今週の1枚(2011/03/21)



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Essay 507 : ピュアさの劣化 〜アツモノ VS ノドモト  

 写真は、いかにもオージーというケロッグ商品。「オーストラリア人ってどういう人達?」と聞かれたら「こういう人達」と答えるしかないでしょうねえ。




ピュアさの劣化

 東日本地震発生から10日以上経ちました。最初の一週間は、原発の放水など現場の動きに手に汗握っていたのですが、人間の集中力というのも限界があるのでしょうか、だんだん間延びしてきたというか、ありていにいって「飽きてきた」というか、そういう弛緩しつつあるニュアンスを感じます。危機的事態に「飽きる」もクソもないのですが、リアルに苦痛を受けている被災者の方々はともかく、メディアやネット経由でしか接触できない人々が徐々にそうなっていくのも、いいか悪いかは別として(悪いんだけど)、無理もない部分もあります。

 そうなると一丸となって危機に対応するんだ、何が何でも助けるんだ!というピュアさが段々汚れていく。逆にこれを機会に何とか儲けてやろう、上手いこと立ち回ってやろうと人々も出てきているような気がします。実際、ネットでニュースを見るのが段々苦痛になってきました。

この機会を利用しようとする人達

 一番分かりやすいのは義援金を装った詐欺です。全国で多発しており、人間的には許せないのですが、しかし、こんなアホが出てくるようになったということは、危機感も一段落したということかもしれません。

 しかし、「これを機会に〜」という一派は彼ら詐欺犯に尽きるものではないでしょう。彼らは頭が良いようでやっぱり悪いので、すぐにバレるようなことをする。もっと賢い人達もいる。まずは「責任ゲーム」です。これから危機が段階的に落ち着くにつれ壮大な責任のなすりつけ合い、押し付け合いが始まるでしょう。民主党中核の政府はどう足掻いても責任からは逃れられないから炎上するでしょうし、それは彼らも覚悟の上でしょう。そして、これだけの災害ですから完璧なんかほど遠いでしょうし、それに結果論でものをいえばどんな批判でも言えます。もう言いたい放題、責任追及し放題です。さて、この場合、責任を追及する攻撃側に立ってポイントを稼ぐか、それとも哀れなサンドバッグ状態になるか、多くの人々の間で壮大な椅子取りゲームが始まっていると思います。

 例えば政治でいえば、政府から野党に対して入閣・協力要請があるのを野党は渋っているといいます。そりゃそうだよね、ここで入閣してしまったら、これからも課題山積みで数多くの失策(結果論的に)を重ねるでしょうから、野党も「共犯」にされてしまう。せっかくの政権回復のチャンスなんだから、ここでタナボタで転がり込んできた攻撃権を放棄したくはないでしょう。しかし、そんな政治打算を考えているセコさを非難されるリスクもあり、ここが思案のしどころでしょう。共犯にさせられたくない、でも協力しないのをネガティブに受け止められても困るから、「打算は与党側だ」と逆に言ったりして、お互いに相手を黒く塗ろうと泥合戦になるという。こんなの何とでも言えるもんな。ここで注目すべきは後述のようにマスコミの動きでしょう。解釈一つでどっちにも転がるものを、どの方向に塗ろうとしているか、それがそのメディア会社の「意見」であり「意向」だと思います。意見なら意見として社説でいえばいいものを、毒入りカレーみたいに事実報道に巧妙に意向を混入したりする。

 これは官僚や財界、学会においても同じでしょう。どっかの官庁、○○省が火だるまになったとしても個々の官僚にとっては又話は別です。これを機会に省内の主流派を追い落とし、自分らが主流派になるのだという権謀術数が渦巻いているでしょう。東電内部にだってあると思うし、被災地の自治体内部にだってあるでしょう。派閥のない集団など人類社会には存在しない。

 より大きく言えば、政権交代で割を食った人達、つまりはこれまでの日本を支配していたエスタブリッシュメントの利権構造ですが、彼らの復権という大きな絵があると思います。ことあるごとに元に戻すチャンスを窺っている。例えば名古屋市でどうしてああいう事態になってるかといえば、地方政治における利権腐敗構造があるわけですよね。地元大企業=県・市議会=市長・知事という利権トライアングルがあり、選挙で組織票を提供する一方、様々な政治的な優遇(許認可や入札とか)を受け、共に肥え太っていくという構造があります。名古屋に限らず全国どこにでもあるし、世界のどこにでもある「ありふれた」話です。積年の構図に「ええ加減にせんかい」と市民がキレたという。つまりキレるような事態があちこちで起きるようになってきた。日本医師会も自民党から民主党に鞍替えするとか、日本各地で地震以上の地殻変動が起きてるわけです。前にも書いたのですが僕が政権交代で望んだのは個々の政策ではなく、日本の「体質」改善です。地下に深く眠る地殻構造を変えていかないとどうしようもないなと。でも、それで割を食った人々も大量にいるし、彼らの力は旧支配階級なだけに尚も強い。

