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今週の一枚(2013/07/15)



写真をクリックすると大画面になります



Essay 627:∪−6失業率

 〜いまどきの「失業率」について思うこと

 写真は、前回のVAUCLUSEの灯台の撮影場所とほぼ同じ。
 望遠ではるかハーバーブリッジとオペラハウスをのぞむ。

 Vaucluseはシドニー最高級立地と言いますが、この写真みてると分かりますよね。つまりこのへんの家は、うまくすれば自分の部屋の窓からこの風景が見えるわけですから。
 ちなみに、シドニーハーバーの対岸に、ライバルの高級立地 Mosman もありますが、北に面している(南半球では陽射しに恵まれる)という点でVaucluseになおも一日の長があると言われます。



 今週は先週の落穂ひろいのようなものですが、先週紹介しようとして機会がないままボツにした記事をピックアップしておきます。

 アメリカのフォーブス(Forbs)という経済誌に掲載されていた記事です。フォーブスは世界の長者番付とか発表していて有名ですよね。Why The 'Real' Unemployment Rate Is Higher Than You Thinkという記事で、アメリカの失業率の状況を書いているものです。ハッキリ言って内容それ自体は新鮮味はありません。誰もが知ってるようなことです。

 ただし、ここ数ヶ月くらいの、日本のメディアでの「アベノミクスだ!景気回復だ!アメリカも景気がいいぞ、いよいよ回復も本番だ!」的な論調の記事ばかりみてると、つい「ほう、そうなんか」と思いがちで、それをクールダウンさせる効果はありました。「そりゃ、そうだよなあ」って。


 例えば、
  米国株、大幅続伸 雇用統計で景気期待強まる 金融関連に買い (日本経済新聞2013/7/6)
  円、再び先安観強まる 米景気回復期待で (日本経済新聞2013/7/6)
  NYダウは88ドル高 米景気の回復期待で (朝日新聞2013/07/08)
  米国株、ダウ小幅続伸 連日で最高値、金融株が高い (日本経済新聞2013/7/13)
 日系メディアだけではなく、海外メディアの日本版も似たようなものです。
  欧州株式市場=景気敏感株主導で反発、米景気回復への楽観的な見方...(ロイター2013/07/08)
  NY株続伸、3週間ぶり高値=米景気への期待背景 (時事通信2013/07/08)
  日本株は景気敏感主導で上昇、緩和持続期待の米株高を好感 (ブルームバーグ-2013/07/12)

 もちろん、イケイケ一色ではなく、
  米UPS:13年通期の利益見通しを引き下げ、景気減速が要因 (ブルームバーグ 2013/07/12)
  堅調な米景気 潜む不安 (日本経済新聞2013/07/08)
 などクールな記事もちゃんと掲載されています。

 これらに文句をつけるつもりは無いのですが、しかし、連日のようにこういう紙面を見てると、サブリミナル効果というか「そうか〜、景気良くなってるんだ〜」って無意識に刷り込まれてしまいそうです。や!賢い貴方はそんなことないかもしれないけど、賢くない僕なんかはついついそうなる。

 偶然なのか計算しているのか知りませんが、右の記事画像のように(マウスを乗せると画像が大きくなります)、広告に「上げ相場に乗り遅れたあなたへ」とか書かれると、微妙にインパクトありますよね。「そうか〜、乗り遅れてるんだ、俺」とか思っちゃったりして。こんなの広告だしキャッチコピーなんだから、記事本文と同列に扱うべきではない!と頭ではわかっていても、「なんとなくの印象」ってものがあります。

 そこで、「ほんとにアメリカの景気って良くなってるの?」と確認のためにあれこれ検索して調べてたら、次に紹介する論稿に出会いました。経済統計の数値や分析だけではなく、ちょっと「胸を打つ」ような部分があったら、そこがすごく印象に残ったのです。そして、「景気が良い/悪いって意味あんの?」といういつも抱いている根源的な疑問にもつながっていったのです。



Why The 'Real' Unemployment Rate Is Higher Than You Think


Dan Diamond


I know an older man who’s unemployed. Let’s call him “G.”

 ここに高齢の失業者がいる。「G氏」と呼ぶことにしょう。  

G.’s tall and erudite. He has training in a specialized field, is perceptive and pleasant, and has worked for most of his life, including for a decade at a prestigious company that you’ve heard of.

