているマニュアル通りのワーホリをしてしまったような気がします。だから武勇伝とか言われても、強いて言えば初めてホモにあったことくらいですかね。
こっちに帰ってそれなりにやってきたことを話すのですが、いまいち受けません。本当に飲み会とかで苦労しています。あっちが僕に期待して面白い話をさせたいというプレッシャーは、もしも僕が逆の立場だったら期待するからしょうがないと思います。ただ、こっちはあっちでのアウトバックでの何もない自然の荒々しさ・カルチャーショックなどを言ってもあまりうけず、逆に下ネタを(飲む相手が男だからかもしれないけど)聞いてきます。当然といえば当然かもしれないけど、そればかりは勘弁してよ。もっと他のことに興味を持って聞いてよと思います。
「マニュアル通りのワーホリ」といい、「ステレオタイプの皆の視線」といい、鋭い指摘だと思います。
これは先程TAFEのボランティアのところでもチラッと言いましたが、これだけワーホリが当たり前になって、やる人も多くなると、気軽に出来るという反面、多くの人が踏みしだいた「道」みたいなものが自然にできちゃって、一長一短かなって気もするのですね。
やる人が殆ど居ない状況だったら、情報もありませんが、逆にマニュアルもヘチマもありませんから、もう自分でやってくしかないのですね。APLaCでも情報を発信してますが、最近は「あんまり役に立ちすぎてもイカンかな」ってセーブしようと思ったりもします。同じ情報提供にしても、「なんといってもこれが一番」みたいな絞り込むような形ではなく、コレもあるけど、アレもある、という具合に、拡散するように、自由に広がっていくような提供の仕方でないと、結局決め付けるようになるんじゃないかって恐怖もあります。
ワーホリもメジャーになってきたら、極端な話、超長期のパックツアーみたいに作りこんでいく事も可能だと思うんですよ。最初語学学校行って、ホームステイして、次にシェアを見つけてバイトして金貯めて、車皆で買ってラウンドして、、って。パターン化していってしまう。やっぱりこのインタビューで皆さんが語ってるように、ある人は結婚相手を見つけちゃったり、ある人は永住権を取ったり、後々ぶわっと広がっている感じがいいんだろうなって思います。
ただ、それも何か派手なことがあればいいとかそういう問題でもなくて、まさに思春期や学生時代がそうだったように、単に悶々としてるだけであっても、それはそれで実は大きな意味があったりしますもんね。僕が書いてる雑記帳にせよ、あんなの70%は高校時代の遺産で書いてるようなもんですから。
さて、そのラウンドですけど、どのような旅になりましたでしょうか?
シドニーからタスマニア経由でアデレード、そこからエアーズロック、下に降りてエスペランス周りでパースに行って終わりでした。ちょうど半周ぐらいしたことになりますね。僕はバスで一人で行きました。ただ、バスというのは途中下車ができないのが難点ですね。もし機会があったら車で残っている北半周をしてみたいと思ってます。
旅行中の1番の思い出は、フリアコ中で参加してアデレードからエアーズロックまでキャンプするツアーに参加したことです。日本人は僕しかいなかったけど、みんな面白い奴等で、最初は不安だったけど、最後ではみんな仲良くなっていました。ラッキーベイは確かにいいところでしたね、あとは自分だけのお気に入りの場所を見つけてみてはどうですか?僕はタスマニアのスミストンの下にあった"the edge of the world"という景色が本当に世界の端っこをイメージさせたので、そこは本当に荒々しいところでした。
タスマニアに行った方というのは初めてかな?僕らもタスマニアは行きましたが、良かったですよね。
久しぶりに日本に帰ってきての印象はどうでしたか?
変わってないなぁ。歩いているのはほとんどが日本人なのは、オーストラリアと比べると不思議な感じがしました。
ああ、なるほど。僕が最初に帰国したときも、こんなに大量の日本人を見たのは久しぶりだったし、こんなにスーツ姿の大群を見たのも久しぶりでした。
さて、ワーホリ経験が帰国後の就職に有利になると思いますか?
