今週の1枚(2011/05/16)



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Essay 515 :Cliche(クリシェ) 〜オーストラリアの陳腐なイメージ   伸び悩む観光業界

 写真は、Mt Druittの住宅街。
 先日、ドアミラーを壊してしまいまして、純正買ったら300ドルくらいしそうなので、GumTreeという無料掲示板(シェア探しにも活用)で35ドルの中古の個人売買を見つけて行ってきました。そのとき撮った写真です。
 いや〜、最近シティの15キロ圏内くらいしか動かず、チマチマ鬱屈していたので、久々に本当の郊外に出ると気持ちいいですね。Mt Druittは、BlacktownとPenrith(ブルーマウンテンの麓)の間くらいにあるベッドタウンです。東京駅を起点にすれば、八王子のちょっと手前の立川くらい、町田のちょっと先くらい、横浜の港南くらい、千葉市と市原市の間くらいの距離であり、又そのくらいのポジションです。決して近くはないけど、普通に通勤距離であると。「本当のシドニーの風景」というのは、シティはおろかボンダイなどよりも、こんな感じだと思った方が、地元民的にはむしろ近かったりします。留学やワーホリでシドニーに住んでおられる方には、こんな「どこまでも真っ平らなシドニー」というのは逆に新鮮に感じるのではないでしょうか?拡大画面で見ると「どこまでも」感がよく分かりますよ。
 また、右の写真は、同じ撮影位置でグルリと廻って背面方向を撮ったものですが、怪獣のような送電塔がニョキニョキ生えてます。こういう風景も珍しいでしょう。


まんまオーストラリア"


 ちょっと前の話になりますが、先々週末(11年5月7日)の新聞記事の写真を見てて笑ってしまいました。
 こんなコラージュです→

 「いかにもオーストラリア!」というコラージュですが、僕らから見ると「オーストラリア人は自分達のユニークさをどう理解しているのか」という観点で興味深いです。

 この画像は死ぬほどベタなのですが、まず背景から見ていくと、お約束のエアーズロックとオペラハウス、ビーチではサーフィンをやってて、ご丁寧に鮫まで出ています。寝そべっているカンガルーが手に持っているのはVB(Victoria Bitter=オーストラリアの代表的なビール銘柄)であり、「ワニに注意!」の道路標識。前面にはPaul Hogan(クロコダイルダンディの主演俳優)らしき人物がバーベキューでエビを焼いているという。

 ちなみに「エビ」というところがミソで、オーストラリアは海産物が美味しいこともあって、オージーはエビが大好物です。でもって、彼らはシュリンプといわず「プローン(prawn)」といいます。辞書によると、「ロブスターよりも小さく、シュリンプよりも大きい車海老など」を指すそうですが、確かに車海老サイズのものを好みます(シマ模様なのでタイガープローンとかいう)。

 エビはともかく、それ以外はまさに僕らのオーストラリア・イメージそのまんまの絵なのですが、よく考えるとこれは話が逆で、こういうイメージ戦略を打ち出したからこそ、僕らはオーストラリアにこの種のイメージを持つようになったと言うべきなのかもしれません。


 ところで、こんな「まんまオージー画像」を作って遊んでいるのが新聞記事の主旨ではなく、話はもっと深刻だったりします。
 記事の詳細は、How Australia fell off the map of the international traveller(別窓)、Cringe and cliche can bring tourists(別窓)、 Packer: we've sold wrong image (別窓)をごらんいただきたいのですが、要旨は「伸び悩んでるオーストラリアの観光業をどうしたらいいのか?」論です。経済欄の記事ですので、本来的には真面目な経済記事なのですね。

 オーストラリアの観光業は頭打ちになってます。お客さんが増えない。2000年のシドニーオリンピックをピークに、あとはシンガポールやマカオなどの国際的ライバルにガンガン先行されている。このままではジリ貧だ。政府も膨大な予算を費やして世界的に広告を打っているのだけど目立った効果はない。広告戦略が間違っているんじゃないか、いや結局これでいいのだという議論になっていきます。

"shrimp on the barbie"から"Where the bloody hell are you?"