 当然のことながらこの利権構造にメディアも一枚噛んでいます。いないわけがないでしょう。彼らの広告費でメシ食ってるんだし。またそうでなければ、ホリエモンがニッポン放送買収に王手をかけたときに(又よりにもよって保守総本山のフジサンケイ系列)、支配層があそこまでヒステリックに潰しにかからなかったと思うし。マスコミには「センセーショナルにかき立てる」という世論誘導の強烈な武器があります。支配層に刃向かう反対派については、些細なことでも大事件のようにかき立て失脚させる。愛人問題、些細な事務上の記載漏れ、秘書給与、経歴詐称、微少な額の政治献金、ネタはなんでもある。「一つハデにやってください」「まあ、まかせておいてくださいよ」みたいな、まるで悪代官と越後屋みたいなやりとりが(そこまでマンガチックではないにせよ)、ないとは言えないっしょ。気にくわない一派が政権を取ったら、まず出てくるのは「素人に何が出来るか」論ですよね。民主党のときにもさんざん書かれたし、今度の名古屋市議会で市民派層が第一党になったときも、ほらやっぱりという感じで、「素人集団」という見出しが躍りました。

 彼らはこればっかりやってるから、この種のゲームはもうメチャクチャ上手です。政治とはビリヤードであると思うのですが、突き玉でダイレクトに当てたりしません。別の玉に当て、さらにクッションさせ、目指す玉に当てる。官僚改革が進まないのは、おっとり刀で乗り込んだ担当大臣に対し、実務情報を握る官僚達が知らせるべきことを知らせず、大臣にトンチンカンなことを喋らせ、あとでマスコミで叩くという連係プレーがあるからでしょう。さらにその政治家の犬猿の仲の政治家にまた別の情報を与えて煽り立て、二人を噛ませ合い、共倒れにさせるという。芸術的なまでに巧妙。外務省が田中真紀子や鈴木宗男議員を失脚させた手口です。またマスコミがこの手に易々と乗るんだわ、そしてそれに輪をかけて「国民」とやらがさらに易々と乗るんだわ。でも、本当のところ、マスコミは乗らされてないと思いますよ。少なくとも上層部は。
 ということで、後方陣地の僕らは何をすべきかといえば、「監視」でしょう。この種の権謀術数は、餓鬼VS亡者のようなもので、彼ら内部だけでやっててくれるなら別にいいんだけど、僕らを、そして何よりも被災者の人達をゲームの道具に使うのだけは許してはならないと思うのです。「敢えてわざわざミスをさせて、あとで突っこんでポイント稼ぎ」みたいな茶番は、茶番で済む話ではない。その(意図的な)ミスによって被災者に物資が届かないとか、実害が及ぶようなことがあってはならない。

 ああ、だが、しかし、マスコミなどは既に責任論や「犯人捜しゲーム」にシフトしつつあるようです。違うでしょう。今物資はどこにどれだけ届いて、どこがどれだけ何を必要としているかでしょう。物流の状況はどうなってるかでしょう。インタビューやったり、奇跡と感動のエピソード探しやってるヒマがあったら、フリーランサーも含めて全マスコミで各地の情報を共有集積し、大きなマップでも作ってネットに載せてくれいと思います。Google一社であれだけ機敏に対処しているのだから、雁首揃えて似たり寄ったりの記事を垂れ流しているのはどうよ。他人を批判する前にまず自分らで出来ることをやってください。「ハイパーレスキュー隊、出動!!」なんて、小学生が見出し書いているのかと思ったぜ。

 あと必ず出てくるのが、死者や被災者の「虎の威」を借る狐です。責任追及で名を挙げようとする政治家とか、マスコミとか、この状況を有利に運ぼうとする連中が必ず使うのがこの手。「亡くなった方のご無念を思えば」とか「被災者の方々のご苦労を思え」とか。個人的には大っ嫌いな物言いです。死者の無念を語れるのは死者のみ、被災者の無念を語れるのは被災者のみ。虎の威を使えるのは、唯一虎のみ。絶対反論できない正義を振りかざす奴は、個人的には信用できないです。

 直接被災したわけでもない人間がなすべきは、いかにして被害を少なくするか、復旧するにはどうしたらいいかの具体論であり、実行可能な対案でしょう。実行不可能な対案なんか、「そうだウルトラマンを呼ぼう」と言ってるくらい無意味。そして「行動」。現実の行動が求められているのだから、国民それぞれの持ち場で、何をなしうるか、どう協力できるか、どう備えるかでしょう。

