今週の1枚(2011/02/14)



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Essay 502 : ジャパレス・ブラック論を考える  地元の新聞記事から

 

 写真は、Newtownにある雑誌専門の書店、Mag Nation(別窓)の二階。目抜き通りにあるのですが、ここが隠れ家的に居心地が良かったりします。二階は立ち読み(座り読み)自由で、暑い日など格好の避暑地になります。窓に面した球形の椅子がいいです。またファンシーな文具なども売ってたりして、中々楽しい。特に階段の踊り場に掲げられていたネコのパネルがお気に入りです。これ売ってくれないのかな。



 今週は、ひさびさに地元の新聞から日本関係の記事を紹介しましょう。

記事概要



Raw deal for sushi workers

不当な扱いを受けているスシ労働者
(※"raw"は本来「ナマ」という意味であり、転じて「未加工の、荒れた、ひどい」という意味もある。寿司が生魚料理であることにひっかけている)


Justin Norrie
The Sun-Herald紙 February 6, 2011
記事原文(別窓)


 A LEADING sushi restaurant chain has admitted it paid some foreign staff as little as $9 an hour, in what workplace experts warn is the tip of a ''massive black economy'' in Australia's hospitality industry.
 大手寿司チェーン会社は、外国人従業員に対して時給9ドルという低額の賃金しか支払っていないことを認めた - 労働問題の専門家によれば、これはオーストラリアのホスピタリティ業界における「ブラックエコノミー」の氷山の一角に過ぎないという。

 Following claims that restaurants in the Sushi Train and Sushi Samurai franchise were heavily undercutting wages, The Sun-Herald spoke to more than a dozen foreigners on working holiday and student visas who were earning less than half the minimum wage at other city restaurants.
 スシ・トレイン、スシ・サムライに対するクレームを追いかけ、サンヘラルド紙は、ワーキングホリデーや学生ビザで来て、シドニーの他のレストランの賃金の半額以下で働いている外国人労働者達十数名に事情を聴いた。

 Some reported being paid $8 an hour in cash at Chinese, Korean, Thai and Indian restaurants. Experts say the practice is most prevalent in tourist areas, but it undercuts wages for workers everywhere and rips off taxpayers.
 他にも中華、韓国、タイ、インド料理店において現金払いで時給8ドルというケースも報告されている。専門家によると、こういった悪しき慣行はもっぱら外国人労働者において最も良く見られるが、そういった慣行が他の業界の賃金を引き下げ、また納税者への負担にもなっているのだと指摘する。

 Japanese staff at the Sushi Train and Sushi Samurai restaurants, run by Excellent Group Pty Ltd, told The Sun-Herald they were earning $9 an hour in cash for casual shifts.
 エクセレントグループ社傘下のスシトレインやスシサムライの従業員は、カジュアルシフトの場合、時給9ドルである旨サンヘラルド紙に述べている。

 A full-time adult employee is entitled to at least $15 an hour, before tax. But for adult casual wait staff employed in NSW under the Restaurant Industry Award 2010, the minimum hourly rate ranges from $19.01 to $20.26 an hour, the Fair Work Ombudsman said.
 成人のフルタイム労働者の最低時給は税込みで時給15ドルである。しかし、Fair Workオンブズマン(監視団体)によれば、NSW州の2010年アウォード(賃金協定)によれば、レストラン業界でのカジュアルの給仕職の最低時給は、19.01ドルから20.26ドルであるという。

 After being contacted about the claims of underpayment, Excellent Group director Arioki Kondo conceded the company had ''mistakenly'' been paying the incorrect rate to some staff at its six restaurants and takeaway shops in Neutral Bay, Pyrmont and Darlinghurst. Mr Kondo said, through a spokesman, that ''there was indeed a misunderstanding with some of the managers at the restaurants, and now we've had a meeting and revised the payment structure.
 ''The problem did affect quite a few people'', all of whom would receive compensation.