 オーストラリア観光業を隆盛に導いたのが、20年前のヒット映画「クロコダイル・ダンディ」のポールホーガンを起用した"shrimp on the barbie"キャンペーン(広告活動)だったそうです。しかしこの成功が逆に枷になってしまった。

"Paul Hogan's shrimp-on- the-barbie ads of the 1980s might have put Australia on the map as a tourist destination but they have also hamstrung tourism marketers ever since. Hogan's ocker greeting hailed Australia's image as a laid-back destination. A quarter of a century on, it continues to loom large despite the best efforts of many who believe its tone and that of its many successive ad campaigns to be anachronistic."
 「1980年代のポールホーガンの”shrimp-on- the-barbie”広告は、オーストラリア観光を国際的に認知させることに成功したが、これは同時に、その後の広告者に足枷をはめることにもなった。ホーガンの”オッカー”(素朴で飾り気がなく、いっそ粗野なくらいに開拓民時代の気風を残している伝統的なオーストラリア人のこと)イメージは、オーストラリアをレイドバック(肩の力を抜いてゆったりくつろいだ)観光地というイメージを世界的に撒き散らした。その後、こういった時代錯誤的なものではなく、より洗練されたイメージを売り出そうとする人々の必死の努力にもかかわらず、この初期イメージはあまりに巨大であり、その影響は現在も尚続いている。」


 広告というのは商品のユニークさを強調し、差別化を打ち出さねばなりません。オーストラリア観光という商品を売ろうとすれば、オーストラリアの魅力、ユニークさ、ぶっちゃけて言えば「オーストラリアってこんなに変?!」みたいな感じになっていくわけですね。そして、今となっては悪名高い"So, Where the bloody hell are You?”キャンペーン(広告活動)が出てきます。「ここはいったい何処?」という、オーストラリアのユニークな動植物やそこで生活している人々をフィーチャーし、ワンダーランド的魅力を打ち出しているのですが、これも言ってしまえば「こんなに変!」の続編でもあるわけです。

 右の画像は、その"So, Where the bloody hell are You?"広告らしいのですが、日本人的には右上の日本語のコピーが泣かせます。本題からは微妙にズレちゃうんだけど、日本人としては素通りできないところです。当時はバブルの最盛期で、日本人が最大顧客だったのですね。オーストラリアの観光地には、ヘンテコな日本語がよく書かれていました。ああ、「今は昔」の今昔物語の世界です。しかし、「で、なんでオーストラリアに来ないの?」というのは、もの凄いコピーですよね。「で、」というぞんざいな問い掛け。日本語ネィティブにはちょっと思いつかないぞ。その上の三行が読みにくいのですが、画像を拡大して読んでみると、「照明には灯をともしました」「オペラも最高潮です」「テーブルには、もうすぐシャンパンがやってきます」という、これも又なんか日本語としてヘンですよね。文法的にはいいんだろうけど、コピーになってるのか?という。

 ともあれ、オーストラリアの魅力を「世界に二つとないユニークさ」として打ち出していく。そうなっていくと、どうしても陳腐なイメージ(クリシェ=Clicheという)の焼き直しにならざるを得ない。"Where the bloody hell..."キャンペーンのあとに続くのが、"There's Nothing Like Australia"キャンペーンで、これなんか文字通り「世界に二つとない」というコンセプトが強調されています。”the script might change but essentially the cast remains the same: koalas, kangaroos, a bloke shouting drinks at the bar, the Rock, the reef and the Opera House.脚本は変わるけど、主要なキャストは不変のままである。つまり、コアラ、カンガルーで、パブでシャウト(一杯おごること)しているオージー、そしてロックス、グレートバリアリーフ、オペラハウス、、なのだ”)。

クリシェのままで良いのか?

