今週の1枚(2011/01/31)



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Essay 500 : 赤信号みんなで歩けば、みんな死ぬ 

 
 写真は、CityのMartin Place(書いてあるよね)。  テーマにちなんで「赤信号を平気で渡ってる画像」を手持ち数千枚(もっとか)のスナップ写真から探しまくりました。赤信号を笑いながら平気で渡る人、停まって待っている人の図。  日常的にはもっとスゴイ場面をいくらでも見ているのですが、意外と撮ってないもんですね。凄い場面というのは、両側から10トントーレーラーがビュンビュン疾走している国道、信号すらない場所で、センターラインのところでぽつんと立って車が途切れるのを待っているおばあちゃんの図、とかです。僕も偶然やったことありますけど、吸い込まれそうで死ぬほど恐いです。オージーの道路横断術はときとして名人芸じみてます。あのタイム感と運動神経は真似できません。郊外の普通の道でも80キロとか平気で出てますので、遠くの車もあっという間に近づいてきます。高速道路を歩いて横断するようなもので、着いた当初は僕も目測を誤って轢き殺され掛けました。似たような話はよく聞くのでお気をつけを。

 ところで写真の向う正面のお姉さん、よく見るとカッコいいですね〜。ツンって感じでマンガみたいな。左端のおじさまも、のっしのっしとクマのプーさん歩きというか、サンタクロース歩きというか、いい味出してます。こっちの人は個性が豊かなので見てて飽きないです。



 再び「ひとりぼっち」シリーズです。
 シリーズってほどのシリーズでもないけど、これからの時代は○○になりそうだから、○○的に考えるとええんちゃう?というお話ですね。
 一応過去回は、ESSAY 494ESSAY 495ESSAY 497ESSAY 498です。

皆さん、そうしてらっしゃいます

 今回は、タイトルコピー一発で言いたいことは、まあ、わかりますよね。これで止めてもいいのですよね。500回記念だから、タイトルだけで終りという斬新な回にしてもいいんだけど。でも、僕はそんなにアニバーサリー感覚が強くないので、至って平常通りやります。


 「赤信号、みんなで渡れば恐くない」というのは、日本人だったらほとんど誰でも知ってるんじゃないかと思われるくらい有名なフレーズです。ビートたけしの持ちネタだと言われていますが、それよりも前にあったような気がするぞ、、と思ったら「欽ドン」でのネタだったそうです。まあ、ギャグに著作権はないですから(本当にないのか?疑問もあるが)。

 でもこのフレーズは非常に秀逸ですよね。「なるほどなあ、上手いこと言うなあ」と僕もリアルタイムで感心してました。日本人の、そして日本社会の特性ですよね。それは僕らのささいな市井のヒトコマというよりも、もう国家レベルでそうです。昔からの産業育成の護送船団方式なんてのもそうだし、企業の横並び意識なんてのもそうです。それってほとんど独禁法違反のカルテルじゃないの?ということが結構まかり通ってます。新聞の購読料なんかキッチリ計ったようにずっと同じだもんね。

 ここでちょっと余談ですが、新聞価格については、それが闇カルテルであることは言わば公然たる秘密でしょう。おまけに何のかんの屁理屈をつけて再販価格維持も頑固にやってるから、タテにもヨコにもガッチガチなのが日本の新聞マスコミです。他の業界には「規制緩和で流動性を」とかいうくせに、自分らの業界だけは規制とカルテルで利潤確保しているこの偽善。曰わく「表現の自由は民主主義の根幹に関わる→やたら商業主義や利潤主義に染まって偏向してはならない→ゆえに適正の利潤確保は必要」ということで、要するに「自分達は他の国民よりも高級なことをやっているのだから、儲けをしっかり確保してもいいのだ」ということです。もっと露骨に意訳すれば「僕らはエリートだから浅ましい利益争いなんかやっちゃいけないんだ」「お金持ちになる権利があるんだ」くらいの感じでしょうか。すごいなあ。