思います。英語力がついただけでなく、オーストラリアを見てきて、日本とこんなところが違うんだと文化の違いを肌で感じることができたからです。ただ僕の場合は、これから就職活動をするので、仕事を辞めて再就職とは違うので有利ではなくあまり関係のないのかもしれませんね。
「ワーホリやってよかった」と思うことは?
まず、ワーホリという時間のなかで、自分の将来について考える時間が持てたというのがあります。大学を休学しなかったら、周りに流され就職してしまったかもと思っています。あと、数が少ないですけど外国人の友達といっしょに英語を勉強し、いっしょに飲んだりと、いっしょにいれた時間を持てたのもうれしかったですね。
逆に「ワーホリなんかしなきゃよかった」と思うことは?
ないです。帰ったときにみんなの注目を受けるとか、同じ学年の人が1歳下になっている(休学したから)というのは、ワーホリのリスクだと思っているからそれは仕様がないと思ってます。
ワーホリして事によって、自分が変わったと思う部分はありますか?
ここですね、1番のポイントは。正直言うと、変わったことに自分で実感できてないのか、それとも変わっていないのかがわかりません。さっき言った、カルチャーショックなどでのオーストラリア、外国、日本のイメージというか知識が変わったのは確実ですけど。
帰ってきて友達から、「自分の変わったところを自分で言えないようじゃ駄目でしょう。」と言われ、ショックでした。このことについては、自分ではっきりさせたいです。だから、この質問項目を書いているんです。
さて、ここからですねSHAIさんのメインの論点は。
まずSHAIさんの場合、大学3年次において「このまま流されてっていいんだろうか?」という問題意識が発端だったとわけですね。だから、ワーホリを終えて、これから卒業、就職を迎えるにあたって、それが以前のように「流されてる」と感じなくなったら、とりあえず初期の目的は達成されたとも言えませんか?
そうですね、昔の様にみんなに合わせて何かをすることは確かに少なくなりましたね。
今は新たに再スタートの状態ですから、これをやらなければ、これをやりたい、というのが見えてきました。就職に関しては、以前は「時間が欲しい」でしたけど、今は就職して自分を磨きたいと思ってます。
なるほど、充分な成果と言えるのではないでしょうか。
では、次に、もう少し掘り下げるならば、なぜワーホリ前は「流される」と感じたのか?それは、これまで目の前にある選択肢=それは例えば就職or進学、進学だったらどの大学、どの学部というセットメニューの中から選んできた、あるいは「選ばされてきた」なかで、今後さらにベルトコンベア状態が続いていくんじゃないかという漠たる恐怖でしょうか?そして、その恐怖の実体とは何なのでしょうか?
選ばされてきたというか、以前の僕は大学に行くことしか(こんな勉強をしたいではなく)考えていませんでした。その恐怖の実体は僕は、「その自分自身の人生の決定を一体誰が決めているのか」だと思います。
自分の人生は自分のものだから、自分が決めたいじゃないですか?でも、大学に入るまで、ワーホリ行くまでは、親や兄弟、友達などのまわりを気にしすぎて決めていたと思っています。参考や話を聞く程度ならいいが、「まわりがこうするから、こうしよう」とまわりからはみださないようにしよう、いじめられないようにしようというのは、知らずのうちに培ったものだったと思います。
ただ、そんなのを我慢して世間ばかり気にして生きていく、世間体ばかりにこだわるのは、それこそ”bull shit”だと思ってます。でも、いきなり「これからはまわりなんか見ないぞ」って言ったら、今度は逆に不器用な生活をしそうなので、周りを見つつ、そして自分を冷静に見るようにします。
確かに不器用にはなりますが、意思ある不器用さは、意思なき器用さよりも優ると思います。
僕も高校時代この漠たる恐怖はありまして、結構焦ってました。でも、とりあえず司法試験受けて検事になるんだという方向性が決まったらすごい楽になりました。仕事辞めてオーストラリアに移住しようと決めたときもそうです。雑記帳の「原始感性」のところでも書いてますが、心の根っこの部分でピピピとくるものにぶつかったら、方針が見えて楽になる、と。
SHAIさんが僕と同じかどうかはわかりませんが、同じだとしたら、耳をすませてピピピがやってくるのを待ちたかったのだけど、日々の営みの中でそんな悠長なことはやらせてもらえそうになかった。だから忸怩たるものが残り、思わず「ちょっとタイム!」と言いたくなった。そんな感じじゃないですか?
