ワーホリの部屋
ワーホリ体験メールインタビュー
MANAさんの場合(その2)
24.ホームステイは経験しましたか?どんな感想を持ちましたか?
この欄については書いていくととんでもなく長くなってしまいそう・・・。
私は三つのホームスティを経験した。そしてどこも大当たり!
はじめは学校で紹介されたホームステイ。
3,5,8歳の女の子がいる家庭だった。子供が好きだった私は放課後毎日彼女達と遊んだ。かわいくてかわいくてしょうがなかった。
学校で英語が話せなくて、くやしくてストレスがたまった時も、彼女達と遊ぶことでストレス解消できた。子供とはいえネイティブ、彼女達の会話から学ぶことはたくさんあった。
また、ホストファザーもホストマザーもとてもいい人達だった。毎晩夕ご飯の前後に話しかけてくれたし、話しかける時もゆっくりわかりやすく話してくれた。おかげで私も「もっと話したい」という意欲がでてきた。
ホームステイをしている間に、イースターや子供の誕生会があり、そういった行事を生で見ることができたのもよかった。
私にとってはじめてのホストファミリーだったので思い入れは深い。
家を出てからも、月に一回くらいの割合でお菓子を持って訪問していた。
あちらもはじめての生徒だったせいもあるが、毎回とても喜んでくれて、あたたかく迎えてくれた。
2番目のところは、ホームステイのエージェントの人に依頼して紹介してもらった。
はじめは最初のホームステイとの違いに戸惑ったり、最初のホームステイと比較してしまってなじめなかった。
そのうち、2番目の家族のよさが徐々に分かってきて、居心地がよくなり、一番長く滞在したのがここだった。
ホストマザーは本当の母以上になんでもうちあけて相談に乗ってもらっていた。彼女はどんなに仕事が忙しくても私の話しに耳を傾けてくれた。
私にとってホームステイはオーストラリアを知る方法の一つだった。
一般家庭の生活を知ることで、オーストラリアの人の物の見方、考え方を知ることができた。そして、いつも生の英語の勉強ができた。
子供のしつけのし方、叱り方、誉め方、夫婦同士の会話、家族団欒の時の会話・・・。大げさに言えば全てが良い「教材」になった。
どのホームステイの人も親切で、いつも私を助けてくれた。
すごくありがたかった。日本の自分の家族がもし同じように留学生を受け入れたらここまでできるだろうかと何度も思った。
彼らには彼らの生活があって、それだけで大変なはずなのに、私を受け入れてくれて、本当の家族のように大切にしてくれた。
まだ英語が話せなかったときはゆっくりと分かりやすく話してくれた。
「会話してあげよう」という態度ではなく、本当に自然に私に話しかけてくれたし、私もまた聞き漏らすまいと一生懸命聞いた。
仕事で疲れていたりした日もあっただろうが、皆きちんと私と向き合ってくれた。とても感謝している。
彼らのことを抜きにして私のワーホリ生活は語れない。
25.渡航前の英語力はどの程度でしたか?不安を感じましたか?
行く前に英検2級をとった。会話が全くできなかったので不安だった。
26.ラジオの天気予報は聞き取れましたか?
はじめの方はラジオを聞いていなかったので分からない。
ワーホリ生活後半になってラジオを聞くようになり、その時は(完璧ではないが)聞き取れた。
27.英語できなくて大恥かいた話はありますか?
恥・・・というより悔しい思いをたくさんした。
話したいことは山ほどあって、いえるのは10分の1。
単語が出てこなかったり、知らなかったり、忘れたり・・・そうしているうちに相手の顔がしらけていくのを何度も悔しい思いをした。
今でも忘れられないのが、パブでの出来事。
来たばかりの頃、友達に連れられてビリヤードの場所にいったら、「対戦しよう」と現地の人にいわれた。自分の番でない時、彼らが話しかけてくれるのだが、とにかく緊張し、何もいえなかった。
28.ワーホリ期間中に英語力は伸びたと思いますか?また、伸ばすためにどのような努力をしましたか?
