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2012年01月16日


畑中章さんのワーホリ体験記 本編(2)

6.ラウンド第三期 (カラサWA〜ケアンズQLDへ)

 デンピアー港で船を降りてブルースの妹に預けていたマイカーのCAMRYを受け取った。出発前しばし自由を噛み締めた後以前から漁のデイオフの時に何度か宿をお世話になっていた北斗氏の友達、アキラ君(私と同名)の所に挨拶しに行くことにした。挨拶しに行くとその日の晩彼の住んでいるシェアハウスで飲むことになった。

 彼はカラサでチャイニーズのボス経営のピザ、ケバブ、スシ、アジアン料理テイクアウェイショップで働いていた。最近は忙しく毎日働いて最高で週$1500程稼いでいるそうだ。定かではないが時給$15で$1500だから一日14時間で毎日働いているのか?エビ漁より陸に居る分だけ全然良いじゃないか。今店の人員に空きがあるらしく私も働けそうだったがダブルアキラになるといけないので翌日カラサを後にした。

ニルとの遭遇

  前日深酒し過ぎたため朝10時にブルームに向け車を走らせた。約800km走りブルームに着くころには日が暮れかかっていた。ブルーム手前のガソリンスタンドで給油していると傍にいた汚い髭モジャのオッサンに話しかけられた。「東に行くのか?俺は金ないんだけど車に乗せてくれないか?」とのことだった。このとき東にあるカナナラまで行ってオイルシェアメイトを探す予定で急に声をかけられたので思わずOKの返事をしてしまった。明日の出発時間の話になったので渋々話に付き合っているとオッサンからひどい匂いがした。

 このオッサン、超臭いのだ。いったい何日風呂に入らないとこんな匂いになるのかと思いながらその場を去った。キャラパーに泊まるはずがテント一泊$30と激高なのでその晩は野宿することに。オッサンはガソリンスタンド周辺で野宿するらしい。きっと毎日野宿しているのだろう。その晩は知らないオッサンを乗せることのリスクを色々考えながら床についた。

 翌日オッサンとの約束した7時に目が覚めた。知らないオッサン乗せるのやだなー、運転中襲われて金品奪われてとか色々と勝手に想像が進み、しまいにはなぜ俺が得体の知れない、しかも超臭いおっさんを乗せなきゃならんのだと怒りがこみ上げて来た。別に乗せるのは俺でなくても良いではないかと一人で勝手に怒ってすねてそのまま二度寝した。きっとオッサンは誰か他のリフトを見つけるだろう。ここまでそうやって来たのだろうから。

 2時間後の9時に再び目が覚めた。オッサンとの約束を破ったことになるのでなんだかだんだん悪い気がしてきてガソリンスタンドに行ってみるとまだ彼は私を待っていた。「ごめん寝坊した」と告げ(うそは言っていない)、オッサンを乗せて東へと車を走らせた。

 このオッサン(ニル)は昨日感じたよりは臭くなかった。これはラッキーだと思っていると日が昇り徐々に気温が上がってくるとニルが上着を脱いだ。脱いだ瞬間彼はやっぱりめちゃくちゃ臭かったのでエアコン全開にして紛らわした。

 彼はSAのアデレード近くの町出身らしい。骨の病気だと言っていたし、今はヒッチハイクで旅行中だそうだ。なんだかわけがわからん。途中のパーキングで昼飯休憩をとり、その晩はキャラパーに泊まる予定なのでニルに宿代だすからシャワー浴びないかと提案した。キャラパーに着き風呂から上がって来た彼はまだ臭かった。彼の服が臭いのだ。晩メシを作って、冷えてないビールを飲みながらニルと話した。彼はこんな過酷なヒッチハイク&野宿生活をしているのに持ち物といえば小さいリュックひとつ。理由を聞いてみると最初は3つバックを持っていたらしいのだがパースで2つ盗まれたらしい。しかも骨の病気で医者にあと一年の命だと告げられたらしい。

 "osteoporosis"といい話を聞いているとどうやら"骨粗しょう症"のようだ(後日wikiにて確認済)。言われてみれば50歳なのに背骨は完全に曲がり70歳くらいに見える。家族は全員なくなり天涯孤独の身らしい。身寄りがない、あと一年の命、最後に自分の国を旅したいと思い今旅に出ているのかと勝手に想像が膨らんだ。その時彼にかける言葉が見つからなかった。その晩は現実のヘビーさを感じながら床についた。

 翌日早朝から出発し、昼にはカナナラに着いた。安いガソリンスタンドを探して町を彷徨い車を停車しているとニルはサンキューと告げながら逃げるようにさっと車を降りていった。そんな逃げんでもええやないかと思い彼を呼び留めてその時財布に入っていたうちの宿代、車のガソリン代を抜いて残った$100を彼に渡し「エンジョイ!ユアトラベル!」と言って彼と別れた。

 カナナラではBPに泊まりトラベルメイトを探す予定だったがキャラパーのテントサイトが一番安かったためそこに泊まった。これが誤算だった。キャラパーに住んでいる人は皆車持ちのため私の車にリフト希望する人間はいないことに気付いた。GUMTREEでトラベルメイト検索をかけるとカナナラよりもダーウィンでの書き込みが多かったため、翌日にはダーウィンに向かうことに。

 翌朝800km走りダーウィンに着いたころには日が暮れかかっていた。BPを一件当たるも予約でいっぱいのため入れなかった。キャラパーに行くも7pmを過ぎていて閉まっていたためハイウェイのパーキングにて野宿する事に。ダーウィンに来る途中で箱買いしたビールをCOLESで買ったカットハムをつまみに飲んでいるとランクルでキャラバンを引いてやって来たオージーの22歳の若者二人、トリスタンとトム(22歳)に出会った。彼等はSA出身で南から内陸を北に上がって来てこっちでハウスキーピングの仕事を手に入れたそうだ。その晩は一緒にビール飲みながらお互いの旅について語り合った。

フレンチガール・ローラとのキャンプ旅

 翌日ダーウィンに到着。GUMTREEにリフトオファーを書き込んで2日目でフレンチガールのローラから連絡があった。もう一人トラベルメイトを追加すべくその後二人で2日間探したが見つからなかった為ローラとふたりケアンズへ向かうことに。ローラは自然大好き、旅行大好きな活発な女の子だった。旅中はキャラパーに泊まる予定だったが彼女の方からこの旅中はできるだけ野宿で節約したい言ってきた。ローラと二人、行く先々のナショナルパーク内に野宿をしつつ一週間かけてゆっくり走り東海岸へ向かった。風呂は毎日ナショナルパーク内の川の水で代用。なかなかワイルドな旅だった。

 ダーウィンから2500km、もう少しで東海岸にでるというところで道端に立っている人物がいた。お、ヒッチハイカーやん♪えー、髭もじゃでちびっこくて、、、ってニルだった。一週間半ぶりのまさかの再開だった。ニルは200km先の町を目指しているとのことだったので彼を車に乗せてその町へ向かった。ローラがニルのことを不審がってか彼に色々と質問していた。ローラとの会話でニルはこのヒッチハイク生活を続けてもう10年以上になると言っていた。あれ?あと一年の命で余生を旅してるんじゃないの?と少しひっかかったが気にしないことにした。目的地に着いてニルを降ろして冷えてないビールをあげて彼と別れた。

