Date: Mon, 19 Feb 2007 12:07:43 +0900 (JST)
Subject: お久しぶりです。
田村さんへ。
お久しぶりです!
いかがお過ごしでしょうか。
早いもので、オーストラリアに来てから半年が過ぎました。
色々なことがあって、密度の濃い半年間でした。
僕は今メルボルンにいます。
ここでは、吉田絢子さんに再会しました。
旅が始まって、再会は初めてだったので嬉しかったです。
明日にはタスマニアに向かいます。
ツアーを極力使わずに、自力で回る予定です。
相変わらず英語はご愛嬌レベルですが、下手糞なりに、なんとか楽しくやっております。
お忙しいと思いますので、お返事はいただけなくて結構です。
無事に生きている報告ということで(^_^)
それでは、失礼します。
「APLaC」ノートにコメントを書く日を楽しみにしています!
Date: Tue, 3 Apr 2007 22:20:14 +0900 (JST)
Subject: 近況報告
お久しぶりです。
いかがお過ごしでしょうか?
僕は今、Berri(べリ)というアデレードからバスで4時間ほどの小さな町にいます。
グレープのピッキングをしているのですがあまりにも割に合わないのでどうしようか悩んでいるところです。
ここで別の仕事を待つのか、移動するのか。
どっちにしても自然が相手なのでどうなるかは誰にも分からないのが難しいところですね。
マジメにお金がヤバイので、正直ちょっと焦ってます(笑)
考えてみたら、焦ってるのは久しぶりかもしれないです。
(神経が図太くなってきたから、焦る事が少なくなってる)
最後の最後の手段として親に送金してもらうって手もありますけど、極力それは避けたいですし。
そうすると「自分のワーホリ」じゃなくなる気がします。
そうならないようになんとか、頑張ります。
大変な事も、きっと終われば「笑い話」になるでしょうね。
話は過去に溯ります。
前回ご連絡したときはメルボルンでしたね。
あの後結局まるまる4週間もタスマニアにいました。
タスマニアでは色々ありました。
ツアーを基本的に使わず(参加したのはポートアーサー日帰りツアーだけ)
バスで地べた這いずり回って島を回りました。
バスが多くても1日1本とか、週3本とかなので常にタイムテーブルと睨めっこでした。
時には「あーもう!」っとテーブルひっくり返したくなったり(^_^)
ネイティブやヨーロピアンの英語に少しだけ慣れてきたかなーと、浅はかにも少しだけ調子に乗ったら、オージー集団3人の話が10%しか分からず凹んだり。
でも、
「英語習得はとんでもなく長い道なのだから、道の途中にちょっとできたできないで一喜一憂するのは馬鹿らしい。そんなこと考えている時間があったらとにかく量を積み重ねるしかない」って結論(開き直り?)に至りました。
ホームシックにもなりました。(原因不明)
数日後には克服できましたけど。
タスマニアの景色は素晴らしかったですね。
特にクレイドル山とフレシネ国立公園が素晴らしかったです。
ツアーを使わなかったので、自分のペースで見れてよかったです。
自分で考えて自分で決めるのは大変だけど楽しいですね。
「自分の旅、自分の人生」って気がします。
その後は、グレートオーシャンロードとグランピアンズを経由してアデレードに行くツアーに参加しました。
参加者が20人くらいいて、アジア人は僕だけでした。
あれは迫力ありましたねー。
自分がダントツで英語下手ってことですもんね(^_^)
アデレードではシティのビルが意外と小さくて驚きました。
州都のシティはみんなシドニーやメルボルンみたいだと思っていたので…(^_^)
長くなってしまいました。
今回はこれで失礼します。
お会いできるのを楽しみにしています。
Date: Sun, 3 Jun 2007 19:23:38 +0900 (JST)
Subject: 近況報告 in Pemberton
田村さんへ。
お久しぶりです。
いかがお過ごしですか?