 まあ、でも弁護士とか医者とかもそれと似たような部分はあり、確かにゼニカネで動いてはならないという部分はある(どんな仕事もそうだけどさ)。それにエリートであるということを自他共に認めるのは、これは必ずしも悪いことではないです。貴族が堂々と貴族の看板を掲げるのは、かつて武士が武士であったように、必ずしも悪いことではない。その代わり、ノブリス・オブリージェ=高貴な身分には高貴な義務が伴う原理で、そのエリート性の実質を自ら裏切るときは、死を持って償うくらいに峻厳な罰が課せられる。かつての武士はその心意気をもって、名誉を重んじて堂々と切腹とかしてたから、平等社会になってからも僕ら庶民から「憎むべき旧体制」ではなく、一種の憧れとレスペクトを受けている。

 だから新聞が自らをエリートだと宣言するのは悪いとは思わないです。むしろ堂々とそう言えと思う。そして同時に、やむを得ない誤報はまだしも、興味本位で大衆扇動な低レベルな報道をしたら、自らを恥じて腹を切ってください。切ってくれるならエリートと認めよう。良くないのは、内心そう思っていながらそうは言わないことだし、検証システムも自浄作用も甘いこと。仲良し記者クラブ制度もやめないしさ、少なくとも会員外メディアを差別的に取り扱うのはやめてくださいな。さらに利益保障が欲しいにしても、その手法が三大紙の価格を横並びにするというのは、いかにもミミっちい。再販価格維持にしても、販売店が自腹を切って洗剤とか配ってるんだからとっくに現場では崩壊していることを認めてくださいな。それどころか暴力的な勧誘は数十年前から消費者被害の定番になっている。そんな実質をまるで報道しようともせず「エリートだもん」「経営に苦労したくないもん」「給料沢山ほしいもん」という姿勢で何とかなると思っているところが許せん。まあ、僕が許せんとか言ってもゴマメの歯ぎしりですが、ご承知のとおりネット隆盛+不景気で広告収入が激減するわ、質の劣化はみなが認めるところだわでマスコミの凋落は日に日に濃くなっています。でも、悪いけど、「ざまみろ」くらいには思うよ。テレビなんかもっと大変みたいだけど、下請けいじめて、焼き直し番組作って、それでもまだ平均年収1500万円だもんね。まだまだ「のびしろ」ならぬ「落ちしろ」はありそうです。

 もっとも、僕自身マスコミで働いておられる個々人に恨みはありません。僕の知り合いも記者やってたり、番組制作に携わっておられます。大変な仕事だし、一本芯がビシッと通った仕事人も沢山います。だからこそ言うのですが、心ある仕事人に仕事をしやすくしてあげるには、外部からの批判、それも熱風のような批判だと思います。どんな業界でもそうですが、ちゃんと仕事をしたいと思っている人の最大の敵は「やる気のない身内」「保身に走った身内」ですから。これを内部から改革するのは容易ではないです。必要なのは外圧である、と。すぐに仲良し倶楽部化しようとする日本組織は、黒船のような強烈な外圧がないと変わりにくいので。

 閑話休題。
 産業界をあまねく覆い尽くす横並び意識=赤信号意識は、産業界のみならず日本社会の隅々まで浸透しているといってもいいでしょう。かつて見てきたように、「ちゃんと働くこと」をもってあたかも人生の究極の目的とし、プライベートライフも、そして教育すらも仕事・就職のための下僕的存在として位置づけてきた日本においては、主君たる職場が赤信号路線を走れば、家臣たるその他の生活局面においてもまたそれに習うからです。いや、そーゆー性向を持つ人々だからこそ、そーゆー職場になったと見るべきか。いずれがタマゴでいずれがニワトリかはともかく、「みんな」の動向を知ることは、日本人が日本人として生きていくための必須スキルであるといってもいい。これに逆らうものはKYと蔑まれ、そしてその反逆者に対する罰は「後ろ指をさす」ことだったりします。