 その後ローラがファーム仕事をする予定だったので東海岸の町、エア(AYR)に向かうことに。町についてファーム仕事を紹介しているBPを周ることに。インフォメーションセンターで得た情報を頼りに全てのBPを周るも時期はずれのため2、3週間待ちとのことでさらに10km南の町ホームヒルに行くことに。そこの町でたった1件のBPで仕事があった。その晩は町のキャラパーで泊まって翌日BPにローラを送り届け、私は一人ケアンズに向かった。

 エアからケアンズに向けて北に車を走らせているとまた道端につっ立っているヒッチハイカーがいた、、、またしてもニルだった。今度は仕事をするためにケアンズからインガムに向かうそうだ。二度あることは三度あるものなのだなということを知った。なんで骨粗しょう症なのに仕事ができるんだと思ったがそれも気にしないことにした。インガムに着き、ニルは「シーユースーン」て言って去っていった。いや、さすがにもう4度は会わないね。なぜならばこの後私はケアンズで一ヶ月滞在する予定なのだから。

ケアンズ 〜庭師とバスキング

 ケアンズに着いた。日本人がいっぱいいた。暇なので登録制の庭師の仕事をしながら(結局一ヶ月の内二回しか働いてない)船に乗る前から始めたギターの練習をすることに。で、せっかくなら路上でやった方が小銭も稼げるしと思い、ギターの弾き語りでバスキングをする事に。すぐ指が痛くなるので一日一時間ぐらいが限界。なので稼げても一日$2〜$8くらい。こんなに日本人がいるのに日本人は全然お金くれない。あ、でも飲みの帰り風の裕福そうな日本人のおじさんが$6くれた事もあった。あとチャイニーズの裕福そうな人はよく入れてくれます。オージーもそこそこ。基本は一人でバスキングしていたがたまに同じシェアメイトの日本人のバリさん(なぜかイングリッシュネームで呼ばせられる)も誘って一緒にやっていた。彼は楽器できないので横で歌ってた。ギター始めて5ヶ月の私と歌うバリさん。二人ともめちゃくちゃ下手だった。恥ずかしさを押し殺すために酒を入てからバスキングすることもあった。でも酔っ払いのアボリジニが酒くれって言って寄ってくるからそれからは飲まないようにした。

 二人でバスキングした時の方がなにかと面白い出来事が会った。酔っ払いのヨーロピアンと一緒に歌ったりとか。素性の知れない東南アジア系の自称ダンサーで50歳のおばさん(エリス)に声を掛けられ、やれバスキングの盛り上げ方はこうするんだとか、やれ英語歌詞の曲を歌えだとか、3時間夜のケアンズの町をあちこち連れまわされてバスキングのハウトゥーを教授された。70歳のオージーの彼氏がいてカジノでスケスケの衣装着てダンスしたりとかなりファンキーなおばさんだった。

 バスキングは一人より二人の時の方が稼げた。賑やかだからか?一ヵ月後にケアンズを出る時に最後に二人でバスキングを1時間半やった時はギターケースには合計$21の小銭達がいた。

 ケアンズは小さな町で必要なものがすべて町にそろってて居心地が良かった。町を歩くと必ず日本人の知り合いに会う町だった。ここで特にすることがなくなったので旅を再開する事に。

 エア、バンダバーグ、ブリスベン、ゴールドコーストと少しずつ立ち寄りながらBPを泊まり歩き、バイロンベイで会った日本人から小笠原諸島に行った体験談を聞き、興味がわいたので小笠原に行くことにした。漁師の給料が船長のブルースからまだ入っていなかったため、シドニー帰り、車を売りに出すとともに仕事しながら給料を待つことに。

シドニー〜ゴスフォード

 シドニーに帰って田村さんの家にお世話になり、少し仕事探し。3日間シティとその周辺のBPを車で回り仕事の情報を探した。結局漁師の給料を待つ間2ヶ月程の短期で集中的にがっつり稼げる仕事があまりなく、MIXIで得た情報を頼りにシドニーの北のGOSFORD周辺で夜間1時から早朝10時までPUBやCLUBのクリーナーの仕事をすることに。基本毎日仕事で休みなし、そこのBOSSが借りているシェアハウスで他のワーカー達、Korean、インドネシアン達と一緒に暮らすことに。

 ここはオージー経営の会社ですが直属のBOSSはKoreanの男性でその下にKorean女性のBOSSのMIMIがいてその下に私達末端の清掃員がいるという構造だ。給料はMIMIの管轄している仕事の給料が振り込まれ、分配するという形で支払われる。一日約7.5時間で一カ月30日間毎日働いて初任給が手取り$2600ということで、しかも長く働く予定の人の ほうが給料等の待遇が良かったりで、私がシドニーに始めて来た頃働いていたスシトレインNEWTOWNと同じような形態だった。

 そもそもこの仕事を選んだのはすぐに仕事を始められて、月に稼ぐ額がそこそこであったのと昼間自由に動ける時間が取れるため車の買い手が見つかった時にすぐに見せにいけること、海が近いため日中に潜りにいけるという好条件だったことが理由である。働き始めて5日目で車を持っているという理由でヘッドクリーナーの仕事が周って来て、現場の指揮をする現場監督的な事をやることに。月手取り$3000でフリアコになるそうなので二つ返事でOKする。その後ヘッドクリーナーの仕事に自分の車で他のクリーナー達を現場に送迎するという仕事も含まれいることを聞き漏らしていた事に気付き、すぐMIMIに車を売るのでヘッドクリーナーはできないと申し出るももう代わりの人材はすぐ用意できないとの事だった。この間に車を買いたいとの連絡も来たが仕事で使用しているので断らざるを得なかった。

 あと一ヶ月で帰国予定という時に姉から実家の母がうつ病にかかったという連絡があり、家族の助けになるべく帰国することになった。帰国予定が近くなってからMIMIが 車を社用車として$3000で買い取ってくれるということで車を売るという件は解決した。漁師の給料の件ももっと長期戦になると思っていたが、帰国2週間前になって船長のブルースから給料を支払ってくれるとの連絡があった。いくらか払ってくれるのかは分からないが。

7.まとめ

 なんかいろいろだらだら書きましたが要約するとオーストラリアの漁業規則をよく調べずやってきて実はクエが捕獲禁止だったから夢が潰えて失恋もあって凹んで日本に帰ってからどうしようか悩みつつヘタレながら残りの一年あまりを過ごして帰国ということになります。

 AUSに来る前は魚突きなしでは自分の人生に幸せはありえないと思っていた。もうほんとそれ以外は選択肢なしって本気で思ってた。ただの海バカだった。今は海潜ってもそんなに得るものは少なくなっている。以前より楽しくない。感動がないからだろう。私は常に何かに情熱を燃やしていたい。その対象は今は魚突きじゃないという気がする。なんだか世の中知らないことが多すぎるので勉強しなければ。