僕は今、Pembertonでブドウ(の木)のPruningをしています。
単に枝を取り除くだけなので、難しくはないのですが、正直、かなりBoringです(笑)
さて、これまでを振り返って報告したいと思います。
まず、前回報告した時にいたBerri(ベリ)ですが、お金にならないのですぐに去りました。
一度アデレードに戻り、インパシでPerthに行きました。
インパシはすごかったですねぇ。
ものの見事に風景がかわらないですねぇ。
おかげでオーストラリア大陸の広さを身(お尻の痛さ)をもって実感しましたが。
そして、お金が無くなりかけて、まじめに焦り始めた中、石原洋介くんが教えてくれたDonnybrook(ドニーブルック)のバッパーに連絡をとり、アップルピッキングの仕事をGetしました。
なんとか経済危機を乗り越えました。
Donnybrookでは、新井さんに偶然再会し、さらに石原くんも後から合流して(バッパーは別でしたが)何度か3人で飲みました。
久しぶりにAPLaCメンバーで過ごしました。
やっぱり再会はうれしいものです。
残念ながらアップルのシーズンは、1ヶ月ほどで終わってしまったので、一度Perthに戻り、WAの西南部を回るツアーに参加しました。
そのツアーでラウンド後初の「初対面の人がAPLaC出身」というサプライズがありました。
小島佳子さんです。おそらく、田村さんのところに行かれたと思います。
そして、今に至ります。
ここからが重要なのですが、セカンドビザをとることにしました。
実はこれは"賭け"と言ってもいいくらいです。
僕がここへ来るまでにもらったSignatureは23日分しかありません。
(本当はもっと働いたのですが、illegalファームでSignatureをくれないところがありました)
あと約70日分必要ですが、(先週木曜から働き始めました)これを書いている時点で、ビザの残り期限は79日です。
(8/22に来たということは翌年8/21までに出国すればいいんですよね?)
つまり、必要なSignatureの日数と残り滞在可能日数の差が、2週間弱しか無いのです。
ファーマー曰く、この仕事は10〜12週間続くとのことなので、おそらく大丈夫だとは思いますが。
でも、この賭けに勝たないとお金が足りず行きたい所にもいけず、中途半端な形でワーホリが終わってしまいそうです。
ただ正直なところ、目標日数まで働けなかったら、あるいは何らかの原因でビザが発給されなかったらどうしようという不安はあります。
ビザがとれずに、飛行機のチケットも買えずオーバーステイになっちゃったらどうしようとか。
そんなことにはならないと信じていますが。
もし何かあればご相談するかもしれませんが、
その時は、お知恵を拝借できれば幸いです。
Date: Mon, 13 Aug 2007 19:35:07 +0900 (JST)
Subject: 近況報告 :リーチ一発 OK!
田村さんへ
お元気でしょうか?
僕は先日ファーム生活を終えて約10週間ぶりにPerthへ戻ってきました。
先週、セカンドビザに必要な日数のSignatureをゲットし、申請しました。
無事にブリッジビザに切り替わりました。人事を尽くしました、あとは天命を待つだけです。長かったです、ここまで(笑)
さて、ではこれまでの報告をいたします。
ここのころは、新井さん・宇田川さん・千鶴と初期のメンバーの帰国が続いたのは辛かったです。時間が、ある意味残酷に過ぎてしまったことを実感しました。
今まで、電話をかければ声が聞けた仲間の声をもうオーストラリアで聞けないというのはやっぱり寂しいです。絶対に避けて通れないことですけど。
Pembertonでは、石原くんが同じバッパーにいたのがとても大きかったですね。よく知っている友達が近くにいるととても安心感があります。
Donnybrockにたどり着いた4月中旬まで一部の再会とハズレファーム生活(暴言?)を除いて、ほとんど一人で旅をしていたので尚更そう思ったのかもしれません。反面、ラウンドを修業と捉えたるならちょっとヌルかったかなとは思います、正直。
僕はこの旅で、自分の弱さと強さの両方に気がつきました。
時には寂しさを感じ、気心の知れた友達の存在に安心感を覚える自分。
そして、その気になって、一人で何でもやらなければならない環境に自分を置けば、ある程度のこと(日本にいた時はできないと思っていたことも)なら一人でできてしまう自分。(その後の反省点は多いが)
でも、どちらも本当の自分なんですね。だんだん自分の使い方が分かってきた気がします。今なら自分の"取り扱い説明書"が書けるかも。(^_^)
英語に関しては、来たころに比べれた少しは伸びたとは思いますが、まだまだです。
なんだか、英語を勉強すればするほど、自分の英語力に問題意識を持つようになります。
今の僕は、来たばかりの僕よりは英語力そものもはマシになってますけど、今の僕の方が自分の英語力に対して批判的です。
なんだか英語って「伸びた!」って思う瞬間よりも、「まだまだだぁ!」って思う瞬間の方がずっと多い気がします。必要条件がとんでもなく多すぎて、十分条件が成立するのがいつなのか、見当もつかないです。
今は、「たまたま自分の力でどうにかできるシチュエーションに遭遇すれば伸びたと感じ、たまたま自分の力でどうにかできないシチュエーションに遭遇すれば、まだまだと思うだけ。
だから、どっちのシチュエーションに遭遇しようが前進あるのみ!」と考えています。
でも、どんなに効果を実感できなくてもほんの少しずつ伸びているって信じています。
信じて歩き続けます。
長くなってしまいました。
それでは、今回はこのあたりで失礼します。
お会いできる日を楽しみにしています!