 例えば、これから復興までの間、西日本に一時的に住まいを移される方も沢山出てくるでしょう。そうなると西日本の各自治体でどれだけ収容能力があるのか、その正確な算定であり、全国の自治体にアンケート調査をするとかやるこたあ幾らでもある。折しも3月で年度末。どこもかしも予算解消の無駄工事をやってるところだから、その工事を仮設住宅建設に切り替えられないかとか。子供達の収容能力はあるのかとか、心のケアをする準備は整っているのかとか、彼らの為の家具什器を揃えるために古家具のリサイクル供出が出来ないかとか、滞在中にどういう仕事をして貰うのかとか。ちなみに、いっそのことしばらくオーストラリアに行こうという人がいるなら言ってください。暫定的とはいえ最初の生活の立ち上げやらいるでしょうし、その種のことは慣れてますからお助け出来ると思います。

 さしあたって特に目の前にテーマがない人は、前回書いたように自分の持ち場を守り、盛り上げていくことだと思います。結局は「体力」勝負であり、経済力勝負です。現場で湯水のように金を使っても良いように、次から次へとどんどん富を生産すること。また、求められる「体力」とは、後衛になるほど瞬発力ではなくむしろ「持久力」が求められる。今だけわーっとやって後は知らんのではなく、2年後、5年後にも思い続け、走り続けていられる力でしょう。

 なお、今回の地震が「チャンス」にもなるのは、これまで営々とやってきた広瀬隆氏など反原発運動の人達でしょう。彼らには利権も何もないから、国民の注目が集まり、追い風になるでしょうから頑張っていただきたいです。活動資金捻出のためにここを先途とどんどん出版して儲けてください。今なら売れるし、今しか売れないし。それと、防災グッズも売れているでしょうね。

 また、これから10兆単位の膨大の復興需要が起きます。範囲の広大さと原発を含れば神戸の16兆をはるかに越えるかも知れない。20兆、30兆?いずれにせよ、この莫大なお金は海に捨てるわけではないから、誰かのフトコロに入るのですね。建設業者とかインフラ業者とか。でもそれは悪いことではないです。ちゃんと仕事やってお金を貰うんだから。災害は悲惨だけど、戦後の復興のように巨大なビジネスチャンスでもある。戦後の混乱期に数多くの企業が育ちました。オート三輪に米軍横流しのドラム缶を積んで運んで今日の財をなした者も多い。復興需要はそれはそれで、ポジティブな要素としてちゃんと認識した方がいいと思います。「他人の不幸の上に儲けやがって」みたいなメンタリティばっかりだと、結局そんなことを気にしない奴だけが儲けることになって、それでいいんか。

 ということで一週間経って、だんだん危機のピュア度が落ちてるような懸念を覚えるのです。だからこそ僕ら後衛の役割は、ここで下らない、くーだらないキツネと狸の化かし合いみたいな茶番を監視すること。ましてや自分がそれに一枚加わったり踊らされたりしないこと。この混乱もいつかは終熄します。どんなことにも終わりはある。そのときに、「最後に得をするのは誰か」です。その「得」が正当な手法と努力によるなら賞賛すればいいですけど、不当な手法によるのかどうか、そこはキッチリ監視しなければならないと思います。

 そして、ちょっと気恥ずかしい物言いをすれば、当初に心の中に起った「救いたい」という気持ちのピュアな純度を落とさないことでしょう。「ピュア」といっても、そのイメージは天使のように手を合わせて微笑むのではなく、その真逆です。もうゴリゴリにソリッドな物性、具体性への詰めでしょう。手が切れるような現金のイメージ、そしてむっとするような機械油や病院の消毒液の匂いでしょう。それをさらに後方陣地の日々の営みに翻訳すれば、炎天下を営業回りするカバンの重さであり、卓上灯に反射する教科書の白光りであったりするのでしょう。「頑張る」というのはそういうことであり、それらが全部つながっていること、それを数年後にも忘れず保ち続けていること、「ピュア」というのはそういうことだと僕は思います。


原発について

クリーンエネルギー1%

 結論から言えば、今回なにがどうなっても、超最悪な事態になったとしても、それでも日本と世界は原発を手放さないでしょう。巷間言われるように、どんなに危険なものであっても、どんな災厄を招くものであっても、です。

 といって僕は原発○○論者ではないです。反対でも賛成でもない。出来れば危ないものはない方がいいとナチュラルには思う程度。地球人の平均値くらい。今回のことで日本はおろか世界中で原発見直し論議が進んでます。見直しは良いことだし、より安全性が高まるのは良いことだ思うけど、だから止める、にはならんのではないか。だって無理だもん。

 結局はエネルギー論になるのだけど、今のところ電力に関して言えば火力・水力・原子力の三者であり、風力や地力などクリーンでサステイナブルなエネルギーの比率は低いです。あれこれ調べてみたところ、2005年度の発電量の内訳は、水力8%、火力61%、原子力31%、新エネルギー1%です(出典は資源エネルギー庁の長期エネルギー需給見通しのポイント(別窓)。わずか1%!当局もクリーンエネルギーのための計画書を策定し、色々なシュミレーションを施しているのですが、びっくりするような積極導入策を取り入れ、15年間で太陽光発電10倍、風力5倍に拡大しても、それでも総電力の約10%にしかならない。しかし、それすら大偉業で、今の経済力を考えたらそんな建設予算が何処にある?って感じです。

