鎌田さんメール・インタビュー(その2)
99年09月01日
シェア(共同生活)しましたか?
下宿というか、ホステルにいました。同居人は、韓国人学生や、ヨーロッパからのバックパッカーです。エリアは グリーブ。
そうでしたね〜、フォレストロッジ。一回お邪魔して写真取らせて、ホームページのホテル案内にも載せてます。いいですよね、あそこ。ほんとに下宿っぽい感じがして。台所のシンクに誰のかわかりませんけどラーメン丼が洗ってあって、なんかそれがアットホームで妙に印象に残ってます。
次に仕事関係の質問です。仕事探しはしましたか? 就職先を見つけるのに苦労しましたか?
そうですね、当時まったくバイトの空きがなく、時間がかかりました。
自分の英語力では やっぱりウェイトレスか店員の仕事しかなく、電話してチャイニーズばかりの洋服屋や日本食レストラン等、もう何でもしました。
そうですよね、鎌田さん時々来られては、仕事探しキビシイですよ〜、お金足りなくなって日本に帰ってるワーホリさんも沢山いますよ〜とかおっしゃってましたよね
そうですね〜。あと給料は信じられないほど安いです。ワーホリが多いので 雇用主は安くワーホリメーカーを使えるんですね。でもワーホリの人たちも 急に辞めたりするので、どっちもどっちというか、互いに利用しあっているという感じもありました。
後半に、偶然派遣会社から 日本人エキストラの仕事をもらい、映画「マトリックス」のエキストラをしたのが きっかけで なんどか モデルの仕事ももらいました。全体的に生活費の四割くらいを稼いでいました。
生活費は 週に二百ドルくらいかな、レントもいれて。
そんなに急に辞めちゃったりする人も結構いたりするんですか?
実際に二〜三人、なにも言わずに辞めていった人もみました。特に若い人、二十歳以下に 多いかも・・・。
ちなみに、それぞれの仕事、ペイはどのくらいだったんですか?大雑把でいいですから。
ええと、バイトですが 私の頃は 日本食レストランだと 時給6ドル、
中国人経営の 洋服屋で 時給13ドル、
メーキャップモデルの バイトで 一日50ドル、
映画のエキストラで一日200ドルでした。
うーん、やっぱり英語出来るとペイはいいみたいですね。知り合いの方もアートギャラリーでバイトしてて時給16ドルだったかな?逆にいえば、日本語社会における日本人ワーホリというのは、シドニー現地一般の労働市場に比べると搾取されてるキライがあるのかな。
そういう日本語系ではないバイトはどうやって探されましたか?日本語コミュニティ誌には載ってませんよね。
これは、やっぱり人のコネでしょうか。あとは現地の人材派遣所に登録しました。
ところで、ズバリ聞きます。ドラッグやりましたか?あるいはやってる日本人ワーホリはいましたか?
マリファナを試しました。好奇心から。ほかにも日本人でケミカルをやっている人達はいました。自分はそこまで興味ないのと、経済的にしませんでしたが。
しかも自分は「ビールがあれば、いいや」という感じでしたので、そのあと続けたりはしなかったです。
日本人ワーホリにはどのようなタイプがいますか?大雑把に分類できたりしますか?
