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今週の一枚(2016/08/29)



Essay 789:小さな所属集団に過剰適応すると、大きな世界を失う話

〜孤独、貧困、家庭、前科がデフォルト設定だった昔のマンガ

 写真は、つい数日前に撮ったもので、North Sydney界隈にて。めっちゃ夕焼けがきれかったんで、シェアしましょう。

漫画による初期の刷り込み

 他人と違っていることが「恐い」とか「嫌だ」と思ったことは、生まれてこの方一度もないです。

 なぜなら、物心ついたときからそういう問題のたて方をしてこなかったからです。「できなかった」と言ってもいい。それどころか「他人と違ってなければならない」 or 「他人と違っているのが当然の前提」でやってきました。ゴールや前提条件がそこに設定されている以上、他人と違っていることは目標達成か自然な状態なのですから、それを恐しく感じる道理はない。

 これは僕が変わっているからということもあるけど、時代的な気分も影響している気もします。とりわけ漫画に影響されている。

孤独、貧困、家庭環境、前科がデフォルト

 僕らの世代は、リアルタイムに「あしたのジョー」やら「巨人の星」を読んでた少年マガジン全盛期世代で(少年ジャンプが創刊するかどうかってころ)、そこでの主人公、矢吹丈などがロールモデルだったわけです。正確には「あしたのジョー」の一つ前の「ハリスの旋風」が幼少期にはドンピシャで、「あしたのジョー」が始まって矢吹丈が出てきたときは、なんか石田国松(ハリスの主人公)と似たような奴がまた出てきたなと思ったもんです。

 こういう人達が「カッコいい」ロールモデルになってしまったら、あとは推して知るべしでしょう(笑)。

 同じように「貧困であること」「家庭環境に問題があること」「前科持ちであること」なんてのも結構なデフォルトになってました。ハリスの旋風の国松も、当たり前のように服にパッチを当ててて、皆で落書き(似顔絵)書くときも、服は破れてツギを当てていなければならないという前提で描いてました。服というのはそういうものだと(笑)。星飛雄馬も貧乏長屋ですし、矢吹丈に至っては貧困以前にホームレスです(元気がいいので「風来坊」といった方が当っているが)。

 家庭環境も、星飛雄馬は父子家庭だし、ジョーに至っては孤児であって両親の顔も知らない。そして自分を捨てた両親のことを思うというシーンは20巻中ただの一度もない。親なんか完全シカトです。これは西も、段平も、力石も、揃いもそろって全員親の話は出てこない。回想シーンすらないし、話題にもならない。そんなこと言える雰囲気ではないって感じで、親の存在は限りなくゼロです。直系尊属が頻繁にでてくるのは白木洋子くらいだけど、あれも「おじいさま」がメインだしなあ。すごいですよね、家庭環境が「複雑」とかいう以前に「無い」わけですから。そこでは親子の情愛も葛藤も薬にしたくもでてこない。

 この点、星飛雄馬の場合は親子物語の要素が非常に強いのですが、しかしそこで描かれている親子は、世間一般の温かい親子愛ではない。一徹先生も、すぐちゃぶ台ひっくりかえす元祖DV親だし、飛雄馬も「とうちゃんのバカ」と玄関に彫るし、そこではエディプス・コンプレックス物語が全開になっています。長じてからは更に凄まじく、対等な敵として血みどろの殺し合いをやるのが「親子のあるべき姿」として描かれています。それをイタイケな僕らが読んで、そーゆーもんなんだと多少は思ったりもしたわけですな(モロに100%影響受けるには無理すぎたけど)。

 時代がやや下ってヒーローになったのが、「男組」という漫画の流全次郎でした。日本一の絵師といわれる池上遼一氏、美味しんぼの雁屋哲氏によるもので、両氏にとっても出世作になったものです。ここでも同じパターンで、流全次郎は父子家庭であり、親子関係は「巨大な父親とタメを張れるくらい強くなる」ことで良好ではありつつも、父親殺しの冤罪をひっかぶっているという、「複雑」といえばこのくらい複雑なことはない設定になっています。父親が弁護士だったこともあり経済的にはそこそこ裕福で貧困ではないのかもしれないけど、しかし、物語が始まった時点で既に主人公は少年刑務所にいるわけで、貧困以前の世界です。てか、流全次郎の(刑務所で知り合った)仲間達の生い立ちこそド貧困そのものだったりして。