 こう書いてみると今までただの海バカだった自分自身がAUSに来る前とはずいぶんと考えが変わったと思う。オーストラリアでの多くの良い出会いのおかげだ。

 田村さん。一年と8ヶ月の間お世話になりました。ありがとうございます。
 田村さんからの数々の言葉、Aplacのサイト内の田村さんの言葉にすごく助けられました。日本に帰ってもAplacのホームページにはお世話になり続けると思います。オーストラリアでのワーホリをAplacで始めれたこと、田村さんという人に出会えたことがほんとに良かったと思ってます。田村さんはかっこいいです。いきなり日本での弁護士業を辞めてオーストラリアに来て半年で永住権を取って住んでるところ。なんでも知ってる博識なところ。私が漁師の給料の件で本当に困っていた時にすぐメールの返事をくれて助けてくれたところ。Aplacのサイトを通じてAplac卒業生のみならずサイトを見る日本の若い世代の助けになっていること。かっこいいです。憧れます。私も田村さんのようなかっこいい大人、人間的に魅力のある大人を目指します。


僕からのコメント&レスポンス

 最後の部分は嬉しいけど、あまりにもこっぱずかしいのでバッサリ削除しようとしました。が、「そうじゃないよ」ってことが言いたくなったので敢えて残しつつ、以下を書きます。単なる社交辞令とかそんなんじゃなくて、この力作体験談に対する本質的な応答になると思ったので。

 畑中さんは最後に長いインタビューしたとき「全然ダメダメですよ」と言っておられたけど、彼が自分をダメだと思うくらい、いやそれ以上に僕は自分のことをダメだと思ってます、いや、ほんまに。で、ダメは奴はどうする?かというと、頑張るっきゃないんですよね。能無しなんだからさ(笑)。「博識」と褒めてもらったけど全然知らないですよ。自分でも「知らなすぎだろう」って思うもん。だからコマメに調べてみよう、一回調べたことはちゃんと覚えようと思う。また、アホな自分が考えることなんか大体どっか間違ってる筈だから、常にヴァージョンアップしなきゃとも思う。

 なんの話かというと、ヘタレ意識がハングリーさになってるってことです。多分そこ=ふんぞり返るのではなく、つんのめるように前のめりになってところが、畑中さんや年若い人(年齢なんか関係ないけど)に似てるんだろうし、分かりやすく感じられるのかもしれません。

 で、ダメダメハングリーにお尻叩かれながらつんのめってる僕の姿は、畑中さん、今のあなたの姿でもあるのですよ。あなたは「そんなの関係ない」って言うかもしれないけど、やはり何事かを成し遂げたのであり、それは客観的な事実です。そして、ハタからみてればドエライことをしながらも、尚も「ダメ」と思い且つそのダメさ意識が原動力になっている、、同じではないですか?てことは、あなたが僕を見てカッコいいと思うように、畑中さんを見てカッコいいと思う人はいるということです。本人にとってみれば全然そう思えなかったとしても。

 もっと言えば、本当にカッコいいのは「給食のおばちゃん」みたいな人達だと思うのだ。自分の持ち場をしっかり守り、子供をしっかり育て上げ、、、要するにあなたのお母ンですわ。でも、そういう人達のカッコ良さって分かりにくいです。でも、僕の軌跡は、やたらカクカクしてるから分かりやすい、ただそれだけのことだと思います。そして、これが以下の本質的なレスポンスにつながっていきます。

 インタビューしてて分かったのですが、畑中さんの子供の頃=虫取りのために必死で走り回ってた時期=が一つの原点になるのでしょう。成長するにつれて徐々に原点は忘れられ、勧められるままに大学に行き、留年し、資格を取り、、、彼の表現によれば「今からおもえば鼻くそみたいな」という”いわゆる青春的な”ことをやっていた。ところが、TV番組の魚突きを見てガビーンとなる。これがもう天啓のような、雷に打たれて変身するかのように、原点の畑中人格が突如出現する。そこから先は「海バカ一代男!驀進!」といっていいくらいの突貫力を持つ。それ以前の自分は「死んでいたのも同然」とすら自己評価されるくらいに。

 畑中さんのワーホリの旅は、その原型人格の最終到着点だったと思います。それはめでたいことなんだけど、「宴の後」のような寂しさもある。それどころかこれまでの価値観の全否定に近いくらいのドンデン返しになる。魚さえ追ってたらハッピー!だったのが、「魚取って、それがどうした?」くらいになる。これは結構誰でもそうなるんじゃないかな。どっかで読んだ記憶があるけど、オリンピックの覇者とかチャンピオンの述懐で「他人よりちょっと上手に○○が出来て、それが何だというのだ?」と気分になるという。

 でもそれは悲しいことではなく、「終着駅は乗換駅でもある」というごく当然のプロセスなのでしょう。ある地点まで到達すると、自然と次の視界が広がる。体験談では、クエが捕れないとかフラれたことがワーホリの意味性喪失の原因であるかのように書かれているけど、でもそうじゃないでしょう。彼とのインタビューでも明らかになったけど、仮にオーバーメーターのクエを獲りまくったとしても同じように思っただろう。また彼女さんと上手くいってたとしても、やはり同じことだったと僕は思う。

 それは「魚取るだけが人生じゃないだろ?」という、言ってみればクソ当たり前の視点=しかしながらワンノッチ(目盛り)高い視点を得からだと思います。でも、それは何事かを成し遂げて高いところに登らないと得られない視点でもあります。高いところに登らないと、そこが実はそんなに高くもないんだということにも気付けない(バガボンドにもそんな下りがあったよね)。

 海バカ時代は、畑中さんの自己実現というか自己奪回のステージだと思います。子供の頃に夢中で走り回っていた頃の自分に戻る、その問答無用の快感で彩られる第一期です。畑中さんが水中で追いかけていた”幻のクエ”は、いわば子供の頃の”幻の自分”であり、自分が自分であることの圧倒的な気持ち良さでしょう。だとすれば、自分が自分に戻れた時点で、クエが捕れようが捕れまいが”奪回”という第一ステージは燃焼し、その役割を終えます。

 一段落し、奪回した自前の目玉で初めて見たとき、そこに映ったのは「世界」であり、それと自分との”関わり”でしょう。本当にごく自然にそうなっていったのだと思うのだけど、その過程は、月並みだけど「出会い」ですよね。学校で知り合った良きライバルや仲間、そしてラウンド先で大マジで世界平和を目指している北斗さんとか。彼らは、自分の突き詰め方という第一ステージにおいても半端じゃないけど、それ以上に世界と自分との関わりという第二ステージを持っている。それが畑中さんにとってはショックだったのでしょう。「同じ年でこうも違うかと思って、自分が情けなかった」という体験談のくだりです。

 第一ステージは自分がまず自立して幸せになる過程だとすれば、第二ステージは他人を幸せにする過程。他人を幸せにすることによって初めて自分も幸せになれるという、win-win的な幸福な鏡面関係。でも、それは既に自分だって持っていたものですよね。

 話してて思い出してもらったけど、朝早くから魚を捕って捌き、買い出しにいって焼き鳥の仕込みをし、わざわざ日本から取り寄せた”石川県の珠洲市産の天然珪藻岩を職人さんの手で削りだした銘品”である七輪で炭を起こして焼き上げて皆に振る舞う。大変な労力だけど、なんでそんな苦労をするの?というと、自慢したいからでもなく、押しつけたいからでもなく、「美味しい」って皆の顔がほっこりするのが 理屈抜きに嬉しいからでしょう。他人の幸せ=自分の幸せという関係性です。だからもう知ってるんだよね。