 G氏は長身で、博学な人だ。ある専門分野で訓練を受け、洞察力にあふれ、快活で、これまでの人生のほとんどを働いてきた。うち10年間は、誰でも知っている有名企業で働いている。


But G. lost his job when the Great Recession hit, and after taking a few part-time positions that provided ever-diminishing salary and responsibility, hasn’t found regular work in several years.

 しかし、Great Recession(日本ではリーマンショック)が襲った時、彼は職を失った。その後の幾つかのパートタイム仕事を見つけたもののし、給与は下がり続け、職務の責任も軽くなる一方だった。しかし、数年たってもフルタイムの仕事を見つけることは出来なかった。

At this point, G.’s exasperated and exhausted ― the pain shows in his face, whenever he tries to talk about his empty days or ever-tightening finances. And he’s pretty much abandoned the job hunt, save making cosmetic tweaks to his resume and, having worked his way backwards through his rolodex, turning to friends from childhood in hopes of scaring up a warm lead.

 この時点で、G氏は憤懣と疲弊の極に達していた。その痛みは、彼が「空っぽの日々」や日増しに厳しくなる家計について語るとき、その顔にありありと刻み込まれていた。やがて彼はほとんど職探しを諦め、履歴書にささやかな粉飾をすることもやめ、そしてローロデックス(回転式名刺入れ)をめくりながら、どんどん過去へと遡行し、彼の幼少時代の友人達に連絡を取る。もしかしたら温かい手を差し伸べてくれるのではないかと、オドオドと怯えつつも期待しながら。

I thought of G. and his sad eyes a few times today.

 私は、今日、何度となくG氏のことを思い出した。彼の瞳に浮かんでいた悲しみを。


First, when the latest jobs report was released on Friday morning. It was generally heralded as a good report ― for good reason. According to initial Bureau of Labor Statistics estimates, the U.S. gained nearly 200,000 jobs in June, and another 70,000 jobs appear to have been discovered in April and May. As a result, the nation’s official unemployment rate held steady at 7.6%; not great, but miles better than the 10% unemployment rate that the U.S. flirted with between 2009 and 2010.

 今日、最初にG氏のことを思い出したのは、この金曜日の朝に発表された最新の労働統計の発表記事によってである。それはある程度は根拠のあるグッドニュースといって良いだろう。アメリカ労働統計局の推計によると、6月には20万人、4月と5月にはまた別に7万人分の仕事が増えたことになっている。その結果、アメリカ全国の公式の失業率は7.6%のままではあるものの、2009-10年度には10%の失業率でヨタヨタしていた頃に比べれば格段の進歩だといってよいだろう。

But the “official” unemployment rate doesn’t count men and women like G. ― discouraged workers who have settled for part-time jobs or have given up looking altogether. Tracking those individuals, under what’s called the “U-6″ rate, gives a very different measure of the nation’s unemployment rate: 14.3%.
 だが、この「公式」な失業率の中には、G氏のような男女はカウントされていないのだ。つまり、やる気をくじかれ、パートタイム仕事でおさまってしまったり、あるいは仕事探しそのものをやめてしまった人達は、公式の統計上の「失業者」には含まれないのだ。そして、こういった人々をも追いかけていってカウントする統計数値=「∪−6失業率」という名で呼ばれるものによると、全く違った全体像になっていく。すなわちアメリカ全国の失業率はなんと14.3%にも達するのだ。

And unlike other jobs figures, the U-6 rate actually got worse in June ― it went up by 0.5 percentage points.
 それだけではない。他の様々の労働統計と異なり、∪−6レートに関していえば、6月期にむしろ悪化し、0.5%失業率が上昇しているのだ。

There’s a strong argument that given the Great Recession’s damage to the economy, and because millions of Americans like G. have simply given up their job search, the U-6 rate is a more accurate reflection of national employment. Like the “official” rate, the U-6 essentially doubled between 2007 and 2009; unlike the official rate, it’s not coming down as fast.
 リーマン・ショックが経済に与えたダメージの深さ、そしてG氏のような数百万人の人々が職探しを諦めているという状況を考えるならば、∪−6レートこそが国内労働市場の実態をより正確に表している、という意見は根強い。「公式」な失業率統計と同じように、∪−6失業率もまた2007-2009年に二倍になっているのだが、その後、公式失業率ほど早く落ちてきてはいない。