伸びた。
正確に言うと、「外国の人と話す度胸がついた」と思う。
はじめは挨拶もできなかったが、終わりのほうは普通に生活していて困らなかった。
私の場合、英語の問題もあったがコミュニケーションの問題もあった。
はじめの方は緊張して人とうまく話せなかった。言いたいことがつっかえてでてこなかった。
ホストファミリーとなるべく話すようにし、他の国の人達と話すようにし、とにかく会話の回数を増やすようにした。
また、テレビやラジオでのリスニングも意識してするようにした。雑誌や、街の広告などをみてフレーズの意味を考えたり、分からない単語をメモして意味を調べた。
しかし、働くようになってから机の上の勉強をしなくなった。仕事で使う単語は限られていたので、単語力は横ばい状態のままワーホリ生活を終えてしまった。
29.ワーホリ生活の中で、英語力はどれくらい必要でしょうか?
英語力、というか英語は100%必要だと私は思った。
生活のどこかで使う。
英語力がなくても暮らしてはいける。特にシドニーは日本人向けの情報センターがたくさんある。そこに行けば日本の漫画やCDや雑誌、新聞などがあって、情報収集には困らない。お店に行って普通に買い物する時も、最低限の英語で通じる。
けれどやはり英語ができたほうが面白い。
色々な国の人と話しをする時に使うのはやはり英語。テレビやラジオ、雑誌や新聞だって、英語が分かったら面白みも違う。
30.シェア(共同生活)しましたか?
現地の人や違う国の人と一緒に住むというスタイルでのシェアはしていない。
ホームステイを紹介してくれたエージェントの人に、シェアを探してもらって、「ホームステイだけど食事は自分で作る」という感じのシェアをした。
お母さんと息子さんの二人暮しで、二人ともいい人達だった。
32.どこ(街、エリア)で暮しましたか?
ラウンドに出るまで、ボンダイまたはボンダイ・ジャンクションあたりで住んでいた。比較的治安も良く、お店もたくさんあって便利だった。
日本人に人気のあるところなので、日本人もたくさんいた。
残念だったのはノース・シドニーに余り行かなかったこと。一度くらい住んでみてもよかったと思っている。
35.仕事探しはしましたか?就職先を見つけるのに苦労しましたか?
36.どんな仕事をどのようにして見つけましたか?
37.仕事を探すのに、英語力は必要だと思いましたか?
38.仕事内容・給料は納得できるものでしたか?
(35〜38に関して)
「英語を使った仕事」というのにこだわっていたので、仕事を見つけるのに苦労した。
日本食レストランの募集はたくさんあったけれど、何となく応募する気になれなかった。そんなに英語ができた
わけでもないのに・・・。
私が行った頃はオリンピック前ということで、オリンピックの求人もたくさんあったが、やはり英語がネイティブ並にできねばならなかった。
当然自分は無理。登録したけれど連絡は来なかった。オリンピック・ボランティアの仕事もあり、友達などはそれに
応募していたが、私が探しているときはもう後半のほうだったので、自分ができるような仕事はなかった。(技術や資格が必要な仕事しか残っていなかった)
結局、英語学校で同じクラスだった子が仕事を紹介してくれて、お土産やさんでフルタイムで働いた。
オーナーはイラン人の方で、働く人達はオージーではなかったけれど、日本人でもなかった(日本人は紹介してくれたその女の子だけ)ので、英語が必要だった。仕事に関することは全て英語だった。
「できるだけ売るように。特に日本人はたくさん買ってくれるから接客を頑張るように」と何度も言われた。やってみてわかったのだが、私は接客が下手。だから、接客で苦労した。
給料はコンビニが時給6ドル、日本食レストランが時給7,8ドルと聞いたことがある。
私のところは時給7ドルからスタートして、最後は9ドル近くまでいったので、平均的だったと思う。
ただ、肉体労働のようなきつさはなかったので、そういう意味では楽だった。
仕事を探す時、英語が必要か?と問われれば、これも「英語を使わなくてもできる仕事はある。
けれど、英語力があればあるだけ選択肢も広がる」と答えたい。
仕事を探していた時、「Sydney Morning Herald」(現地の新聞)に載る求人にも何度か電話したが、電話での会話も結構苦労した。
42.オージーや他国からの留学生との付き合いで、なにか感じたことはありますか?