日本にいるのと一緒で、がんばっている人と そうでない人がいました。
でも 基本的に友達ができず、日本人で固まっている人が多いように思いました。
海外にいけば、なにか素晴らしいことがおきる、とおもって受動的な感じで来てしまって、でも何も起こらず退屈しているようでした。
ここですけど、ちょっと掘り下げて聞きたいのですが、鎌田さんってさっき言われたようにモデルさんやってたのですよね。そんで確かDJもやってましたよね〜。結構これだけ色々やってるワーホリの人も珍しいと思うし、現地社会にどんどん入っていってる方だと思うんですよ。つまり「友達が出来ず日本人で固まって」ないパターンだと思うんです。
で、それは、@もとからの性格で地のままに振舞っていったらこうなってしまった、A性格もあるけどそれなりに意図をもって動こうとした、B本当は人見知りするんだけど頑張ってそうした、C個人の努力とかよりも成り行きというか運みたいなものが大きいと思う、のどんな感じでしょうか(複数選択可)。
それと鎌田さんって物静かだけど、物怖じしないというか、悠然としてるところってないですか?「ちょっと人と違うかな」って自分でも思いません?最初セントラルステーション駅で待ち合わせしたとき、どの長距離バスで来るのか分からず、僕らがあちこち探し回っていて中々出会えなかったんですけど、そのとき鎌田さんって待合室で悠然と本を読んでたんですよね。あんまり悠然としているから、「ああ、この人じゃないか」と最初に素通りしちゃったくらいで(^^*)。
あ、セントラル駅で 本を読んでいたこと、 よくおぼえてらっしゃいますね・・。うれしいな。
よーく覚えてますよ。柏木と二人で、「あれえ、どこにいるのかなあ」であたふた駆け回ってましたもんね。
それと、@〜Cの点ですけど、そうですねー、自分は人見知りするほうなのですが、わりと自分の目的がハッキリしている時は素早く動く方だと思います。
ということは、どちらかというとBがベースかな、と。勿論いろんな要素もミックスしてるでしょうが。逆にいえば、最初の出発点である「なんでワーホリやるのか」という「自分の目的」部分がそれだけ明確だったということでしょうね。「なんとなくヒマだからワーホリでもいくかあ」みたいな感じだったら、「躊躇してもしようがない」という具合に、ある種自分にムチ打つような感じにならないかもしれませんね。「メンド臭いからまた今度」みたいにズルズルいってしまいがちというか。
そうですね。それにやっぱりワーホリ期間を楽しいものにしたかったですし。「ここで躊躇してもしょうがない」「とにかく出来ることは全部しなくちゃ」と思ってました。
ちなみに、もう一つ、鎌田さんのことをご主人はどのようにディスクライブされてます?こんなこと聴いていいかな?
ああ、えへ、旦那さんが言うには、「君は女の子だからねー、友達ができやすいんだよ」と言ってました。
あながち違うともいえないかもしれません。
あ、それは、一般的にはそうかもしれませんね。余談ですが、女性二人のカメラマンがアフリカを横断して各部族の儀式を撮りまくってきたそうで、そのインタビュー記事を読んだ事があるのですが、「これが出来た私達が女性だったからだ。全然言葉が通じない未知の部族との交渉でも、女性であることは相手の警戒心を解くのに大いに役にたった。もし男性だったら、どこかで殺されてるかもしれないし、少なくともこんなに色々撮らせてはもらえなかっただろう」と答えていたのが印象的でした。
じゃあ、「ワーホリやってよかった」と思うことは?
就職には役立つとは思いませんが、わたしはボーイフレンドのオージーと結婚したので、そういった意味では役立ったといえなくもない、ですね。
ご結婚のこと、サラッと書いてはりますけど(^^*)。でも、出会って、親交を深めて、そんで結婚を決意して、さらに日本で住むという決断までされて、実際今住んでて、、、これをまとめたら一冊の本になりそうですね。
どんな人でもきちんと見ていけば誰でも「物語」は持ってると思うのですけど、鎌田さんの物語の中でここで僕がお聞きしたいのは、鎌田さんがワーホリで来ておられたという環境と、今回の恋の成就との間に、なんか因果関係はありますか?つまり、観光や仕事でオーストラリアに来てたら、仮に出会っても結婚まではしなかったんじゃないか?とかいうことはありますでしょうか?
そうですね。ワーホリだから 結婚という重大な 決断が できたというか。
その意味は、うーん、「1年経ったらもう帰らなくちゃ」というワーホリ環境が、私たちの決断を早めさせたのは事実ですね。
自分が仕事でいってたり、学生だったらまだ余裕があったと思います。たしかに あせりとか成り行きもありましたが、( 親が・・とか )
ああ、なるほど。ワーホリの方が、1年期限というタイムリミットがあって、それが「決断を迫る」という具合に働いて、余裕の無さというか圧力釜のようなアクセルレーターになったということですね。それはそれでよくわかります。
じゃあですね、いま「余裕」という言葉が出ましたが、逆にワーホリが一番余裕があるんじゃないか(仕事とか学業とかの本業があるわけでもなく、人生にモロに直面してるから)、余裕あるからこそピュアな判断ができたんじゃないか?という見方もありえそうな気もするのですけど、そのあたりはどうでしょうか?