 もちろん戯画的に書いていますよ。そうではない「おもろい日本(人)」は、僕らが何となく考えているよりも遙かに多くの局面で散見されます。しかし「散見」なんですよね。ぽつりぽつりとある感じ。メインストリームではそうではない。やれ「前例がない」「聞いたことがない」ということは概して否定的な方向に傾く。それが革命的なイノベーションとして賞賛浴びたり、「先陣を切る快感」を味わおうとすることはマレである。葬式のお布施や戒名料、さらには突然のカンパその他などでは、自分の信念と価値観に忠実に決めるのではなく、「みんなどのくらい包んでるの?」と聞きたがる。「当日は平服でお越し下さい」とパーティーの招待状が届いたら、「ねえ、何を着てく?」と連絡を取りあって確認&安心する。本来100%ワガママに使ってもよい筈のお金ですら、売れセンとかベストセラーとか人気とか流行とか、要するに「皆の動向」を知りたがる。

 春風亭柳昇師匠の枕振りにこんな小咄がありました。タイタニックが沈没するとき、船長はまず女性と子供を先に避難させるために、我も我もと詰めかける客達を説得をしなければならない。そのとき国別に説得用の「殺し文句」があるという。アメリカ人に対しては「ここでキミはヒーローになれるぞ」と、イタリア人には「女の子の前でいいカッコできるぞ」、ユダヤ人には「保険金がたっぷり入るぞ」だったかな、で、日本人に対しては「規則ですから」というかと思いきや、それはドイツ人に対しての殺し文句。じゃあ日本人にはどう言うかというと、「皆さんそうしてらっしゃいます」と言うという。

 この小咄を聞いたのは20年以上前だったと思いますが、未だに面白くて覚えていますが、良くできてますよね。ということで、それがどんなことであろうが、皆がそうするなら、それにしたがっておいて間違いがない、少なくともリスクは最小に出来るという処世智が、僕らの間には脈々と流れています。

実質的有用性〜日本史的検証

 このように周囲ばかりを気にして、自分の意見というものが希薄な風潮は、「個」としての自我が確立していない証座であるとか言われますし、当ってもいます。しかし、同時に見逃してはならない面は、現実的にもそれが最も有効だった、という点です。非常にプラクティカルな方法論だった。

 戦後の高度成長の時期においては、日本人が一丸となって成長している時期でしたから、格別奇をてらう必要もなく、みなと同じようにやっていれば、比較的簡単に豊かな人生を獲得できました。年功序列の終身雇用なんだから、個性をバキバキ発揮して、組織からはみ出してスピンアウトするよりは、影が薄かろうが、「その他大勢」であろうが、「通行人A」であろうが、皆と同じようにじっとやってりゃ定年まで会社に居られたし、数千万の退職金も、再就職の斡旋もそれなりに享受できました。まあ、こんな具合に描写して良いほど現実に楽なものだったとは思いませんし、その間に何度も煮え湯を飲まされ、耐えがたきを耐える必要はあったでしょうが、それでも基本路線はハッキリしていた。皆と同じようにやってれば、最も高い確率で、最も多くの生涯年収を得られ、もっとも不幸リスクが少ないと。

 戦前はどうだったかというと、これは軍国主義とファシズムで激しく統一されていました。思想信条はおろか、髪型や服装、喋り言葉や立居振舞いまで完璧に統一されていました。多分今の北朝鮮よりも、ヒトラーナチスよりも、はるかに優秀なファシズム国家だっただろうと思われます。そこでは人と違う意見をいうと、後ろ指とかKYどころではなく、本気で殺されました。特高警察に拘引され、ペンチで生爪を剥がされ、逆さに吊られて太股に五寸釘を打ち込まれた。いったいどういう人間精神がこういう残虐な行為を可能にするのか、怖気が立ちますが、そういう「職務に忠実」な人間はいつの世にも一定数居るのでしょう。同じように占領地での蛮行や、オーストラリアでのカウラ捕虜収容所での集団脱走&全滅事件にせよ、「みんながやるから」で心ならずも実行を強制された日本人は数え切れないでしょう。つまりは、今よりも激しく同じ色に染め上げられていた。