Date: Mon, 24 Sep 2007 06:50:45 +0900 (JST)
Subject: 近況報告 盟友去る。
田村さん、お元気ですか?
PerthからDarwinに行き、その後大陸を縦断して今、僕はAdelaideにいます。
それでは、また今までを振り返ってご報告させていただきます。
Pembertonでの爆走レースを終えた僕はBunburyを経由して、Perthに戻り、Fremantle・RotnestIslandを訪れました。
その後、Tasmaniaで会ったドイツ人(以下:友人K)とともにPerthからDarwinへと車での旅を始めました。
…ですが、結構この旅は大変でした。
僕は友人Kが思っていた以上にUnexperiencedであり、友人Kは僕が思っていた以上にImpatientでした。無意識に相手に期待していたこと・当たり前と思っていたことにズレがあり、それが一緒に旅をすることによって表面化されたようです。
悩んだ末、僕はBroomeで車を降りることにしました。
とても言い辛かったのですが、受け入れてもらえました。
最後、本音をぶつけ合って、笑顔で分かれることができました。
本音をぶつけて本当に良かったと思います。
旅を始める前「今の自分ならできるだろう」と密かな自信があったのですが、甘かったですねぇ。
調子に乗るんじゃねぇよって感じです。
気がつかないところで慢心したようですぼく、反省…。
でも、一緒に旅ができて本当に良かったと思ってます。
変な言い方かもしれませんが、この旅で葛藤していた時が一番「オーストラリアに来た甲斐」のあった時間でした。大変でしたけど、その分得たものも大きかったし貴重な体験でした。後は、僕がそれを今後に生かすかどうかですね。
そして、BroomeからDarwinまでは自力で移動し、DarwinではまたもやSurpriseがありました。
石原くん(+石原くんと僕の共通の友人2人)に再会し(1日ズレでのDarwin到着でした)勢いで一緒に旅をすることにしました。
Kakadu・Litchfield・Devil's Marbles・Kings canyon・Uluru・Katatjutaと10日間で怒涛の勢いで周りました。
気の合う仲間との旅ってこんなにも楽しいのかと思いました。
今までのワーホリ生活で最高に幸せな時間でした。
本当に楽しかったんですよ!!
そして、石原くんもついにオーストラリア去ってしまいました。
石原くんとは本当に縁がありました。
Donnybrookで再会、マトモなファーム生活に導いてもらい、Perth・Pembertonでは同じバッパーでした。
別に示し合わせて一緒にいたという程ではないんですが、なぜか一緒になることが多かったです。
こういうのは"腐れ縁"って言うんですかね(^_^)
石原くんは僕にとって、社交辞令ではなく帰国後も本当に会いに行きたいAustraliaのBestFriendであり、自慢の仲間です。
出会えたこと・最高の時間を共有できたことに本当に感謝していますし、幸せに思います。
そして、その出会いのきっかけとなった田村さんにも感謝しています。
本当は訪れたところの感想も書きたかったのですが、すでに大分長くなってしまい、読むのも大変だと思うのでこのあたりで失礼します。
それでは、また報告させていただきます。
シドニーでお会いできるのを楽しみにしています。
Date: Wed, 31 Oct 2007 17:47:07 +0900 (JST)
Subject: 近況報告 from Darwin
田村さんへ
お元気でしょうか?