 こういった陳腐なクリシェの繰り返しは、地元オーストラリア人としても心穏やかではいられません。”Many Australians would prefer we project Australia's more sophisticated side such as our entertainment, sporting events or dining.(多くのオーストラリア人は、オーストラリアをもっと洗練されたイメージで表現されることを好む、例えばエンターティメントであったり、スポーツイベントであったり、食文化の素晴らしさであったり)”。”

 ここでオーストラリアのビジネス界でも意見が分かれるところなのですが、今回の記事ではオーストラリア経済の大立者ジェームスパッカーのインタビューが出てきます。オーストラリア一の大富豪ケリー・パッカーの跡取り息子ですね。パッカー帝国を継承したジェームス君は、巨額の費用を投下してメルボルンやパースの家事のビジネスに精を出していますが、客層たるオーストラリア観光客の入りはボチボチ。かなりご不満なようです。

 先進的なビジネスマンとしてのジェームス君のターゲットは躍進著しいアジアの新富裕層であり、売り物はより洗練されたゴージャスなカジノのようなアトラクションであり、そのライバルはシンガポールやマカオです。彼からしたら20年一日のようにカンガルーが飛び跳ねてるイメージ戦略を繰り返す観光業界にフラストレーションが溜まるのででしょう。

 "It is a bit of a sacrilege saying this, but we kid ourselves how good our tourism offering is in Australia and it is almost un-Australian to say anything else," says Packer.(「こんなことを言うは多少”バチ当たり”なことかもしれないが、我々は観光業界が打ち出すオーストラリアのイメージの素晴らしさについて、自分で自分を騙すように信じこもうとしているキライがあるし、それ以外の意見を述べるのはほとんど”非国民”レベルのようにすら感じているんじゃないか」とパッカー氏は述べる)。

 ”The latest Tourism Australia ads, which show three Americans in the back of a Toyota four-wheel-drive driving through a paddock watching kangaroos jump, isn't helping. "We need to get more sophisticated than this if we want to attract middle-class Asian tourists," he says.”(最新の観光局の広告は、三人のアメリカ人がトヨタの四駆に乗って放牧地を走り、カンガルーを遠望するというものだが、こんなCMでは助けにならない。「アジアの新中流層を取り込もうと思えば、我々はもっと洗練されたイメージを売っていかねばならないのだ」)。この種の”kangaroo hopping nation(カンガルーがピョンピョン跳びはねている国)”イメージに物足りなさを感じているのはパッカーさんだけではありません。多くの人々も同じように感じています。

 ”Says Packer: "It's one thing if you want backpackers on $50 a day, but the market Australia should be aiming for is the affluent and rising middle-class Asian market. That is who Australia needs to be aiming for because we are too far from Europe and too far from America."(確かにバックパッカー客から1日50ドルの日銭を稼ぐのも一つの方法だが、オーストラリアが今目的とすべき市場は、富裕層でありアジアの新興中流層なんだ。彼らをこそ取り込まないとならない。なぜなら、オーストラリアはヨーロッパ市場やアメリカ市場からは遠く離れすぎているんだ)。

 現実はこういった理屈以上に厳しくなっています。昨今の激しい豪ドル高、面倒臭いオーストラリアの観光ビザ手続、観光施設の老朽化、近隣アジア諸国との熾烈な競争、そしてオーストラリア訪問客の上位5カ国のうち4カ国の経済状態が思わしくないこと、さらに洪水などの自然災害、、、踏んだり蹴ったり状態なのですが、これが結果に反映されています。

 オーストラリア観光局は5人の社長、4人のチェアマン、4人の大臣のクビをすげ替え、あの手この手で努力してはいるのもの、ここ10年ほど年間観光客数は5-600万人のまま変わらず。それどころか、GDPに占める観光部門の割合は3.4%から2.6%に落ち込み、世界経済フォーラムにおける観光業ランキングでは、かつて世界4位だったのが2008年には13位にまで落ちている。逆にシンガポール16位から10位に上昇していきているそうです。

