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今週の一枚(2015/08/24)



Essay 737:官兵衛メソッド

FDA=Fun Development Ablility

 撮影場所はDrummoyne。

 先週の金曜日は、やたら暖かく27度までいって、いよいよ春到来か!となったシドニーですが、なにやら風景が日本みたいに霞んでいる。おお春霞か春の夕靄か、なんと風情な「いとをかし」と思ったのですが、実は単なる煙だったようです。山火事シーズンに備え、また週末の雨を見越して山火事になったらヤバそうなエリアを先に燃やしてしまおうという。”hazard reduction burnig"です。詳しい新聞報道はココを参照(キャプチャーして画像にしておいた)。

 なあんだ、ですけど、でも煙だろうが靄だろうがビジュアルにちょっと違うことに変わりはなく、バシバシ写真撮ったのでした。シドニーシティの西北ドラモインは三方を海に囲まれた半島なので角度によっては水辺に夕陽になります。こんな感じ↑

 以下似たような写真が続きますが、望遠×露出×ホワイトバランスいじくって遊んでます。2万円前後のコンデジでも結構撮れるもんですね〜。

黒田官兵衛如水

 それは全く変わらない風景に見えるかもしれないけど、でも必ずや何か変化はある。
 全てが絶望色に塗りつぶされているかのように見えようとも、しかし、そこには必ず心を癒やし、希望を抱かせてくれるものがある。

 それは何でもいい。自分に関係ない物事でもいい。
 単に葉っぱが色づいた、日が長くなった、雲の形が変わったでもいい。
 変化はなにがしかの感銘を与える。それをすくい取り、それをもって慰謝とする。
 自分に関係することは細大漏らさず精密にトレースする。
 それこそ昨日よりもほんのちょっと「爪が伸びた」くらいの微差であってもすくい取り、それをなんらかの希望につなげる。


 いきなり何の話かと思われるでしょうけど、僕が6-8歳の頃に学んだことです。

 それからもう数年経て、小6か中1の頃、黒田官兵衛如水のくだりを読みました。司馬遼太郎の「新史太閤記」だったと思うけど、もしかしたら「国盗り物語」かもしれない。手元にないので確認できないのだけど。

 でもその一節は、今でもある程度言える。

 黒田官兵衛は、去年の大河ドラマになったそうなのでご存知の方も多いでしょうが、秀吉の軍師だった人です。とにかく頭がメチャクチャいい。良すぎるくらいで、それがゆえに秀吉に疎まれ(恐れられ)、九州の小藩しか与えられず、「あいつに百万石も与えたら天下を取ってしまう」と言わしめた人物です。「酒は飲め飲め〜」の「黒田節」の「黒田」ですね。なんかキャラ的には、項羽と劉邦の時代の韓信にかぶるんですけど。

 織田信長配下、官兵衛が秀吉の右腕として活躍してた頃、謀反を起こそうとした荒木村重の説得に赴き、そこで逆に捕らえられてしまいます。地下牢に入れられ、幽閉されること10か月。背も立たないような悲惨な牢屋で、疥癬やら気色悪い虫がゾロゾロ這いまわってるようなところ、地獄のようなところ。その幽閉生活が長すぎて、足腰が立たず、後日の治療の後も一生身障者になってしまったというくらいの状況。しかも次の瞬間に殺されてしまうかもしれないという絶対的な恐怖。

 普通の人なら数日、僕のようなヒヨワな現代人なら半日もたないで精神に異常をきたしてしまっても不思議ではない環境で、彼は1年近くも持ちこたえ、フィジカルには終生障害を負ったものの、メンタルはまったく確かで、武将=政治家としての判断の的確さは衰えなかった。

 つまりはメンタルがクソ強いわけですけど、問題はなんでそこまで強いのか?です。
 これは「もともと強い人だから」ではないと思う。
 てか「強い」って何がどう強いの?です。今週のお題はそれ。


 記憶だけでその小説の一節を再現すると、こんな感じでした。

 「官兵衛は元来が陽気な男である。常人だったらすぐに狂い死ぬような悲惨な牢獄においても、窓からわずかに漏れてくる陽射しを眺め、その陽射しの位置が日々すこしづつ変わっていくことにも大きな喜びを見出そうと務めた。牢番にも明るく声をかけて、つとめて親しくなろうと試みた。」

 みたいな感じです。




俺もやってた、それ


 そのくだりを読んだ時、僕が12-13歳くらいのときですけど、「あ、これ俺もやってる」「それ、すげーわかる」と思った。ああ、自分だけじゃないんだ、それでいいんだって思った。そのときの印象が強烈で、40年以上たった今でも覚えている。忘れるも何も、それからもずっとコレやってましたって感じです。

