荒木さんメール・インタビュー(その1)
98年12月20日up
まずは根本的な質問から。どうしてワーホリしてみようと思ったのですか?
前から思ったんですけど、「外国で働いてみたかった!」という部分が大きいです。外国で合法的に働けるチャンスはそうめったにないのですが、年齢さえクリアーしていればワーホリビザというは簡単に取れるので、これはいいチャンスだということで、ワーホリに行くことにしたわけです。
なるほど、まず働きたかった、と。「ホリデー」よりも「ワーキング」の部分に惹かれたということですね。
荒木さんに限らず「外国で働きたい」という話は結構耳にするんですけど、実は僕自身としては一度もそんなこと考えたことなかったんですよね。で、これは僕の独断かもしれませんが、海外で働きたいとおっしゃる方は比率的には女性が多いような気がするんです。そこで質問なんですが、荒木さんはどうして海外で働いてみたかったのです?また、周囲にそういう方はおられますか?女性というのはやっぱり関係ありますか。
実は短大生の時に、学校のハワイキャンパスに少し通ったことがあるんです。で、アルバイトは禁止だったので働くことができなくて、経済的には100%親に頼っていました。そのとき、偶然に出会ったグリーンカードを持って働いていた女性がカッコよく見えたのです。
私も外国で経済的に自立して生活したいとその時から思っていました。私の周りには海外で働きたい男性が一杯います(男性の方が多い)。なぜ、女性が多いのかはちょっと分かりません。もしかすると、日本では結婚する年とかなんとか言われるからかも・・・
あ、男の人でもそういう希望者多かったですか?だったら根本的に僕の質問は意味ないですよね(^^*)。これは、仕事とか業界によっても違うのかもしれませんね。
ここでもう2点しつこく突っ込ませてください。一つは、ハワイで会ったカッコいい女性ですが、自立だけを言うなら、別に国内で自立してても十分カッコいいと思うんですよね。だから「海外+自立」というのが合わせ一本みたいにして更に魅力的に見えたんじゃないかなと思います。勝手に推測して悪いんですけど。
で、「自立」も「海外」も共通するものとしては「引力圏からの脱出」というか、自立してれば他人にとやかく言われなくて済む、海外にいってしまえば日本的シキタリにとやかく縛られることもない。そのかわり何も頼るものが無い。そういった「オノレ一人」の厳しさとスガスガしさみたいなものがあると思うんです。すごい自分自身を確認できるし。荒木さんとしては、当時の「日本に居る自分」というのは、そのあたりで今一つスッキリしないというか、大袈裟にいえば自分自身のアイデンティティが今一つ光ってないなあとか、そういった気持ちがあったのでしょうか?これが第一の質問です。
私は100%、親の援助でいっていたから余計にカッコ良く見えたんだと思います。私はお金を落とす方だからみんな(学校の人やホームスティ先の人も)受け入れてくれてるんじゃないか、ってどこか感じるところがずっとあったので。すごく親切でしたけど・・・どこか感じたのです。自分の国と違って、外国ではその国にとってお荷物になれば(相手に利益がないと)助けてはくれないと感じたので、そこに飛びこんで一生懸命頑張っている人は素敵に見えました。その点では、田村さんのおっしゃっている「オノレ一人」のスガスガしさに憧れはありました。
日本でもマイペースで仕事をしていたのでアイデンティティーが光ってないとは特には思っていなかったです。
でも、英語を短大で勉強しましたがまだまだ中途半端だとずっと思っていたので、英語の勉強をしたかったのも理由の一つで、友人たちに英語力の面で遅れを取っているというあせりはあったと思います。
第二の質問は、海外自立志向ですが、それを求めるなら、3ヵ月で職場が変わるワーホリじゃなくて、最初から人材紹介会社に登録したり、海外勤務できる会社を探したりというアプローチもあったと思うのですね。で、ワーホリを選択されたということは、「とりあえずどんなもんか、実地でやってみよか」という探査的な意味でしょうか。そして、これは今後のことに関わってくるのですが、実際海外で働いてみて、気持は変わりましたか?つまり、「よーし、今度は本格的に労働ビザを取ろう、出来れば永住じゃ」という感じに物事が進んでいるのでしょうか?というのが第二の質問です。
新聞などで海外勤務の仕事を探した事もありますが、条件がすごく悪くてもすごい倍率だったり、職務経験が足りなかったりで難しかったのでワーホリにしました。実際働くと、日本の方が選択の幅が広いですし(今はあまり良くない経済状況ですが)条件などを考えると日本で働く方が良いと私は思いました。
でも、チャンスがあったら海外で本格的に働いてみたいですけどネ。経験として。
では次に、事前準備についてお聞きします。ワーホリに行くにあたって、日本ではどのような方法で情報を集めましたか?