観光業回復の切り札〜カジノビジネス

 パッカー氏が指摘しているように、カジノをやればいいというものではないが、シンガポールをカジノを非常に効果的に使っています。シンガポールへの訪問客数は、カジノがオープンされた一年で19%も伸びて1200万人にも達してます。あの狭苦しい国に1200万人というのは凄いですが、これは確かに笑いが止まらないだろうなあ。なんせGDPでも1年で14.5%という凄まじい伸びを見せ、新設した二つのカジノの最初の9か月だけで観光業GDPの約半分を占めたという。まさにカジノ様々状態です。波に乗るシンガポールの野望は高く、2015年までに訪問客を年間1700万人まで増やし、また300億ドル(約3兆円)を目指しているという。マカオもまた2兆円を投下してカジノ群を新設してます。同じように、タイ、ベトナム、台湾、フィリピン、マレーシアなどのアジア諸国は、中国人観光客を虎視眈々と狙っているという(この中に日本も含まれていますが)。

 他のアジア諸国民に比べ、僕ら日本人はどちらかというとギャンブルアレルギーがあり(僕も好きではない)、それは誇るべき勤勉さなのかもしれないのですが、ことビジネスとなったら話は別です。あまり興味がないからピンときにくいのですが、アジア圏のギャンブル市場というのはすごいものがあるようで、推定される中国人客だけで3000万人。アジア太平洋エリアのカジノの収入だけで6兆円以上の規模があるらしいです。

 とまあ、垂涎の市場が目の前にあるオーストラリアですが(日本もそうなのだが)、現状は「崖っぷちで踊ってる(dancing around the edges)」ようなものらしいです。幾つか改善策が示されているのですが、国内的に特に大きな問題は、観光関係部局が多すぎることです。それは官庁や民間団体だけではなく、連邦政府と州政府がそれぞれやっていたり、州同士で競い合ってたりするようなことです。シドニーとメルボルンが競い合ったり、つぶし合ったりしてても意味がなく、我々は「オーストラリア」を売っているのだし、我々のライバルはシンガポールなどアジア諸国なのだという共通の認識に立って構造改革や組織改革をやっていこうということが一点。

 政府レベルではもう二点問題があります。一つは観光ビザが面倒臭いということですね。日本人は昔から優良顧客だったので、あんまりビザで困らないし、学生ビザでも最も優遇されていますが、一般にオーストラリアのビザはややこしい。逆にシンガポールなんか商売に徹底していて、カジノの優良顧客にはVIP待遇で入国審査も税関も特急コースを作ってるらしいです。そこまでするかどうかは別としても、もう少し考えるべきだと。

プリ・コミットメント〜ギャンブル中毒対策

 第二点は、全く逆行するのですが、昨今オーストラリア政府でギャンブル中毒防止策が議論されています。オーストラリアではポーカーマシンと呼ばれるスロットマシンのような機械がアチコチ(カジノの他には、パブ、そして地域レクレーションセンターとしてのRSL)に置かれており、僕は個人的に「オーストラリア人のパチスロ」と呼んでます。バクチで身を滅ぼすのは何処でも同じで、これを防止するために考案されたのが、Pre-commitment(プリ・コミットメント)という方式です。なんて日本語訳すればいいのか分からないのだけど、ポーカーマシンにおける「事前登録制度」とでもいいましょうか。

 ギャンブルで身を滅ぼすプロセスというのは、大体負けが混んできたりして、アツくなって、当初の予算を超える額を投入して、、というパターンが多いです。だったら、一定額を超えたら物理的にゲームが続行できなくなるようにしたら良いということで、事前にギャンブル予算を申告し、それを入力したスマートカードを発行して貰い、そのカードがなければマシンを動かせないようにします。これも店を変えたらOKとか甘いものではなく、厳格に一人一枚に限定され、州内のどの店に行っても初期設定を越えてギャンブルが出来なくします。同時に、これまでの使用履歴やトータルの損得勘定も参照出来るようにして、無茶なギャンブルを控えるようにします。