 ずっと前のエッセイで触れたけど、僕の6−8歳はめっちゃ暗黒期で、担任の先生にやたら嫌われて、クラスでも常に名指しで怒られ、立たされ、笑いものにされ、成績も限りなくオール1をつけられ、図工でも音楽でも作文でも最低レベルの点をつけられ、だもんだからクラスの中で先生公認のサンドバックみたいな存在。よく生きてたな〜って感じ。

 そう言えば、もともと遺伝的に目が悪いのですが、それでも小1のときは1.2あったんですよね。それが小2になったら0.1まで下がってしまって、これってメンタルも関係あるのですかね?でも、小さな自分に「目が悪い」「視力が変化する」という概念そのものがよく分からなくて、ぼややんとした0.1の視界でずっと生きてたことになります。メガネ作ったのはもっと後だったから。そんな視界で生きてれば、そりゃあ何やってもドン臭いでしょうよ。

 でもそのころの「財産」が結構あって、これも前に書いたけど「全世界を敵に廻したゲリラ闘争」というのが人生の基本コンセプトになって、だから何でも全部自分で出来ないと気が済まないタチになったし、依存性も甘さも少なくはなった。村上春樹の「海辺のカフカ」にも、”田村くん”が出てきて、「世界で一番タフな15歳になるんだ」といって毎日ジムで汗を流していたけど、その気持なんか分かる気がする。以来「全部ダメ」と言われた「領土回復」闘争で、運動も柔道で黒帯とって逆立証し、音楽もバンドやったし、ダメと呼ばれた文章も勉強も25歳で司法試験通ったことで逆証明して。「ざまあ見やがれ」って感じ。でもこの時点で「終わった」感はありました。「オトシマエはつけた」ってことで、もうこれでいいやと。上昇志向も国土回復闘争も終わり〜って。20年近くかかったけどね。最後の方はもうどうでもよくなってきたけど。

 そして、その暗黒期をリアルタイムにどう乗り切ったのかといえば、もとより家族の温かさが一番ですけど、日常的には、この黒田官兵衛方式です。


 ガッコいっても苦痛なだけだけで死ぬほど行きたくなかったけど、しかし当時は不登校=死刑みたいなご時世だったので、そんな選択肢はナシ。でもね、一人でてくてく登下校する間、それでも自然は優しい。当時のまだ開発未了の多摩丘陵には、四季折々の変化は確かにあったし、ボヤけた視界でもそれは分かった。新緑に励まされ、夕焼けと友達になり、雑木林の晩秋には武蔵野の風情が残り、一面雪になった朝にはわあ!と歓声を上げた。シェークスピアの作品に、憂鬱な子供がまるでカタツムリのようにのろのろ歩くシーンがあったと思うけど、でも歩きながらも世界は広がり、憂鬱なればこそ世界とたくさんお話をしたと思う。官兵衛先生に比べてみれば、なんて贅沢な環境。

 何も見るべきものがないときは、ひたすら歩数を数えた。千の単位まで数えた。今日は何歩で行けたとか、あそこの角まで何歩だったとか全部覚えてた。それでも退屈したら、あの電柱まで何歩かかるかを目測で予想し、それがあたるか外れるかを自分で試してそれで遊んだ。あの地点を偶数歩で着くか、奇数歩で着くかで自分で賭けをするようにして、当たったら嬉しく、外れたら悔しがった。石を蹴って電柱に当てるとか。帰り道のオモチャ屋に沢山並んでいたミニカーを見るのを楽しみにしたり、ペットショップの水槽の金魚達、かき氷の当時の毒々しいシロップの原色さえ心奪われた。

 普通の少年が普通に楽しむことなんだけど、それを失わないように。どんな小さな変化、どんな小さな喜びでも絶対に見逃すまいと、そして全力で楽しもう、喜ぼうと思った。「思った」というか、本能的にそうなったんだろうけど。そういう喜びを見つけるのが上手になり、どんな状況でもこうすれば楽しくなるという発想や行動力もついたと思う。そしてそれは「生きていく力」そのものだったのだな、と今にして思います。

 そして12−3歳の頃、この官兵衛の話を読んだ時、もし自分が官兵衛みたいな立場になったら「俺でもそうしただろうな」「これ、自分にもできるんじゃないか」とも思った。まあ、よく考えたらそれは無理でしょという気がするのですが(笑)、とても親和性のある話だった。書いてある意味はすごいよくわかった気がする。