もし仮にそうだとしたら、ワーホリ行ってきたことによって、じっくり腰を落ち着けてピピピを待つんじゃ!と腹が据わってきたなら、換言すれば周囲の雑音に対する抵抗力が強くなったとしたら、大いに事態は好転してると言えるでしょう。あるいは、ピピピ受信感度がよくなるという変化もあるかもしれません。そのあたりはどうでしょうか?
うーん、そうですね、まず、ピピピですけど、なんかの直感?ですか。感じるときもあるけど、それが自分の将来に対するピピピってのはないですね。野球を見てて、「なんかこいつホームラン打ちそうだな」と感じるピピピはありますけどね。
これが「ピピピ」というのでは、ないですけど、こんな人生を送れたら楽しくなるだろうというのは、あっちで結構感じました。親と山登ったり、自然なままの大自然で友達とキャンプをしたり、趣味など大切にするとか、とにかく僕はあっちに行って、「人生のゆとり」・「人生は楽しむために生きるものだ」というのを切に感じました。これは、これからの僕の生活の1つの核になると思っています。
ふむふむ、「これだあ」って道がクリアに見える、あるいは将来見えるんじゃないかという感覚は今一つこないけど、生きていく座標軸みたいなものは何となく見えてきたという感じですね。
そういえば、ちょっと質問の趣旨からズレるかもしれませんが、あっちに行って良く思ったことの1つに、「自分の経験のなさに腹が立つ」と憤慨してました。
あっちでは日本人のワーホリでも、外国人でも経験・こだわり・趣味みたいのを持っている人がいっぱいいました。年上が多かったからかもしれませんけど、仕事を見つけるためには、経験・資格が必要だけど、僕はゲーム屋のバイトしかしたことがないから難しい。仕事だけでなく趣味も恋愛も人間としても、何か力不足を感じていました。
僕は日本での修行がもっと必要だと思っています。将来は海外で働きたいと思っていますが、僕はまず、日本で働いてその日本の労働の良さを経験して、海外に行きたいと思います。
自分がまだまだ未熟じゃないかってのは、34歳の時点でも僕も感じてました。なんというのか、一応弁護士やって、年収も1000万とか越えたりして、皆に「先生」とか呼ばれて、それなりに経験も積んで、それでOKか?というと、自分ではあんまりOKじゃなかったですよ。人間としてもっとベーシックな部分というか、厚みというか、そのへんが「もしかしたら、全然なってないんじゃないかな」って気持はありました。
で、来てみたら、やっぱりそうだったってのはあります。日本にいるとあまり使わないで済んでしまう、基本的な人間力みたいな部分を要求されますからね。例えば、初対面の人の警戒心を一発で解いてしまうような素敵な笑顔ができるか?とか、世界中どんな民族どんな年齢の人とサシで話し合ったときでも、卑屈にならず傲慢にならず、対等に豊かな会話ができるかとか(これは語学力以前の問題として)。
さて、多くの得難いモノを獲得してきたと思うのですが、よりクリアにするために、意地悪な質問を一つ。
「1年休学して大事なサムシングを見つけるんだ」というトータルとしての行為ですが、それは結局モラトリアムというか、「働くのカッタるいから社会に出たくない」「いつまでも子供のままがいい」という、逃避的執行猶予と何処が違うか?ということです。
はい、モラトリアムと言われてしまえば、働くのカッタるいなと思ってた部分は正直言ってあります。
それに、僕は現役で大学に入り、22で卒業するのも23で卒業するのもたいして変わらないと思ったから、1年休学してワーホリに行った理由の1つです。そういった時間的余裕感覚、それももしかしたら、モラトリアムというのかもしれません。