 さらにその後の本宮ひろ志の出世作の「男一匹ガキ大将」においても、絵に描いたような貧困な母子家庭ですが、それはデフォルト設定としてはそうだというだけの話で、そのことが物語の基軸になっていくわけでもない。同氏の後年の作品「硬派銀次郎」にいたっては、両親すらなく、親代わりに育ててくれたお兄ちゃんすら死去し、全くの天涯孤独の中学生というところから話が始まる。さらに後年の「男樹」シリーズになると、親はいるんだけど、巨人の星以上に親子が対立し、しかも教育課程の一環として対立するなんて生易しいものではなく、真剣に殺し合いをします。それも代々やっている。

 一方、品行方正な人々かといえば、矢吹丈も流全次郎も前科者です(流は冤罪だけど)。それどころか矯正施設が非常に大きなファクターになっている。連載開始から「あしたのジョー」を読んでいた者としていえば、少年院時代が一番面白かったし、盛り上がった。特に青山くんとか出てくるあたり。宿命のライバル力石だって、少年院の同窓生だし、クライマックスのメンドーサ戦でも少年院の仲間達が応援に来ている。男組にいたっては、1巻から25巻まで、常に少年刑務所が関係してて(網走沖の軍艦島刑務所も出てくるが)、いっそのこと「少年刑務所物語」と改題してもいいくらいです。



世間はただの背景画像

 こんなの読んでて盛り上がってたら、どういう世界観やら人格になるかというと、まず周囲・世間と自分が違っているのは当然であるという考え方になります。もう違っていることがテーマやファクターにすらならず、世間なんか銭湯の富士山のペンキ絵のようなただの背景画像でしかなく、それと自分が違っているのは改めて意識するまでもなく当然で、それは「絵と人間は違う」というくらいの感覚ですらある。「男組」に至っては、世間はもっと敵対的に描かれ、悪役の神竜に言わせれば恐怖によって支配すべき唾棄すべき豚どもであり、主人公の流サイドからも、最後の最後で保身に走る勝ち組候補生の青雲学園の生徒たちもひたすら卑怯で醜悪な存在として描かれています。世間と同じになるくらいなら、死んだほうがマシだくらいの勢いですらある。

 これじゃあ世間と違っていることが悩みの原因になるわけないです。世間と違って当たり前だし、そのコントラストが激しいほどカッコいいわけですから。

 ただし、これらの諸設定(世間と違うこと、貧困、違法、家庭環境)は、そこに意味があるわけではないです。そんなことを微塵も問題に感じさせないくらい、主人公たちの個性が強烈であり、その生きざまが激しいという点に意味がある。世間と違うことなど単なる結果にすぎないし、とりたてて問題にするほどのこともでもない。

 僕がそれらから何とはなしに深層心理で学んだのは、第一に全世界に対抗しうるだけの強烈な自己を鍛えあげることであり、第二にそれを自分の人生で表現すること、だったのかもしれません。矢吹丈や流全次郎がそうであったように。言葉にして明確にそう思ったわけではないけど、その頃の感覚を言語化するとそういうことじゃないかと。

 そうなるとですね、世間や周囲から自分が浮いてるとか沈んでるというのは気にならなくなります。自分を歪めて周囲に迎合し、同調しようなんてことも思わなくなります。てか、それをやったらおしまいよというか。その当然の帰結として、友達が欲しいと思ったことは一度もない(過去にもこのタイトルで一本書いているけど)。友達そのものは、なんか常にいたような気がするけど、別に欲してはいなかった。矢吹丈と力石、流と神竜などは不倶戴天の敵ながら、もっともよく理解しあっていた親友以上の存在なのだろうけど、だからといって二人が「ボク達、友達だよね」なんて言ってるシーンはおよそ想像できないし、一緒に飲みに行ってる姿すら想像できない。比較的友情というものが前に出ている巨人の星ですら、それらはライバルとしてしのぎを削る形で表現される。ただなんとなく、孤独感を癒やすために友達が欲しいなんてことは、間違っても出てこない。


以後の個人的展開 

 まあ漫画にマトモに影響されるのはせいぜい小学生くらいまで、普通はそのあと健全な社会性が芽生えて、周囲に迎合同調する「正しい日本人」になったりするのかもしれません。が、僕の場合は全然そうはならなかった。

 なんでかなあ?一つには、親の転居が激しくて、またたまたま学区の関係で一人だけ遠距離通学していたこともあるのでしょう。ひとりぼっちで毎日毎日延々歩いていたわけですから、それが普通になったし、それが楽しくもあった(子供だから、空とか虫とか周囲の全てと友達になれるし)。中学で下町エリアに転校になってひとりぼっちなんだけど、だから別にどうということもなく、気のあった奴とは付き合ってたし、そうでないときは一人でいた。