 トントンと時代を遡って、卑弥呼よりもさらに昔に遡って、稲作が伝来した弥生時代はどうだったかというと、これも似たり寄ったりだったと思います。今でこそ稲は北海道や東北のような寒冷地で作れるように品種改良が進んでいますが(僕らは明治期以降の農学者さん達にもっと感謝しても良いのではないでしょうか)、稲というのは本来南方系の植物だそうです。タイやベトナムが原産であり、その本質においてはマンゴーやバナナみたいなものです。品種改良も出来ていない原種に近い稲を、日本のようなエリアで作るのは多大な困難を伴ったでしょう。天候一つ、台風一つで枯死し、それにともなって集落全員餓死ということも沢山あったと思われます。そのため強力なチームプレイが要求され、タイミングを見計らって、一糸乱れずマスゲームのように田植えとか、稲刈りをする必要があった。これもまた、「皆と同じように」やることが求められたと言うことです。

 逆に、日本人が最も日本人らしくなかったのは、おそらくは戦国時代であったでしょう。下克上に次ぐ下克上であり、身分制度などあってなきが如しで、百姓であろうが武勲を上げれば取り立てられて出世できた。それに先立つ南北朝から足利室町も、中央政権が弱かったので自然と群雄割拠状態になり、婆娑羅(バサラ)大名などパンキッシュな風体を好んだ武将もいた。個性のびのび炸裂時代です。だもんだから何代か続くと中央幕府の抑えが効かなくなり、応仁の乱の大喧嘩が始まり、全国バトルロイヤルに発展して戦国時代になります。新旧価値観が激しく入り混じったこの時代を、とびきりの最新型であった織田信長がほぼ統一しかけ、秀吉になり、関ヶ原で徳川が勝つまでの間、日本は個性豊かな時代になっていたと思われます。特に戦乱が終わりかける頃は、宮本武蔵のような武者修行者が沢山現れ、ことさらに珍奇な格好や天下無双を喧伝し、出世しようとしていった。「傾き(かぶき)」といわれ、個性とキャラを立たせる、それも強烈に立たせようという時代です。まあ、全部が全部そうだというわけではなく、ごく一部なんだろうけど、自由な空気はあったと思いますね。それを家康以降、地味に地味に牙を抜いていったという感じでしょう。やれ鎖国して外国の新思想は検閲し、キリシタンは弾圧し、新奇のモノはとりあえずダメ、華美な服装もダメ、人の移動や往来も厳しくチェック、、という感じ。そんなこんなで幕末においては、幕臣や家老も「さよう」「しからば」「ごもっとも」だけ言っておれば大過なく過ごせたといわれています。どっかの大臣みたいですが、あれは日本の伝統ですね。

 次に日本人が燃えたのが明治以降、日露戦争までの40年でしょうか。あのころは政権を握った薩長が必死に旗振って「日本人」という新しい概念を皆に植え付けようと努力していたくらい、「日本人」としての統一感がなかったです。それだけに「みんな一緒」と言われるのが滅茶苦茶新鮮だったと思われますねえ。なんせ、津軽藩士と薩摩藩士では言葉すら通じず、通訳がいたと言われているくらいですから。せーので時代がひっくりかえり、文字通りゼロからリセットがなされました。百姓の子でも勉強が出来たり、士官学校に入れば腹一杯食えた。当時の「腹一杯」というのは、現代における「年収1000万以上保証」くらいの魅力があったのでしょうか。澎湃(ほうはい)として全国から秀才や豪傑が現れてきます。今までどこに居たんだ?ってくらい。ともあれ「みんなと一緒」に成長したとはいえ、その「みんな」自体が右往左往し、てんでバラバラに進んでいたから、逆に個性が立ったのでしょう。やっぱり個性的な人が多いです。おそらくは敗戦戦後の10-20年も似たような感じだったと思います。ゼロリセットの興奮と快感があったと思う。