 畑中さんのワーホリ(と、たまたまビザの制度上呼ばれている人生の一時期)は、第一期から第二期への過渡期であり、その変化を誘(いざな)ったのは北斗君をはじめとする「みんな」なんですよね。つまり「クエを求めて人を得た」という、「Aを求めてBを得る」という慮外の果実パターンであり、それはそれは幸福なステップだと思います。本当の意味で”成し遂げた”のはそのことだと僕は思うのです。ただし、成し遂げた感はないんだよね(笑)。あるのはダメダメハングリーなんだわ。でもそれって次のステージのスタート地点には相応しい起爆剤だと思います。スタート地点でヘラヘラしてる奴はいないもんね。


 で、話をもとに戻すと、畑中さんさ、あのまま第一期でも良かったわけじゃん?医療技術の資格とキャリアを身につけて、まず就職には困らないという今の日本では"特権的”といってもいいポジションにおり、しかも外国の海を潜りまくったという”究め”レベルの趣味もある。言うこと無いじゃん。何が不満なの?って。でも、全然満たされないんでしょう?そんなもんじゃ全然足りないのでしょう?だからそれにしがみつく気もないし、今「ゼロから勉強じゃあ」って気になってるわけでしょう。そして、そう思うことがエラいことだとも、カッコいいことだとも思ってないでしょう?僕も同じだったのですよ。「何が不満なの?」的に弁護士辞めて何の成算も情報もなくこっちにきたのも、「ここからじゃあ、ゼロからじゃあ」って気持に突き動かされたからです。当然、エラいともカッコいいとも思えず、「ダメな奴が努力するのは当たり前だ」としか思ってなかったし、今もそう思ってる。だからカッコいいとか言われても、「謙遜抜きに、それは違う」と言いたくなる。

 さて、これから「他者・社会との関わり」という、より難易度の高いステージに進んでいくわけだけど、ご家族の健康問題が待っていて、それはそれはご心配なこととだとは思うけど、でも、見方を変えたらまさに「天の配剤」ですよね。これが1年前で第一ステージだったら、途中で断念せざるを得ない中途半端なモヤモヤが残ったかもしれない。あなたが第一から第二ステージに移行するのを見計らったように物事が起きるという。不思議ですよね〜。あなたのお尻の28針を抜糸(抜ホチキス)してくれたレイコさんから貰ったメールにも書いてたけど、彼女は4軒のローカル美容室で働いたわけだけど、一軒目はシェアメイトのロスに手をひかれるようにして就職し、二軒目は開放的なダーウィンで自分で仕事をみつけ、三軒目は世知辛いシドニーでそれでもなんとか仕事を見つけ、四軒目のケアンズでは採用にあたり自分で実験台を探してきての実技試験があったという。どんどん難易度が上がる。で、彼女も「不思議ですよね〜」と書いてたけど、「まるで階段のように、まるで神様があらかじめ用意してくれていたかのように」と。

 他者との関わり、社会への貢献、「世のため人のため」、艱難辛苦の第二ステージですが、でも、よく考えたら皆普通にやってるんだよね。子育てなんかその典型だし。で、第二ステージが「自分が幸せになるために他人を幸せにする」のだとしたら、第三ステージは「自分は幸せになんかならなくてもいい」というさらにアッパーな世界があるわけで、給食おばちゃん(的なる存在)とか、そしてお母様も、結構そのレベルに踏み込んでいるかのように思われ、だからカッコいいんですよね。地下鉄で放心状態で揺られているおっちゃんとかも、心ない人から「社畜」だの「うだつが上がらない」だのボロカス言われがちだけど、でも(だから)カッコいいです。これって15年前のエッセイ「カッコいい」で書いたこと、人間まっとーに生きてたら”うだつ”なんか上がらない、上がってたまるか!って思います。うだつが上がってるうちはまだ未熟。

 あ、それとこれは直接申し上げたけど、第一ステージ、絶対に!無駄にはなりません。1あってこその2です。1やったことない奴、1の快楽を知らない人間がいくらお題目で2を言っても、にわかには信じられないというか。自己快楽を極限まで突き詰めた人だからこそ、自分を突き放すことも出来るんじゃないかと。「もうそんなにかまってやらなくてもいいでしょ」って思える。そういった抽象的なことはさておき、何かにヒタムキになることの動物的な怒濤の快感であれ、海や魚や自然の素晴らしさや技術や、それを実現する世俗的な実務能力、それらは決して無駄にはなりません。てか、これからも激しく使うでしょう。磨き抜いておいてください。それはもうあなたの「テーマ」ではないが、あなたの「武器」になる。そして次の人達に伝えてください。この体験記のように。

付録:現地トラブルとメール相談実例

畑中さんからのメール相談で、皆さんの役にも立ちそうな部分を抜粋して掲示しておきます。

「役に立つ」といっても、ドンピシャの事例に出くわすことは無いでしょうから個々的な知識をメモっても意味ないです。
、 役に立つのは、

 @、ラウンド先その他での「現地のトラブルというのはこんな感じで発生する」という実例。
 その感覚を何となく肌で実感して欲しいので、敢えて要領よく編集せず、基本、そのまんまで掲載します。

 A、現場における問題解決のケーススタディ
 途方に暮れ、しかし複数の選択肢を考えるが、翌日には情勢が変り、、、という、常に状況が流動的に変化していくこと。そして解決したと思ったら、また次の問題が出てきたり、解決しないうちに段々どうでもよくなったりという(^_^)。

 そのあたりを感覚的につかみとってくれたらOKです。


他州で登録している車の車検を受ける方法について


畑中さんからのメールの質問:
今僕の車のレジが8月で終わるのですが、こちらの日本語がめちゃしゃべれるAUSSIEの整備士さんにきいたところ、西AUSの整備士からはピンクスリップの発行ができないらしく、レジの更新が完了できないと思われるのでWAナンバーに変更するか、NSWかRTA宛に旅の途中のためレジの更新を遅らしてもらうように手紙を送る必要があるといわれました。
またWAナンバーにした場合、INSPECTIONを通す必要がありそのための厳しい規定を満たさないといけないため、整備代がかなりかかるといわれました。またNSW、他州のナンバーの車はこちらでは上のINSPECTIONのことがあるため安くしか売れないともいわれました。NSWナンバーのまま置いておいてシドニーに帰ってから売ったほうが高く売れるようなのでなるべくならそうしたいと思っています。
そこで質問があるのですが、APLACの人でNSWで車を買って他州に行った人たちは車のレジの更新、その他はどうしていたのでしょうか?なにか知っていることがありましたら教えてください。

僕の返信:
あまりこういうケースは多くありませんが、SA(South Australia)は規定がゆるいのでそちらに移している話を聞いたことがあります。 まあ、随分古い話なのですが。