But most news organizations don’t cover the U-6 rate, and many economists don’t focus on it. (Donald Marron of the Brookings Institution was among the few economists who regularly monitored it through the recession and the recovery; when we spoke last year, Marron told me that the U-6 offered a broader look at where the nation stood.)
 しかし、多くの機関は∪−6レートをカバーしておらず、多くの経済学者も言及していない。(ブルックリン研究所のドナルド・マロン氏は、定期的に∪−6を通して景気の後退と回復を観察している数少ない研究者の一人である。昨年マロン氏と話した時、彼は、∪−6こそが国がどのような状態にあるかについて、より広い視座を与えてくれると語っていた。)

One reason that the U-6 rate remains so high is because it’s so hard to get back into the workforce once you’ve been out for months ― whether perception or reality, many employers see these would-be workers as damaged goods.
 ∪−6失業率がかくも高止まりしている理由の一つに、一旦離職して数ヶ月してしまえば、中々職場に復帰できないという現実がある---それが単なる偏見か事実かはともかく、多くの雇用者達は、このような長期失業者達をなんらかの「欠陥商品」ではないかと思うようだ。

And that’s why I thought of G. for a second time on Friday, when Brendan Nyhan, a professor of political science at Dartmouth, tweeted to a recent study that hammers that point home. Essentially, the longer you’re without a job, the less likely it is that you’ll get called back for an interview ― by the eighth month of unemployment, the callback rate falls by about 45%.
 そして、これこそが、私が金曜日に二回目にG氏を思い起こしてしまった理由なのだが、ダートマウスのブレンダン・ナイハン教授は、ツイッターで、最新の研究にふれつつ改めてこの点を明確にしたのである〜あなたの失業期間が長くなるほど就職面接に呼び出される機会は減ってくる、と。調査によると、失業が8ヶ月に及ぶと、面接へのコールバック率は45%も減少するらしい。

While nearly everyone ― from the floor of Congress to the halls of academia ― agrees that long-term unemployment is a problem, there aren’t many obvious solutions. More work-share programs to keep some unemployed people in the workforce? If so, who should run such programs? (The government has a dubious record.)
 殆ど誰もが〜議会のフロアからアカデミックな学窓のホールにいたるまで、長期失業者の存在は問題であると考えているのであるが、これといった解決方法は存在しない。ワークシェアリングをもっと増やして、失業者を職場に戻すって?それをするにしても、いったい誰がやるというのだ?(政府はこれに関しては芳しからぬ過去をも持っているしね)。

Or retraining middle-aged workers so they can join a growth industry like health care? Perhaps, but that introduces a new set of challenges ― for example, are people who choose nursing as a second career doing it for job security, or because they have the inherent compassion needed at the bedside?
 あるいは、中高年層の労働者達に、現在伸びている産業であるヘルスケア分野にいけるように再訓練するって?それもいいかもしれない、しかし、それをするためにはワンセットの新しいチャレンジが必要だ。例えば、単に仕事がないからといってナースの仕事をセコンドキャリアにするのか、それとも生来的な情熱でベッドサイドについていたいと思うのか?

It’s also easy for lawmakers to ignore piloting programs that address long-term unemployment, given that most of the people affected are relatively powerless, politically. And here’s where the media could play a role. In the past year, business reporters have gotten much, much better at tracking the importance of the hidden revisions to the monthly jobs numbers. Now, it’s time to focus ever-closer on the people like G., who are being hidden from the jobs report too.
 そして、長期失業に苦しむ多くの人々がどちらかといえば政治的に無力であるがゆえに、立法者達は長期失業問題の解決を放置できるような状況になっている。さて、ここでメディアが一つの役割を果たしうる。過去1年を通じて、ビジネスレポーター達は、これまで隠されてきた重要な視点を念頭におきつつ、毎月出される労働統計を分析するのがどんどん上手になってきている。今こそ、統計からこぼれ落ちているG氏のような人達についても、もっと焦点を当てて考えるべきだろう。