 プリ・コミットメントはオーストラリアにオリジナルなものではなく、カナダやノルウェーなどでも実施されているようです。評価については賛否両論あって、ネガティブな意見としては、経済的な問題と実効性の問題が指摘されています。前者は、ポーカーマシンを置いているパブ業界から主張されていることですが、機械をカード対応に改造しなくてはならないので途方もない経費がかかること。この種のギャンブルには高い税率で税金がかかっているので大幅な税収減になること。これら経済的なインパクトは4000億円にも達するようです。実効性の問題としては、そんなカードを導入してもやる奴はやるから効果がないと。特にバクチに狂ってる人ほど、カードだろうが予定金額申告だろうが、どんな障害があってもやるだろうから意味がないという人もいます。

 これに対するポジティブな意見は、まず経済的なデメリットですが、ギャンブル問題によって家庭不和とか生活破綻を来すとか、それによって裁判所の費用がかかるとか、子供がグレたりしてその保護施策とか、そういったソーシャルコストも同額以上に見積もられているのであり、社会的にみれば決して損な話ではないのが一つ。実効性については、これは人によりけりとしか言えないのだけど、先行実施しているノルウェーやカナダでは、結構好評らしいです。というのは、バクチは面白いけど、これまでのトータル収支勘定を目の前に突きつけられたら、結構馬鹿馬鹿しくなるというのが大きいようです。基本的にバクチなんか確率計算上損するに決まってますから、長期で収支を出せば、よほどプロのギャンブラーでない限り大損こいてます。記憶の中では勝ったときの甘美な思い出が大きいのですが、冷酷な数字で出されたら、「こんなに損してるのか、アホらし」となる。それに予算設定をすることで、ムダに熱くなることを防ぐ効果は確かにあるようです。つまり病膏肓に至った重症なバクチ中毒には効かないかもしれないけど、その予備軍が中毒化することは防げるという。

 以上、話がちょっと逸れましたが、昨今話題のプリ・コミットメントが導入された場合、今度は観光業界にインパクトがいくということです。なんせ「カジノビジネスでガンガン儲けましょう」という真逆なベクトルでやってるだけに衝突が予想されます。観光業界的に言えば、そんなキレイゴトを抜かしてて熾烈な国際ビジネスに勝ち抜けるか、というところでしょうが、金さえ儲かればそれでいいんかい?という倫理的な反論もあろうし、また実務レベルでは外国人には適用外にするなどのすり合せもあるとは思います。パッカー氏も、インタビューではコメントは避けましたが、政府と協議している最中らしいです。

再びオーストラリアのイメージ

 さて、ここで話はまた「カンガルーぴょんぴょん」のオーストラリアのイメージの話に戻ります。

 なんでこんなクリシェ(陳腐なイメージ)にこだわるのかというと、結局それが一番分かりやすいからなのでしょう。確かにオーストラリアの魅力は、エアーズロックやカンガルーだけではない、、というか、そんなの関係ない部分にあります。大らかで善人度の高い人間性と、それを維持しうるだけの洗練された(あるいは洗練され過ぎてない)社会システムであったり、食文化に代表されるマルチカルチャルの魅力であったり、アウトバックの大自然もさることながら大都市のすぐ近くにエメラルド色の海が残っているという居住環境としての自然であったり、、、そのあたりがあるから僕もベッタと腰を落ち着けて十数年も暮らしているのです。

 しかし、観光客にはそんなこと分からない。それにそういったことは、住んでみないと分からないし、暮らし始めて数年経過してからジワジワ感じてくるようなことです。たかが数週間、短かったら数日レベルの観光客にそんなことを言っても通じない。また聞く耳をもっていたとしても、この種の話というのは、非常にわかりにくいのですね。ビジュアルイメージも少ないし。