 エクセレント社のアリオキ・コンドー社長にコンタクトを取り、低賃金問題について問うたところ、彼自身、傘下の6つのレストランやテイクアウェイショップ(ニュートラルベイ、ピアモント、ダーリングハースト)において、「誤って」このような低賃金が支払われていた事実を認めた。コンドー社長は、スポークスマンを通じ、「傘下のマネージャーにおいて誤解があったようであり、現在給与体系を見直しているところです」「多くの方々=差額賠償を受け取るであろう人々全て=にご迷惑をおかけした」と述べた。

 Many of the workers spoken to by The Sun-Herald said they had no option but to take the poorly paid work because there was little else available to people in their situation.
 サンヘラルド紙が取材した多くの従業員は、彼らの置かれた状況においては、このような低賃金職場以外には選択肢が無いと語っている。

 Sapna Sharma, 24, who recently returned to India after studying in Sydney, said she was paid nothing for her training shift at a well-regarded Indian restaurant in Glebe, and then accepted $11 an hour in cash for casual shifts ''because no one else would give international students a job''.
 シドニー留学を終えて最近インドに帰国したサプナ・シャーマさん、24才、は、グリーブにある有名インド料理店で働いていたのだが、トレーニング期間は無給であり、カジュアルシフトでは時給11ドルであった。「でも、他の誰が留学生に仕事をくれるというのですか?」と語った。

 In the past financial year, the Fair Work Ombudsman resolved 20,070 complaints and recouped more than $26.1 million for 16,088 underpaid workers nationally, including $7.65 million for 4718 NSW workers.
 Fair Work オンブズマンは、昨年度、オーストラリア全国において、2万70件の苦情を受け、1万6088人の従業員のために2610万ドル(約20数億円)の給与を取り戻している。そのうちNSW州は、4718名、756万ドルを占める。

Thousands more who are ignorant of workplace law continue to be cheated by rogue businesses, said Marian Baird, an expert in industrial relations at Sydney University.
 シドニー大学の労働法の専門家であるマリアン・ベアードさんによると、「労働関連法規に無知な数千人の労働者達は、これからもこういった違法環境で働き続けることでしょう」と語った。

Research published by Monash University and the University of Melbourne in 2008 found 60 per cent of international students were working below the minimum wage.
 モナシュ大学とメルボルン大学が発表したリサーチによると、2008年において60%の留学生が違法な低賃金で働いている。

''Cash economies, specifically hospitality restaurant areas, … are places where it's endemic,'' she said. ''It's a massive black economy that has implications for everyone, not just the foreigners.''The employers are undercutting wages for all workers and they're not contributing a huge amount in taxes … [or] superannuation.''
 「現金商売、とりわけレストランなどのホスピタリティ業界においては顕著な傾向です。これは巨大なブラックエコノミーであり、外国人だけではなく誰にでも影響を与えることになります」とベアードさんは語る。「雇用者達は、賃金を違法に切り下げだけではなく、巨額の納税(源泉徴収)や年金基金への義務を怠っているわけですから。」


Pay day blues/Backpackers should get less, bosses say.
給料日の憂鬱/バックパッカーの給与は低くあるべき、オーナー達の主張

 A PAY award for itinerant workers should be introduced because it is unreasonable to expect employers to pay the same wage to staff who are only in the country a short time, say restaurant owners.
 The Japanese Australian Catering and Restaurant Information Services group - a loose affiliation of restaurants and caterers - said it was unfair to expect its members to pay the same wages to backpackers and other itinerant workers as they pay long-term residents.
 ''Most [expat staff] stay not longer than two to three months, providing no future support to employers in Australia,'' a spokesman, Ralf Hartmann, said.

 レストランのオーナー達は、このような放浪的な労働者に対して、長期勤務者と同等の賃金を払えというのは合理性に欠いており、別種の賃金協定が制定されるべきであると主張する。
 オーストラリア日本料理店情報サービスグループ=レストランやケイタリング業者のゆるやかな団体=は、長期在住者と同じ給与を、バックバッカーなどの放浪的な労働者に払えというのは理不尽であるとし、スポークスマンのラルフ・ハートマン氏は「彼ら外国人労働者はほとんどが2−3ヶ月で辞めていきますし、オーストラリアの雇用者になんら将来的な貢献を行わないのです」と述べる。


雑感


 このHPでも現地の労働事情、特にワーホリさんや留学生さんのアルバイトであるジャパレスについては、あちこちに書いてます。 自分達が「外国人労働者」として劣悪な環境におかれる全体の構造、日本が「失われた20年」でモタモタしているうちに2倍以上に開いてしまった日豪賃金格差、それでもジャパレスで働く効用、探し方、救済方法、、、などなど、適当に拾い集めてみて以下にリンクを貼っておきます。