今、ネットでアチコチ調べたのですが、確かにWAの場合はインスペクションがキツイですね。
盗難防止のイモービライザーを義務づけているので、それが無いとダメとか。
WA州交通局のImmobilisersについてのサイト

ただ、一定の要件を満たせばインスペクションなしにレジできるみたいです。
WA州交通局のLicense a vehicle from interstate
もっとも、Has been licensed in your name for at least 12 months という条項に引っかかると思うのですね。1年以上同じ名前で登録してないとダメと。

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で、SAの方も調べたのですが、
Driving an interstate registered vehicle

”Unless you hold a current interstate registration certificate in exactly the same name as the intended South Australian registration the vehicle must have a vehicle inspection to confirm the correct identity of the vehicle. ”

ここでインスペクションというのは、「同一性の検査」で足りるみたいです。多分、エンジンナンバーとかシャーシーを調べて、NSW州のレジと同じ車であることをチェックするという。これは簡単だろうし、安いんじゃないかなあ。

これでナンバーをSAに変えてしまい、あとは売るか、そのまま乗ってレジに備えるか、です。

早めにレジを変えると、NSW州の残期間のレジ代は返ってくるのではないかな。
NSWのRTAのInterstate residents

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まあ、これで上手くいくかどうか分からないし、フリーマントルからアデレードまで車を転がしていくこと自体、えらく費用がかかります。ガス代だけでも相当なものでしょう。幾ら高いといってもインスペクションの方が安いと思う。そのこと自体に意義を見出せない(ドライブするのが楽しいとか)のであれば、もう腹を括ってWAでお金払ってインスペクションをすべきでしょう。

問題は幾らかかるか?ですよね。

だから、そこまで突っこんで聴いてみたらいいと思います。多分売るにしてもそのぶんを余計に見積もられて安く買いたたかれるでしょう。だから金払ってレジを変えて高く売った方がいいかも。でも、もしかして高く買う人がいるかもしれないから、広告は打っておいて、それで買う人がいたら売ればいいし、ダメだったら正攻法になるという。

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要は一般的にこうすればいいというよりも、具体的にどれだけかかるかだと思うわけですよ。
僕も今年のレジで、インスペクションの最中にエンジンマウントの交換などやたらかかりましたから、2000ドルくらいいっちゃいました。NSW州でNSW州のレジをやってもそのくらいかかるわけです。今はCTP(Green Slip)が高いし、またレジ料も高いのでそれだけで1000ドルを越えるでしょう。
インスペクションをして修理箇所が出てきたら、WA仕様の変更加算代など、全体からしたら大した問題ではなくなるかもしれません。 そのあたりを総合的に考えてみたらいいと思いますです。

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>NSW ナンバーのまま置いておいてシドニーに帰ってから売ったほうが高く売れるようなのでなるべくならそうしたいと思っています。

レジ更新を遅らせるというmailはやってみるのもいいでしょう。
でもそれが通るかどうかは微妙でしょうね。その間「乗らない」という条件を付けられるかもしれず、また、どうやって車をNSW州に持って行くかという問題があります。

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でもってさらに調べたら結構出てくるもんです。

Renewing a NSW Rego in WA. Obtaining a pink slip? advice

これがまさに同じパターンで、最初にくだらない回答が続いた後、ドンピシャの回答がありました。

”WA has inspection centres which will inspect your vehicle and issue a certificate of roadworthiness. The RTA in NSW will accept that in lieu of their pink slip. I had mine done a few years ago in Karratha. I think the cost then was $50 and the inspector refused to accept anything but cash!!!”

これってまさにカラサじゃん。

”I did mine in 2010 when in Kununarra. Rock up to an Accredited Inspection Station, get the job done, pay the money (a lot more then in NSW), take the paper slip.
Post the slip to a contact in NSW who will then front the RTA with the relevant documents (Third Party slip too), pay the money and get your rego sticker posted back to you.
You can pay the Third Party online and it will show on the RTA system when your nominee fronts the counter. " "Yeah the inspection was $87 vs $30 in nsw, but apparently more thorough so good to get a good check up of the car. I am sorting it out next week, after some research i may just get it rego'ed in WA after all, might even save a few $$$. "

とか言ってますよね。結局WAにしたほうが得だとか。

結論的にはよく分からないけど、その日本語が上手なお兄ちゃんだけに頼らず、同じ質問を他でもしてみなはれ。シェア探しと同じ。

@本当にWAでNSW州のpink Slipは出来ないのか?
これは絶対に出来ると思う。そういう連中は一杯居るはずだし、ビジネスで来てる奴だっているんだから、出来ないはずはないと思います。一般のところではやってないかもしれないけどけど、NRMAとか全国規模の組織に聞いてみるべし。またNSW州のRTAにも聞いてみるべし。

AWAもPink Slipはあるだろうし、「厳しい審査」もあるかもしれないけど、前述のように一定の条件(それ自体がんなに厳しい基準でもない)だったら検査なしでいいって言ってるんだから、いったいどれだけ「厳しい」のか疑問でもある。またどのくらい金がかかるのかを具体的に調べるべし。店によって結構言うこと違うよ。

Bどこのレジにするか、審査はどうか、売る売れないという一般的なことを幾ら積上げてもあんまり意味はない。
なぜなら、審査よりも、実際の修理箇所が出てきたらそんなのぶっ飛ぶくらい金がかかるのだから、相対的な比率は低い。レジ一本2000ドルと腹を括るべし(それより安く済んだらラッキー)

売る売れないも、結局は買い手次第だから、WAで高く買ってくれる人(これからNSW州にいくひとだったら買うでしょう)、NSWで高く売ろうと思っても、それまでにガタがきて修理代がメチャクチャ嵩んだり、あるいはNSWで時間がなくなって泣く泣く安値で叩き売るハメになったら結局損だし。

だからすごい個別の事情で結論が変わってくる。
ゆえに、(1)大雑把な概況だけで判断するな、(2)情報ソースを一つだけにしないで色々聞いてみろ ということです。

要は一つ通ってしまえばいいだけです。
毎月何百台もレジをするビジネスをやるわけではないのだから、自分のケースだけうまくさばけたらいいわけですよね。これもシェアと同じ。一般論はあくまで一般論であり、個別具体的に模索すべしってことでしょう。

以上、参考になれば幸いです。
頑張って〜!