これは、ガイドブック、経験者から聞いた話、インターネット、旅行会社に置いてあった古い(^^;)日豪プレス、観光局にも行ったがイイ情報はなかった(ミートパイ(フリーペーパーの)はありました。)。
「経験者」というのはそんなに周囲にころがっているものでしょうか?僕の場合、新婚旅行に行った奴とか、ゴールドコーストでゴルフやってるおっちゃんとかくらいしか居ませんでしたし、今から思うとあまり参考になってませんでした。荒木さんの場合はどうでしたか?
旅行会社で働いていたので、ワーホリ経験者は結構いました。ワーホリ経験を売りに旅行会社に就職する人がいるという事だと思います。
なるほど。で、事前に集めた情報ですが、これは実地で役にたった、これは大して関係なかったということはありますか。まあ、経験者から聞けば、大概役にたつでしょうが。それと、皆さんどんなこと言ってましたか?経験者のアドバイスとして何か印象に残ったものとかありますか。
「ここにいけばこういう人がいてイイ人だよ〜」というのが多かったですね。実際、私自身は面識がないので会ってないですが・・・。でも、皆さん、結構思い出を語るので(特に旅行の話)、ワーホリの楽しさは伝わってきました。
あと、みんなそろって、”どうにかなるよ。”と言っていたのでどうにかはなるのかなと思いました。
一番印象に残ったのはぜんぜん役に立つものではないですが、”カスタードアップルを食べてみて”
というので期待して食べたら新しいローソンのデザートのような不思議な味だった。
で、実際にオーストラリアに行かれたわけですが、渡豪前のプランというのはどういう感じだったんですか。
ええっと、まず3ヶ月間隔で働きながら旅をしようと思ってました。予定としては、シドニー、メルボルン、ゴールドコースト、ケアンズなどです。実際は、メルボルンで仕事がなく、アデレードまで旅行をして、その後観光をしながらゴールドコーストに行き、そのまま居着いたという流れになります。
予定的には概ね達成ということですね。では、事前に抱いていたイメージと、現実とのギャップというものはどうでしょうか。「げえ、話が違うじゃねーかよ!」とか印象に残ったことはありますか?
そうですねえ、今、覚えている限りではないです。
小さな事はポツポツありましたけど、それは日本に居たってある程度同じだと思いますし。ただ、過大広告や宣伝は多いと思いましたね。イギリス人のバックパッカーもオーストラリアの(特にバックパッカーの広告は)大げさ過ぎると言っていた。
あ、そうですか。誇大ってのは、「素晴らしい風景!!」とかいいつつ、単なる平凡な海だったとか、そういう感じですか?
はい。そんな感じに近いですね。まるで何もかもそろっている様で、実はなかったりする事がよくあったような気がします。
このイギリス人はジムがあると書いていたのになかったと言っていましたが、キッチンがある(全然使えない、USELESSの意味の)とかそういった設備に関する事での誇大広告が多かった。ジャグジーにはとても見えないとても小ーさなジャグジーとか。
次にオーストラリアの印象ですけど、ワーホリ終了後の今、振り返ってみてどうですか?
話に聞くワーホリ生活はアドベンチャーのようだったのですが、実際は(私の場合は貧乏だったので)冒険というよりは「サバイバル」でした。でも、生活すること自体は日本と変わらずそれほどすごい事でもなかったです。誰にでもできる事だと思いました。
オーストラリアの第一印象ですが、寒かった!9月のシドニーはまだ寒かった。ワーホリ終ってみて振り返るに、やっぱりオーストラリアでの生活環境は素晴らしかったと思います。
いまちょっとお話しになった「オーストラリアで生活することは誰でもできること」というのは、僕もそう思います。
ただですね、真剣に考えて本当に誰でも出来るか?ウチのオフクロにもできるか?というと、「あ、やっぱ無理かもね」「不可能ではないけど楽しくないかも」とか思ってしまいます。となるとやっぱり「誰でも」ではないんじゃないかな。「限られた冒険家のみが成し遂げられる偉業」てなことは全然なく、はじめてしまえば平々凡々たる日常になったりしますが、かといって本当に誰でもエンジョイできるものでもなさそうだなと。荒木さんは、そのあたりどうお考えでしょうか?