 と同時に、「大先輩がいた!」という嬉しさもあった。それが一番大きかったかな。すげえ!と。「そうか〜、そこまでやるのか〜、よーし、俺も頑張らなきゃな」みたいな(笑)。その後、「パピヨン」という映画があって(漫画にもなってた)、無実の罪で終身刑になった男が不屈の執念で脱獄する実話をもとにしたんだけど、長い年月をかけて脱獄計画を練り、過酷な強制労働と栄養失調になって死なないために、薄いスープに、そのへんを這っていたムカデを捕まえて殺し、スプーンで刻んでスープに入れて食うというシーンがあったような(記憶だけだけど)、あれも「すげえ!」と思いましたね。うーむ、生き延びるためにはあのくらいの根性がないとあかんのか、参考になるなあって(笑)。あのへんの話が、僕の教科書であり先生達でした。子供だからね〜、すぐ影響されるのよね。



量質転化の法則

 以来、なにかといえば、この官兵衛方式が生きてます。

 司法試験の勉強しはじめの最初の1年間なんか、ひたすら無味乾燥な専門書を読んで読んで読んで読んで、、、1年間。朝の9時から夜の9時まで図書館籠もり。もーねー、発狂しそうですよ。それでもなんとかやり通せたのは、官兵衛方式です。専門書って分厚いのですけど、読みながら鉛筆で線を引いたりするから、読んだページだけナチュラルにやや黒ずんでくるのです。ぱたんと本を閉じて、本を横からみると、「今ココまで進んだ」というのがビジュアルに分かる。パソコンのダウンロードやインストールなどで、進行度に応じてグラフが徐々に塗りつぶされていくけど、まさにあんな感じ。10ページやそこら読んだくらいでは全然差がわからないんだけど、目を皿のようにしてに見つめて、「これだけ進んだ!俺はやった!」という、それが達成感で、それが喜びで。

 弁証法に「量質転化の法則」っちゅーのがありますが、およそ多くの質の変化は最初は量の変化として生じると。なにか新しい技術を得る、なにか新しい環境に入る場合、すぐに質的変化(上手になったとか)は生じない。そんなものを期待してたら心が疲弊する。続かない。だから「量の変化」にこそ慰めを見出す。その量にどんな意味があるのか無いのかもわからないけど、でも「これだけ読んだ!」という量的達成感に着目する。読んで覚えているのか?理解しているんか?というと全く理解もできないし、覚えてもいないんだけど、でも、そういう質の変化は気にしない。気にしたら心が壊れる。

 とにかく最初は-------
 とこれまでの経験と蓄積が教えてくれる。まず量をこなせ。

 オーストラリアに最初に来て英語やり始めたときも同じで、電子辞書なんか洒落たものは少なかったので、紙の学習辞書を買って持ってきた。おし!と思った。辞書ひきまくって、ひいた単語にはラインマーカーで印をつけ、半年間でこの辞書全ページにマーカーつけたると。全単語というのは無理があるから、せめて全ページ。調べて開かなかったページは無いってところまでいってみようか〜と。果たして半年で新品の辞書はボロボロになって、表紙の装丁がベロンと取れてしまって「韋編三絶」(一絶だけど)。この装丁がボロボロになるのって司法試験受験時代によく見た風景で懐かしいな〜、そういや受験仲間にはボロボロになりすぎて同じ本を二冊買った奴もいたな。で、とりあえず全ページは制覇できたと思う。でも、そんなことで何とかなるわけもなく、せいぜいが半年でIELTS6点取るのが関の山で、本当の胸突き八丁は永住権とったあとの3年間で、ここが踏ん張りどころとさらにやり続けた。ここを生活の拠点とするなら、英語力=生命力であるのだから、やっておいて損はない。損がなければやればいいだけ。話はシンプル、簡単じゃん。

 上手になったとか、何かがわかったとかいうのは、かーなり後になって、頂上やら見通しのいい展望台に着いてから初めて分かることで、そんなもん初期には全然わからんです。初期どころか全行程の半分、どうかする80%くらいまでは、やってることの本当の意味なんかわからん。リアルタイムには「やった甲斐」なんか全然わからんで普通。もっと言えば、半分から8割は単なる「徒労感」しか抱かなかったりする。でも、それでいい。そういうもんだから。海に遠足にいくバス行程みたいなもので、全体の8割くらい進んだところで海が見えてきて「うわあ」になる。それまでは単にバスに揺られているだけ。