畑中さんからの返信:
この間は車の件でのアドバイスをいただいて助かりました。ありがとうございます。
RTAにメールで問い合わせしたところNSW以外からのREGI更新はINSPECTIONレポートをRTA宛に送付すればよいとのことでした。
またREGIの期間が過ぎて3ヶ月以内は更新の申請ができるとのことでしたのでなんとか漁が終わるころまでには間に合いそうです。

さらにその後の畑中さんからのメール:
今日NSWのレジ更新ができました。以前よりRTAと何度もメールのやり取りをしていて必要書類をRTAに送れとの事だったのでしたがさっき電話とFAXで全て片付きました。

田村さんの家宛にレジのレシートと登録シールが届くようにしました。シドニーに帰った時に取りにいこうと思っています。勝手にやっちゃってすみません。こちらでレシート番号は控えているのでポリスに見つかった場合も何とかなると思います。

一週間前にエビのシーズンが終わったのでカラサで船を降り、今ダーウィンについて3日目になります。昨日ガムツリーでヨーロピアンのトラベルメイト(田舎でチーズとか作ってそうな純朴そうな女の子)も見つかり明日にはケアンズに向けて出発できそうです。
(注:おそらく上記のフレンチガールだと思われる)

僕からの返信:
> 田村さんの家宛にレジのレシートと登録シールが届くようにしました。シドニーに帰った時に取りにいこうと思っています。勝手にやっちゃってすみません。

了解です。ノープロブレムです。

> こちらでレシート番号は控えているのでポリスに見つかった場合も何とかなると思います。

来たらスキャンしてメールで送ってあげようか?
現物を転送すれば一番いいんだろうけど、場所が分からんし(転々とするだろうから誰にもわからん)、途中で紛失したらイヤだろうから、取りあえずスキャンしたものをプリントアウトして、切り取って貼り付けておくという手もあるでしょう。あるいは、なんか言われたときに印刷したのを出せばいいし。

(とか何とか書いた2日後にレジが来たのでそのメール)
RTAから郵便が届きました。
とりあえずスキャンしておいたので、メールに添付しておきます。
PDFファイルですので、このままカラー印刷すれば本物っぽく見えなくもないという。少なくとも証拠にはなります。

畑中さんからの返信:
2日前にメール確認した時にはこのメールに気付きませんでした。すでに送ってくれていたのですね。。。

これで十分証拠にはなるので大丈夫だと思います。
ありがとうございます。


口約束だけのバイトの報酬をゲットする作戦


畑中さんからの質問メール:
じつはまた相談したいことがでてきたのですがありまして。。。
現在僕たちの船の冷凍庫がえびで満タンになったので給油とえびの積み下ろしのためKARRATHA近郊の港で停泊しています。えびの積み下ろしの寄港はこれで2回目で今回の停泊中に1回目の分の給料をもらえる話になっていたのですが全額はもらえないということを聞かされて不安がよぎりました。

それというのも仕事を始めるあたって契約の書類の類のものを一切交わしていないからです。これについて船長に質問したところ、船長を含め、この船に乗っているデックBOSSのNZガイと僕たちデックハンドの二人はワークシェアという雇用形態だと聞かされました。給料はえびをおろしてから売るまで通常1ヶ月程度かかり、船長に全額振り込まれ、船長から僕たちへ渡されるという仕組みらしいのですが、もし全額もらえなかった場合の事、またこの先漁が終わってから最後の分の給料等ももらえる保証がないため不安になっています。

もし給料が振り込まれない場合このケースで何か訴えを起こすことは可能でしょうか?
給料の内訳は、前回18tほどのえびを下ろして、10kgで1箱一人4ドル程度もらえるという話なので7200$はもらえるはずなのですが、前回の停泊時3000$、そして今回3000$支払われ、残りの1200$はまだえびが売れていないので売れてから支払う、俺を信用しろ!との事をいわれましたがいまいち信用できません。

 給料の件に関しては以前から不安があったので船長に聞いてみると前回の寄航時に3000$小切手でもらいました。そして今回、1回目の積み下ろしから1ヶ月経過したのに音沙汰がないため再度船長に僕たちが本当に給料をもらえるのかどうか不安になっているとの事を伝えたところ会社?オーナー?に電話して今回の寄航のときに支払うとの事を聞いて安心していました。ところが昨日寄航してから今日、3000$支払う、残りの1200$は海老が売れてから支払うとの事を聞かされてこの先この船長を信用してよいものかどうか怪しいので、明日の積荷下ろしの後、食料の買出しに町に行って3000$をもらった時に残りの給料の件の話をしようと思っています。
また今後口約束だけでは不安が続くので、給料を期日どうりに支払ってもらえるように書類を作成し、サインを求め、拒否された場合はこれ以上漁の仕事はしないというスタンスをとろうかなとも思っています。

その書類なんですが、手書きでも大丈夫なのでしょうか?Word等のソフトが入っていませんまたどういった内容であれば法的な効力を発揮するのでしょうか?

 またこれ以降漁に行かず、船を下りた場合、前回の残りの1200$と今回の積荷の分の15t相当の給料はもらえないだろうし、裁判を起こすにも書面に残っているものがないためあきらめています。この件に関してはあきらめるしかないのでしょうか?
なにかわかることがありましたら教えてください。

僕の返信:
さて、本題。
法律相談ですね。給与債権の保証と取り立てですね。

えーと、まず給与債権は普通の債権よりも強く保護されます。
労働関係ということで、一般の裁判所に行く前に、日本でいえば労働基準監督署や労働関係調停などを利用されるといいです。
Industrial relations(労使関係)で、HPでもジャパレスの給与を申立てた実例がUPされてますが、あのパターンです。普通の裁判よりもずっと手続きは楽だと思います。

第二に後日の紛争に備える準備ですが、仮に紛争処理や裁判をする場合、第一に必要になるのは証拠以前に、「相手方の特定」です。 「船長」とかボスとかいってても、フルネームとか会社名とか住所とかそこらへんです。呼出し状一つとっても、どこに郵便を送ればいいの?というのが分からなかったら手続きが始まりませんから。ちゃんと調べておくといいですよ。

第三に証拠固めですが、

> その書類なんですが、手書きでも大丈夫なのでしょうか?Word等のソフトが入っていませんまたどういった内容であれば法的な効力を発揮するのでしょうか?

手書きでも証拠は証拠です。
口頭でも別にいいんですよ。ただ口頭だと言った言わないがあるから不安定だというだけです。
手書きだと何となく体裁悪そうだけど、でもワープロ印字だと偽造が簡単に出来るというデメリットもあるのですね。手書きだったら筆跡鑑定すれば明らかになるし。

だから手書きでいいです。
書くときのポイントは、誰が、誰に、何のお金を、幾ら、いつまでに、どうやって支払うかを明記すること。

もしコレにさらに権威を付けたかったら船長と一緒にJP(Justice of piece)の前にいって、このサインが本物であることを確認し、JPのサインを貰うとかなり強力な証拠になります。
JPはどこにでもいます。郵便局とかにいって聞いてみたらいいです。薬屋さんとかにもいるし。裁判所にも勿論います。市民の中の公証人みたいな人です。

しかし、ま、船長がそこまでやってくれるかどうかは微妙でしょうね。

だもんで、口頭での約束でもこっそりICレコーダーなどで録音しておいたり、デジカメの動画機能で取っておくといいです。僕がインタビューしたように。でも、カメラを向けたら警戒されるというなら、こっそりスィッチを押して、録音だけするという手もあります。

第4に、先日付で小切手を切ってもらうという手があります。
「残りのエビが売れてから」というのがいつか分からないけど、例えば1週間後とか2週間後とかいつでもいいから、「この時期にはOKでしょ?」という時期を聞き出し、その日付で小切手を切ってもらいます。1200ドルで。

小切手というのは銀行に取りたてに出しても日付がくるまで交換できません。だから、船長としてもその日までに取り立てがくることもないわけで、だから切ってもいいでしょうってことです。
それまでに給料を払うようになったら、呼び出してくれと。その場で小切手とキャッシュを交換しよう。あるいは、その日の日付の小切手と交換しよう。あるいは、そのまま日付がきたら交換すると。
「なにわ金融道」のようなマチ金の場合、貸し付ける際には相手から手形切らせますよね。返済しなかったら手形を交換に廻すぞということですね。返済したらした分だけ手形を返すという。