 そしてそれはオーストラリアに限った話ではないです。どの国だって、どの地方だって同じ事です。記事にも書いてあったけど、フランスといえば何故かベレー帽だったり、イギリスといえばバッキンガム宮殿の変な帽子かぶってる衛兵だったりするわけです。あんなの暮らしている人達からしたら、笑うべき陳腐なイメージなんだけど、観光客というのはそこまでシリアスにその国を知りたいとは思わない。別に修学旅行で行くわけでも、市場調査の出張に行くわけでもないのですからね。ホリデーに来るわけです。気持ち良くなりたいし、「ヘンな物」を期待しているわけです。そもそも観光のCMを見る人、見て心を動かされる人は、記事でも書いていたように平均的な「ミスター&ミセスアメリカ」であり、アジアの新中流層であり、彼らが「あ、面白そうだなあ」って思うのは、何よりも問答無用に分かりやすいビジュアルイメージでしょう。であるならば、やっぱりカンガルーだし、オペラハウスだし、珊瑚礁ってド定番になってしまうのはやむを得ないし、又それでいいのだ、ってことだと思うのです。

 そして、パッカー氏が指摘しているカジノビジネスの可能性と国際競争は、従来の陳腐イメージ戦略と別に矛盾するものではないと思います。「A or B」ではなくA+Bであり、「変える」というよりは「拡大」「付加」するようなものなのでしょう。

ちょっと思うこと〜イメージの恐さ

 今回は記事の写真が面白かったので一緒に笑ってもらいたいというごく気楽なエッセイなのですが、やっぱり派生して考えてしまったりもします。最後にちょっとだけ書いておきます。

 一つは、イメージの問題です。実態にそぐわない陳腐なイメージであっても、陳腐だからこそ有効であるという皮肉な現象。日本だって、ゲイシャガールに、フジヤマ、アキハバラですからね。芸者さんや富士山が一般の日本ピープルにとってどれだけ本質的&日常的な存在か?というと、関係者以外は限りなくゼロでしょう。でも、まあ、海外からJAPANといえば、富士山に桜、新幹線に五重塔だったりするわけで、そのあたりはオーストラリアのエアーズロックとカンガルーに似てます。地元民的には「そんな風に思って欲しくない」というところも一緒。

 だけど、これって国単位の観光だけではなく何だってそうですよね。とりあえず「自分」だってそうです。他者はとにかく「分かりやすいイメージ」を好みますからね。真実がいかにかけ離れていようとも、それどころか真逆であろうとも、分かりやすいイメージに飛びつく。あなたがどういう人間性を持っていようが、東大卒になってしまったら、東大的なイメージがつきまとう。頭はいいかもしれないけど、なんか庶民感覚に欠落したエリート志向で、人間的にどっかしら欠損を抱えているかのようなネガポジイメージがつきまとったりもするでしょう。逆に全く同じ人間性だったとしても、中卒だったら中卒的な見られ方をする。中身は同じなのにね。いや、実際に世間の人達、特に広く色々な人と交わってきた視野の広い人はあんまりそうは思わないのだけど、何よりも自分自身が「そう思われている」と自意識過剰になったりすることもあります。

 刑事政策に「ラベリング理論」というのがありますが、罪を犯して刑に服した人がどんなに真剣に改善更生を果しても、周囲の人は「刑務所帰り」という「ラベル」を貼り、それが彼・彼女の社会生活を圧迫し再び犯罪に向わせるという理屈です。確かにこういう現実はあり、だから実際の刑事裁判では執行猶予を活用したりもします。

