ワーホリ実戦講座(その2)
2010年02月09日改定



2.運命の別れ道〜好循環と悪循環




Watershed/分水嶺〜あまりに高い言葉と文化の壁


 ちょっと前ですが、「ワーホリ勝ち組/負け組」という言葉がありました。イヤな言葉ですし、人の人生に勝ちも負けもないだろうと思うのですが、実際に現地でよくそう言われているということもありますし、勝ち負けはともかく、同じワーホリでも随分違うなという現実は確かにあります。

 何を持って「勝ち」といい「負け」というか、究極の基準は「本人がどう思っているか」ということに尽きるでしょう。人の思いは千差万別、一概に言えたものではないですが、わざわざ若い時期にワーホリビザで海外にやってくるということは、それなりに思うところがあってののことだと思います。今の日本の状況をシビアに考えれば、ワーホリで1年海外に出ることは、プラスよりもマイナスに働くこともあるでしょう。1年こちらにいれば、そこそこ英語は出来るようになりますが、それが直ちに今後のキャリアアップにつながるか、英語のプロになれるのかといえば、そんなに甘いものではないでしょう。あとでも述べますが、日本人ワーホリのうち、世界レベルで「まあまあ英語が出来るかな」と土俵に上れ、仲間に入れてもらえるレベルに達するのは100人に一人くらいでしょう。あとはもう”隠し芸的”に英語が出来る程度で、それで人生が開かれるかどうかは微妙でしょう。

 また、いまどき海外に居たことがある日本人など珍しくもないし、労働市場での訴求力UPなど知れているでしょう。むしろ旧態依然とした日本の労働環境においては、「腰の据わらないフラフラした奴だ、採用してもまたすぐ辞めてどっかに行くかもしれない」とネガティブに受取られる可能性も否定できないでしょう。また、18−30歳という時期は、最も社会人として伸びる時期であり、この時期に固めて「他人にはちょっとやそっとで真似が出来ないスキル」を身に付けるかどうかが将来的にはポイントになります。その大事な時期に海外に行ってしまうというのは、場合によっては戦線離脱であるとの烙印すら押されかねません。

 また、ワーホリのあとこのまま現地に留まりビジネスビザや永住権を取得するといっても、ビジネスビザ自体が取得が非常に難しくなってますし、永住権にしても「本国でどれだけキャリアを積んでいたか」が厳しく問われます。





 そうなってくると、ワーホリに来るメリットというのは何なのか?リスクを背負ってまで何のためにやってきたのか?ということになろうかと思います。勿論いろんな理由があるとは思います。単なるヒマツブシとして来ている人もいるでしょう、失業中の息子が家でブラブラしてると外聞が悪いので親に半強制的にオーストラリアに送られた人もいるでしょう。ただ、そんな人は少ないと思います。

 多くの人にとって、ワーホリに出かけるのは、自己投資のための「創造的破壊」「リセット」だと思います。このままレールの上に乗っかって一生いってしまっていいのか、今目の前のある人生の選択肢の全てがしっくり来ない、人生こんなもんでいいのか、あるいは自分はこんな甘やかされたままでいいのか、なんかもっとブワーッと弾けられるんじゃないか。それは一種の自己奪回であり、自分自身は自分の納得のいくように積み上げてみたい、そのためには強制的にリセットをかけ、全く異なった環境で、それも自分の人間性の底の底まで問われるような環境で、自分を確認し、強くたくましく成長させ、再び自分の人生に真正面からメンチ切ってみたい。いや、あなたがそうだとは言いませんし、人によってニュアンスは様々だと思いますよ。単純に「楽しい」という話を聞いてとにかく来たという人もいるでしょう。だけど、共通するのは、日本では得られない強烈な「異物」を自分自身にぶつけることによって、なんらかのポジティブな化学変化を期待しているということは一緒だと思います。そして、それは大いに期待していいです。

 だとしたらワーホリの「勝ち」とは(これはワーホリに限らず、自分の意志だけで海外に行く日本人に共通していると思いますが)、日本では得られない異物をいかに自分にぶつけられたか、それによっていかなる好ましい化学変化を生じさせることが出来たか、だと思います。