小切手というのは強い権利があり、これ一枚持ってるだけで他の事情は立証不要なんです。もうそれ一枚だけで裁判に勝てます。仮にあとで裁判を起こすにせよ、あるいは労働調停でやるにせよ、小切手一枚あったらもうかなり強いです。
ですので、一筆書くと並行して先日付で小切手を書いて貰うという手もあります。

以上、ご参考になれば。

畑中さんからの返信:
ありがとうございます。
今早速友人と二人で明日の作戦を練っていましてまた聞きたいことができたのですが。

明日3000$の小切手をもらうときに残りの分1200$の小切手と今回の積み下ろし分の小切手も切ってもらうように申し出ようと思うのですが。市場の価格によって給料の額が変わるからいくらか分からないといわれた場合どうしようかということになりました。その場合書類に記入してもらうように申し出ようと思ってましてその書類の書き方についてなんですが。
たとえばしたのようなものでも効力は発揮するでしょうか?

BRUCE BROWN pays 20% of the profit that fished prawns to each AKIRA HATANAKA and HOKUTO TAKAGI by 1 month later since after unloading for the wages of deckhand's work
Signature____________

これだと今回の件だけでなく、今後の給料が支払われなかったときにも効力を発揮するようにおもったのですが。

僕の返信:
英文の意味が今ひとつ分からなかったのだが、、、
無理に一文にしない方がいいと思います。

> BRUCE BROWN pays 20% of the profit that fished prawns to each AKIRA HATANAKA and HOKUTO TAKAGI by 1 month later since after unloading for the wages of deckhand's work

だったら、

1. BRUCE BROWN pays 20% of the profit of the fished prawns to each deckhand, Mr AKIRA HATANAKA and Mr HOKUTO TAKAGI respectively.
2. The payment has to be made within one month since the deckhand's unloading job has done.

あたりでよろしいかと。
まあ、細かくいえばprofitの算出方法とか、仕事の最後は常に荷下ろしなのかとか、支払方法とか色々あるんだけど、別に完璧でなくてもいいし。

ところで、
”by 1 month later since after unloading for the wages of deckhand's work”の意味が良く分からなかったのだが、「デックハンドの仕事の給与のための荷下ろし」というのがややこしい。

ここで分からなかったのが20%というのは荷下ろし仕事に関する報酬なのか、それとも全てのわたって20%なのです。今後のためにも使うならそのあたりを明確に。

もし率が違うなら、「操業(漁獲)仕事の場合は○%」「荷下ろし仕事の場合は○%」とする。

なお、上記の文面だけだったら、一般的な報酬の取り決めだけで具体的な債権の存在の立証資料にはならないことに注意。

もし個別具体的に言いたかったら、第三項として、
「2011年7月11日現在、Bruceは両名に対してそれぞれ○ドルを支払う義務を負い(既に生じた分)、また、現在操業中の漁獲の荷下ろしについては、7月○日前後に、両名従事の上、行う予定である。」
とかなんとか。
このあたり具体的な流れが分からないのでこちらも的確に言えないのだが、要するに現状と将来について分かってることを正確に書いておくことです。

頑張って!

畑中さんからの返信:
ありがとうございます。
さっきまで泣き寝入りの結末を予想していただけに安心しました。

早速資料作成にかかります!

(その17時間後のメール)
 今日はUNLOADINGはせず明日もう一度海老漁に出て冷凍庫を22t近くまで満たす予定ということを今朝船長から知らされました。昨日田村さんに相談したことで戦う術もあることが分かったので今日は事を起こさず、船長と相談しながら給料についての取り決めの契約書を作成する形で話を持っていこうかということになりました。
やはり先日付けで小切手をよこせというのは向こうも気を悪くするだろうし、、、第一今は海老がけっこう取れているのです。しかも前回より高く売れるらしいし。
また追って経過報告します。

僕の返信:
> どうも畑中です。昨日はアドバイスをいただきとても助かりました。
> ありがとうございます。

いえいえ、夜中の作戦会議、お疲れさまです(^_^)
いい英語の勉強にもなったろうし。

>  今日はUNLOADINGはせず明日もう一度海老漁に出て冷凍庫を22t近くまで満たす予定ということを今朝船長から知らされました。 >昨日田村さんに相談したことで戦う術もあることが分かったので今日は事を起こさず、船長と相談しながら給料についての取り決めの契約書を作成する形で話を持っていこうかということになりました。
>やはり先日付けで小切手をよこせというのは向こうも気を悪くするだろうし、第一今は海老がけっこう取れているのです。しかも前回より高く売れるらしいし。


なるほど、そういう状況だったら荒立てない方がいいですよね。これまで払ってくれているんだから、まあ普通だったら払ってくれるでしょう。というか、要するに儲かればいいんだから、船長だって儲かれば気前も良くなるでしょう。

法律問題って、状況によってすぐにビジネスになったり、政治になったりするのですよね。
臨機応変に変えていくといいですし、すでにその判断が出来ているあたり、さすがです(^_^)V

うまくいくことを祈ってます!

畑中さんからの返信:
返信が遅れてすみません。
あれからすぐ出港することになりましてずっとNETができない状況でした。

しかも出港後にDECKBOSSのクリスと船長のブルースが喧嘩してクリスが出て行く!とかなんとかありまして。。。(結局彼は出て行ってないんですけど)そのせいで船長と給料の件で話し合いするのが遅れてしまいました。そして今日給料の事を友達がクリスに話してたらブルースがその場に来て「今時書類なんてナンセンスだ。大丈夫だ。給料はちゃんとやるから心配すんな」と言われたらしいです。今のところどうするかは友達とちゃんと話し合って決めるつもりです。

田村さんに相談したことでかなり安心できました。
ありがとうございました。


僕の返信:
>今日給料の事を友達がクリスに話してたらブルースがその場に来て「今時書類なんてナンセンスだ。 >大丈夫だ。給料はちゃんとやるから心配すんな」と言われたらしいです。今のところどうするかは友達とちゃんと話し合って決めるつもりです。

いい展開だと思います。
紙に書いてくれなくても、録音録画でも証拠になりますから、「幾ら払う」という部分をゲットすればいいです。
それと、定期的に給料の話を持ち出しては、「なんかこいつらすごい心配してるぞ」と常に”議題”にしておくといいです。
皆の間で自然とそれが共通認識になるから、そうなると、船長がブッチしようとしても、しにくくなりますよね。
「そんなことしたら、面倒臭いことになりそうだな」と。

要は「一筆書いて貰って証拠固めをする」ことが最終目的ではなく、払って貰うことが最終目的なので、そこに至るルートはイロイロあるわけですね。
なんとなく雰囲気的に払わないわけにはいかないような感じにもっていくのは、高等技術ではありますが、でも、ありえます。

「泣き寝入りしまっせ」オーラを出していると、船長にも「もしかして払わなくても済むかも、、」という邪心が芽生えるでしょう。 「絶対せーへん」オーラを出していると、その逆。これが北風政策。