 うーん、結構一人でいるのが好きだったのかもしれないですねー。なんでかな。あ、そだそだ、漫画に影響されたから小学生の頃は漫画描いてたからだ。誰でもやってる落書き的な(本人は超真剣)、一人でやる遊びが普通にあった(ま、野球は激しくやったが)。あと、本がありました。たまたまだけど、9歳くらいで背伸びしまくって松本清張の(かなり分厚い)推理小説を読破して妙な達成感を覚えてハマった。同時に「大人もの」の面白さを知ったので、子供用のものじゃなくて、この世の全てが遊びの対象になったというのがあります。なんら子供向けの手加減のない、完全大人向け、それもバリバリの社会派小説を読むというのは、無理目の冬山登山みたいな高揚がありました。

 ただしんどかったですけどね。全然意味わからんという(笑)。朝鮮戦争の38度線のリアルを描いた「北の詩人」、明治政府が天皇制を定着させるための営みを描いた「象徴の設計」。そして「砂漠の塩」。W不倫のカップルがそれぞれの家庭をすてて、当時珍しかった海外、それも中東に駆け落ちし、砂漠を彷徨い、不倫の贖罪感やイスラム的世界観とか愛の観念を問うとかいうんだけど、10歳かそこらにはしんどくて。ただ、真夜中の砂漠のバスのなか、周囲は全員アラブ人というところで、連れの女性が高熱を発して意識不明になるのを、どうすることも出来ずにおろおろするシーンとかいうのを今も覚えていて、そのアウェイ感の極致みたいな状況に読んでるこっちも酔いそうだった。このように全く意味わからん、絶対歯がたたないだろうのを百も承知で挑みかかる作業は、年齢一桁のころからやってて、それが後年の弁護士時代に医療過誤の専門知識をやるとか、アテのないままオーストラリアに来るとか、そういう部分でのバックボーンなってるかしらんです。到底手に余るものじゃないとやり甲斐を感じないくらいで、やや中毒化してるかも。

 というわけで一人でいる時は読書の愉悦がありました。てか読むのに忙しい。寂しいわけないじゃん。でもって、中坊くらいになって音楽に目覚め、やがてロックに目覚めていくと、もう聴きまくり生活になるわけで。で、デフォルトの貧困だからレコードプレーヤーが無くて、FM放送のカセット録音(エアチェックという)に賭けるしかなく、部活休んでエアチェックとかやってて。つまり、一人でいる時間が異様に充実していたのですよね。友達と遊んでる暇なんかねーよって感じ。

 次に、そうそう趣味に逃げてるわけにはいかず、進路も考えなきゃね〜って頃に、もう何十回も書いたけど、通学途中で見る疲弊したサラリーマンの群れを見て、ああなったら終わりだと思うわけで、やっとこさみつけた司法試験にいくと。その際、やっぱ子供の頃から培われてきた「世間と同調することへの生理的な嫌悪感」というのはあったと思います。そうなったらもう自分じゃないよねって感じ。

 当時の司法試験も受かるまでは世間カーストの最下層の不可触賤民状態で、仲間も全部ビンボーで、某友人は留守中泥棒に入られたんだけど、結局焼肉のタレしか盗まれず、しかもそれでも警察に届けて、警察に嫌な顔をされたという。でも受かってしまえば逆転ホームランでカーストの上層にポーンとワープしてしまって、これまた世間と同調する機会を逸します。でもって、弁護士もしばらくやってたら、またムズムズしてきて、オーストラリアにポーンと来て現在に至ると。正確に調べてみたわけではないけど、日本で弁護士業務をある程度やってて、独立出来るくらいまで基盤固めておきつつ、それで海外に移住して、しかも全然関係ない業務をやってる人って、日本広しといえども多分僕だけだと思います。その後も聞いたこと無いし。待望の世間からの完全離脱達成!です。きゃほー!なんて嬉しい(笑)。

 でもって、こっちにくれば、僕が来た当時はいまよりも全然アジア人なんか少なくて、男性の靴の最小サイズが27とかで、もうほっといても普通に世間と違ってて、それがすごい楽。頑張らなくても世間と違うわけで、そこがいいよね。また、この地では、違ってることが正しく祝福される地なので(日本に比べればの話だが)、居心地が良い。かくして、今日にいたるまで世間と違いつづけて、というか、世間同調を常に意図的に回避してきて、良い人生だなあと(笑)。