 しかし、異物に衝突するのはストレスがかかります。誰だって同質的なものに包まれてヌクヌクしていた方が楽チンです。具体的に言えば、言葉は思った以上に通じないわ、システムも分からないわ、周囲の人間の行動の予測がつかないわ、ゴハンは馴染めないわ、、、という厳しい現実があります。鬱状態になる人もいるでしょうし、僕の知人にもかなり深刻なノイローゼになった人もいました。「異物」というのはそれだけ強烈なインパクトがあります。それらを乗り越えて、「げげっ」という違和感を、笑って面白がれるようになれるか、そしてそこから何かを学ぶか、ひたすら嫌悪感を抱くか、そのあたりが結構分かれ道です。

 その異物ストレスのキツさに耐えかねて、日本人同士の同質的環境で過ごしていってしまう人も多いです。日本人ばかり6,7人固まって住んで、いわゆる日系の情報センターに毎日出かけて数日遅れの少年ジャンプを読みふけり、週遅れくらいの日本のTVドラマを録画したビデオをレンタルし、日本人同士で日本食レストランに行き、日本人のカラオケボックスや日本人ばかりのパブにいき、家に帰ったら借りてきた新しいキムタクのドラマを見る、と。そういう生活はシドニーだったら楽勝で出来ます。日本の古本屋も、漫画喫茶もあります。シドニー全体の日本人比率は400人に一人程度。殆ど「居ない」といってもいいくらいの人口なのですが、大海原に点在するブイのような「日本人の溜まり場」だけを器用に遊泳していけば、英語なんか殆ど使わないで生きていけます。

 それは別に悪いことだとは思いません。他人様の生き方にあれこれ口出しできるほど僕はエラくもありません。また、永住や労働ビザなど滞在が長期になればなるほど、こういった本国カルチャーはむしろ精神安定剤的にも必要です。イタリア人だって、オーストラリアにやってきたらパスタ食べるななんて馬鹿なことは言ってないでしょう。現地のことを貪欲に学びつつも、自分にとって快適なライフスタイルを模索すればいいですし、それはどんな民族もやってます。なんせワーホリなどの短期滞在と違って、そこに居ること自体は目的でもなんでもないのですから。

 しかし、ワーホリなどの「短期決戦」(1年なんかあっと言うまです)の場合、「日本では得られない異物をいかに自分にぶつけられたか、それによっていかなる好ましい化学変化を生じさせることが出来たか」という所期の点からしたら、異物ストレスから逃げてしまった、あるいはストレスマネジメントが上手くできなかったという恨みは残ると思います。その不本意さ、それをもって「負け組」と表現するとしたら、日本人ワーホリのざっと過半数、いやそれ以上が「負け組」だと言ってもいいと思います。これは何も馬鹿にしていっているのではないです。これから来る人に対し「そのくらい難しいことだ」ということを知っておいて欲しいのです。それだけ、言語の壁、文化の壁というのは、なんとなく日本人が想像しているよりもはるかにはるかに高いですし、強力です。乗り越えられないのが普通だし、乗り越えられなくても恥かしいことではないと。極論すれば、平均的な日本人が普通にやってたら「まず無理」といってしまってもいいかもしれません。

 しかし、この高い壁も、ある特殊な角度から入っていけば嘘のように消えることがあります。思いっきり殴りつけてみたらいきなりガラガラと崩壊しちゃうこともあります。あるいは、毎日の積み重ねでいつのまにか壁がまたげるくらいに低くなってるということもあります。決して超えられない壁ではないし、特別な超人的な才能と努力が求められるというものでもないです。僕個人としては、ほぼ誰にでも出来ることだと思っていますし、難易度それ自体は、だいたい「自転車に乗れるようになる程度の努力と根性」があればOKだと思ってます。あとは「やり方」なんですね。「入っていき方」「進入角度」が微妙に難しく、コツがいるのです。