 結局、水・火・原子力の御三家頼みになる。しかし、水力はダム建設で生態系が破壊され、火力は温暖化と原油資源不安があり、もう原子力だけが頼みの綱だったけどこの有様。どれもこれも問題アリです。原発を全部停止したら、単純計算で総電力の3割カットになるわけだから、今回の計画停電以上の事態が全国規模で半永久的に続くことになる。もっとも日本の火力発電はまだ余裕があるのでそこまでヒドくはならないにしても、火力を増やせば増やした分だけ、今度は温暖化の問題が浮上する。だとしたら生態系もヘチマもないということで全国各地に今の10倍ダムを造れという話になりそうだけど、地形的に限界あるし、建設費がハンパではないし、時間もかかりすぎる。

 ところで今の日本はどれくらい電気を使っているの?といえば、2005年統計によると、年間なんと1兆キロワット!そんなに使ってるのか。今の生活を維持しようとすれば、なにがなんでも1兆KWの発電をしなければならない。実際、当局も頑張って風力発電促進をやっていて、風力発電の年間グラフなどを見ると、昔懐かしい超右肩上がりでグングン伸びてます(参考:日本における風力発電の状況/独立行政法人新エネルギー産業・技術開発機構(別窓)。風力発電施設は今や全国で1600箇所以上あります。それでも年間218万KWでしかない。それだけ見てると偉大な数字なようだが、比率で言えば、1兆0000億0000万KW:218万KWです。心が折れてしまいそう。

 これがFACTであり、全ての議論はこの事実から立脚しないと意味がないでしょう。原発反対は僕も反対だけど、積極的に原発が好きでたまらないという原発オタクは少ないと思うぞ。誰だって反対は反対で、だからそこは論争点ではないのだ。問題は「じゃあ、どうするの?」論なのだ。当局は今後20年くらいで総電力利用を40%省エネしようと言ってます。これも「出来るのか!?」と色めき立ちたくなる数字だけど、いやあ、だけどこのくらいやらんとダメでしょう。しかし、過去15年で家庭部門のエネルギー消費量は30%も増えてます。産業界、事業所も増えてますが、個人あたりでも30%増えてます。早い話が、どいつもこいつも電気使いすぎ!ってことです。OA化とかオール電化とかいってましたからねえ。その流れを大逆転して省エネを徹底する。しかし、それすら原子力発電あってのシュミレーションです。

 もし、現状で水・火・原子力の御三家を全部やめたら、供給電力はわずか1%。99%ダメだから大停電が半永久的に続く。TVとかネットとかいう次元ではなく、工場も電車も動かず、水道ガスなどのインフラも電気制御されてるからヤバい。ライフラインも輸送もズタズタになり、水も食糧も届かなくなるから、ヘタすれば日本人は数週間で大量餓死です。これこそありえない方法でしょう。

 要するに生態系や環境に優しく、温暖化も防ぎ、放射能汚染のないクリーンな社会は、今のところ夢物語だということです。それを前提に何からどう手を付けていくかでしょう。

じゃあ、どうしたいいのか?

抜本的省エネ

 大マジに省エネです。電力の中でもどーしても削れない社会インフラ、雇用や経済を支える生産電力、さらに医療など健康に関わる分は削れないでしょうから、それ以外。もう「気をつけて節電しよう」なんて生ぬるいレベルではなく、ライフスタイル一新するくらい。「なくても死ぬわけじゃない」ような電力はカット。もう洗濯機も冷蔵庫もなしで、手で洗え、買ったらすぐ食え、くらいのイキオイでって、ここまでいうと冗談に聞こえてしまうのですが、実際どのくらいやったらいいんでしょうねえ。節電させるのに一番有効なのは電気料金を値上げすることで、オーストラリアでは既に涙が出そうなくらい実行してます。まだまだ上がるそうです(もっと涙)。請求書を見て目の玉が飛び出たら誰でも節電します。

 でも、冗談抜きで並の節電レベルではない、超気合の入ったことをしないとならんでしょう。それを強制する政府はますます炎上し、ブッ潰れるでしょう。でも遅かれ早かれ潰れそうな内閣だったんだから、この際思いっきりやるだけやって潰れて欲しいですね。後世の歴史家は評価すると思うぞ。皆がその気になってるアツモノ期(後述)にどれだけパターンにしちゃうかでしょう。もう生活習慣になって崩れなくなって、ノドモト期(これも後述)になっても元に戻らないように。大体、よくみたら、原発電力分が30%で、過去15年で消費量が30%あがってるんだったら、過去15年分(つまりはネットと携帯か)を元に戻せば、原発要らないって計算にならんか?