 ESSAY 278/「外国人労働者」とは我々のこと(別窓)
 ジャパレスで働いても英語の勉強にならない?(別窓)
 仕事の探し方 総論、日系・ジャパレス編 (別窓)
 アルバイト先との給与支払トラブルを労働委員会を通じて解決した事例(別窓)
 オーストラリア留学/ワーホリ/移住の新しい局面(別窓)
 ハイパー実戦講座〜より安く、より実り豊かにあげるために(別窓)

 今回も記事紹介もその一環なのですが、今回はもう一歩突っ込んで「それってホントに悪いことなの?」などを書いてみたいと思います。

ジャパレスの実際

 この記事では、スシトレインやスシサムライがやり玉に挙がってますが、僕が過去にお世話した1000人以上のワーホリ・留学生さんの断片的なフィードバック(雑談ですけど)を聴くに、この両店が格別に待遇が悪いというわけではないです。直近で、あるいはリアルタイムでも働いている人を知ってますけど、悪いというよりはむしろ待遇が良い方です。

 あ、ここで「待遇」というのは最低賃金がどうのというお綺麗な法的事柄ではなく、もっと働く者の皮膚感覚に根ざしたものです。つまり、上司となるオーナーやスタッフの「いい人度」であったり、賄いが美味しいとか、そういうことです。ご自身の体験を振り返ってみても分かると思いますが、実際に働くとなると給料だけではなく、「居心地」というのが極めて重要だったりします。ブチブチ嫌味を言われ続けたり、スタッフ内部の関係がギスギスしているとか、そういうことです。デカいですよ、こういうことは。

 ダメダメなところは、例えば上のリンクで紹介しているトラブル事例の店などは、これは有名な札付きらしく、「一定期間以上働いて貰わないと困る」等と最初にいい、その保障として給与の10〜20%を天引きプールして、一定期間働いたらプール分を支払うという条件でした。これは露骨に違法であり、また従業員が根性で最後まで働きそうになるとアレコレいびり出して結局払わないで済まそうというセコいやり方。これは話を聞いた時点で「即刻辞めろ、訴えろ」と言いました。

 あとは、これは知人の板前さんから聴いた話ですけど、オーナーがちょっと精神的におかしいという。その知人は年長者でもあるし、日本で自分のお店も経営していた立派なプロだから迫害されなかったけど、バイトのワーホリさんが大変。「もう、趣味でいびってるとしか思えないくらい、可哀想でしたよ」と。まあ、いわゆる「人間的に問題がある上司」という、どこの世界でもある話ではあるのですが、他にも「180度異なる指示を5分ごとにする」とか「食い逃げがあったらバイトに弁償させようとする」とか、かなり人間的に問題があるお店も聴いたことがあります。あとはネチネチ厭味系。

 まあ、仕事というのはキツくて当たり前ですし、特に料理場仕事は荒っぽいのが日本の伝統みたいなもので、若いうちからポンポン罵倒されておくのもいい経験にはなるでしょう。だから必要以上にヤイヤイ言いたくはないけど、ものには限度があると思いますね。常識的な日本人のレベルを超えている。

 僕の大雑把な法則性でいうと、シティ中心部に行けばいくほどダメダメ度が高く、離れてサバーブになるほどに良くなる傾向があります。これはお店のお客さんについても同じで、日本人やチャイニーズなどのアジア系の客よりはオージーのお客さんの方が楽。あんまりうるさいこと言わないし、チップも気前がいいし。ある意味、最悪なのは日本人客だろうと言われてもいます。なんせ味への期待値が高いだけに、やれ「高い」だの「不味い」だのお店にとって不愉快なコメントが多いだろうし、ちょっと待たせただけでグチグチ文句言うし、そのくせチップは絶対置かないという。一番嫌われる客だろうな〜と(^_^)。実話ですが、お金持ちのチャイニーズが従業員12人に一人頭50ドル(合計600ドル)のチップをポンと振舞ったそうですが(貰った人がいる)、そーんな景気のいい日本人は今の時代まず居ないでしょう。僕もジャパレスでこそ(多くはないけど)チップを置こうと務めています。