 事実、これまでサポートしてきた方々は殆どこの壁をクリアしてきました。数年前からシェア探し特訓をやるようになってからは尚更です。キングスクロスのナイトクラブでDJやらせてもらった人(女性)、犬の散歩のバイトをやってるのが縁でRandwickの競馬場の厩舎で働くようになりビジネスビザも出してもらった人(男性)、「ラウンドなんかしません」とか最初言ってたのにやり始めたら病み付きになり、パースからシンガポールまで単身飛び、そこからマレーシア、タイ、カンボジアの奥まで村から村へ地続きで旅を続けていった人(女性)、ワイナリーでブドウの収穫からワイン作りまで一貫して働いてワインに魅せられライフワークを見つけてしまった人(男性)、ピッキングしてたファーム先で家族同様になり離れるときは一家抱き合ってワンワン泣いてた人(男性)、自分で歩いてチャイルドケアのボランティアを探し半年以上地道に続けていった人(女性)、高給に魅せられマグロ漁船に乗り込んで半死半生のメにあった人(男性)。その他生涯の伴侶を見つけた人は沢山いますし、相手はもちろん日本人に限りません。オーストラリア人と結婚してオーストラリアの地方にいった人、韓国、タイ、ドイツに行った人。自転車でオーストラリア一周した人もいれば、バイクで一周した人も何人も知ってます。今現在オーストラリアで自分の会社を作って頑張っている人々で、もともとはワーホリだったという人は全然珍しくないです。

 これらの人々は最初から超人的な語学力と行動力を持っていたのか?というと、別にそんなことはないです。何人かは僕自身がホームステイ先までお連れしたりしましたし、緊張してガチガチになってて、手の平に「人」と書いて飲んでた人もいますし、「ハロー」と言われた時点で固まってしまった人もいました。最初の一歩は皆さん似たようなものですし、むしろそのくらいの方が将来弾けるかもしれません。

 「三日会わざれば刮目して見るべし」と言いますが、三日はともかく1年経過してみたら、「これが同じ人間か?」と思うくらい人間的に成長して大人になった人も沢山いました。その成長比率や爆発的なものがあります。一方、全然成長しないというか、変わり映えのしない人もいるでしょう。特に直接お世話した人ではないけど、「本当に1年いたの?」というくらいオーストラリアのこともシドニーのことも何も知らないし、英語もゼロ同然という人もいます。到着して数ヶ月経つけど、未だに恐くて一人でバスに乗ったことがないって話も聞きましたし、シドニーに1年住んでいてもハーバーブリッジをわたったこともないって人もいます。

 論より証拠→みんなの写真館の「Before/After 三日会わざれば」の項を参照してみてください。1年で、あるいはわずか数日でどう変化するか。

 どこにその watershed =分水嶺 はあるのでしょう?それはほんの些細なことの積み重ねだと思います。ちょっとしたコツ、ちょっとした心構えで、1年経過したら自分でも予想していなかったくらい遠くまでで行き着けてしまうでしょう。以下、その「ちょっとしたコツ、心構え」を述べていきたいと思います。

 ただ、、、一歩引いて自分で自分にツッコミを入れるなら、「こんなの、読んで出来るくらいだったら苦労は要らないよな」とは思いますよ、確かに。だからこそ、一括パック(特にシェア探し)の初動の部分はつきっきりで絶えずフォローしますし、背中も押し続けます。自転車の練習で後ろを押さえたり、励ましたりするようなものです。どうしてもそういう役回りの人間は必要なのかもしれない。読んだだけなら無理かもしれない。それでも書きます。「どうせ無駄だし」といってやらないのはイヤなので。



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ワーホリ実戦講座 INDEX

1−1:ワーホリとは何か?日本人ワーホリをとりまく環境変化
1−2:ワーキングホリデー・ビザの取得方法
1−3:二回目ワーホリ
2: Watershed(分水嶺)運命の分かれ道〜 あまりに高い言葉と文化の壁
3.早いうちに「やる気」を「経験」にエクスチェンジすること
4.サバイバル力養成実戦講座 あしたのために〜その1(バスを制覇せよ)
5.サバイバル力養成実戦講座 あしたのために〜その2(地図を入手せよ)
6.サバイバル力養成実戦講座 あしたのために〜その3(携帯電話を入手せよ)
7.シェアを探そう〜100%英語環境でのシェア探しがなぜ成功の第一関門になるのか?
※↑関連シドニーシェア探し入門を参照
8−1.仕事をしよう(その1) 仕事の効用 
8−2.仕事をしよう(その2) 仕事の探し方 日系〜ジャバレス編
8−3.仕事をしよう(その3) 仕事の探し方(2) 日系その他編、ローカル編
8−4.仕事をしよう(その4) 英文履歴書・実戦例
9−1.ラウンドのススメ(その1) 
9−2.ラウンドのススメ(その2) 
9−3.ラウンドのススメ(その3) 宿について
9−4.ラウンドのススメ(その4) 一人旅、車の旅