 ただしそれだけ盲目的なことをするわけだから、方向性が間違ってたらアウチ!です。そこで方向性の定め方という問題が出てくるのだけど、これは今回とは話題が違うからパス。ちょびっとだけ書くと、だからこそ大雑把で、曖昧で、より本質的なものだけを方向性として定めればいい。「英語がうまくなりたい」ならそれだけでいい。それ以上細かくブレイクダウンして「スピーキングがうまくなりたい」とかしない方がいいです。なぜならそのブレイクダウンは往々にして間違ってるからです。

 例えば、「スピーキング」が下手なんじゃなくて英語の基礎力がなさすぎるのが問題だとか、対人メンタルの問題だとか、単純に話術がヘタで面白くないとか、世界が狭くてモノ知らないからどんな話題でも浅いレベルで終わってしまって広がっていかないとか原因は他にある場合が多い。それを「スピーキングが〜」と誤解しているという。スピーキングは結果であって原因ではない。だからそんなブレイクダウンはせずに「英語がうまく〜」だけでいい。それかもっと広げて、「新しい世界を感じて楽しくなりたい」くらいでいい。そこまで広げておけば、大体何やっても大ハズレってことはないはずだし、何をやっても必ず役に立つ。一見関係なさそうなことが実は本質的な栄養素になり、それで問題解決って場合も多い(場数を踏んでメンタルがタフになったり、視野が広がって話題が充実してくるとか)。ということで「方向性の過ち」は間抜けなブレイクダウンをするところに生じやすい。



 ところがその量を積み上げる過程が異様なまでに退屈だし、砂を噛んで噛んで口の中がジャリジャリになる日々が続く。これでもかというくらい続く。そのときに官兵衛方式です。

 淡々とやるしかないんじゃ。毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、、、同じことの繰り返し。全然上達したように思えないまま、無能な自分、最弱な自分、未熟な自分、トホホな自分を抱えて歩くのだ。歩く過程で、小突き回され、ボコられ、笑われ、嘲られるけど、それでもとぼとぼ歩く。

 俺、それ、得意だし(笑)

 これまでに何度もやってきたもん。そんなことで心が折れたり、メンタルが荒んだりしないもん。だって確信あるもん。絶対辿り着く!という確信。これまでは全部そうだったもん。この淡々積み上げが最強最速であるのは、自分にとってはもう疑う余地はないです。

 大事なことは、量的蓄積過程においてはネガティブなメンタルや感情は一切シカトすること。辛かろうが、悲しかろうが、無駄っぽく見えようが、とてつもなく虚しくなって全てがガラガラと崩壊していくように見えようが、そこはガン無視。知るかいっ!そんなこと!です。それで、もし心のどっかが壊れるなら、勝手に壊れればいい。それは壊れてもいい部分。心の大事な部分ではなく虚栄心とか依存心とか毒性の部分だからデトックスしてるんだくらいに思っておけばいい。幽霊の出る廃屋みたいなもんだ。この際取り壊してスカッと更地に均してしまおう、せいせいするぞ、くらいに。

 大事なことは「あそこまで行きたい」という意欲が色褪せずに輝いているかどうかで、それだけモニタリングしておけばいい。

 それどころか経験を積んできてわかるのは、この初期の量的淡々こそが、実は一番楽しく、一番充実していることです。ボコられ、罵倒されながらでも、です。タネ蒔いて〜、毎日水をやって、早く出てこい柿の種〜って時期が楽しい。何も事態は進展していないようだけど、でも淡々とやることが楽しい。そこに確信さえ持てれば、素振りの一回一回が、打ち込みの一本一本が、1ページづつめくっていくその行程こそが、なによりも確実に、着実に、不動の安定感で前に進んでいるのだと思えるようになる。

 また「同じことの繰り返し」といっても完全に機械的に同じわけではなく、ここは理論、ここは直感、ここは書斎、ここは現場などバリエーションはあるし、見方を変えれば一つとして同じことはないんだけど、いずれにせよその全部が役に立つ。そのことも経験的にわかるから、何をやっても無駄なことをしてるとは思わない。だから焦りもない。

 いやね、実際、本当にしんどくなるのはある程度上手になってからですよ。押しも押されもしないくらい”立派”になってから本当の地獄が始まるのだ。いよいよ方向性で迷い始める。ベテラン医師が「俺はいままで病気は治してききたけど、人は治してこなかった、いいんかそれで?」と思うとか、一流の料理人がいくら腕を振るっても商業的成功には結びつかなくてそこで悩むとか。世のため人のためであれこれ動きまわってやってるうちに、あまりの「焼け石に水」状態に本質的な懐疑にとりつかれたり。弁護士だったら、結局は「他人の不幸を食い物にしてるだけ」「他人の褌で相撲をとってるだけ」じゃないか?とか。そこで病も人も同時に治せる技倆はなにかとか、不幸な他人と関わるときの自分の立ち位置や心構え、そのスキルはいかにして磨くかとか。深い人間性が問われるし、これまで長年積み上げてきたものを全てぶち壊してでも尚も高度なものを目指すことになるから、それはそれはしんどいですよ。淡々とやりゃいいってもんじゃないのよね。でも、初期の量はやりゃいいってもんだから、めちゃくちゃ楽ですわ。そんなレベルで潰れるくらいだったら、どの道、その先にある本当の剣ヶ峰を乗り越えることは出来ない。