 以上を簡単に総括して言うなら、
 @、日本人はカメレオンのように周囲に同調するのが上手である
 A、しかしそれは平時の話で、しかもそうした方が合理的で得な場合にそうなるのであって
 B、世が乱れて面白くなると、人が変わったように個性的になりうる

 ということでしょうか。
 (※本当のこといえば、個人の資質は個々人のDNAの問題で、人種民族の問題ではなく、「日本人は」という問題の立て方はおかしいんですけどね。でも、個人の「あり様」というのはカルチャーによって後天的バイアスがかかりますので、それもひっくるめてという意味です。)

 以下、この赤信号的な日本人観をひっくり返していきますが、日本人というのは何となく思ってるほど付和雷同的ではないと思います。個性豊かにやろうと思ったら幾らでも出来るだけのポテンシャルを持っている。この「赤信号〜」なんたらも、最初はギャグから始まっているのだから、本来はギャグや風刺レベルのことです。内容的にも「無理が通れば道理がひっこむ」というのとほとんど変わらない。だから最初の頃は、ケラケラ罪もなく笑っていたのですが、ここ20年ほどの閉塞ムードで段々と笑えなくなり、本来ギャグの筈なのに、徐々に暗黙の教条的なルールと化していってるような気がします。その精神の硬直化こそをぶっ壊したいんですよね。


赤信号、みんなで渡ればみんな死ぬ

 さて、本題に戻ります。
 赤信号を渡れば無事では済みません。一人であろうが、多人数であろうがそうです。だって赤信号なんだもん。

 それが「恐くない」のは二つの理由があるのでしょう。
 @、大勢で一斉に渡れば信号に関係なく通過車両は待ってくれるので、客観的なリスクそのものが減るから
 A、皆と一緒だと「恐い気がしない」という恐怖感麻痺効果

 Aは、要するに主観レベルでしかなく、客観的リスクとは関係がない。かなり致命的な結果がおきそうなんだけど、皆と一緒だから恐い気がしないだけで、恐くないことと死傷することは両立します。言わば「死ぬのも恐くない」という麻酔薬みたいなものですね。

 現実世界を生き抜いていくサバイバル術として考えれば、この赤信号説は間違っているでしょう。@の車が停まってくれるからという点は、必ずそうなるという保証はどこにもない。お構いなしに突っ込んでくる車だってあるかもしれない。また、いくら何十人が集まろうとも、直前に飛び出せば車の方も停まりたくても停まれない。さらに、仮に停まってくれたとしても、それは要するに信号無視という「横車」「ゴネ得」を認めることになり、公正で健全な社会を害することになる。「みんなやってるから」を免罪符に公共ルールを踏みにじり、結果として荒廃した社会になる。A「恐い気がしない」というのは客観的なリスク査定を放棄している点で論外。

 では、なんでこんなスカタン説が長いこと暗黙に支持されていたかといえば、先ほど書いたように、戦後の高度成長時期には、皆と同じように横並びにやるのが最も成功確率が高かったから、少なくとも高いように感じられたからでしょう。また、より正確に言えば、「赤信号を皆で渡る」のではなく、「皆が渡っている信号は青であると思っている」のでしょう。渡っている人々にそれが赤であるという認識は少なかっただろうし、そもそも信号なんか見てないんじゃないのか。自分の目で信号を見たり、車両の状況を確認したりということをせず、皆が渡るのかどうかだけを見ているということでもあります。つまりは思考停止。自分の頭でモノを考えない。