ああ、それは全くそのとおりだと思います。
外国の習慣に全く溶け込む気がなかったり、溶け込めない人はやっていくのは大変だと思います。海外一人旅を楽しめる人だったら大丈夫だと思う。
同じワーホリ仲間や他の国の人とか見て、「楽しくやっていけそうな人」「こういう人が来たらちょっとブルー入るかも」という性格分類というか、特徴みたいなものはお感じになりましたか?
総じていえば、みんな結構楽しんでいると思いますよ。
ただ、一度、電車でテロ事件か何かあったときにバスの事で日本人の男の子に質問された事がありましたが、彼は、ホームスティ先の人はバスのナンバーを教えてくれただけで迎えに来てくれない。と、ちょっと愚痴ってましたが、人に何かをしてもらって当然と考えるのは違うと思います。
それから、自分の限界に挑戦するのがカッコイイという感じで変な自慢(無茶した事など)をしているワーホリにも会いましたが、自分のできる範囲で人に迷惑をかけないのは基本だと思います。(実は、私は自分にそう言い聞かせていた!)
オーストラリアの住環境が良かったと言う事を、「ワーホリ終了後」に感じたということは、日本に帰ってからその感を深くしたということでしょうか。よく日本に戻ったとき逆カルチャーショックを受けたりするといいますが(僕もそうでした)、荒木さんの場合はどうでしたでしょうか。
住んでいる間は当然と思っていたので環境のよさを意識していませんでした。
でも、学生時代のハワイから帰ったときの逆カルチャーショックはかなり大きかったですよ。今回はほとんどの間、働いていたので、意外とショックは小さく、それほどショックにも感じなかったです。でも湿度の高さはショックだった!
あは、僕も最初日本に帰ったときは、湿度はショックでしたね。今年の前半にも3年弱ぶりに帰ったんですけど、もうはじめから「湿度すごいぞ、サウナだぞ」みたいに覚悟していったら全然普通でしたけど(^^*)。
では、荒木さんのメインテーマでもあった就職活動と現地での仕事についてお聞きしたいと思います。ざっくばらんなところで、どんな感じでした?
まず、シドニーでは旅行会社での事務のアルバイトをしまして、ゴールドコーストではガイドをしました。メルボルンでは日本食レストラン以外の求人がほとんどなかったですね。
就職活動ですけど、コネがないと雇ってくれないような所もあるようなので、友達に相談するとよいかもしれないです。
いま話に出てきた「友達に相談」というのをもうちょっと具体的に教えていただけませんか?お互いコネのない友達同士相談してても話は進展しないでしょうから。これは、友達に仕事を紹介してもらうといことですか。
そうです。ワーホリは就労期限がありますから、3ヶ月後又は帰国時にはやめるので、後釜をねらうということですね。
私は近所のアメリカ人に「仕事変わりたいー」って愚痴っていたら、彼から数件の仕事情報をもらいました(友達のしているお土産やさんとかの)。でも、その時していた仕事の環境がよくなったので結局お世話にはならなかったのですけど、そういうことってあると思いますよ。
生活してよかったエリア、よくなかったエリアというのはありますか?
そうですね、良かったところとしては、ゴールドコーストのメインビーチです。海の目の前のフラットで安く生活できた。すごくイイ生活をしていたと思います。
あと良くなかったところでいえば、これもゴールドコーストなんですが、そこのバックパッカー。カメラを盗られちゃったんですよ。盗難があの辺りはよくあるらしいんですけど。
なるほど(^^*)。荒木さんはオーストラリア中いろいろ廻られたわけですが、「ここは行った・暮した方がいいよ」というところはありますか。
ええ〜、実は、ほとんど回っていないのです(^^;)。
場所的なことで言うなら、(働かなくて良いだけの)十分なお金があればアデレードはきれいで物価も安かったですね。メルボルンも建物などが良い感じで(私には)外国度が高く魅力的でした。行ってないが、パースも安くて住みやすいという噂です。
パースはいいって皆さんいいますね、僕はまだ行ったことないけど。
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