 とは言いながらも、それでも初期淡々の砂の世界はしんどいわけで、そこで「極小なものからでも喜びを見出す」という官兵衛方式が威力を発揮します。

 以下、親切な僕は(^^)、幾つかにメソッド分解しましょう。

官兵衛メソッド

精密な自己モニターと記憶力

 昨日よりも今日、そして明日と自分が伸びていっているのを実感すること。これは非常に難しいので、顕微鏡レベルに精密なモニターが必要です。でも、やってるとそのうち分かるようになります。「気のせい」という部分もあるのではあるが(^^)、しかしその「気のせい」が訪れるようにもなる。

 どのくらい精密かといえば、自分の爪が伸びるのを日々確認するような感じ。「気がついたら伸びていた」でもいいんだけど(てかそれが自然なんだけど)、間が持たなくてしんどいから「昨日よりちょっと伸びたぞ」と分かるようになる。やってるとわかるようになるよ。理想を言えば、1時間レベルで爪や髪の毛が伸びるのを実感するくらい(笑)。まあ、それは到底ムリでも、気持そんな感じ、です。

 昨日迷った道も今日は迷わなかったとか、いや今日も間違えたんだけど間違いに気づくまでの時間が短縮したとか。昨日やった問題でまた間違えたけど、そこで「ああ、やったばかりじゃないか、なんてダメなんだ私は」とは思わず、間違えたけど今日の方が「スジの良い間違え方」だったとか、「あー、くそ、これ昨日やったばかりなのに〜!」って思ったら、昨日やったという記憶まではちゃんと保持出来てるじゃないかかと。覚えてないにせよ、全くゼロではなく、ある程度のところまでは覚えていて、そこから先がわからなくなったのなら、「問題解決にまた一歩近づいた」と思えと。

 いずれにせよ出来る/出来ないなんて大雑把なデジタル的な発想ではなく、100には満たずに不合格だとしても、昨日は20点だったのが今日は50点だったら成長率250%!なのだ。すごいよ、今日本のGDPだってマイナス成長とかいってるんだから、GDP250%ってどんなんだ?って。人はそれを「奇跡の成長」と呼ぶのだよ。そこはちゃんと自分をモニターして、自分を褒めてやらなきゃ。

 スポーツとか技術系のことをやってる人にはよく分かるでしょう?手首の返しが遅い!踏み込みが甘い!キレが悪い!何度言ったらわかるんだ、このバカヤローみたいに言われながらも、0.1ミリ刻みで改善されていく。泣きたいくらいに遅い歩みだけど、でもやってりゃいつしか出来るようになる。その喜び。柔道の背負投げでも、100キロクラスのやつを背負ったらべしゃっと潰れるのが普通なんだけど、それがだんだん潰れなくなる。片足スクワットが何回も出来るようになると、ふんばりがきくようになり、しまいには左足の小指一本だけで100キロ以上を支えて「おうりゃ」ってグルンと投げられるようになる。「やったあ!」ですよね。もう毎日が自転車の練習みたいなもので、ギターでも、全然つっかかってできなかったところが100回、200回、1000回(数えてないけど、一ヶ月同じフレーズばっかとかあるし)と意地クソになってやってると出来るようになる。「あ、嘘、今できたじゃん!」。昨日よりも今日のほうが運指が確実に楽になってるぞと気づく。

 それがわかるから、練習で怒鳴られても別に落ち込むこともないよね。なぜって、誰よりもキツく叱咤罵倒しているのは他ならぬ自分自身だもん。他人の罵声なんかもうヌルくてヌルくて「いいんですよ、そんなに気を使ってくれなくたって」って感じ。自分に対しては心のなかで「馬鹿か、てめえ、死ねよ」ばっか言うし。ムキになってやってるときはそうですよ。もう喧嘩腰で練習するよね。でも、それって別に怒ってるわけでも心が荒んでるわけでもなくて、楽しいんだよね。盛り上がってるから、うおおってやってるだけだし、そのあたりのボキャが少ないから、歓喜=怒号=気合でみんな同じなだけなのよ。応援してて点が入ってめちゃくちゃ嬉しいときって「ちっくしょー!やってくれたぜ!」とか罵声風味になるじゃん。「素晴らしいですね」なんて悠長な言い方にはならん。


