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2012年07月04日


浅井雄一さんの帰国後の総括メール

2/JUL/2012のメール


浅井雄一です。お久しぶりです、田村さん。
帰国してから結構時間が経ってしまい申し訳ございません。以前お約束した感想文が出来上がりました。


オーストラリア&台湾の旅行記


時系列


時系列順に主な出来事と当時の所持金を書きます。
2010年5月〜7月
  オーストラリアに渡豪。1週間田村さんにお世話になる。
  英語学校と日本食レストランに通う。所持金約20万?

(※注:この「20万」というのがいつの時点かわかりませんが、僕の記憶によるとオーストラリア到着時点で35万円前後、それから語学学校代、さらに必死に探した個室週80ドルのシェアのボンドと前家賃を払い、最初の一週間終了時点で1000ドル切るくらいだったように思います。「おはじめ」にしては、まずはお手頃にチャレンジングなレベル設定にしておいた筈。)

2010年7月〜12月
  自転車でラウンド開始。時計回りにオーストラリアを回る。所持金約18万?

2010年12月〜2011年5月
  ケアンズ周辺のバナナファームで働く。バナナファーム到着時の所持金$3

2011年5月〜8月
  自転車でラウンド。
  ケアンズからシドニー、アリススプリングを通ってケアンズに帰る。出発時の所持金$4000

2011年8月〜2012年3月末
  ケアンズ周辺のバナナファームで働く。所持金$2000。
  3月末に仕事を辞め、ケアンズとシドニーに。

2012年4月〜6月末
   台湾を観光。自転車で約2周する。出発時の所持金$4000

2012年6月末 帰国。成田空港到着時$100。

各期間内の大雑把な感想

2010年5月〜7月  シドニー時代

最初の1ヶ月間は、田村さん宅で修行して、シェア先に移って、英語学校に通って、タックスファイルナンバーとデビットカードを申請、ジャパレスで働いて、、と少し忙しかったです。

特に印象に残ってるのはシェアメイトとの飲み会です。
皆で10$出して買ったジムビームとコーラがおいしかったです。一対一で割って一気飲み!歌って踊ってパンツいっちょ!オーナーのロバートさんも一緒に飲んで盛り上がりました。

2010年7月〜12月  第一次自転車一周トライアル

スニッカーズ(※オーストラリアのお手軽チョコ菓子)を毎日三度の食事にしたりと「?」なこともありましたが、それも含めて毎日が楽しくてしょうがなかったです。
夜はノートに反省と改善方法を書いてどうすればもっと楽しめるか考えてました。

途中エアーズロックで資金が尽きて、クックタウンで今後をゆっくり考えようと思って移動しました。
町のバッパでーで偶然近くのバナナファームを紹介して貰い働けました。本当に運が良かったです。

2010年12月〜2011年5月  第一次バナナファーム時代

いかに楽にやれるかを研究してたら周りから評価されていました。

フォークリフトの運転手の人と仲良くなりました。
彼の名前はジョンでオーストラリアの国籍を持っている70過ぎのおじいちゃんです。
もう20年も勤めている人で仕事中のトラブルにも相談に乗ってくれたり英語の勉強に付き合ってくれたりとお世話になりっぱなしでした。
ラウンドから帰ってきたらまた働く事を約束しました。

2011年5月〜8月  第二次自転車一周トライアル

前回のラウンドでの反省を生かして行動!!
週に1度はウールワースに寄って買いだめと少し豪華な食事をしました。
1ドル78セントのフルーツ缶詰がごちそうでした。旅行中水に困らない様にペットボトルを5本自転車に着けていました。それでも足りませんでしたが、ウェータータンクの水を沸騰させてたり、お手洗いの水を使ったりと工夫して過ごしました。

前回お世話になった人達に会いました。
健康そうで良かったです。

2011年8月〜2012年3月末  第二次バナナファーム時代

バナナファームに戻りました。
仕事のやり方が変わったり、偉い人からかなり期待されていたのでプレッシャーを感じたりと始めの一ヶ月は少し大変でしたが、なにかと励ましてもらい自分のペースを取り戻せました。