個人発電グッズで自宅で高(?)収入

 あと、これは皆言うけど、もっと個々人レベルで発電ができないものか?と。要するに物が動く、何らかのエネルギーが使われるときは、発電のチャンスでもあるわけです。原子力といっても、最終的には蒸気でタービン廻して発電してるわけで、やってることは蒸気機関車と一緒でしょう。だったら、、、ということで皆がすぐ思いつくのは、フィットネスクラブのルームランナーです。あれ無駄じゃん。自転車の前輪にダイナモつけて前照灯をつけるように、ルームランナーに発電機を付けて、ベルトが動くと発電する仕組みって作れないもんかな?それを応用すれば、要するに動けばいんだから、万歩計みたいに身体にくっつけておいて、一日動いた量だけ発電するとか。昔の腕時計は自動巻とかいって、同じ原理でゼンマイを巻いてたんだから。

 そして、こういった微力発電を蓄電しておくシステムというのは作れないものか。リチャージャブルなマイクロバッテリーみたいなもの。コンパクトなバッテリーカセットを作り、超小型発電機にカチッと接続できるようにする。これでいつでもどこでも発電→蓄電。手回しラジオ(+充電器)が既に品切れになってるようですが、純粋な発電だけの手回し機器を販売し、通勤時間や授業中も絶えずクルクル廻す。なんか全員揃ってクルクルやってる図を想像したら笑ってしまったけど。ちょっと大がかりにはルームランナーとか自転車発電。格闘技道場や相撲部屋なんかすごい発電所になりそうな気がするな。ホームレスの人は頑張ってクルクルやってください。刑務所も、刑務作業を見つけるのが刑務官の難しい仕事らしいから、受刑者にやっていただく。もちろん政治家は率先して、国会中でもクルクルやる。TVのアナウンサーも放送中にクルクル、会場の皆さんも、、、ってここまでいうとコメディSFみたいだけど。

 あと、思いついたのが「自宅でできる水力発電」で、液体が流れて水車(タービン)が廻ればいいんだから、お風呂の栓や洗濯機の排水溝などに超小型の水車状の発電機を取り付け、前述のバッテリーカセットと連動させればクルクル頑張らなくても発電出来るのではないか?ソーラーシステムも、より改良を施し(簡単に言うけど)、屋根の瓦やビルの壁面などに薄型(ソーラー電卓にあるようなもの)発電機をペタペタ隙間なく貼っていけば、それだけでも違うのではないか。あるいは発電&蓄電可能な塗料とか。技術の日本なんだから総力を上げればまだまだ利用可能なことはあるのではないでしょうか。当ったら世界的に売れるぞ。

 そして個人がリチャージした電気は、今のソーラーシステムでやってるように売電出来るようにする。全国各地のコンビニや駅のコーナーでカセットを装着して、同時にカードを入れたら、その分だけ電気ポイントがつく。これがクレジットと連動し実際にお金として使えたり、パチンコの景品のように換金も出来る。まあ、こんなのでどれだけ発電できるかわからないし、1時間クルクルやっても時給換算でいえば5円くらいかもしれないけど、それでもやらないよりはマシではないか。もっとも、機器を製造し、カード記入するネットワークの電力を考えたら赤字になるかもしれないけど、だからそこは技術革新で(簡単に言ちゃってすみませんね、again)。

 それと、自分の使ってる家電がどのくらい今電気を食ってるか簡単にわかるチェッカーとかテスターみたいなものを作ったら売れるかもしれませんね。実際僕も知りたいし。「これかあ、こいつが元凶かあ」って分かれば、節電も効率よく出来そうだし。また、多少高くても省エネ対応の製品の方が得だというのがよく分かるから売れるでしょうし。

 何が言いたいかというと、大規模に物事が変わるときというのは、大きなビジネスチャンスでもあるし、想像力豊かにアイデアを出し合い、チャレンジしあっていくのが活力を産む社会につながっていくのではないかということです。でも、マジに考えてもいいと思うけどな。野心のある人はどんどん起業していってください。成功は保障しませんけど。

今後の展望

アツモノ期とノドモト期

 第一に原発についていえば、ここ数ヶ月は原発アレルギーが世界を覆うでしょう。「羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」というコトワザがあります。熱いものを食べて舌をヤケドした人は、それがトラウマになってしばらくはナマスのように冷たいものでもふーふー息をかけて冷まそうとするということ、つまりは過剰反応についての表現です。

 今年前半は世界的にはアツモノ期でしょう。アメリカもEUも原子力見直しを言ってますし、強面でもって鳴らしているあの中国政府ですら腰が引けた発言をしてます。「いや、僕たち相変わらず原発でいくもんね」と言ってるのはロシアのプーチンくらいじゃないでしょうか。さすがプーチン、強えって気がしますが。多くの首脳はプーチンほど強くはないから、世論がわーっと湧くと、いっしょになってわーっと言ってた方が得だからそう言いますわね。どうせ見直しとかいっても、数ヶ月かかるんだから。