狭い世界に同調すると普遍性を失う

 ただし、だからといって偏屈になったりするって感じではなくて(まあヘンコなんだろうけどさ)、こうは言えるのですよ。世間から外れれば外れるほど=主観的にも客観的にも、名実ともに世間で自分一人、正真正銘ひとりぼっちってなればなるほど、普遍的なものが逆にどんどん膨らんでいきます。所属集団というのがなくなればなくなるほど、普遍的な「人」そのものになり、全ての人は等距離になり、誰とでも対等に付き合えるし、その障壁は下がり、バリアは消えていく。

 逆に言えば、所属集団こそが諸悪の根源で(というのは言い過ぎか)、狭い世界で同調しようとすると、広く大きく孤立してしまうのだと思う。ガラパゴス化するのですよ。所属集団がいかに規模がでかく感じようが、広い世界からみたら、しょせんは小さなマイノリティグループでしか無い。そこに過剰適応してしまうと、その中ではいいかもしれないけど、その分だけ外の広い世界との接点を失って、結局は孤立化していく。

 これは力いっぱい強調したいところですね。
 人間のリアルな「世間」なんか、所詮は半径数メートルのことでしかないです。クラスメートとか、職場の人達とか、彼らが常識的に備えている知識や価値観にいかに同調するかみたなことが、広い世間と同じことだと思ってしまう。WRONG!です。そんなもんタマタマだって。そんなもんに適応してはいけない。適応したら死ぬぞ!と(笑)。なぜなら、大いなる普遍性を失うからですわ。日本の常識、世界の非常識って感じですが、ローカルはそれぞれ個性を持って違うのは当たり前の話で、それは良い。だが、自分個人が世界の普遍性、人としての普遍性を失ってしまうのは、それはヤバイんじゃないの?と。

 日本に限らずどこでもそうだと思うが、半径数メートルの仮想世間とは、常に距離をおいて、同調し過ぎないようにしておかないと、広い世界を失うし、人として健全なバランスを失うことになる危険があると思います。それは極端なイスラム主義者のようなもので、その内部社会においてはとても常識的で普通なんだろうけど、そこで適応すればするほど、人として狭量になって、人間性が貧しくなる気がする。例えば、バリバリの原理主義者が、アメリカ人は全員悪魔だとアジったりするわけですけど、その場で拳を突き上げて同調ばっかしてると、別にアメリカ人だっていい人は沢山いるよって普通の事実が見えなくなる。そんな村にアメリカ人がやってきたとしても、頑迷でよそよそしい村人になり、そのアメリカ人をいじめたり、排斥したりするわけで、人としてそれでいいの?と。その意味では、まだ染まってない子供の方が普遍性を沢山もっていて、すぐに友達になれたりする。

 もう一度強調するなら、人としての普遍性を失ったらいけない、損だぞと。なぜなら広い広いこの世界の自分の可能性を全部叩き潰していくことになるのだから。世界からみれば、とるにたらない、アリの巣みたいなちっぽけな所属集団、それに全てを預けてしまうと、アリの巣以外に生きていく場所がなくなる。外の世界に、いかに出会うべきソウルメートがいようが、赤い糸で結ばれた恋人がいようが、終生出会えずに終わる。ああ、もったいな。且つ、所属集団に適応していれば幸せかといえば、そんなことは全然無いのだ。人にはどんなに抑圧しても尚も消えない個性が絶対あり、それを殺すことは常に苦痛が伴うし、そこまでして所属集団に忠誠を誓ったところで、それに報いてくれる保証は全く無い。それどころか、集団の幹部連中のご都合で、適当に便利使いされたり、働きアリのように搾取され続けたりもする。たまたまの所属集団に自然に馴染むのも、なんらかの感情移入が生じて愛するのもいいだけど、でも、それが生きるためのテキストや教条になってしまったら、そこで途方も無く巨大なものを失うことになる。

 ゆえに直近世間とは、多少隙間風がスースー吹いてて、なんか違うな、馴染めないわってくらいがちょうどいいんだわ、それを悩む必要など毛頭ないんだ、ってのは言いたいです。そこで馴染めない分、広い世界に豊かな未来が待ってるんだから。