それでも前回仲良くなったジョンおじさんが心臓の病気でケアンズの病院に入院していると来たときはショックで、、、、
12月にケアンズに行った時たまたま会えました。
年齢と病気の治療が長引いていたので仕事を辞め治療に専念しているそうです。
前より随分痩せていたけどまだ元気そうで嬉しくって泣いてしまいました。

出戻りの人も多く、日本人の人も多くなっていて少し居心地が悪かったです。
前と同じ様にはポジションを仕切って、自分の意見が届く範囲で休憩を取れる様にしました。
1人も熱中症にならなくて良かったです。仕事中は常に30度はありましたから。

週末はクックタウンまでサイクリングしました。
仕事を辞めるまでに10往復ぐらいしました。


2012年4月〜6月末  出オーストラリア〜台湾自転車トライアル

紛失したカードの対応で、1ヶ月近くも台湾の友人宅に居座ってしまいました。
その間、毎日近所を散歩していました。
台湾語の発音はともかく文字を少しでも理解しようと本屋に行って本を読んだり、色んなお店を見て回りました。
ナイトマーケットに毎日行き、目に付いた物を食べ歩きしてました。
お陰でいくつかの文字の大雑把な意味が見当がつき旅行が楽しくなりました。
自転車は家に泊めてもらった友人の友人のお店で買いました。
かなり無茶な注文に(6000元相当の物を2000元で!)応じてもらい自転車を買えました。


自転車旅行のルートは---
豊原から花蓮まで行き、時計回りに高雄を通り、豊原に戻りました。
少し休憩してから豊原から反時計回りに移動して宣蘭から中央山脈をから豊原に戻りました。
台北に2〜3日休憩して帰国しました。

オーストラリアと比べると町の間隔が狭く町にはコンビニ、飲食店が多かったです。
キャンプ場(向こうでは露営場と書かれていた)は少ない?
そういえば自転車で旅行している人でキャンプ道具を持っている人はいなかった気がします。

山道の上り坂は傾斜が急で距離があり、カーブが多くてオーストラリアの山道と比べると精神的にも辛かったです。
休憩したいときに限って定食屋さんも見当たらない。普段はどこにでもあるのに!
けど、10%位の傾斜の上り坂は少なかったように思います。
下り坂は場所によっては15kmもありました。急な下り坂とヘアピンカーブが続き、ハンドルを握っている間瞬き出来ない位緊張して目が乾きました。スピードを抑える為にブレーキをずっと握り手首が痛くなりました。
カーブで曲がりきれなくて電柱に衝突して止まった事も。
ガードレイルが無い場所だったから電柱にぶつからなかったら崖から落っこちていたと思います。

電車に自転車を持ち込む時、前輪&後輪を外さないで持ち込めました。
けど、自転車の保管代を切符とは別に取られました。前後輪外す手間を考えたら気になりませんでした。
日本でもやってくれないかな?と帰国後強く思います。
調べてみたら利用者が少ない場所限定で行っているようです。広まるといいのですが。

ヘルメット&ライトを持っていないとオーストラリアではお巡りさんに注意されましたが、日本と台湾ではされませんでした。オーストラリアよりも自転車を使っている人は何倍も多いく、ヘルメット代と何かあった時の手術代を比べたらどっちが安いのか?と思います。

帰国〜近況

帰国してからお世話になった人達に挨拶をして、荷物を整えたりと少し忙しかったです。
それから去年の東北大震災について調べたりしました。

今は、体調が優れず静養しています。
不思議と台湾にいた時より調子が悪くなってる様な?気がします。

旅行前、生きて帰ってくると思っていなかったので身の回りの物を整理していたので、帰国してから日用品や服が無くって吃驚しました。

今思い返すだけでも本当によく生きて帰って来れたと思います。
けど、これに満足する事無く、もっと自分を磨いて行き「大人」に成れるよう過ごします。




シドニーの田村さん宅で過ごした一週間のサポート、クレジットカード再発行の手続き等田村さんの善意の手助けが無ければとても1人では対処出来ませんでした。それと、道中助けてくれた方々に感謝を!貴方が助けてくれたから今の自分がいます。

駄文失礼しました。
浅井雄一


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