 ということで精密な精密な、もう鏡を見てたら自分の髪の毛が伸びていくのを視認できるくらいの(だから無理なんだけど、そのくらい気で)自分を見つめてあげること。絶対どっかは昨日よりも伸びてる筈です。

 ずっとまえに「たまごっち」って流行ったけど、たまごっち=自分と思えばいいだけっす。「あ、育った」って。

 それでもその伸びがわからなかったら?ノープロブレムです。まだまだ手はある、官兵衛メソッド。命がけで開発したんだから奥は深いぞ。


時の流れ

 何にもかわらなくても絶対に変わるモノが一つあります。「時間」です。時は流れますから。ダイエット今日で8日目、明日で9日目と着実に時間だけはすぎる。遅々たる歩みではあるけど、絶対に後戻りすることはない。部活でも、一年生のときはあれこれ何かと「最下層」なんだけど、時は確実に進む。やがて上級生になるのだ。その日を指折り数える。まるで、出所を指折り数える受刑者のようでだけど、まんま同じですよ。時の歩みすらも、というか時の歩みが最大の希望になる。

 弁護士一年生というのは、今はどうかしらんけど、僕らの頃はしんどくて、ほんと「史上最弱の生き物」って感じで、実務の現場に叩きこまれたら、周囲は全員ベテランに見える。ボスや先輩弁護士は当然としても、依頼者だって自分の親のような人生経験を経てきた人だし、手形のパクリやら、不動産ブローカーやら、さらには、これまで会ったことのないような深海魚みたいな人種と一対一でやらされる。事務所の可愛らしい女子職員さん達も、バリバリの「練達の士」であり、ぽんぽん専門用語が飛び交う。おまけに大阪の土地勘が薄かったので、「〇〇さんタニキューで待ってるそうです」とか言われても、え、谷Q?ちょろQ?なにそれ?みたいな(谷町九丁目です、でも、それどこ?の世界なんだな)。「大阪銀行さんボンドの件でお見えです」とか言われても、え、ボンド?木工用の?なんで銀行が?(仮処分申請にかかわる保証金の支払保証委託契約のことをボンドという)。

 いや司法研修所を卒業するときに教官から「君らはようやくハイハイから二本足歩行ができるかなってくらい、オムツはまだだね」って言われて、あんだけ頑張って司法試験通って、2年間研修やって、それでハイハイ完了かよって思ったけど、意味わかったし。これは新人の医師もそうだと思うけど、理論は知ってても現場のことは何も知らんまま投げ込まれ、右や左を恐竜がズシンズシンと歩いていて、こっちは森の小動物。へたすりゃパクンと食われて人生ゲームセット。迂濶なことやってミスしでかしたら、個人賠償1億円とか普通にかかってくるしさ、最初の1ヶ月で推定賠償額(自分の潜在的な責任量)が30億になった時点で夜寝れなくなったというのは昔書いたけど。新人の医師さんも、夜間の緊急病棟かなんかでワケわからん事故患者さんが担ぎ込まれ、そこでミスして死なせてしまったら、もうキャリア終わりでしょ。「”先生”と呼ばれている死刑囚」みたいなもんすよ。生きた心地もせんわいな。同期の知人は、働き始めて1ヶ月もしないで急性胃炎で入院するし。いいなー入院、俺もしたいなーと思ったぜい。

 そんなときには、ひたすら時が流れて自分が一人前になれるのを夢見るのだ。警察とか、半分ヤクザがかった弁護士慣れした連中とか、金ピカバッジを光らせていると新米扱いしてくるし。「ボクちゃんなんかに、わかるの〜?」って感じね。同期の女性弁護士は「お嬢ちゃ〜ん」とか呼ばれたとか言ってたし。どの業界でも同じでしょ。仲間内ではいかにしてバッジの金メッキを剥がして貫禄ありげに見せるか論が流行ってて、小銭入れに入れて毎日こすらせるとか、フライパンで炒めるとか(笑)、それは涙ぐましい話。

 だから、早く時間がたて!と思った。当時流行ってたドラクエが、まんま適合した。ああ、おれはまだスライムにやられるレベル。HP足りなすぎ。誰もが夢想すること、あのドラマか漫画に出てくるアレ、「そして◯年が経過した----」ってびよーんと時間がワープするやつ。ああなってくれたらなあ!って心底思う。