オージーのフレンドリーぶりには驚いた。とにかく親切。
特に、ラウンド中は彼らの親切が身にしみた。
荷物を運ぶ手伝いをしてくれたり、道を聞いたり、分からないことを聞いたら丁寧に教えてくれたり、実際連れていってくれたり・・・。
ラウンドからシドニーに帰ってきて、オージーの友達の家にとめてもらった。
彼女に「何処か安くていい宿はないか?」と聞いたら、「うちに泊まれば良いのに」といってくれて。
ただでさえ「とめてくれ」といきなり頼んだのに、もうこれ以上はわるい、というと電話で色々な宿に問い合わせてくれた。そして、いい条件の宿を見つけてくれ、車で荷物を運んでくれた。
彼女は、エクスチェンジ・パートナーの人で、何回か会ったり遊んだりしていた。でも私の面倒をそこまで見る必要はないのだ。
それなのに、自分のことのように色々心配し、親切にしてくれた彼女を見ていて、「なんでそこまでできるのだろう?」とよく思った。
「親切にする」という意識もなく、彼らはそれを自然に、当たり前のこととしてやっている。
他国からの留学生たちを見ていて感じたのは、皆人付き合いがうまいということ。
社交性がある。誰とでもどの国の人とでも自然にうちとけて話しこんでいる。「好きな人とだけ話す!!」のではなく、色々な人と話す。
スイスの人達は、一人呼ぶと友達を5,6人連れて来てあっという間に大人数になる。彼らは「○○もおいでよ」というふうにすぐ誘ってくれて、知らない人同士を友達にさせてしまう。
そして、単純なゲームで盛りあがったり、場所に構わず歌い出したり、子供みたいなところがあった。びっくりしたけれど、なんとなくいいなあと思った。
韓国の人達は、男女とも日本のことにすごく興味を示してくれる。
彼らは日本のこともよく知っているし、日本語を結構知っていて、びっくりした。私は韓国語を何も知らなかったので、すこしくらい勉強していけばよかったと思った。あと、すごく親切だった。
一方で、ちょっと仲良くなったらべたーっとよりかかってくるような子もいて、それもそれでびっくりした。
南米の人達は陽気な人たちが多かった。
明るくて、ダンスや歌が大好きで、うまい。ただ、そのパワーについていけないことも会ったけれど・・・。
43.ホームシック、カルチャーショックを受けたことはありますか?
ホームシックは全くかからなかった。
カルチャーショック・・・やっぱり食べ物が大きい、ということ。
アイスクリーム、ヨーグルト、バーガーやポテト、Sサイズなのに、日本のMかそれ以上ある。小さいパックで売っている物がなかったりして、一人暮しの人は大変かも・・・。
そして、皆よく食べる!
「私達は、朝軽め、昼サンドイッチなど食べて、夜をたくさん食べる」とあるオージーが教えてくれたことがある。
問題はその内容。朝軽め、といっても大きなマフィンを平らげ、昼のサンドイッチなど大きさがすごい!日本のコンビニで売られているかわいいサンドイッチではなく、ボリュームがある。びっくりした。
そして夕食はしっかり食べ、デザートも食べる。チョコレートのお菓子なども充実している。
太る環境にあるなあと思った。
女性の方は気をつけましょう。
(ワーホリの女の子のタイプは二つ。
すぐ五キロくらい身につけて「太った〜」といっているか日本にいた時とまったくかわらないか。
友達は「太ったー」タイプが多くて、どうやってダイエットするか悩んでいました)
一つ気になったのは、食べ物を大事にしていないこと。
食べ残しをぼんぼん捨てていくし、誰も気にしていない(ように見えた)。
日本だったら「食べ物を粗末にすると罰が・・・」と口やかましくいわれるが、オーストラリアではそういう言葉を耳にしなかった。(か、私が聞かなかったか聞き取れなかったか)
→Part3に続く
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