 これを書き出すと一本書けちゃうくらいの内容があるのですが、要は「イメージ」の恐さです。イメージと真実は多くの場合ズレている。むしろ殆どの場合がそうだと言っても過言ではないくらい違う。これを個人の問題に焼き直すと、「本当の自分」と「誤解している外界」という緊張関係が常にあるということです。その誤解は、プラスにもマイナスにも作用します。一方では、間違っている外部イメージを、間違っていることを前提に、むしろ間違っていることを逆手に取るようなしたたかさで利用していく方法論があります。観光イメージなんかもそうです。ワーホリで1年暮らしたくらいでは英語なんかまだまだなのですが、帰国したら周囲から「英語はもうバッチリだよね」と誤解イメージに包まれるわけですが、それを就活などで逆手に取ったりするわけですね。「いや、まあ、ある程度は」と含みを残した余裕ありげな受け答えをして、相手の誤解を助長すると(^_^)。

 他方では、周囲の誤解に押しつぶされてしまう恐さもあります。高橋和巳の小説だったかな、「人は結局、他人から思われているようにしか生きていけない」という一節がありましたが、周囲の人間が口を揃えて「お前はAだ」と言ったら、本当はBでもA的な生き方になってしまうという恐さです。ここでラベリング理論とつながってくるのですが、さらにもっと恐いのは、自分自身も「そうか、私はAなんだ」と思いこんでしまうという。もっともっと恐いのが、本当は誰もそう口にしていないのに、「皆、私のことAだと思ってるんだろうな」と勝手に想像し、その想像が一人歩きして「私はA」と思いこむという、自分の催眠術に自分がかかっているみたいな愚かしくも、ありがちな事態です。

 これって例えば日本人の国際的アイデンティティについても言えちゃったりします。別にどういう具体的な外国人から何を言われたわけでもないのに、「世界の人から日本人はこう思われている」と思いこんでいるという。やれ「手先が器用で」「工業製品が優秀で」「経済力だけでのしあがって」「個々人としては自己主張できず」「大国のいいなりになって存在感がない」とかなんとか。これって違うと思います。世界の人は、日本人をもっとちゃんと見ているし、日本人の良いところもちゃんとわきまえています。これは何度も言ってることですが、ほんと毎週でも大文字にして言いたいくらいです。「手先が器用」だなんてあんまり思われてないよ。てかそれって事実なのか?また、「家賃をちゃんと払うなど約束を守る」ことや、意外かもしれないけど「センスがいい」とか「人間的に立派」と思われているキライすらあるのだ。僕らにとっては当たり前のことが海外ではちゃんと高く評価されていると。確かに魂をぶつけてくるようなオープンなコミュニケーションは苦手で、シャイで引っ込み思案という印象は持たれるかもしれないけど、それってそれほどマイナスイメージでもないです。自己中でやかましい奴よりはよっぽど好感度が高い。これも語り出すと長くなるのでこのくらいにしますが、要するにこれだって鏡面自画像というか、「勝手に自己催眠」のパターンだと思うのですよ。

 ということで、いろいろな意味でイメージって恐いなという話でした。これが一つ。

ちょっと思うこと(2)〜国策としての観光

 もう一つは、国策としての観光政策です。
 この重要性は、自民党時代から、そして民主政権になってどんどん認知が進んできていますが、まだまだ足りないと思います。観光業くらい美味しい外貨獲得手段、もっとぶっちゃけて言えばイージーな金儲け手段はないわけで、景気回復のためにもガンガン力を入れたらいいと思います。トヨタカローラを一台輸出してもお金が儲かりますが、一台売ったら一台減ります。当たり前ですけど。でも、富士山なんか何人見たって減らない。五重塔も見れば見るほど減っていくというものはない。売っても売っても減らない魔法のポケットビスケットみたいな不思議な商品が観光です。

 とりわけ人口減少、正確に言えば生産人口の減少であり、もっと正確にいえば「金遣いの荒い層の減少」によって日本経済は縮小の一途を辿っている昨今、自分達だけでお金を廻していても限界があります。よそから持ってきて貰わないと。今回の放射能騒ぎで外国人客は激減してるとは思いますが、こんなのは一過性のことでしょう。人の噂も七十五日ですからね。あなただって、ちょっと前にインドのムンバイで派手な爆弾テロがあったことなんかもう忘れてしまったでしょう?十数年前にオーストラリアのタスマニアで、イカれたオージーが銃を乱射して30名以上射殺したなんてこと、知りもしないでしょう。