と、同時に「可愛いやっちゃ」と思って貰えれば払うだろうし、不必要にギクシャクせず、良好な関係を結んでいたらほっておいても払うでしょう。ボーナスもつけてくれたりして。これが太陽政策。

そのあたりちょい意識的にやってるだけで結構違うと思いますよ。


畑中さんからの返信:
なるほど太陽政策ですか。。。響きがいいですね。給料の事は船に乗った直後から心配で、僕たちが金を稼げるかどうかは海老の取れ高しだい、船長の腕次第だと思っていたので漁の時間ずっと魚探とにらめっこの船長ブルースの朝のコーヒーと軽食、昼食は気を使って毎日作るようにしています。
最悪戦う術もあるしとりあえずは給料もらえると信じて太陽作戦を続けていこうかと思っています。(証拠ボイスの録音も忘れずに)

畑中さんの体験談(4)えび漁より抜粋
 時系列的にはここに入ると思われるので抜粋引用。
 北斗氏が船を下りる前に我々の手書きの契約書類にブルースのサインをもらおうと思っていたが彼はすでに契約書類を三枚作成してくれていて私と北斗氏とブルースの三人ともその書類三枚にサインしてそれぞれが書類を持つことになった。これまで私達は彼に給料の件について何度も話をもちかけて心配しているそぶりを見せていた。それとブルースは漁の間ずっと魚探とにらめっこでキッチンには来ないため彼の朝飯と昼飯をコーヒー付きで出していた。これらの効果があったのかもしれない。


時は流れて4か月後の畑中さんからのメール:
あと以前僕が漁師の時の給料未払いの件で田村さんに相談に乗っていただいたことがありましたよね?あの件なんですが、実はまだ残りの給料($10000相当)が船長のブルースから振り込まれていません。僕が船を降りたのが9月の始めですからもう4ヶ月ぐら経っています。

一ヶ月以上前から私と一緒に船で働いていた友達の北斗君と二人で何度か電話で船長に問合わせていました。
一月前に私が船長に電話すると「まだ船のオーナーから給料がふりこまれていない。俺が弁護士使って三週間後にオーナーを訴えるから待ってくれ」ということでした。
その三週間後、友達の北斗君が船長に電話すると「裁判はいつになるか分からない。」という返答でした。

もう船長のブルースブラウンの言うことは信用できないと思い。Fair Work Ombudsman(以下FWO)というこっちでの苦情処理の会社?のシドニー支店にメールで問い合わせ、そこの日本語通訳さんを通じて事情を説明し、この会社(Premiun Seafoods int pty)宛に電話をかけてくれるとのことになりました。しかし、船を降りるときブルースからもらった書類には船のオーナーの住所と携帯の電話番号のみの記載(ブルースの連絡先も携帯でした)でした。FWOからは携帯電話の個人宛には電話をかけることができない、会社の電話番号がないと何もすることができないと言われました。

その後北斗君の方からブルースに会社の電話番号を聞いたのですがブルースも携帯番号でしかオーナーと連絡を取り合っていないため会社の電話番号は知らないという答えでした。北斗君がもう給料の振り込みは待てないと言うと「俺ももらってないのにお前達に払えるわけがねだろう」と逆に怒られたらしいです。

北斗君の方もパースのFWOに行き事情を説明し、何かの書類をもらって今タスマニアで働きながらクリスマス前に書類を提出したそうですから何かしらの返答は期待できると思います。

今現在こういう状況で私達としてはもう何が本当かわからずブルースの言葉を信用できません。もしFWOから良い返答がなかった場合、私達で彼と船のオーナーを相手取って訴えようかということにもなっています。

それで質問があるのですが、私が日本に帰ってからもブルースと船のオーナー宛に裁判は起こせるでしょうか?もし起こせないのであれば今の内に弁護士を使って訴えるべきでしょうか?また裁判になった場合、勝てる可能性はありますでしょうか?

なんか新年早々暗い話ばかりですいません。

僕の返信:
で、給与の件ですが、多分船長が言ってることにそれほど嘘はないのだろうと思いますが、今は、頻繁に連絡を取りつづけるといいと思います。

こちらで弁護士を雇うとかいっても、高いんですよね。時給数百ドルとかチャージされますし、本気で裁判とかいっても、全部取れた としても、それが全部弁護士料になるという笑えない話もあります。てか、100万円くらいで足りるか?という。

これが単に電話一本の交渉だったらいいのですが、今回は、まずは相手方の特定といって、あれこれ調べないとならないですよね?これだけの情報で相手会社を調べるのは、かなり時間がかかるかもしれないし、時間が掛かった分だけチャージされます。

また、相手の会社が倒産とかお金が全然なかったら、いくら勝訴しても意味がないです。
弁護士に頼むのは、ある程度勝てそうな見込み、すなわち基礎情報と十分な証拠資料があってからです。

もっとも、シドニーにも日本人の弁護士さんがいるでしょうから、相談だけだったらそれほど高額ではないと思いますので、戻って きたときにされてもいいかと思います。

法的手段は、確かに、債権者代位権(船長の権利をこちらが使う)やら、財産保全の仮処分やらいろいろあるのですが、それもこれも相手が特定できての話でしょう。それに保全処分は保証金が要ります。また、それをやるにも相手の資力(現在の資産状況)の立証もいるので、それなりにリサーチしなければなりません。

まあ、船長と話をするなら、前にも言ったように小切手一枚書いて貰えばいいとは思います。それさえあれば面倒な立証は一切不要ですから。
それに、相手会社が払う払わないということに関わらず、一般に船長に請求することは出来るとは思います。
まあ、支払時期について出来高によるという合意があったという抗弁が出てくるでしょうけど、そこは話し合いですね。

お友達がもし近場にいるなら、交渉の席につかせることは可能でしょう。
船長の電話番号というよりも、住所が欲しいですね。郵送できますから。
それで調停の場でももうけて、定期的にあえるようにしておけば、船長も迂闊なことは出来ないとは思います。

とりあえずは、船長や会社の情報を集めることです。

そして払って貰えばいいんだから、連絡を密にとり続けて、ブッチできない心理的な状況に追い込むことだと思います。喧嘩腰だと相手も拗ねるかもしれないので、まずは友好的にと。

畑中さんからの返信
調停で長期的に会う。そんな手があったのですね。裁判所からの呼び出しなら向うも無視するわけにはいかないですものね。船長の住所はわかっていますのでその方向で一度シドニーの弁護士に相談してみるのもありかとおもいました。

>そして払って貰えばいいんだから、連絡を密にとり続けて、ブッチできない心
>理的な状況に追い込むことだと思います。
>喧嘩腰だと相手も拗ねるかもしれないので、まずは友好的にと。

まずはこの線でいってみるのが第一選択でしょうね。もし船長の音沙汰が無くなった場合は調停に呼び出すと。。。かなりの長期戦覚悟ですね。
この件については友達とももっと相談して決めることにします。

相談に乗っていただいてありがとうございます。


で、体験談の最後の方に「帰国2週間前になって船長のブルースから給料を支払ってくれるとの連絡があった。」という下りにつながるわけですね。



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