恒例(?)の「青木レポート」です。
ウルルで石原くんを見送り、3人となった僕らはクーバーピディ("異空間"って感じでした)を経由してアデレードにたどり着きました。
アデレードには以前、3月〜4月にかけて滞在していたので「再訪問」ですね。
現時点では個人的に一番好きな町です。州都ながら都会過ぎず、あの静かさが妙に落ち着きます。僕の中で、都会と田舎の間の微妙な位置にあると言えばよいでしょうか。機会があれば、長期で住んでみたい町ですね。
僕らはアデレード到着後、すぐに仕事を探したのですがシーズン外なのでしばらく待たなければならないとのこと。電車パスの期限の関係で10月上旬にはダーウィンに戻らないといけないという制約のあった僕は「腐れ縁」の彼らに別れを告げて、一人「The Ghan」でDarwinに戻りました。残念ながらバロッサに行く余裕はありませんでした。
ダーウィンに戻る途中、キャサリン渓谷に立ち寄りました。これで「トップエンド3大国立公園」制覇です!
僕が行きたかったところは西オーストラリアとノーザンテリトリーに多かったのでこれで「観光」についてはひと段落ついた感があります。「旅」に関してはまだ終わっていませんが。
正直に言ってしまいますが一人になってダーウィンにたどり着いた頃ちょっと気分的にやや落ちていました。久しぶりでした、ああいうのは。(もう回復しましたが)
タスマニアを去る直前も似たような気分だったのを覚えています。なんか「自分の部屋に戻りたい」とか「よく知っている友達に会いたい」とか思っていました。なぜなのかは分かりません。一定の周期で起こる「発作」なのかもしれません。
「健康」に戻った今は、ハウスキーピングの仕事をしています。ファーム以外の仕事は初めてですね。この異様な暑さの中でファームの仕事はシャレにならんだろうと、せっせとCityのホテルを履歴書持参で一通り「外回り」しました。
その後数日経過してもどこからも連絡が無く、あきらめてまたファームの仕事をしようと思い始めた頃に連絡がきて仕事をゲットしました。あきらめかけた頃に報われた、この「成功体験」は自分の中で大きいですね。
今は悩んでいると言ったら大袈裟ですが「どうすればいいのだろう」と思っていることがあります。
12月中にシドニーに戻るのを一応の目処にしていますが、そのまま帰国するのか、「延長戦」に突入するのか決めかねています。
「延長戦」の内容ですが、また学校に通って今まで以上にしっかり英語を勉強するというものです。今なら、あの時よりもうまく学校を利用できる気がしますから。
僕がセカンドビザを申請したのはラウンドという「武者修行」を途中で終わらせたくなかったからです。当初の予定では1年で帰るつもりでしたし。(この"予定"って言葉もアテになりませんね)という事は、ラウンドを終えてシドニーにたどり着けば当初の目的は達成されたことになります。
表現が適切かどうか分かりませんが、僕にとってワーホリは「いつか覚めないといけない夢」です。(もちろん血肉となる夢ですが)
2年目に突入したということは「起きないといけない時間になってもまだ寝ている」
状態を意味します。それでも夢を見続けることを決めたのは中途半端な状態で目を覚ましてしまったら現実に戻った後も「夢」に未練を残して後悔してしまうのではないかと思ったからです。
しかし、シドニーに戻った段階で「夢」はひと段落つきます。「第1巻」は描き終わった事になります。セカンドを申請せずに1年で帰っていたら第1巻の途中で終わってしまっていたのですが、シドニーに戻ることによって、一つの巻としては決着がつきます。ポイントは僕が「第2巻」を今描きたいのかそうでないのかということです。
実は、帰国後日本で働いてから5〜6年後くらいに学生ビザでオーストラリアに再び来て、英語をシッカリ勉強することを頭にぼんやりと描いています。それが当初の「第2巻」でした。でも、セカンドビザを持っている今、その「第2巻」を今描けるかもしれません。
今見ている夢は今しか見られない夢です。
この夢を見れるチャンスは、そう何度もあるものではありません。
まだ夢から得られるものがあるならそして、自分が本当にそれを望むならまだ夢から覚めないでいいと思います。でも、そうでないのならとっとと目を覚ますべきだと思います。
もう十分「いい夢」は見たのだから。
シドニーに戻った後の「延長戦」すなわち「第2巻」にどれほどの価値・意味・意義があるのかどれほどのモチベーションを僕は注げるのか僕自身が分かりません。
だから、今「どうするべきか」と決めかねています。
どちらの決断をするにしても、直接自分の口から田村さんにこの旅の報告をするのを
(メールで伝えら得るのはごく僅かですから)楽しみにしています。
そして、「APLaC」ノートに手記を書くのも楽しみです。
(ネタはいっぱいありますよ)
それでは!
失礼します。
Date: Tue, 4 Dec 2007 17:53:34 +0900 (JST)
Subject: 近況報告 揺れる想い。
田村さんへ。
いかがお過ごしですか?