 しかし、そんなお気楽な環境は既に終りつつあります。基本テーマに立ち返り、現在の「ひとりぼっち化」つまり、個人化や単身化が何故起っているかといえば、経済のグローバル化であり、これは世界的・時代的な潮流です。これがいわゆる「車両」に相当するのであって、日本人だけゾロゾロと赤信号を渡っていても、世界も時代も停まってはくれない。くれるわけがない。冷然と轢き殺されていくだけです。いわば海に身投げするようなもので、海が「おっと危ない」なんて避けてくれるわけがない。季節が夏から冬に変わったら、Tシャツ一枚でいたら寒い。たとえTシャツ仲間が何万人いても寒いものは寒い。だから周囲にいる同胞日本人の動向を見ていても、本来のリスク管理と戦略立案においては大した役には立たないと思っていた方がいいと思います。

 しかしながら、第二の機能=恐怖感麻痺という麻酔機能だけは依然として健在です。いくら頭や肌で危機感を感じていても、周囲を見回して皆が日常通りやってたら、「思い過ごしか」「気の廻し過ぎか」と思ってしまう。どんなに日本経済がヤバそうだなと思っても、デパートにいけば明るい照明、豊かな商品群を皆が景気よく買っていたりするのを見ると、なんか大丈夫のような気がするという。でもさ、目に見えてヤバくなってたら、もう手遅れっしょ。

 結局、赤信号メソッドが成立しうるのは、「集団的成功」というものが約束されうる極めて限られた条件下での話だと思います。いつでもどこでも通用するワザではない。通用する場合がレアなのであり、特に知らなくてもいい裏技レベル、、というのが実際のところでしょう。ただし、今の日本では上の世代ほど、その「限られた条件」を享受してきたので、そのあたりの発想の切り替えが難しいのでしょうね。「せめて人並み、世間並みに」という基準をどうしても捨てきれない。

 若い世代の方がそのあたりはクールでシビアでしょう。就職難だわ、大量失業時代だわ、ワープアだわで、まさに彼らこそ「赤信号をみんなで渡っている」わけですが、じゃあ恐くないかといえば、メチャクチャ恐いでしょう。恐いからひきこもったりするのでしょう。やっぱ赤信号を渡るは誰でも恐いですよ。皆と一緒でも恐い。戦場での突撃命令のように、仲間が次々に車に轢き殺されている中、無我夢中で走って対岸にたどり着かねばならない。これが「赤信号をみなで渡る」という実質だと思います。では、上の世代はどうだったかといえば、あれって経済的にいえば、最初から青信号をゾロゾロ渡ってただけって気もしますね。たまーに赤になる程度の、ほとんど歩行者天国みたいな。

 でも、今の若い世代が直近100年のなかで一番可哀想な世代か?といえば、別にそんなこたあないでしょう。一番恵まれているといってもいい。マジに戦争でボコボコ死んでた時代、終戦直後のそのへんの道に死体が普通に転がってた時代、とにかく食うので精一杯だった時代、学生運動で大学入試すら行われなかった時代、東西冷戦で真剣に戦争が起りそうだった時代、日本全土が公害で汚染されていた時代、狂乱インフレで走り続けてなければ自動的に預金や資産が激しく目減りしていった時代、過労死でバタバタ倒れていたバブル時期、億単位の負債をかかえこむ個人が急増したバブル破裂直後、、、大変じゃなかった時代なんかどこにもないです。

 でも、それらを乗り越えてきたから、それも皆で乗り越えてきたという感覚があるから、ある種の楽観論が出てきたのでしょう。また「昔は良かった」的なノスタルジーもあるのでしょう。それに出発点が敗戦ですからね、メシが食えるだけで幸福だったし、その感覚でタフでワイルドだったから、信号が赤だろうが青だろうが関係ないわくらいの感じもあったでしょう。仲間が次々に轢き殺されても、本物の戦争に比べたら「それがどうした」くらいに思ってたのかもしれない。いわば不幸度マイナス100くらいから出発しているから、マイナス50になっただけでもうれしい。しかし不幸度ゼロから出発したら、不幸度マイナス20程度でも泣きたくなります。

 しかし、まあ、こうして考えてみると、赤信号理論がドンピシャと適用されている場合なんかどれだけあるのでしょう?