 ということで、要旨は「失業率統計カウントの問題点」という、よくある論点です。が、具体的に「G氏」とか出されると身につまされるというか、胸をつくものがあります。

 これに関連していくつか。

関連して思うこと

失業関係の数値をもっとよく見てみる

 まず、本文中に出てきた図表をしげしげと見ると「なるほどね」と感慨を新たにします。
 右にその部分だけ抜き出してみます。

 直近の2013年6月の統計における16歳以上のアメリカ人の就業状況ですが、新たに雇用がドカンと増えつつも(公式)失業率そのものは7.6%で変わらないとして、さてその内訳はどうなっているか?です。

 @、フルタイムの就業者は27万2000人減っている(先月比、以下同)
 A、パートタイム就業者は11万人増えている
 B、フルタイムが見つからず、あるいはフルタイムから降格してパートタイムで働かざるを得ない人は32万2000人増えている
 C、失業中であり且つ仕事を探している人の数は1万7000人増えている。
 D、失業中であり、且つ仕事を探すのを諦めてしまった人は41万8000人増えている
 E、仕事をしたくない人、過去1年で一度も仕事探しをしなかった/出来なかった人は、40万6000人減っている。


 こうやってダーッと並べられると何がなんだかですので、整理します。


 単純に公式失業率でいえば、全就業者+求職者数を分母として、失業&求職中の人の割合であり、これは7.6%になります。

 しかし、この数値は「仕事にまつわる悲喜こもごも」が見事なくらいスコーンと欠落しています。

 それは何かというと------
 まず、この1ヶ月で、フルタイム(日本でいえば正社員みたいなもの=正確には違うんだけどこの際無視します)は27万人減っています。もうこれだけでも暗い話ですよね。正社員の座席数、つまり全体のパイ自体が減っているということですから。

 その代わりパートタイムの仕事は11万+32万で43万人も増えている。正社員減少数を差し引きすると、43万マイナス27万で16万人分仕事が増えたということになります。正社員が減ってるけど、減った数の1.5倍くらいパートタイムが増えている。とりあえず「仕事」という意味では増えている。

 しかし、増えたパートタイム仕事43万のうちの32万、つまり4分の3は「しょーがなく」「イヤイヤ」パートタイムで就業している。単純にフルタイムから降格されたり、フルタイムがないからツナギでパート仕事をしているだけとか。あんまり楽しそうではないですよね。「仕事はあるんだけど、、、でも、、」「まあ、あるだけマシだと思うべきか」みたいな感じでしょうか。

 もっと重大なのは「仕事探しを諦めてしまった」「もうダメぽ」という、ほとんど人生に希望がもてなくなりつつある人が42万も増えている。これって、増えたパートタイム仕事数とほぼ同じくらいになります。

 「∪−6失業率」では、このうち「イヤイヤ、パートタイムをやってる人」と「諦めちゃった人」をも「失業者」にカウントするから、失業率は一気に二倍の14.3%になるってことですね。

 つまり、「仕事(求職)に関してアンハッピーである人の比率」みたいなものでしょう。
 結局、数だけ帳尻合わせても意味ないんだよ、それで皆がハッピーになってるかどうかなんだよという実質的な視点を持ってきている点ですね。

∪−1から∪−6まで

 ちなみに「∪−6失業率」ですが、これはU-1からU-6まであります。

 詳しいことは、Portal Sevenといサイトのここに説明があります。このサイト、世界の宝クジやら、カレンダーやら、倒産銀行やら失業率やら集めていて、何のサイトかよく分からないヘンテコなサイトです。

 1−6の各定義ですが、U1は「Percentage of labor force unemployed 15 weeks or longer(15週以上失業状態が続いている人の比率)」、U2は「Percentage of labor force who lost jobs or completed temporary work(失職した人)、U3「Official unemployment rate per ILO definition(ILOによる公式失業率=これがいわるゆ「公式」)、U4「"discouraged workers", or those who have stopped looking for work because current economic conditions make them believe that no work is available for them(就活が厳しすぎて心が折れちゃった人の比率)」、U5 「U4 + other "marginally attached workers", or "loosely attached workers", or those who "would like" and are able to work, but have not looked for work recently.(U4にプラスして、その他ももろもろの理由で就活をやめちゃった人」、U6「 U5 + Part time workers who want to work full time, but cannot due to economic reasons(U5にプラスして、フルタイムを探しているのにしょうがなくパートタイムをやってる人」です。