 そして思うのですが、今回僕が書いたような内容の記事が、普通の新聞に普通に載ってるわけです。オーストラリアにおいて、観光業というものをどれだけ重要視し、どれだけ高いレベルで一般国民の共通認識があるか、です。そのオーストラリアですら、シンガポールなど海外の強豪ライバルからすれば、取り組み方が甘すぎると国内的に批判が上がっているくらいです。さて、あなたは、日本の観光局が海外にどういうCMをしているか知っていますか?どういう売り出し方をしているか、年間どのくらい予算を使っているのか、GDPにおける外国人観光客比はどのくらいか、それはどのように増えているのか知っていますか?そして、そういうことが日常の新聞の経済欄に普通に載ってたりしますか?そういうことだと思うのです。

 オーストラリアの人口は2200万人、それで海外からの観光客は5-600万人なんだから人口の4分の1も来ている。これがシンガポールになると、人口わずか500万人なのに訪問客は前述のように1200万人。人口の2倍以上客が来ています。日本の場合は人口1.2億に対して海外客は1000万人にも達してません。十数分の1。逆に言えば「伸びしろ」がデカく、やり方によってはもっともっと儲けられる分野です。単純に二倍になったら、日本の景気だってかなり良くなりますよ。失業率だって改善されるだろうし、就活も楽になるだろうし、あなたの給料もあがるかもしれない。日本の「失われた20年」の問題点を乱暴に一言でいってしまえば、「貧乏」ということに尽きるわけでしょ。要するに金がないから困っていると。だから貧乏じゃなくなったら話は大逆転するわけです。今は悪循環になってるサイクルが好循環になるかもしれない。必ずなるとは言えないけど、好材料を積上げていかないとしょうがないでしょうが。頭抱えて「もうダメだ」と合唱していて、それで事態がよくなった試しはないのだ。

 なお、外国人が増えることに漠たる不安を抱く人がいたりしますが、あれって女の子と付き合ったことがない男の子みたいなメンタリティだと思いますね。そのココロは、つきあってみたら結構楽しい、と。それはともかく、外国人というと治安が、、とか思うのは、蛇頭みたいなイメージでみてるからであり(これこそイメージ誤解説の好例だが)、観光でやってくる客は、基本的にお金を遣いにやってくるのだから話は真逆です。特にカジノのハイローラー(一回に数千万や数億損しても痛くも痒くもない超金持ち層)にはそんな心配は無用でしょう。

 あ、あと石原都知事のお台場カジノ構想は、発想は安直なのかもしれないけど、作ったらいいと思います。ギャンブルアレルギーのある日本では反対が強いだろうけど、タキシードで正装しなきゃ入れないような超高級カジノにするとか、やりようはあると思いますね。それにギャンブルの害悪を言うならパチンコ規制したほうが早い。でもパチンコは警察官僚の天下りの温床だから絶対に廃止しないでしょう。そういえば、オーストラリアのプリ・コミットメントの話を読んでいて思ったのは、これを日本でやったらまた天下りのネタになるだろうなってことです。既に国民の常識にだと思いますが、パチンコ業界と警察の癒着は凄いものがあります。癒着というよりも警察が一方的にパチンコ業界にタカっているんだけど。ずっと前に導入されたプリペイド制度でカード会社に大量の警察官僚が天下り、それでも飽きたらず今度は景品交換の三店方式を仕切るという。ご存知ない方は検索したら沢山出てきます。ギャンブル問題で改善点があるとしたら、まずはそこだろうし、より本質的な問題は、何でもかんでも役所が首を突っこんで利権化させていく構造や風土それ自体だと思います。

 ああ、話が逸れちゃいましたね。もうこのくらいにしておきます。では〜。



文責:田村




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