体調など崩されていませんか?
先日は荷物の預かりの件、ご承諾ありがとうございます。
近々送らせていただきます。
まもなく僕はダーウィンを去ります。
そして、「最後の州」であるクイーンズランドに入っていきます。
現在、日本にいる時から知っている友達(つまり、唯一渡豪前の僕を知っている友達ですね)がブリスベンの大学に通っています。
なので、その子に逢うがてらブリスベンで年越しをしようと思います。
そして、その後の動きは前回のメールで触れた「決断」次第です。
現在、3つの選択肢があります。
(1).年明けから仕事をしてSydneyに戻って語学学校。
(2).年明けにSydneyに戻って帰国。
(3).年明けにSydneyに戻ってから今後のことを考える。
まず(1)についです。
もし、シドニーで再び語学学校に通うなら資金を補充するため、年明け早々仕事を探します。
その場合、2ヶ月近く働かないと十分な資金が貯まらないと思いますので2月末ないし3月頭にシドニーにたどり着くと思われます。
ちなみに語学学校についてですが「ケンブリッジ英検コース」を考えています。
2月末〜3月頭にシドニーに戻るのを目処にしているのは、そのためです。
(ビザの都合上、3月開始コースしか参加できない)
この目標、今の僕の英語力からしたらかなり高いのではと思っています。
自信があるかどうかと言われたら正直、あまりありません。
そもそも「入学試験」をパスできるかどうか…。
でも、2年目に突入した以上、それくらいの事をしなくては力を伸ばせないのではないかと思っています。
(2)については書いてある通りです。
(3)についてですが、この可能性も結構あります。
今、かなり悩んでいます。
と言っても「苦悩」しているわけではないので辛くはないですが。
それでも、かなりCPUを酷使しそうです。処理が追いつくかどうか(^_^)。
前回のメールをお送りさせていただいたあたりから僕はずっと「僕が英語をやる意味」「オーストラリアに来た、そしてここにいる意味」について、色々と考えています。
短期的に見れば、僕が英語をやる”メリット”はほとんど無いと言っても差し支えないです。
それどころかデメリットの方がはるかに多いです…。
帰国後、デザイナー職を探しますが、英語、まず使わないでしょう。
それどころか大学卒業後、すぐにワーホリでオーストラリアに行くという、理解に苦しむ…経歴の持ち主ですから思いっきりマイナスに作用しているでしょう(^_^)。
洋書が読める(ようになるかもしれない、もう少ししたら)事やネットで英語で情報を検索できる(ようになったら便利かな)事がメリットになることも少なくは無いでしょうし。
これから先、また海外へ出て行くこともあるでしょう。
青年海外協力隊に参加したいという目標もあります。
もしかしたら田村さんの様に海外へ移住するかも知れません。
世界一周旅行もいつできたらなって思います。
あるいは近い将来、もっと明確な目的が出てくるかもしれません。
なんにせよ英語が出来たら”メリット”になるに決まってます。
でも、洋書が読めたとしても私生活の楽しみが増える程度(それはそえで素晴らしいことですが)でしょう。
青年海外協力隊で最も必要なのは、その国に貢献できる技術や人間力等であって、言葉はそのための道具に過ぎないでしょう。
(そもそも英語圏以外の国に派遣される可能性が高い)
今、僕がしていることの”直接的なメリット”はほとんどないでしょう。
英語を使った仕事を、少なくとも帰国後すぐはしないでしょうから。
運送屋になりたい人が大型免許を取得しようとしているのとは違います。
なのに、僕はなぜ英語をやるのか?