日本の数値の虚しさ

 日本の失業率統計もありますが、日本は日本で、また全〜然事情が違うので一概に比較して論じられないです。

 日本の場合は、ご存知のように「企業内(社内)失業」というワケの分からないものがあります。
 客観的に仕事はないんだけど、諸般の事情で辞めさせるわけにはいかないので形だけ雇用状態が続いているという西欧的には不思議な現象で、これが公式失業者数300万に対してその2倍の600万人もいるとか推定されてますよね。あくまで推定で、本当の数は誰にも分からないのだろうけど。

 これを論じはじめたら、本文と同じくらいのボリュームがありそうなので、今回はパスします。
 ただ一点、失業率の関係でいえば、日本の失業率5〜6%がどうしたとかいうのは、アメリカの∪-3と∪-6以上に実態から乖離しているでしょう。また、政府も雇用調整補助金を出して失業者数が統計に出ないようにしているし。まあ、社会風土が違うから欧米みたいにドラスティックにバシバシ首にしろといっても難しいので、この種の措置はある種必要だという意見もあり、現実を考えればそれなりに傾聴に価します。

 んでも、こと失業率の正確性という一点に絞って言えば、「税金使って統計数値を誤魔化している」という嫌味な言い方も出来ます。ま、この種の数値操作は日本社会のお家芸ですよね。スピード違反の速度を多少甘目にして手を打つとか、内申書に下駄履かせるとかに始まって、ヤバくなると基準値そのものをズラせて無かったことにするとか(放射能値とか)、後出しジャンケン的に不利になるとルールを変えちゃう=野球で3アウトで負けそうになると4アウトまでいいんだという具合にルールを変えるみたいな=憲法96条所定の改正条件を議員の3分の2じゃなくて過半数でいいことにしようとか、いっくらでもあります。だから日本で数値を論議するのは、やや虚しくもあります。

 後でも触れますが、本当のことをいえば世界で戦えるように日本の産業構造をシェイプアップするためには、滅茶苦茶可哀想なんだけど、心をオニにしてでもビシバシ首にしなきゃいけないのでしょう。でないと根こそぎ総崩れになってしまう。そしてこぼれ落ちた可哀想な人々は、生活保護だろうがなんだろうが社会が全力で救うようにしないとダメでしょ。世界の状況、日本の規模を考えれば現在の受給者160万人ぽっちというのは少なすぎ。桁が一つ違うくらい。なのに不正受給とかそっち方面の視座に固定されている。これは以前ESSAY 400/福祉バッシングのモデル論理で書いたことですが、もうカビの生えた「古典的な手口」なんだけど、ああ、しかし、2009年2月時点で個人的に恐れていた方向に向かっている(詳しくは読んでください)。

 なんでそうなるかといえば、危機感無さすぎなんでしょう。まさか自分が路頭に迷うとは思ってない人が多すぎ。臭いものにはフタというか、イヤなことは考えたくないというか、あったか〜いコタツから出たくないというか、「やりたくないことをやらないで済ます」ための技術と方法論は日本はズバ抜けている。ほとんど集団催眠に近いくらい。これは何も戦後の平和ボケだけではなく、戦時中だって、あれだけ空襲ボカスカ食らって、誰が考えても負けるに決まっているのに、絶対勝つという大本営催眠にかかっていたんだから(かかっているフリをしていたのだろうが)、これももほやお家芸といってもいい。

 手におさまる危機については過敏なまでに頑張って反応するんだけど(例えば疫病とか〜海外のメディアに「誰もが医療用高機能マスクをしている世界で唯一の国」と紹介されている)、危機が大きくなって手のひらサイズに収まらなくなると、一転して「無かったことにする」という革命的な"解決"方法を編み出す。当然ながらそれが破綻して現実に直面すると、逆に黒船レベルの、ほとんど核反応みたいな、アナフィラキシーショックみたいな猛烈な反応を示す。