 でもって、下半期は真逆のコトワザ「喉元過ぎれば熱さを忘れる」になるでしょう。ノドモト期ですね。今は停電があったり、電車が間引き運転したり、行列作ってガソリン入れたり、ホウレンソウが気になったりしているけど、それが徐々に解消していくにつれて地震のことも原発のこともフェイドアウトしていくでしょう。新学期が始まったあとの「夏休みの思い出」のように、日ごと忘れられていく。その代わり目の前に登場するのは、地震前から懸案になっていた諸事項、就職や転職とか、職場の人間関係とか、家計や資金繰りとか、結婚や子育てなど個人的な悩みでしょう。これがノドモト期。

気になる原油

 第二に地震と同時並行で気になってるのは中東情勢です。エジプトで始まった民主革命、ツイッター革命(実は地道なビラ配りの成果らしいが)、チュエニジア、リビアに飛び火し、バーレーンに飛び火し、今現在イエメンが揉めてます。発砲事件で数十名死亡しています。これがアラビア半島全域に広まったら日本的にはまずいです。なんせ日本の原油の9割は中東に依存しており、中東の中でもサウジアラビアやUAE、イラクなどに集中してます。イラクはまあ事実上米軍管理とはいえ、あとがまずい。あそこらへんだって一部の王族や特権階級が支配している構造は一緒だし、彼ら親米政権が「非民主的な、でも安定的な」政治体制を敷いているからこそ、日本も安定して原油の輸入が出来ているわけです。そこであんな革命が飛び火して、イスラム原理派が支配して、「アメリカと仲良くしてる日本には売ってやらん」とか言いだしたら、第三次オイルショックです。いきなりそこまで行くかどうか分かりませんが、今回の地震で需要減を見越して下がった原油価格が、3月18日時点では既に高騰しはじめています。せめてアツモノ期だけでも火力に頼りたいし、また復興経済を支えるためにも膨大なエネルギーがいる。原油、ガソリンは幾らでも欲しい。だからちょっと気になっているのですね。

 とか何とか書いているうちに、世界の流れは急速に中東方面に傾いています。既にオーストラリアやアメリカのGoogle Newsのトップストーリーから日本の地震関連が抜け落ちています。なんか、思ったほどアツモノ期は短いかもしれない。数週間もすれば、「地震?ああそういえばあったね」くらいになっちゃうかも。そういえば、阪神大震災のときも2か月後のサリン事件で一気に過去の話になったしな。

 そうそう、海外のメディアでいえば、日本では「海外のメディアの方が事態を深刻に受け止めている」みたいな風評がありますが、半分正しくて、半分過剰評価だと思います。「事件は大きくて深刻な方が面白い」というメディアに本質的に内在する特性から、ことさらに絶望的に書いているキライもなきにしもあらず。このあたりの判断は非常に難しいのですが、各国政府も日本の状態は非常に深刻だといいつつ、放射性物質が風に乗って自分の国に入ってくると「全く問題のない低数値 (extremely low level)」と日本みたいに必死に強調していて、ちょっと面白いです。退避範囲を何キロにするかにしても、数十万人の輸送バスを手配し、受け入れ先を手配しなきゃ行けない現地と、単に呼びかければいいだけの外国とでは事情は全然違うでしょう。日本だって、これが外国で起きたら在留邦人に○キロ退避どころから国外退去を勧告するでしょうし。

放射線のこと

 これは結局分からないです。分からないまま日常にまぎれて、そんで終わりって感じになりそうな気もします。
 「分からない」のは一つには専門的すぎてニュアンスが分からないこと。すっかりお馴染みになったシーベルトだって、ミリとマイクロがあって、1シーベルトは1,000ミリであり、1,000,000マイクロです。この単位が開きすぎてピンとこない。この際「シーベルト」なんてシューベルトみたいな単位ではなく「円」にしたら分かりやすいでしょう。1マイクロ=1円として理解してみます。

 99%の人が死ぬ殺人光線的なレベルは7-10シーベルト、つまり罰金700万円から1000万円食らったらまず死ぬ。300-500万円で二人に一人(50%)が死ぬ。200万円で20人に一人が死ぬ(5%)。100万円で急性障害が出る。50万円でリンパ球減少、25万円で白血球減少。10万円が放射線従事者(病院でレントゲンを撮ってくれる人など)の一回の緊急作業あるいは通常業務の5年間の上限。1年間通常業務だったら5万円。1万円だと、一般人の屋内退避が求められる。一般的にヤバイと思われるのがこの万円単位で、これ以下の7000円〜2万円は一回のX線CT、6000円で普通のCT、4000円で胃のレントゲン、2400円で世界の自然放射線の年間平均(要するに普通)。1000円で人工放射線の年間上限。200円で東京=NY往復航空機に乗る。100-300円で胸部レントゲン。つまり万札以上(10ミリ)になるとヤバめになってくるけど、千札単位だったら大騒ぎするほどのことでもない。