「せっかく海外へ来たのだから、ある程度はできないと恥ずかしい」のか
「なんにしてよ、スキルとしてある程度のレベルまで持っていっておいて損は無い」のか、
あるいはもっと単純に
「意地・プライド」なのか。
特にややこしいのが「意地・プライド」についてです。
僕は基本的に不器用な人間です。
何をするにせよ、人並み以上に頑張らないと人並みにできません。
その時に背中を押すのがこの「意地・プライド」です。
負けず嫌いの僕は「こんなところで終わってたまるか!」って思えば、人並み以上の量をこせます。
しかし、それは時として負けない事が至上命令と化し、目的と手段を取り違える危険もあります。
今回、まさにそれなのではないか。
明確な目的が無いのに、ムキになって英語そのものを目的にしていないだろうか。
などと考えてしまします。
ここがポイントだと思うのですが、
短期的に直接的なメリットが無いのに僕がが英語をやり、海外生活を続けているのは
「英語を勉強して海外生活をすることによって英語力以外のもの」を得たいからだと思います。
それは、「自信」です。
「自分に自信をつけたい」
これは、僕がオーストラリアに来た最大の理由です。
自信を得ることは、今後の人生において「就職活動で不利になる」ことなんか補って余りあるほどの”価値”があでしょう。
メリットやデメリットなどの損得計算で語れないほどに。
そう思わないのならわざわざリスク背負ってオーストラリアまで来ません。
親や大学の就職課の方々の反感を買いそうですが(^_^)。
そして、その目標は、ある程度は達成されたと言っていいです。
この「ある程度」というのがひとつのポイントですね。
それが「まだ不十分で、もっと居残り勉強が必要」なレベルなのか、
「(日本社会へ)見切り発車して大丈夫、」なレベルなのか。
「見切り発車」という表現を使いましたが、
「なんにでも完璧はありえない」という意味で使いました。
完璧じゃないなりに、なんとか使い物になるレベルかそうでないか(まだ鍛える必要があるか)と
言う意味です。
なんだか収束させるつもりが拡張してしまい長くなってしまってすいません。
最近どんどん長くなっていく傾向がありますね。
先述のどの選択肢を選ぶのかまだ分かりませんが、お会いできるのを本当に楽しみにしています。
必ず元気にたどり着きますので、田村さんもお元気で!
今回はこれで失礼します。
付録(帰国後の逆カルチャーショックメールも戴きました。面白いのでこれも掲載しておきます)。
Date: Thu, 31 Jan 2008 21:59:26 +0900 (JST)
Subject: 近況報告 無事帰国しました。
田村さんへ
昨日、無事に帰国いたしました。
527日ぶりに日本の土を踏みました。
違和感だらけで懐かしい気はしないですね。
懐かしいのはむしろオーストラリアの生活の方です(^_^)。
成田空港から自宅にたどり着くまでの間ですでに色々逆カルチャーショックがありましたね。
駅で、電車がホームに入ってくる際のスピードが日本の方が速い気がしました。
オーストラリアの電車は駅近くではもっと減速していた様な気がするのですが…。
それに、電車に乗っていて思ったのですが、走行中に反対方向へ行く電車とすれ違う時、電車間の距離が狭い気がしました。
オーストラリアの電車ってこんなに近くですれ違ってなかったような。
そもそもあまりすれ違った記憶が無いような…。
物凄い勢いで「ビュン!」すれ違ってビックリしました。
また、車内のアナウンスがやかましいですね。
「○○線は乗り換えになります」はまだ親切だとも言えますけど、「足元にご注意下さい」とか「お忘れ物の無いようにご注意下さい」に関しては、子供じゃないんだから…って思います。
極めつけは「閉まるドアにご注意下さい」当たり前じゃん、!って感じです。
まぁラッシュアワーの時はドア付近にも人が沢山いるからなのかもしれませんが。
横浜〜茅ヶ崎間では座る事ができず、立つハメになりました。
そういや、オーストラリアで電車で立った記憶が無いです。
吊革にもかなり久しぶりにつかまりました。
そういや、オーストラリアの電車で吊革ってありましたっけ??
自宅に戻った時「うわ!狭い!!」って思いました。
天井も低く感じました。
ドアも異様に小さく感じました。
もう少し身長が高かったら、かがまないといけないです。
「狭い」とか「小さい」とか「低い」って単語は、オーストラリアであまり使わなかった気がします。
「逆カルチャーショック」に関してはキリが無いので今回はこの辺りで…(^_^)。
僕がオーストラリアで過ごした526日間は最高の珠玉の思い出です。
仮に交通事故にあって頭を打ったとしても、あの記憶だけは絶対に失いたくないですね。
そんな時に、もし保有する記憶を選べるとしたら「ワーホリでの思い出」は最優先します。
英語の記憶も、失ったら困る事には違いないですが、まだ取り返しができます。
勉強して取り戻せばいいです(超大変ですが)。
でも、あの記憶は本当に掛け替えのないものですからね。
これから、大変な事も多いと思いますがオーストラリアで「自信」を得た今の僕ならやっていけると思います!!
これからの人生が楽しみです。
それでは、失礼します。
いつかまたお会いできる事を信じて。
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