 まあ、面白いっちゃ面白い、ユニークといえばなるほどユニークな社会で、まあ、そういうやり方が好きならそれもアリだよねって気もしている今日このごろ。だから、雇用調整金も「税金つかって無かったことにする」ことにするのでしょう。てか、安倍自民政権そのものが「なかったことにする」政権だから、それが政権を取るということは、だからそういうことなんだろうな、皆さんアナフィラキシー方式でやりたいんだなって。俺はヤだけど、皆がそうしたいならしょーがない。逆に言えばアナフィラキシーでも死なないだけの文化的体力があり、アナフィラキシーで逆に一気に強くなれるってことなんだとしたら、「面倒臭いことは最後にまとめてチャッチャとやっちゃえばいいんだよ」ってことなんかもしれないですな。

さらに、あれこれ思ふこと

 さて、本題にもどってもう少し。

 書かれていないけど、僕が気づいたのは、一番下の薄いピンクの層=「既にとっくに絶望済」という過去1年に1回も職探しをしなかった人(or 何らかの事情で出来なかった人)の数は、逆に40万人も減っているという点です。もっと細かい内訳が欲しいのだけど、「何らかの事情で出来なかった人」と「絶望済」とはかなり違います。前者は、キャリアバリバリでいつでも働けるんだけど、育児に専念したいとか、海外に留学してました、病気で療養してましたとかそういう理由で過去1年仕事を探しをしてなかったけど、カタがついたので戦線復帰していったという人もいるでしょう。逆に「絶望済」の人がパートであれなんであれ仕事についたら、絶望からの回復ということで、結局「絶望」してたわけじゃないじゃんってことでもあるのですが、これはこれでいい話です。で、その割合比率はどのくらいなのかな?って点です。

 第二に、「仕事ハッピー度数」という「究極の統計」をとろうと思うなら、統計上はフルタイムにカウントされていても、職場がどんどんブラック化している、いびり出しがきつくて辛い、どんどん詰まらない仕事になっていく、仕事はそのままだけど給料がジリジリ下がってる、仕事量がどんどん増え実質時給はむしろ減っている、、、、などなどもカウントすべきでしょう。逆に、「仕事をやめてせいせいした!」「もっと早く辞めりゃ良かった」ってハッピー度が増えている人もいるでしょう。

 このあたりは個々人の内心にかかわってくるので全国規模の統計なんか到底望むべきもないです。毎月全員に対面調査なんかやってられないし、やろうとしたら膨大な予算がかかって、そんな金があるならもっと他のことに使えって話になるでしょうしね。かくして「本当の姿」は神のみぞ知るってことなのでしょう。

 要するにこれを論じはじめたら「仕事と幸福の関係について論ぜよ」と言ってるようなもので、もう誰でも無限に語れますよね。そもそも仕事をしなきゃいけないこと自体がツライことで不幸なことなのか、それとも仕事が出来ないことが不幸なのか、仕事したいの?したくないの?どっちなの?という根本のところがユラユラしているという。

正社員(フルタイム)=ハッピーという方程式を超えて

 結局根本的な問題はココだと思います。
 「フルタイム=幸福」という不変の公式みたいなものがあるとするなら、この雇用統計でも、やれパートがどうとか、何人増えて減ってとか、失業率算定がどうのとか、うだうだ細かく論議する必要なんかないです。@の「フルタイムの仕事が27万人分減った」という一点で、もう話は終わってますよね。

 フルタイム幸福を得られるべき座席が全体から27万人分減ったんだから、27万人は不幸に突き落とされているのは動かしようがない。奈落の底に落っこちていく過程で、比較的浅いところ(パートタイム)でひっかかって止まっている人もいれば、完全失業という底まで落ちてしまい、再び這い上がろうとしているけどダメな人、もうイヤになって這い上がること自体を諦めてしまった人とか地獄転落パターンにバリエーションがあるだけのことです。

 だとしたら失業率が幾らかという数値問題、それが上がったとか下がったとか一喜一憂している場合じゃないでねーの?って気がします。そーゆー問題なの?って。

 「フルタイム=幸福」だとすれば、フルタイムを増やす以外に抜本的解決はないわけでしょ?そしてそれが果たされていない。逆にパートタイムはすごく増えている。つまり、これは失業率がどうのという問題ではなく、労働構造そのものがフル→パート(日本でいえば正規→非正規)という形に、地殻変動のような現象が起きていることこそが本質的な問題でしょう。

 なぜそうなるかは、過去に何度も書きました(直近ではマックジョブの時代などを参照してください)。要は経済がボーダーレス化したからという「耳にタコ」のような、今となっては陳腐な理由です。今どきの経済はぜーんぜん国単位で動いていない。国単位で動かない企業が勝ちをおさめる。