時代背景

 全然別の観点で、時代背景というのもあると思います。長くなったので駆け足で。
 まず、貧困とか家族環境というのは、昭和30年代のド昭和においては、ある意味では普通であり、とりたてて問題になることでもなかった。ちょっと上の世代は戦争世代だから、家族なんか死んでて当たり前ですからね。全員揃っている方が珍しいくらいじゃないですか。また、「東京都民は全員ホームレス」みたいな焦土から始まってるわけですから、貧困なんか普通、てか戦時中の話を聞くとメシが食えるだけまだ天国みたい感じ。僕のリアルタイムにはそこまでではないが、花火大会終了後の余燼みたいなものは、まだ漂っていたように思います。

 同調圧力も今ほどなかったと思います。社会がまだまだ流動的だったし、いい加減にハジけてたし、誰も彼もが自分が生きていくのに必死で、そんなカチッとした共通認識とかシステムとかなかったように思います。あったとしたら、それが珍しく、だからそれで盛り上がれた。もともとバラバラで当たり前だから、みんなで何かやるのがうれしかったという。レストランで、テーブルごとバラバラにメシ食ってるんだけど、どっかのテーブルでハッピーバースデートゥーユーとか歌い出したら、見知らぬテーブルのお客さんも同調して歌ったり拍手したりする暖かい連帯感みたいな感じ。だから紅白歌合戦なんかも視聴率が80%以上という、今から思うと信じられないような状況になっていたんだと思う。あれはバリバリの統制されているからそうなったのではなく、そんなことが珍しかったらうれしかったんだと思いますよ。

 そんな時代背景を考えれば、矢吹丈にせよ、男一匹ガキ大将にせよ、それほど荒唐無稽な設定に感じなかったし、すっと受け入れられたのだと思います。

 そういう頃の日本を知ってる僕からしたら、楽しかった日本は70年代までで、80年代になって皆が適当にリッチになってきたから方向感を失ってきたように思います。僕は94年に日本を離れてて、そこで時計は止まってますけど、正直80年代以降の日本は好きではない。フォークがニューミュージックとか言われるようになって、金ピカの軽薄短小80年代となってから、疎外感はいっそう強まりましたね。け、何をカッコつけてやんでぇって感じ。

 もっと印象的なことを言えば(それだけに不正確だと思うが、敢えて言えば)、80年代から生命力が落ちてきてるような気がする。自我がヒヨワになったというか。70年代までは、個人が個人としてどう輝くか、どう光を発するかって感じでいたし、今の自分もそうです。でも、80年代以降になると、自分以外のどっかにある光を浴びに行こうって感じになって、自分で光り輝こうとは思わなくなった気がする。70年代までも大流行とか沢山あったけど、あれって個人として面白いなと思ったのが集結して流行になるということであくまで核には個人の判断があったけど、それ以降になると、流行ってるから、皆が知ってるから、遅れたらカッコ悪いからって感じになってる。70年代にもその兆候はあったんだけど、その虚弱さ、浅薄さ、頭と自我の空っぽさは厳しく批判されてたように思う。でも80年代以降になると、そういう意見すら出てこなくなって、以後時代が下るにしたがって、北朝鮮まがいの統制社会化しているように思います。

 別の観点でいえば、システムや社会体制というのは、作る過程が面白いのであって、作ったものを守るのは、それほど面白くない。というか、むしろ消耗する。つくづく思うに、人間というのは創造してなんぼだと思う。創造するからこそ自己実現もするし、そこで確固たる自我も自信も得られる。光り輝くことが出来る。でも、守ってるだけなら、先人の遺産の墓守りみたいなもので、自我を発揮する機会に事欠くようになる。ゆえに、自我が強化されたり、自信をつけたりするチャンスにも事欠くから、結果的にヒヨワに見えるのかもしれないです。

 その意味では、バブル崩壊の90年代初頭において、徹底的に壊しきれなかったのが末代までの禍根として残ってるんじゃないかな。リアルタイムにその頃にいましたけど、もうこの際、財閥解体みたいに、日本の企業は全部倒産、日本人全員失業みたいに爆心地ゼロやって、ゼロからリセットかけりゃいいのにと思ったもんです。それをノンバンクの住専救済とかさー、クソぬるいことばっかやって、拓銀とか山一とかくじ引きでスケープゴート出すみたいな姑息なことやってさー、ああこりゃあかんなと思ったもんです。「社会的影響が重大で」とか言い出したら、もうダメね、もうジジーね、創造的破壊が出来るかどうかだと思います。破壊したあとが楽しいんだって。


 えー、さらにもう一点、自分が東京生まれの東京育ちの東京アボリジニだったという点もあります。が、ここまで書いたら長くなるので、今回はパスしましょ、また機会を改めて。










 文責:田村




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