 高度成長時期だって、リアルタイムには「皆」も「信号」もヘチマもなく無我夢中にやってたと思うのですね。バブルの最中には誰も「バブル」という言葉を知らなかったのと同様、高度成長の時代には誰も「高度成長」だと思ってなかった。天皇の諡(おくり名)のようなもので、あれって終ってからレッテルが貼られるのでしょう。

 それはともかく、ガムシャラに働きまくって、一段落して、過去を振り返る。そして自分らの子供のために、一定の教訓なり法則性なりを引き出そうとしたときに、冠婚葬祭や社交儀礼と同じく、経済や生計においても「皆と一緒にやってれば間違いがないんだなあ」という認識になったのではあるまいか?自分達はそう思ってやってたわけではないけど、過ぎてみればそんな感じがする。結果論としてはそうだ。だから次もこの法則が適用されるのだろう、、ということで、「国民のメソッド」化したのではないかしらん?ああ、でも、その頃は時代は徐々に変わりつつあり、「周回遅れの理論」がだんだんと通用しなくなるのはいわば当然のことでもあります。だから結局、この理論で成功した人がどれだけいるのかしらね?と。

 本当に、未だかつてこの日本で赤信号を皆で渡って無事だったことなんかあったのだろうか。
 バブルの頃は「みんな」そろって財テクに走りました。企業も個人も不動産やNTT株、ゴルフ会員権、およそ投資の対象になるものは何でも買い漁って、そしてみんな傷ついたでしょ?みんなで渡って、みんな死んどる。バブル時代でも、うまいこと売り抜けて傷つかなかったり、最初から動かずに傷つかなかった人もいるけど、それは「みんな」ではないのですよ。みんなと違うことをやったからこそ成功した。

 こと就職に関して言えば、リアルタイムの就職人気くらいアテにならないものはないです。有名な話ですが、1960年代の東大卒の民間企業の就職人気は炭鉱会社であり、トヨタやソニーに行くなんて言ったら狂ったように反対されたでしょう。ましてや広告代理店やテレビ局なんか、そんな仕事があること自体、世間の人は知らなかったでしょう。ほかにもこんな例は幾らでもあります。国鉄に入るのが青少年の夢であり、難関を勝ち抜いたエリートに待っていたのは、JRになり分割民営化され、中高年になってからオレンジカードの販売をすることだったり。その前は軍隊ですよね。出来のいいのは士官学校に入りエリート仕官として出世するという。バブルの頃は不動産業界やリゾート産業花盛りでしたねえ。JALなんかも今やリストラやバッシング大変ですよね。その昔「ニッペリ」と馬鹿にされていたANA(旧社名は日本ヘリコプター。ゆえに航空便のコードが”NH”になってる)の方が今はいいですし。

 これも有名な企業の寿命30年説がありますが、今頂点にある会社に入ると、あとは長い下り坂が待っているという。「みんな」と一緒に動くと、ほぼ失敗するという良い例でしょう。30年前に「ネット」とかいっても、漁網くらいしか思いつかなかったと思うぞ。そうそう、「進め一億火の玉だ!」で文字通り「みんな」で渡ったさきの戦争では大玉砕してしまいましたし。