 比率でいうと2軒に1軒はダメって感じ。でも、2軒に1軒良かったら、結構な好成績だと思いますけどね。日本の全企業で「働いて楽しい」というのが2社に1社もありますかね?ジャパレスも当ればいいです。オーナーやスタッフは厳しいけど優しいし、帰りに送ってくれたりもするし、あれこれ色々なことを教えてくれるし。また、何よりも海外在住者にとって有り難いのは日本食の賄いです。一人暮らしだとメシがいい加減になるし、賄い一食で時給1−2時間分の価値があるでしょう。

 先にも述べましたが、なんでこの記事でスシトレインがやり玉にあがっているのかよう分からんです。少なくとも一番ヒドいから問題になってるわけではない。しょせんオージーのジャーナリズム、それもサンヘラルドというスポーツ新聞レベルに、そこまでエスニック社会内部を取材する能力はない。まあ、世俗的な推測をすれば、どっか(ライバル社などに)にチクられたのでしょうかね。学生ビザの労働制限(週20時間)以上の違法労働にしても、ライバル同士のチクり合戦があるという話を聞いたこともありますし、それで強制送還されてしまった例も知ってます。それに、何と言いますか、コンドー社長さんの対応もいかにも素人っぽくて好感が持てたりします。「社長は所用があって取材に応じられません」「事実関係を確認してからでないとお答えできません」「ノーコメント」など、バックレ方法はいくらでもあるし、現に他のオーストラリアローカルの記事を読んでいればこの種のバックレ系はいくらでもあります。それをほいほい取材に応じたり、違法賃金だと認めてしまったりしたらダメでしょう(^^*)。そのあたり、妙に人の良さがにじみ出ていたりして、どうも憎む気になれません。

 それにジャパレスの全てが日本人経営というわけではないです。シドニーのジャパレスは、(今調べたら(別窓))372軒ありましたが、なかには韓国人、中国人あるいはオーストラリア人経営のジャパレスもあります。それは日本料理が普遍的な存在になっていく過程という意味ではイイコトであり、日本で日本人がフランス料理屋を経営しているようなものです。エスニックの普遍化という現象は日本料理だけではなく、インド料理屋もほぼジャパレスと同数くらいあるし、タイ料理屋は658、中華は595(+アジア一般が239)、イタリア料理屋になると893店もあります。

 以上の所感は、最低賃金や外国人労働者がどうしたという社会論評ではないです。もっとざっくばらんな雑談みたいなものです。評論は評論で大事ですし、以下にも書きますが、評論「だけ」やってても現実的には無力だとも思うのですよ。ワーホリさんに限らず現地在住の大多数の日本人がローカルで働けるほどの英語力はないし、待遇がどうであろうが日系しか選択肢がないという現実があります。全体の構造を知ろうとすらせず、低賃金を低賃金とも思わずに現実を盲目的&無批判に受け入れるのはアホだと思うけど、現実を丸っぽ無視して論じても、あまり意味があるとは思えないのですね。理想の現実のギャップはどこの世界にもあります。大事なのはギャップの距離の精密な測定であり、その理由であり、必ずしも理想的とは言えない現実をどう建設的に攻略していくか?でしょう。

そんなにブラックなのか?

 理屈からいえば、最低時給の半額以下しか払わないというのはヒドい。地元オージーの素朴な感覚でいえば「20年前の給与水準」「奴隷労働」であり、うっかり知り合いのオージーに言おうものなら「即刻辞めろ、訴えろ!」「なんでそんなところに働いているのだ、馬鹿か、お前?」と激怒されるのは必定でしょう。日本の最低時給は全国加重平均で730円ですが、その半額以下、つまり時給350円で働いてるくらいに「ありえない」ことです。それが地元の普通の感覚であり、それはそれとして知っておくべし、でしょう。

 しかし、リアルタイムの日本人的に言えば、そんなに悪い労働環境というわけでもないです。今述べたように日本の最低賃金はもっともっと低いからです。日本における最低賃金は、地域別、産業別に規定が異なるのですが、厚労省の平成22年度の地域別全国一覧(別窓)によると、最低賃金のハバは642円〜821円で、加重平均こそ730円になりますが、ばっとみた感じでは日本のほとんどが600円台といっていい。北海道から東北全県+群馬、信越・北陸全県、山陰、四国、九州全県いずれも600円台です。800円台なのは東京、神奈川のみ。700円台は埼玉・千葉、中部東海(愛知、静岡、岐阜、三重)、近畿(大阪、京都、兵庫)とそれに広島という大都市圏だけです。つまり全国47都道府県のうち700円以上なのは11だけで、残りの36県は600円台です。