僕は行く理由はそのモラトリアムでも良いと思ってます。ただ、僕の場合は「就職を遅らせたい」「子供のままで無責任でいたい」というのは、あくまでもきっかけにすぎなかったと思います。僕はオーストラリアでの経験から、自分が歯がゆかったので、さらに経験を積むために日本で仕事に就いて、また違う視点を得たいと思います。
僕自身あっちに行って自分の無力さを知り、もっと日本で修行しなければと。だからワーホリでこの年齢で行ったのは早かったのかもしれないが、このことを感じたのは良い勉強になったと思ってます。
意地悪な質問でしたが、ありがとうございました。
確かに、動機なんか何でもいいのかもしれませんね。それが「まだ働きたくないよ〜」というモラトリアムであってもいい、問題は行った先で何を掴んで来るかである、と。
モラトリアムで始まって、モラトリアムで終わって、終始逃げ回ってたら進展はないでしょう。でも、そうかといってモラトリアムを排して、このまま何がやりたいのか、どう生きるべきか軸も何も見えないまま、心に「なんだかなあ」というわだかまりを残したまま就職するのが常に優れているのかというと、別にそういうことでもないのでしょうね。
大事なのは、自分が本当に納得できるかどうか、人生の主導権を奪回できるかどうかなのでしょう。
ほんとは、中学高校時点からそーゆー「結局、アンタは何がしたいの?」という問いかけが終始なされていてしかるべきなんですが、今の(僕のときも)日本社会はあんまりそういった具合にはなってないですよね。
でも、これは若い人だけの環境ではなく、社会出てからも同じですもんね。30代でも40代でも50代でもそれ以上でも、「俺はやりたいことを目一杯やってるぜ!」と言える人がどのくらいいるか?という。自分がやりたいことやってないと、子供や若い人にそういう問い掛けをするのを忘れてしまうのかもしれないなって思います。逆に「やりたいことが出来ないのが世間」「諦めるのが人生」みたいになったりして。んなことやってるから、ウォルフレン氏に「日本人の宗教はシカタガナイ教」とか言われてしまうんでしょうね。世間は確かにキビシーですけど、その「厳しさの認識」と「あきらめ」とは本来、全く次元が違う話なんだけど。
もう一度、ワーホリ生活をしてみたいと思いますか?また今度、オーストラリア(あるいは海外)に行くとしたら、どんな生活をしてみたいですか?
就職して何かしらチャンスがあったら海外にはもう1度行ってみたいです。そこでワーホリを使うかどうか、留学をするか、旅行にするかはわかりません。でも今度オーストラリアに行くときは、気の知れた奴と車でオーストラリア残りの半周をしてみたいと思ってます。
これからワーホリを考えている人たちに、アドバイスするとしたら、どんなことでしょう?
じっくり何をしたいか、日本で考えて、それからオーストラリアに行けばいいと思います。なにかこれからの趣味にでもしようとすること、テニス・スキューバ・トレッキングなんかをあらかじめ考えていくといいんじゃないでしょうか。
やがて自分に子供が出来て、「パパ or ママ、オーストラリアってどんなところ?」と聞かれたらどう答えますか?
前のワーホリ体験記を書いた人が行ったとおり、オーストラリアでは手付かずの荒々しい、日本での美しさとは違う、美しさがある豊かな国だと思います。それに、治安とバッパー体制は整っていますから、誰でも安く自分の好きなように旅と生活ができる国だと僕は思っています。
以上が僕のワーホリ体験記です。書いていないところは、みんながしていることや考えるところと同じだと思ったので省略させてもらいました。
−ありがとうございました。
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