 でも、ま、そんなもんすよ。どこいったって同じでしょう。
 別に仕事じゃなくても、田舎暮らしにあこがれて田舎に暮らし始めましたっていっても、最初は村の人に溶け込めないから、村八分とはいわないまでもよそよそしいよね。まあ、10年くらい黙々と暮らしていれば、徐々に風景に溶け込んできて、いるのが当たり前にみたいになっていくでしょ。

 この種の物事は、時間さえかければある程度は解決する。本当は日々ものすごい学びと上達があるんだけど、あまりにもありすぎていちいち認識できない。だから、リアルな感覚でも「とりあえず◯年」とか大雑把な感じですよ。そのときは、カレンダーにバッテンつけたり、塗りつぶしたり、時の経過をもって喜びとなすべし。そして、事態は「確実に」よくなっていると信じるべし、です。

 まね、これも過ぎてしまえば新人が一番楽ですわ。先輩にも言われたけど、「失敗できるのは新人の特権」「誰にモノを聞いてもいいのが新人の権利」だと。わしらみたいにこの業界20年やってますとかなったらな、今更「知りません」とは言えんがな。まあ恥もかき慣れてるから(笑)言うけどな、カッコわるいで。せやから、誰にでも頭下げて「教えてください」ゆーとったらええねん。確かにそうで、出来もしない奴がカッコつけてるくらい、傍から見てて滑稽なものはないしね。


FDA〜Fun Development Ability

 FDA〜Fun Development Abilityというのは、どんな環境、どんな状況からでも喜びや楽しみを見出す能力という意味で、2012年にアラバマ大学の研究発表があって、、、、、というのは大嘘です。僕の造語です(笑)。

 でも、そういうのってあると思いますよ。
 官兵衛式の根幹をなすのはココですよね。単に太陽の位置が変わって、影が長くなるだけでも喜びを見出すという。

 この例は、すでに前にあれこれ書いてます。歩数を数えるとか。
 これも技術だから、練習したらうまくなりますよ。
 今ここに空気が半分抜けたボールがあります。このボールを使った遊びを沢山思いつけ、とかさ。空気の抜け具合によりけど、普通の球技やるだけでおもしろいよ。サッカーでも蹴っても全然飛ばないから、周囲もズルッとなって大笑いだという。空気がまだ漏れていきそうだったら、順番にお尻でおいて座っていって、完全にぺちゃんこになった人の勝ちとか。この空気漏れをいかにして修理するかで遊ぶとか。

 バスを待っててなかなか来ない時は、今から通りを横切るクルマが100台通過する前にバスが来るか、来ないかで賭けをするとか。あるいは、100台目に通過する車の色を当てるとか。昔、カブトムシ型のワーゲンが沢山走ってる頃、「ワーゲン100台みたら幸福になれる」というしょーもない都市伝説が流行ったなあ。でもって、赤いワーゲンをみたらゼロリセットされてしまうというルールがあって、これが鬼で、95台目に赤を見たやつとか「あああ」と落ち込んでたりして。他愛のない話なんだけど、でもね「四つ葉のクローバー探し」だって本質は同じでしょ?

 人は、信じられないくらい、他愛のないことで楽しくなれるよ。子供が一番それをよく知っている。だから子供は無限に遊んでいられる。生命力がある人は、楽しむことも上手であり、生きる=楽しむという側面もまたあります。

 勉強が出来る人、すぐに技術を会得する人は、上に書いたように「うおお!」というムキな時期があるんだけど、あれって主観的には「楽しい」んですよね。超楽しい。口では「ちくしょー」とか馬鹿野郎とか罵声を飛ばしているんだけど、だけど、あれはエンジョイしてるんですよね。「あーもー、なんでこう上手くいかないかなあ!!」ってカリカリきて、キーボードばんばん叩いていたりするわけですよ、自分のホームページ作っててタグが変なことになってしまって、取り返しがつかなくなったりしたときは。それでも、だったら止めたらいいじゃんとかいうと、やめない。画像の位置が気に食わないとかいって。そんなの読み手にとったらどうでもいいことなんだけど、やたら凝ってしまう。あれも、大きな意味では楽しんでるんですよね。

 楽しいってことに、もっともっともっと敏感になるべきだし、楽しくなるべく技術を身につけるべし。ちょっと叱責されただけでもう凹んでるくらいだったら、楽しむ能力なさ過ぎ、生命力弱すぎ。若い女の子なんか、クラスで先生が説教してても、先生の髪が寝癖でぴょんと立ってるのを見つけて、みんな真っ赤な顔して俯いて笑いを噛み殺しているじゃん。休み時間に「あー、死ぬかと思った」とか息ぜいぜいいわせて。もう毎日怒られてたら、上司の叱責ボキャブラリー辞書とか言い回しの文法辞典とか編纂するくらいでなくちゃさ。「俺も、言いたくて言ってるんじゃないんだよ」「出たー!定番!」「今日は早いっすね」「新しい組み立てですね」とか(笑)。