 日豪為替レートを85円とした場合、平均730円は時給8.6豪ドルに相当しますから、早い話が日本で働いているのとそんなに変わらないわけです。だから話がややこしいというか、働いている側の日本人からしたら「そんなもんでしょ」という妙な値頃感もあるわけですし、雇ってる日本人にしても「そんなもんでしょ」という感覚もあるわけです。地元のオージーが感じるほど、途方もなくブラックであるという感じがしないという。

 それに、単純比較はできないまでも日本で働くよりは楽な部分もあります。例えば、働いてるバイト君のほとんどがいいとこ2−3ヶ月しか勤めていないという点があります。これはそもそも滞在や就職期限が限られているという特殊状況ゆえのことですが、ほとんど全員が短期勤務なので職の回転数がべらぼうに高い。すぐに空きが出るということです。今シドニーにジャパレスが350軒あるとして、一軒平均3人雇っていて、且つ一人平均2か月働くとしたら、リアルタイムに1050人分の職があり、これが60日で一回転することになります。すると1日平均で17.5人空席が出来、新規採用がある。実際には曜日別とかシフト別とかもっと採用しているでしょうから、一日30人とか40人の新規求人がコンスタントにあるでしょう。片や働く側としては、シドニー在住のワーホリ、学生数は1万人もいないでしょう(オーストラリア全土ひっくるめても日本人のワーホリ・学生ビザ年間発給数は1万5000人未満しかない)。ましてや全員が働いているわけでもなく、働いているにしても全員がジャパレスであるわけでもない。この程度の人口にこの程度の新規求人があるなら、実際上、望めば誰でも就職できると言っていい。だって日本だったら、早稲田大学だけでも学生数が4万人前後いるわけですよ。その4分の1以下しか絶対数がおらず、求人が毎日数十あるのですからね。

 さらに、最初からせいぜいが1−3か月程度のバイトですから、働く側も気楽なものです。夏休みだけのバイトみたいなものです。仮に1日で辞めたとしても日本と違って履歴書や経歴に傷がつきません。海外での出来事なんか、日本に帰ったら「昨日みた夢」みたいなもので、誰も気にしません。回転数が早いから、正規のスタッフ以外の古株のバイト頭みたいな人もおらず、1か月もやってれば自分が古株になるという。気が楽です。また、こちらは切り詰めようと思えば、いくらでも安いシェアはあるし、ファッションや化粧など見栄張りコストも低い(日本人同士固まってると日本カルチャーの「出島」みたいになるから、そうはいかんけど)。また、交通費はつかないけど、うれしい賄いがつきます。海外で食べる日本料理は、日本で食べるフランス料理よりもうれしい。日本で毎日ステーキ食わせてもらうよりもうれしいでしょ。

 以上を考えると、日本人だけの社会観でいえば、ジャパレスといっても、そんなに悪いわけではないです。そういえば、つい先日まで東京のコンビニでバイトしていた人がこっちのジャパレスで働いて、こっちの方が全然マシと述懐していましたしね。

 一方雇う側からしたらどうか?というと、これも合わせ鏡のようなもので、「この程度の人材、この程度の仕事ぶりだったら、この程度の時給」というような感じでしょう。新規に雇っても雇っても1〜2ヶ月で辞められてしまう。仕事のダンドリを覚えて、ようやく使えるようになった思ったらもうバイバイですから、やっとられんでしょう。就職する側が楽だということは、雇う側からしたらダメ人材をたくさん掴まされるということで、実際、ヒドい人材も結構いると聞きます。APLaCのやってる一括パックは、僕の性格丸出しで、かなり厳しめのものですから、参加する人も人間的にしっかりしている人が多く、僕としては直の被害は少ないのですが、聞いた話ではドラッグばっかりやってたり、他人にたかってばかりとか、ダメダメな連中も結構いるそうな。まあ日本人といっても色んな人がいますからね。大体、仕事探しの電話でも、まとも敬語が喋れない奴も多いそうで、「あのさ〜、俺さ〜、仕事探してンだけどさ〜」みたいな奴。クソ忙しい時間帯に電話かけてくる馬鹿とか。やっとられんと思いますわ。

 だとしたら、普通の日本人の普通の感覚でいえば、そんな人材時給800円でも高い、ましてや幾ら法律で定められようとも、何が悲しゅうて時給1800円も払わないとならんのじゃ?てなもんでしょう。同じ日本人として、気持ちは分かります。