言ってる意味わかります?例えばワーホリ期間というのは、ある意味では人生の中でもニュートラルな時期じゃないですか。観光だったら帰ったらまた仕事が待ってるとかそういうのがありますけど、ワーホリは1年タイムブレイクみたいに、全部が自分の時間で、だから自分の生き方なりもよく見える。そういった環境にいたからこそ、フラットに、平明に物事が見られて、普段迷うような決断でもスッと素直にできてしまうとか。これは例えばの例ですけど。あるいはそんなの関係なく、「いや〜仮に観光できてても結果は同じだと思うよ」ということなのか
うーん、そうですね、よくわからないなぁ。おっしゃってる意味は良くわかりますが、自分の場合は、どうなんだろう、よくわからないです。
というか、結婚してみて、今が始まりで、これから頑張っていく方が大変だし、また楽しみでもありまして、どうしてもそっちの方に意識が集中してしまいますので。
ただ、まあ、観光でいってたら、まずそんなことには ならなかったでしょうね。
ああ、そうなんでしょうねえ。わかりました。
もう一つ、今は地元札幌ですけど、鎌田さん個人としてはどっちに暮したいですか?それとも行ったり来たりがいいですか?
いったりきたりがいいですね。日本は 楽だけれど疲れることも多いし。
オーストラリアは 大変だけど のびのびできて、たのしいし。
今はどちらも好きですから。
ワーホリした事によって、自分が変わったと思う部分はありますか?
より 清潔さに無頓着になった気が・・。
あと、こまかいことを気にしなくなった。よくもわるくも。
行けるなら、もう一度いきたいです。非常にトクベツな一年でした。
あはは、清潔さには僕も無頓着になってますねえ。
でも、「強くなりたい」って最初におっしゃってましたけど、鎌田さんってもとから強くないですか?本人の中には色々渦巻いてるのかもしれませんが、ハタから見てると、あんまり無駄な動きのない人というか、あまりジタバタせずに静かにしていながら、必要なことだけスッっとやってしまうような人に見えたりもするんですけど。だから、なんてのかな、「強くなりたい」というよりは、「自分の強さを確認したい」みたいな感じだったのではないでしょうか?どかな?
そうですねぇ。
目的をもっていって、運良くいい人たちにも出会い、最終的にはあまりはっきりわかっていなかった自分の意外と図太いというか、強さを発見したのかもしれません。
まあ、単にオーストラリアのおおらかさと自分が合っただけなのかもしれませんが。
先程も触れられてましたけど、鎌田さんの場合、「自分はどれだけ出来るのか/社会や人生にどのくらい自分はワガママいってもいいのかな?」というテーマがありましたよね。
そうですね、はっきりとした出発の動機というものとしては、やはり 田村さんもおっしゃってた「今の暮らしもまぁまぁおもしろいけど でももう少しがんばればもっといろいろなことができるようになるのではないか、ほんとうはもっと自分を解放してもいいのかも。」ということを確認しにいったのかもしれません。
もともと みんなやればもっとできると思います。
普段の暮らしのなかでそれを自覚するのは難しいし、ついつい・・・という感じで なまけがちになるし、それはそれでいいですけど。でもワーホリから帰ってきて、「本当はもっと....」って以前にも増して思います。
僕はワーホリじゃないけど、思い切ってこっちにやってきたという意味では同じですし、「誰だって本当はもっとやれば出来る」というのは、実感としてわかります。鎌田さんの表現を借りれば「もうちょっと調子に乗ってもいいんじゃないか」って。
ありがとうございました & お幸せに!!
ありがとうございました!
あ、それと、わたしのページができたら 質問用にわたしのメールアドレスをのせていただいてもかまいませんよ。これから行く人たちのために、なにか緊張をほぐす ひとことでもかけられたらと思いますので。
あ、そうですか。では、お言葉に甘えて。えーと、鎌田さんのメールアドレスは、Dotooooooo@aol.com です。すごいアドレスですね(^^*)。読者の方でご質問がある方はどうぞ。
ところで、言うまでもないですけど、イタズラメールとか明らかに誠意に欠けた振舞いはなされないように。そんときゃ、僕の方からもそれなりの処置はします。
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