観察力・想像力・認識力

 単調な日々に見えて、毎日環境は変わります。
 特に日本のような四季の風情のある国はいいですよ。僕も、大学の図書館にこもっていた頃、ガラス張りの喫煙室から街路樹が色づいたりするの敏感になった。「最後の枯葉」じゃないけど、最後の一枚はどの葉っぱになるのかな〜、いつ落ちるのかな〜、あ、昨日のうちに落ちちゃったみたいだとかね。

 毎日通う町並みでも、しっかり観察していれば、必ず一つや2つの新発見があります。商業主義に飼い慣らされすぎると「新発売」とか分かりやすいものにだけ反応するようになって、そのへんの感度が鈍るので要注意です。

 変化ではなくても不思議なものはあります。毎日前を通るお店でも、いつ見ても誰もいない、閑古鳥というよりもゴーストタウン化している。なんでこれでやっていけるのだろうか?とかね。
 ウチの親父がその昔不動産屋はじめたときも、自宅の一角に形だけ事務所作っただけで、よくあるガラス一面にぺたぺた物件を貼っているということをしてなかった。それでどうやって儲けるかですけど、不動産にも一般リテールではなくて、人脈をつかった商売が多く実はそっちの方がメジャーですらある。親父は、知人と組んで房総や筑波あたりの不動産買って、整備して別荘を建てて、それを売るという商売をやっていて、実際に家の事務所を使ったことなど結局一度もなかった。「電話一本あったら出来る」というのがよくわかった。

 なにげない物事からも想像はできる。特急列車の通過待ちをしている片田舎のホーム。目の前にある看板広告。「◯◯産婦人科」とか。ふーん、これだけ大きな看板かけてるから、地元では有名なのかな、二代目かしらね。でも少子化で大変だろうなとか。駅近くの踏切を所在なげに待っている軽四トラック。ああ、俺もこのあたりに生まれて育ったら、あの軽四運転してたりするんだろうな、どんな生活や人生になるんだろうな〜。嫁探しとか苦労するのかな。でも、農家の縁側で夏の宵の口に飲むビールは美味しそうだな、それだけで生きていけるかもしれないな、、、とかなんとか。もう想像というよりも妄想に近いけど、そんなこと考えてたら飽きない。

 自分が大きな世界の中にいるのがよく分かる。自分はいまこんなだけど、でも外の世界は、こんなになってたり、あんなになったり、色々あるんだ、面白そうだな〜と。

 どんなにしんどく感じられても、それでも世界は果てしなく広がってるよ。
 美しく、豊かな世界が広がってる。
 そして、自分もまたその世界の一部である。
 その一部であることを知り、驚き、歓喜せよ。
 視野狭窄にならずにすむし、自分の冷静なGPSも立ち位置も見えてくる。


 大岡昇平の「俘虜記」だったか、戦場で負傷してはぐれて、もはや死を待つのみとなったときに視界に映った自然の姿、ジャングルの緑、川などが、信じられないくらい美しく見えたという一節があったと記憶しています。

 また、かつての僕の依頼者の方は、自殺をするために沖縄まで行き、海での入水をはかったのですが死にきれなかったそうです。なぜなら、あまりにも海が美しかったから。あまりにも文学的で、嘘みたいな話ですが、本当の話です。

 生きるか死ぬかのギリギリにおいては世界がよく見える。
 生きるということ、その動物的で自然な感性が鋭敏になるからかもしれないけど、そのとき世界はフル・オーケストラのようにぶわっと立ち上がってくる。獰猛なばかりの美しさに包まれる。これはこれでまた別項で書きたいのですが、僕が無鉄砲な捨て身チャレンジをしたがっていたのは、前述の領土奪回願望もあったのですが、より本質的にはこの美しさに魅せられたからかもしれません。ヌルいことやってると世界が美しくならない。


 さて、冒頭に戻り、黒田官兵衛が幽閉された時、牢獄から見える藤の蔓が命綱になったそうです。
 春になり新しい芽が息吹いていくその姿。そして可憐な花が咲く。そんな光景。
 それが彼の存在を救った。

 よほど印象深かったのでしょう。
 後日、大名になって黒田家の家紋を定めるにあたって、官兵衛は藤をモチーフにした「藤巴」にしています。

 それほどのものだった、ということでしょう。






文責:田村



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