 ということで、信号はともかく「みんな」と一緒にいるというのは、結構な確率でヤバいと思います。これは僕の正直な処世訓でもあり、自分の行動パターンや思考パターンが皆と同じになってたら、「まずい!」と思うようにしてます。高校の頃からそうでした。これはその昔株屋でもあり、自営メインに転職・転業数十回の僕の親父の影響もあります。曰わく、「3年続けて同じ仕事をしている奴は時代の読めないバカだ」と言われて育ってきましたし。だから今この仕事ももう辞めたくて辞めたくて(^^*)。その後のアテもないんだけど10年以上やってるし、ヤバいなあって思ってます。祖父がまた凄くて、小学校(!)卒業してすぐに一人ぼっちで満州に渡り、やがて馬賊の大親分になってますので、世代が進むにつれ小粒になってます。ああ、あの世で会わす顔がない。DNA的に肉食系狩猟民族なのかもしれませんが、そんな日本人、ちょっと前まで掃いて捨てるほどいましたけどね。皆海外とか行っちゃってるのかな。他人のこと言えないけど。


信号なんかない

 いや、別に結論めいたものはないけど、僕なりに事実に即して整理すれば、

 ★「信号」なんて最初からない

 ★「みんな」なんて居ない

 ってことだと思います。
 道路交通法上の本物の「信号」を除けば、信号なんてないですよ。あったりまえじゃん。あるような気がしているだけ。
 大事なのはどこに行きたいか?であり、そこに行くための道中にどのようなリスクが予想されるかでしょう。だから社会全体のメカニズムと時代の流れを自分なりに読んでいくしかないです。道路を横断するなら、走ってくる車の距離と速さを目測するのは基本だけど、ラッシュアワーには混むとか、夜になると暴走族が走り抜けるのでかえって危ないとか、冷静な観察と洞察でしょう。川を渡るなら、干満の時間帯と流れの傾向、川面の色や音で浅瀬を見分ける技術、近隣住人に教えを請う腰の低さ、、などなど。

 つまりは、しっかり学んで、ちゃんと考えろという、「ド」がつくくらいの正攻法、王道です。ノートリック、ノーギミック。僕の乏しい世間智でいえば、「近道」と思われるものは99%の確率でどっかで行き止まりになってるから探すだけ時間の無駄だし、妙な期待は心を弱くするから有害。

 「みんな」に関しては、これも簡単で、「みんな」という名前の人間集団はこの世に存在しないからです。「みんなの党」くらいかな。でも、あれ、全然「みんな」じゃないし(本当に「みんな」だったら一党独裁政権を樹立している)。だから「みんな」なんて無いよと。存在しないものは存在しないものとして扱った方が成功率が高まる。ただそれだけの話です。

 これも言い出すと長くなるのですが、自分が「みんな」の一員になってるときって、そんな実感はゼロに近い。例えば、世を拗ねているAさんが「世間の『みんな』は冷たい」と不満に思っているとします。Aさん以外の人々、つまり僕もあなたも、Aさんからみたら「みんな」なんですけど、僕はそんな集団に加入した覚えはないし、あなただってないでしょう。いわば「A以外の人類全て」という無内容な定義でしかないし、人類社会の中でAだけが傑出してスペシャルな存在であるわけもない。だからこれは幻想でしかない。「みんな」というのは、自分が「みんな」に所属せず疎外感を抱くときだけに強烈に感じられるが、自分がその中に入ってしまったときには何の実感もない。雲やカスミのようなもので、遠くから見ると何となくあるように見えるのだけど、近くに寄ると空を切るように虚しい存在でしかない。要するに「裏返しの自我」であり、外界に投射された自分の影でしかない。「『世間』はあなたの頭の中にしか存在しない」と言いますが、そゆことですね。


 ということで、信号もなければ、みんなもいない。自分で見て、自分で考えて、リスクは全部自分持ちということで、好きなように渡ればいいじゃんと。

 別に奇異な発想ではないでしょう?至極あたりまえのことを当たり前に言ってるだけだと思います。
 でも、まあ、それが難しいんですけどね。当たり前だからって簡単に出来るもんじゃないです。かなりシンドイし、難しい。しかしですね、「難しいけど成功につながる道」と「簡単だけど失敗する道」とで、どっちがいい?って言われたら、僕は前者を取りますが、これって奇異な発想でしょうか。



文責:田村




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