 それに、法律の規定通り、一人雇うごとに給与名簿を作成し、PAYG(源泉徴収)をし、スーパー(企業年金)まで作ってやらねばならない。もともとが長時間労働で多忙を極める飲食店業の現金商売、そんなクソ面倒臭いことやってられんでしょう。また、そういう事務を任せるためにこっちで正規に会計士さんを雇えば、タイムチャージでそれこそ時給100ドル単位で払うことになります。使えないアホを一人雇って、高い金を払って事務一式を整備して、、なんて、途方もない手間だし、無駄です。給料を払うどころか損害賠償を請求したくなるくらいの感じでしょう。

 だから、推測するに、多くの給料は現金手渡しで、帳簿上は居なかったことにするんじゃないかな。違法だから「そうしてまーす」なんて名乗り出る人は居ないでしょうし、最低賃金以下の給与を堂々と帳簿に書く人もいないでしょう。だからこれは僕の勝手な「推測」なのですが。この推測によれば、仮に給与が時給8ドルであっても、それは手取額です。一方最低時給は税引き前、税込みです。非居住者の税率は約3割(29%)ですから、時給18ドルだとしても、実際の手取りは13ドル弱であり。そんな言うほど2倍/半額の給与格差があるわけではないのですね。

結局、何が問題なのか?

 幾つかあるのですが、一つの大きなテーマとしては、エスニックカルチャーとローカルルールの葛藤とでもいいますか。日本人内部の感覚でいえば、ジャパレスの「低賃金」も「こんなもんでしょ」という受容範囲に収まってしまう。しかし、それは現地オーストラリアの法規制からしたら到底許容できるものではない。法哲学でいうところの「規範衝突」というやつですね。二つのルール、二つの「正義」があり、それがぶつかってしまうという。

 例を上げれば、イスラム教では4人まで妻帯できることになっており、それが彼らのカルチャーや法体系では「正義」なのだけど、日本に居住しているイスラム教徒の外国人が4人の奥さんとハーレム状態で暮していたら、日本の法・社会感覚からしたらちょっと変な気がする。あるいは日本人同士が同じ姓で結婚するのに抵抗はないけど、韓国だったらありえない(正確には本貫が同じ場合)ことになる。日本人は、従兄弟同士で結婚することが法的にも社会的にも許されているけど、近親相姦として激しく非難されるカルチャーもあります。

 それと同じように、我々日本人の労働観とオーストラリア人の労働観や法規制が微妙にぶつかり合っているのだと思います。実際、オーストラリアでオーストラリア人を雇おうと思ったら、かなりの根性が要ります。最低時給もさることながら、日本人のように真面目に仕事しないし、納期なんか努力目標に過ぎないし、顧客の迷惑考えずに平気で長期休暇を取ります。日本人的に言えば、無責任というか、人間失格レベルに仕事をしない。しかし、それが彼らのカルチャーであり、それはこれまでのエッセイで度々述べているように、「仕事なんかしょせんその程度のものにすぎない」という人生観・社会観あってのことです。

 日本人がこちらの労働観に合わせようと思ったら、それこそ全人生の人生観を組み直さないとならない。もう人格がガラリと豹変するくらいの変身を遂げないとならない。今これを書いている僕も、一両日で配達されると書かれていた通販の物品がもう10日以上来ていませんし、アテにしていた収入も数週間遅延していたりします。日本の感覚だったら翌週に支払われるべきものでも、平気で数週間かかるし、ひどいのになると1年待たされたこともあるし、不渡り小切手を掴まされたことも2度あります(別に倒産してないけど口座にお金が用意されてなかったという初歩的なありえないミスで)。もう生活の全局面がそういう感じで進んでいくなら、自分の人生の組み方もそういう流れでやっていくしかないのです。細かくキチキチやる快感で生活を彩るのではなく、大きく大きく、流れる雲のように大きくとらえて生きていくという感じでやっていくわけですね。

 また、給与その他の労働環境は整っているようでも、雇用の安定性は全然ないです。幾ら大企業に就職しようが、公務員に採用されようが、ある日突然あっさりクビになります。そして再就職でも100連敗覚悟の猛烈トライを鼻歌混じりに出来るくらいのタフさが必要です。つまり、これまた流れる雲のように人生は常に流れていくのであって、人生に「安定」とか「安心」とかいう要素を求めてはならない。自転車に乗っているように常に動き続け、バランスをとり続け、死ぬまでそうしていくのだという人生観も必要です。