 で、今回は、一番ヤバかった時期が3号機付近の400ミリだから罰金40万円。かなりキツい。ただしこれは直近測定だからちょっと離れたら下がる。ヘリ放水で滞在40分までとか言われているのも分かります。放水が軌道にのってから下がりだし、今は2-3ミリだから2-3000円レベル。かなり低い。東京で観測されたのが、いくつだったっけ、1マイクロでしたっっけ、だから1円?あれ?そんなもんだったっけ。

 ただし、ややこしいのは、年間とか毎時とか被爆時間の関係があることです。これらは「1時間浴びたら」の話で2時間浴びたり、毎日ずっと浴びたりしたら話は別だということです。仮に毎時10円だとしても10時間浴びたら100円になる。レントゲンやCTが数千円と高いのも何時間も浴びてるわけではないからですよね。しかし、これも単純計算で蓄積していくものかどうか分からないし(風呂入ったり、人体内部で修復したり)、屋内にいるか、裸でいるかでも全然違うだろうし、実際のところは千差万別と言わざるをえない。

 ところで、すごいのはブラジルのカラバリで自然状態で1万円レベルだそうなのだが、調べてもブラジルのどこにあるのか分からなかった。ちなみにローマも東京の数倍あるらしい。エリアによってだいぶ違うみたいです。調べてて興味深かったのは、放射線が高いエリアの方が逆にガンの発生率が低いという話もあることです(ホントかどうか分からんが)。そういえば日本でも放射線を目玉にした温泉なんかが結構ありますよね。放射性ラジウム温泉、ラドン温泉とか。放射線って発ガン性があるとかいいながら、ガンになったら放射線治療とかするしな。いったい放射線って身体にいいの?悪いの?根本的なところがよう分からない気がするし、実は本当のところは誰にも分からんらしいのです。まあガンのメカニズムも放射線の人体影響も完璧も解明されたわけでもないしね。

 あとややこしいのは、「通常値」「異常値」です。東京で仮に1マイクロ(1円)だとしたら、不眠不休で屋外で被爆しつづけ、シコシコ貯金しても放射線従事者のレベルにも達しない。しかし、通常値が0.9円だったら1円だって「異常」です。だから「異常値だけど全く問題はない」という不思議な言い方になるという。語感でいえば、異常=緊急という感じがするのだけに混乱します。また、ホウレンソウなどの放射性ヨウ素やらセシウムや、単位がまた「ベクレル」という新顔が出てきて、やっとシーベルトに慣れたと思ったら今度はベクレルかよという。でも、まあ、これは気になるなら食べなければいいんだし、規制値も検査もやりやすいからずっとマシだと思います。むしろ問題は、皆がビビって食べなくなって、被災地の農家の皆さんに二次災害が及ぶことです。皆、こういうの好きだからなあ。狂牛病だといったら焼肉屋さんが閑古鳥鳴いて、O105ではカイワレ業者さんがとばっちり食って。ちなみに、僕の大阪の知人は狂牛病騒ぎのときに、ここを先途を焼肉食いまくったそうです。「どこでも空いてっし、安うなっとんで〜」とか笑ってたけど、さすが。

 だから、結論的にいえば、難しい科学用語をにわか勉強でやり始めるけど、段々飽きてきて、そのうち日常生活にとりまぎれていって、しばらくしたら忘れて、年末の今年の10大ニュースで「ありましたねー、そういえば」とか言ってる感じになるのではなかろうか。

チェルノブイリ

 ちなみにチェルノブイリの場合、最初の爆発現場で作業をされた600名中、134人が急性の放射線疾患を発症。うち2人は事故時の火災と放射線被曝によって落命、3か月以内に28人が死亡しています。そのときの被爆量が最大1万6000ミリシーベルト!さきほどの比喩で言えば罰金1600万円です。400ミリでヘリが近づけないとかいってたことを考えると1万を超えるというのは想像しにくいです。原発が本当に恐いのは、おそらくはこれでしょう。その後、国際的な調査によると、チェルノブイリでの被害者4000人もの人々が被曝によって落命したと言われています。

 もっともチェルノブイリは考えるべき論点が沢山あります。
 第一に被害の範囲や程度がよく分からない。国際機関(IAEA)の公式発表によると被害者(死亡者)4000人ですが、この10倍はいたという説もあるし、長期的な汚染被害や健康被害になると実際見当もつかない。なんせ被爆によって白血病になるにしても発症まで12年、ガンの場合は25年とか言われているので、それだけ時間がたったら別の要因(お酒の飲み過ぎとか老化とか)で病気になるかもしれないので、何とも言えなくなってくるからです。今も汚染地域に数百万人住んでいるそうですが、死亡率とか先天異常、がんについての目立った変化はないそうです。子供の甲状腺異常が1800人見つかったとかいうのも、統計の取り方(事故前からカウントしてるとか)潜伏期の長さ(10年)とかで、よう分らないそうです。今日に至っても、尚も調査研究中であるということ。