 例えば----、NOKIAがいっとき携帯の世界市場を制覇してました、でも次世代のシンビィアンOSがコけ、アップルやサムソン、アンドロイドなどスマホ競争に出遅れました、でもルミアで本格高級カメラを搭載して巻き返しを図っています、、、といっても、NOKIAってフィンランドの会社です。人口わずか540万人。福岡県には勝っているが兵庫県には負けているくらいの規模。NOKIAがこの規模だけやってたら、せいぜいが県内有数の企業どまりであって、今日の成功は到底なかったでしょう。

 日本企業だって同じです。世界のニンテンドーの任天堂も、もともとは京都下京区の伝統的な木版工芸で花札作ってた。だから「バクチ=運を天に任せる=任天堂」になった。花札が廃れ課税がキツくなって同業他社が没落していくなか、いち早く西洋花札=トランプに目をつけ、さらに日本初のプラスティック製トランプを作り、ディズニーと提携してキャラクター商品を仕立て、ボードゲーム一般に広げて成功をおさめる。しかしその後、多角経営でドツボになる(タクシー、食品、ラブホテルまで手を出している)。心機一転、オモチャに回帰し、光線銃でヒットするもその後また没落。次にエレクトロニクスのゲームに光明を見出し、ゲームウォッチで大ヒットを飛ばし、いよいよファミコンに入る。以下はご存知のようにスーファミになり、ゲームボーイ、DS機、Wiiなど現在に至る。原点に固執してたら未だに花札作ってたでしょう。常に新しい業態を模索し、果敢にチャレンジし、失敗してドツボになり、それでも挑戦し、挑戦し、失敗し、でも挑戦し、、という絶えざる攻撃の連続です。別に任天堂を持ち上げる義理も理由もありませんが、企業とは、ビジネスとは、そして人生とはそんなもんっしょ?

 出身文化や出身国なんかブッチしまくって外に出て行った企業が生き残るし、遥かに巨大な収益をあげる。それが20〜21世紀の経済であり、それは巨大企業に限らず、脱サラ起業の零細小売店でも外国のどこに仕入れルートを持っているかで決まる。国内の問屋さんや卸売流通だけで話が決まることはないし、そんなことやってたら勝機もつかめない。趣味が嵩じて自宅でアユールヴェーダのお店をやるにせよ、いっちょ本場インドまでツテを辿って出かけて行って、よさげなサンダルウッドの原木やら生産者を見つけ、地元の観光業者と話をつけ、現場の写真をバシバシ撮ってオフィスにこれ見よがしに掲げ、本場ブランドの金看板を掲げてオイルやマッサージをやったほうが売れる、年に一回は希望者を募って本場インドへの研修ツアーを企画してまた儲けるとか、今度はインドの富裕層や新興中間層と仲良くなって日本ツアーを企画してインバウンドの手配とコミッションで儲ける、やりようは幾らでもある。むしろ個人レベルのほうが動きやすいとも言える。てか既に世界に出てって活躍している日本の若手は山ほど居るでしょう。日本に居ないから目立たないし話題になりにくいだけの話で。

 そうなると、ビジネスにおいて国外要因が占める割合が高くなる。材料の仕入れのみならず、生産工場、さらには販売、流通、外の方が商機がある。大変だけど伸びしろはデカい。だから国内での重要性は反比例するように下がってくる。ゆえに人が要らなくなる。これが第一。第二に、科学技術の進展でデジタル化出来るものはアウトソーシング出来るようになり、極論すれば本国の本部にはごく一握りの中枢コントローラーが入れば良いことになる。てか、そのくらいスリムで機動性の高い組織構造にしないと競争に勝てない。今、パナソニックや三洋が国内社員の9割をリストラするとかいって騒ぎになってますが、世界的にみれば「何を今さら」で遅すぎるくらいで、トロトロやってるから潰れそうになってるだけのこととも言えます。