 しかし、こんなのこっちに来たばかりの日本人にやれというのは無理でしょう。ここがいわゆるカルチャーギャップであり、僕らが正義なり常識と信じる感覚も、「エスニックの特殊感覚」として地元では処理されてしまうわけです。ジャパレス低賃金「問題」も、僕らからしたらそんなに「問題」ではないにしても、オーストラリアローカル社会では問題になるという。

 これは日系ジャパレスだけの問題ではなく、記事に書かれていたようにインド料理屋、タイ料理屋、韓国料理屋等においても同じ事でしょう。他のエスニック系も同じ問題が生じているということは、要するに彼らのエスニックルール・感覚とオーストラリアの法体系が喧嘩をしているということでもあるわけでしょう。

 第二に思うのは、とほほの日本経済です。僕が18年前に来た頃は、日本人の給与は世界一高いと言われていました。こっちの給料水準とか見てても、あまりの低さに馬鹿馬鹿しくて働く気が起きなかったくらいです。ところがぎっちょん、なんども書きますけど、「失われた20年」というのは本当で、いつのまにかオーストラリア”ごとき”に追い抜かれ、今では周回遅れまで差をつけられ、最低時給でもおよそ2倍、平均年収(800万以上)でも差をつけられています。

 ジャパレスの時給も、昔だったらそれほどオーストラリアの最低時給と差がなかったです。逆に言えばこの20年ほとんど上がっていない。昔は7-8ドルで、今は8-10ドルくらいでしょ?微々たるものです。これは日本における日本人の給与が上がっていないことと軌を一にします。どの時点を取っても、日本で働くのに比して大差ないわけです。しかし、オーストラリアが順調に経済成長しているから、どんどんギャップが広がっているという。

 今でこそ2倍程度で済んでいるけど、このまま日本経済が停滞(正確にいえば日本経済がどうあれ給与水準が上がらなかったら)、ローカルとのギャップは今後どんどん広がっていくでしょう。このままいけば、近々にもオーストラリアの最低時給は20ドルの大台を超えるでしょう。そして10年、20年後になれば時給30ドルやら3000円という現実離れした数値になっていく可能性もある。その頃にもまだジャパレスの時給が10ドルとかいうレベルだったら、これはもうカルチャーギャップを超えて、ちょっと深刻な国家的・民族的貧困化になるやもしれません。なぜなら、時給差がそれだけ出てくるということは、物価差もそれだけあるというわけで、ちょっとやそっとお金を貯めた位ではオーストラリアに来れなくなるということでもあるからです。

 そして、これは日々のシェア探しにも端的に表われていて、「200ドル以下個室」という条件が毎週毎週厳しくなっています。今や200ドル以上が普通で、皆さんの予算に見合うシェアが毎週ごとに減ってきています。マルチカルチャル&マルチ個性のロングテール社会ですから、まだまだつけいる隙はあるとはいえ、傾向としては厳しい。

 こういった経済格差(日本の貧困化)も、今はまだエピソード的に笑ってられる余裕もないわけではないですが(「デフレなのは日本だけ」とかいって)、近い将来笑ってられなくなりそうで、それがちょっとマジに恐いです。

若干の補足


 日本人はある程度英語が出来るようになったら、どんどんローカルで働いた方がお得です。日系カルチャーから離れれば離れるほど得であると。僕らの普通の感覚で働いているだけで、彼らには異様に勤勉に映るし、給与も「え、こんなにくれるの?」という感じでしょう。今でさえ、土日や夜間の割増賃金では時給40ドルレベルもあるし、実際ファーム仕事で日曜時給40ドル貰っていた人が先日帰ってきました。休みも堂々と取れるし。今、仮に在住日本人の全てが英語が出来、ローカルに溶け込めたら、ジャパレスが低賃金になるわけもないです。低賃金でやってられるのは、そんな給料でも働く人が居るからこそです。これは経済の需給バランスです。