 第二に、今回の福島原発がこのまま巧いこと制御できて、何とかなったとします。めでたいことですが、大事なのは、これが原発事故だと思ってはいけないということでしょう。1万6000シーベルトのチェルノブイリ、あるいはそれ以上の事態だって起こりうるわけで、今回は「大事故を未然に防げた」ということだと思います。レベル5で既に大事故のようですが、本当の大事故に比べたら「起きてない」レベルでしかない。だから今後事故を想定するなら、もっと悲惨なケース、チェルノブイリクラスを想定すべきだと僕は思います。今回はたまたまラッキーなことに海岸から130キロも沖で地震が起き、原発は津波被害「だけ」でした。発電機が水を被って動かなくなり→冷却がきかなくなり→暴走というケースですが、これが直下地震で起きたらどうするの?と。神戸地震を考えれば、今回の数百分の1の規模の地震でも直下の浅い震源で起きたらハンパな騒ぎではなくなる。今回が津波だから「次回も津波」と決まったわけではない。

 第三に、チェルノブイリで放射性物質が北半球全域に撒き散らされ、日本でも欧州パスタが売れなくなりました。商魂逞しい大阪のくいだおれは、ヨウ素がきくということで、とろろ昆布とわかめ+ヨード卵入りの「放射能除けうどん」を売ってたらしいです(知らんかったけど)。さすが、、、。それより何より、IAEAの記録によると、チェルノブイリ事故による放出は、20世紀中頃の大気圏内核実験で起こった汚染の100から千分の1だったということです。これはちょっと衝撃的な数値で、あの核実験はチェルノブイリの100-1000回分に相当するのか?と。あのチェルノブイリですら、核実験に比べたら微々たるもの、ほとんど無いも同じ程度のものでしかないのか。

 第四に、チェルノブイリは悲惨な大事故でしたが、だからといってソ連やロシアがコケたという話にはなってないことです。図体のでかい国ということもありますが、ウクライナという枢要地域にこれだけの事故があったのだから国がコケても不思議ではなさそうなんだけど、そういう理由でソ連が崩壊したわけでもない。チェルノブイリ原発からわずか130キロしか離れているキエフでも、事故で街が崩壊したなんて気振もなく、今では観光産業のひとつとしてチュエルノブイリツアーをやってるそうです。だからいかに深刻とはいえ、一つの原発事故など、大きな歴史の流れからしたら、ほとんど無影響に近いです。後にゴルバチョフがこの教訓を活かしてグラスノシチ(情報公開)を徹底させたくらいでしょう。ソ連がコケたのは指導層や国全体のシステムの腐敗と作動不全、何よりも経済です。つまり、社会全体レベルでいえば、システムや経済というのは原発なんかよりも遙かに大きな影響力を持つということです。

 ということは、、、、、、事故や災害があると、ついついそこを起点に天下国家を論じたくなるのですが、そんなレアケースを起点にして立論しても効果は限定的であるということでしょう。海に例えれば、台風や地震で大波がきますが、海の大きな動きそのもの=海流や潮汐=は、地球の自転や月の引力によって大きく規定されているということです。台風がいかに巨大であろうが、月の引力からみたら微細な局地変動であり、無いも同じ。国家や経済を動かしているような連中の視野からしたら、今回の地震なぞは「駒」の一つでしかなく、だからこそ冒頭に書いたような隠微な椅子取りゲームが始まっているのでしょう。

再び王道へ


 こうして考えていくと、やはり王道なのは、地味ではあるけど、日々の経済活動であり、社会システムを良くしていくことなのでしょう。前回とまた同じようなことを言うようで恐縮なのですが。

 福島原発の冷却装置の復旧や停電の減少に従って、地震も段々過去のものになるかもしれないけど、とんでもない。津波にタイムラグがあるように、経済効果というのはもっとタイムラグがあります。既に地震によって内定取り消しを食らった人もいるらしいし、予兆はきてます。僕ら後方陣地にも大きな波がひたひたと押し寄せてくるのは、むしろこれからが本番であると。被災者の復旧にしても、本当にしんどくなるのは一段落してからです。半年後、1年後の中押しサポートが非常に重要になります。これから経済的にしんどくなる中、自分の生活すらもしんどくなる中で、最初のピュアな気分を保ち続けられるか、それが僕らの戦いになると思います。

 ところで、災害復旧というけど、完璧に1ミリ違わず復旧したとして、ありえないけど死者すらよみがえり、何もかもが元にもどったとしても=タイムマシンで皆で前日に戻り、地震が起きなかったパラレルワールドに移ったとしても=、そこにあるのは、閉塞感漂う憂鬱JAPANだったりするのだ。大汗かいてあんなところに戻りたくはないだろう。だから、どうせやるなら復旧という原状回復ではなく、これを機会により良くなること。もっと素晴らしくなることです。ハードル高いけど、でも、そうでなければ頑張り甲斐がないとも思う。



文責:田村




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