 こういう状況において、フルタイム/正社員が増える道理がないです。少なくともこれまでの業界においてはそうです。日本だって、非正規雇用が38.2%で男女とも過去最高になったという記事が、つい数日前に出てました(日本経済新聞2013年07月13日)。フルタイムを増やすならば、全く新しい業種を興隆させることで、それはすなわち国内全産業の再編成を意味し、日本全国せーのでクラス替えをやるくらいのことをしなければならない。でもって、これも直近過去に書いたように(Essay 594:社会の新陳代謝力 めまぐるしく職を変えるオーストラリアの雇用事情の背景原理)、オーストラリアでは直近1年に全労働者の5人に一人は転職している。もう砂塵を舞い上げるように途方もない勢いで、産業と人員の再配置を急ピッチで進めているわけですね。変わって変わって変わり抜くことで生き延びようと必死なわけで、これは多くの国でも同じでしょう。もの凄い危機感あるのですね。

 だとしたら、こんな時代に「正社員=ハッピー」みたいな、「武士道とは死ぬこととみつけたり」みたいな古いイデオロギーや幸福論を持ち出したり、職の安定なんぞを願う方がズレているのではないか。こっちの論点の方が、やれ失業率が上がったとか下がったとか、計算方法がどうとかいうよりも、はるかにデカい問題ではないか?

 ではどうするのか?これも過去に書いてますので割愛しますが、要は仕事と幸福論の抜本的見直しが迫られているということですよね。「仕事」といっても二要素あって、@生き甲斐とAお金の二要素です。@は仕事以外でも幾らでも見つけられると思うので、そのセンスを磨き、見聞を広めること。Aが問題で、単にデフレで物価が安くなったから安月給でも暮らせるとかいうショボイ話ではなく、仕事=お金=生計の関係性を柔軟に組み替えていくことでしょう。一朝一夕にはできないけど、仕事をしないとお金は入らないのか、お金がないと生計を立てられないのか?です。「仕事=金儲け」しかないの?

 もっと言えば「消費生活」だけが「生活」なのか?であり、脱原発ならぬ「脱消費者」みたいなやり方はないのかです。例えば変形された物々交換とか、ワーホリさんがやってるWWOOFみたいな労働力と現物支給とか、昔のお寺のように寺の作務を手伝ったら食事と宿を与えて貰えるとか。それを貧乏ったらしくなく、思っきり高級感のある、優雅で、カッコよくて、新しくて、洗練された方法で出来ないか?とかです。絶対できると思うけどな。ていうか、頭振り絞って、死に物狂いで見つけていかないと、刻一刻と正社員が減っていく=不幸な人が増えていくという状況が好転しないじゃないか。正社員なんか減ってもちっとも困らな〜い、それでも全然幸福の総量は変わらな〜いって方向にしていかないと。

ところで

 とまあ、考えはどんどん広がっていくのですが、ここで一気に冒頭に戻ります。

 これまで紹介した∪−6失業率の問題、それも根深い問題。
 さらには、∪−6すらどーでも良いと思われるくらいの巨大な地殻変動と、「見えない明日」への模索と果敢な挑戦、いろいろ考えてしまいます。

 そんなところに、また冒頭に紹介した新聞記事とかを見てしまうと、ちょっと不思議な気持ちになってしまいます。「雇用統計で景気期待強まる」ねえ?って。

 まあ、でも、この記事自体は間違ってないですよ。株式の動きは超短期スパンのものであり、目先のことで上下動します。それがいかに目先のことであろうが、目先のことであればあるほどビビットに変動するから、投資家としてはとても大切なことです。また、その変化が本質的であるか、非本質であるかは関係ないです。極端な話、それがデマだろうが、大嘘だろうがどうでもいい。それによって皆がどう動くかです。集団ポーカーみたいな心理の読み合いのバトルロイヤルが相場ってものですから、それはそれで良い。だから、この記事(の内容たる株式相場の動き)はこれで正しい。

 しかし、株もやってない、経済にもシロートな僕などがこんな記事を読んでしまうと、なんか世の中バラ色方向に向かっているかのように、ついつい錯覚してしまう。雇用統計が、いかに株価的にはグッドニュースであろうとも、その内実は「G氏」がまた数十万人増えたという暗澹たるバッドニュースであることが見抜けなくなってしまう。そのあたりが怖いな〜と思ったのでした。

 こういうことを前回のエッセイの中に挿入しようと思ったのですが、分量的に入りきれませんでした(当たり前だよね)。今回備忘録かたがた付記しておく次第です。



文責:田村



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