 記事の最後に書かれていた「オーナーの主張」も、もっともな点があると思います。構造的に短期雇用になるような場合にすら、一律の最低時給や源泉徴収や年金義務を課すのは、ある意味では現実離れしていると思います。短期雇用の「試用期間」を弾力的に運用するとか、源泉徴収でも年間のべ何人という簡易課税方式を導入するとか、やりようはあるんじゃなかろか。もっとも、労働者のクビをどの程度切りやすくするか、どの程度低賃金でおさえられるようにするかというのは、昔からある「オーストラリアの論点」みたいなもので、労働党と自由党の争点でもあります。

 あと、記事で指摘しているように、低賃金で雇い、源泉徴収も年金も払わないから、一般オーストラリア人にも迷惑をかけているのだという主張があります。確かに低賃金という給与のダンピングを認めたら全体の給与秩序が乱れるだろうし、国庫に帰属すべき税収も減るでしょう。でも、生活者の実感としていえば、だからこそエスニック系料理を安く食べられるというメリットもあるのですね。西欧系やイタリア料理に比べてみたら、インド、韓国、タイ、中華は安いです。食材的にそれほど安く済ませられているとは思えないだけに、安くてボリュームがあって美味しいエスニック料理はシドニー在住者の福音でもある。これを一律最低時給にして、ランチタイム8.5ドルで食べられていたPad Thaiが12ドルになってしまっていいのか?というと、イヤです。政府に税金納めても何に使われるかわからんし、だったら身近に食費が安くなってくれた方がいいわいというエゴイスティックな住民感覚もあるのですわ。

 なお、日本料理に関しては、日本人的に率直にいえば「高い」と思うのだけど、それは本場日本での日本料理と比べるから高いと思うだけのことです。何であれ「本場」と比べたら高いに決まってますよ。僕らだって、タイやインドの「本場」の値段を知らないから相対的に安いと思ってるだけの話です。長いこと住んでいるうちにフラットに見えるようになってきて分かるのですが、この食材、この店舗立地、この質、、で考えていけば、そんなに高いわけではないし、別にレストランが暴利をむさぼってるわけでもない。むしろ鮮魚などロス率の高い食材を使い、しかも食材の急騰を考えれば善戦していると言えなくもないです。特にオージー社会に魚食が広まるのと中国人観光客の激増と関連しているのか、フィッシュマーケットでの急騰ぶりは凄いです。

 もっともイチ消費者としていえば、ジャパレスはほんと玉石混淆で、すごい良心的に頑張ってる店もある反面、そうでない店もある。先日もシティでカツ丼を食べて、あまりのまずさにテーブルをひっくり返したくなりました。もう肉は古いわ、油は古いわ、揚げ方が下手だわ、調味がなってないわ、、シティなんかでメシ食おうと思ったのがそもそもの過ちだったのだが(多少の例外はあるが=Hunter Connectionの「ながしま」の寿司弁当とか=ほとんどがダメだと僕的には思う)。まあね、本場の筈の日本だって、帰国する度に食のレベルが落ちているのにもガックリしているのですが。いずれにせよ日本料理に関しては、えらくピッキーになってしまうのですが。

 ところで、そもそも最低賃金という規制をする必要があるのか?という論点が、経済学や労働法上あります。日本における小泉構造改革路線や民主党の大きな政府路線の議論とも重なってきますが、労働者の最低時給を引き上げることが本当に労働者のためになるのか?という話です。今の日本の最低時給も、正直低いですよね。600円台だもん。だけどこれを全国一律1000円に引き上げたら良い社会になるのか?というと微妙でしょう?つまり、そんなに給料を払わねばならないんだったら雇うのを止めようという動きになり、結果的に求人数が減り、失業率が上がる。失業するくらいだったら時給が安くても働きたいという人だっているわけです。

 それに最低時給を定めたところで、サービス残業だの有給消化が事実上出来ない日本の労働環境においては、絵に描いた餅だという批判もあります。時給1000円だとしてもサービス残業も含めたら事実給500円だという話もあるわけです。また、そういった現実の労働環境をチェックする機関やシステムが整っていなければ、何をどう規制しても実効性がなく、結局のところ荒々しい経済の需給バランスで決まっていくとするなら、ブラック職場の相談窓口や強制捜査権などチェック機構を充実させる方が意味があるという指摘もあるでしょう。オーストラリアの場合、記事にもありましたけど、Fair Workという独立の政府機構が年間万単位の人を救済しているわけで、必要なのは救済システムではないかという。このあたりは論じ出すときりがないので、指摘に留めておきます。



文責:田村




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