今週の1枚(2010/10/18)




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Essay 485 : 半分冗談・半分本気の「40歳定年制」の提言 

 写真は、Rozelleの教会。「食べろ、愛せ、そして祈れ」かあ。いいな。

 オーストラリアでは今、Mary MacKillopの列聖式で盛り上がっています。
 僕も詳しくは分からないのですが、信仰に篤く、人格高潔、他の模範になるような優れた信者を「聖人」と尊称するそうです。仏教、イスラム、ユダヤ、ヒンドゥー、儒教、そしてキリスト教の各宗教で、この「聖人」という概念が取り入れられています。もちろん、宗教・宗派によりその内容は異なり、キリスト教内部でもプロテスタントでは聖人を認めない教派が多かったりします。
 「聖者」は、英語ではセイント(Saint)といい、各言語によって、「サンタ」「セント」「サン」「サンクト」など変化し、聞き慣れた人名・地名になっているのはご承知のとおり。サンタクロース、サン・フランシスコ、サン・パウロ、セント・ルイス、サンクト・ペテルブルグ、サン・ホセ、、、山ほどあります。
 バチカンのローマ法王を頂点とするカトリックの場合、尊者→福者→聖人と段階があるようで、その人の死後かなり経過してから、バチカンにおいて厳密な審査の末、聖人が認定されます。今年、バチカンは6名の聖者を認め、歴代聖者に列する列聖式が昨日(10月17日)に行われました。そのなかに、オーストラリア人としては初めてマリー・マキロップが認定され、オーストラリアではお祭り騒ぎになってます。聖人というのはドエライことで、その凄さはノーベル賞や金メダルの比ではないようで、多数のオージーがバチカンを訪れてます(その様子は、新聞社のギャラリーをみるとよくわかります)。


 前々回に40歳云々を書いたからというわけではありませんが、今の日本で「40歳定年制」を強制的に導入したらどうか?という暴論を考えてしまいました。半分冗談で、半分マジです。まあ、基本的に与太話ですので、お気楽に読んでください。

三等重役と韓国のIMF体制

 これは、僕の独創的な発想ではなく、元ネタは戦後GHQの財閥解体や公職・レッドパージです。終戦後、神同然に君臨した連合軍GHQは、農地解放などドラスティックな改革を行ったのですが、そのなかに財閥解体とパージがあります。軍国化を招いた日本の旧指導層や財閥をパージ(放逐)すると。これによって日本の財閥系名門企業は分社化され、財界の重役クラス3600人がクビになってます。この巨大な穴を埋めるために主として30代から40代のミドルクラスが重役になり、「三等重役」という言葉が流行ったそうです(源氏鶏太氏の同名の小説はベストセラーになりました)。同じように日本の官僚機構も解体され、特に絶大な権力をもっていた内務省は消滅させられています。これによって、それまで「若造」呼ばわりされていた世代が国の中枢を担うことになります。猛烈な新陳代謝が起きたわけですね。彼らの若いエネルギーが日本を再生させていきます。それと同じ事をやればいいんじゃないの?ということが一つ。

 もう一つは、韓国の1977年の経済危機です。IMF管理下に置かれたとき、似たようなことをしたという話をどっかで読んだような記憶があったのですが、いざもう一回確認しようとすると中々見つからない。見つからない代わりに当時の状況をいろいろ知ることになって、別の意味で考えさせられてしまいました。これも復習(僕にとっては新学習)として書いておくと、アジア通貨危機で韓国経済がコケそうになったときに、IMF(国際通貨基金)という国連下の機関が資金援助とともに立て直しをします。企業が倒産しそうになったときに、銀行が追加融資をする代わりに役員を送り込み、経営の実権を握って強力なリストラをやりますが、あれの国際版です。経済版進駐軍みたいなもので、一応合意のタテマエでやりますが、国家の主権を半分奪われてしまうようなものです。

 IMFと韓国政府の剛腕によって韓国経済は立て直され、赤字だった経常収支が翌年から連続黒字、外貨保有高が十数倍になり、Bに転落していた国家信用度もA+に11段階上昇してます。これだけ見てたら強烈なV字回復です。要するに小泉改革などで日本がやろうとして遅々として進んでいないのを一気にやってしまったようなものですが、それだけに副作用も激しい。まず猛烈な首切りが行われ、2%台だった失業率も1年ちょいで8%台まで上がります。非正規雇用の割合も全体の3分の1まで上昇、また激しい格差社会になります。小泉改革によって生じた問題が、あの数倍の激しさ&短期で爆発したようなものです。これは今日に至るまでそうなっており、97年以降、韓国はもうそーゆー国になってしまったと見た方がいいでしょう。カチッとまとまった資料・論文としては、「韓国における労働市場の柔軟化と 非正規労働者の規模の拡大」横田伸子 著「韓国における若者の就業をめぐる現状について(金侖貞)」あたりの論考が分かりやすかったです。

 そして、実際にはどんな感じ?というカジュアルな実態は、日系BPに連載されている趙章恩さんのコラム「またリストラ?韓国IMF危機世代の呪いはいつ解ける」あたりが分かりやすいです。97年IMF管理以降に就活をする若者達は、企業の採用水準がありえないくらい高くなり、「TOEICなんて950点ぐらい取らないと応募も出せない。さらに日本語と中国語の検定試験を受け、海外で語学研修経験を積み、ボランティア活動経験や公募選などの入賞経験も履歴書に書いていないと書類で落とされ」「地方公務員試験なんて1000倍を超える競争」「企業の就職だって500倍とか700倍とか平気で超え」「履歴書に貼る写真もできるだけ写りをきれいにしたいとフォトショップで修正したり、目つきが悪くて就職できないみたいと男性の二重手術が流行ったり」。その上、現在に至るも「韓国の最低賃金は時給4000ウォン(約280円)。これではコンビニやレストランのアルバイトでは生計は立てられない」という。この状況が逆に作用して、「就職をあきらめてITベンチャーを立ち上げ成功した人」「海外に目を向けて、ロシア、アフリカ、南米などの新興市場でビジネスを立ち上げ、そこそこ成功した若者も増えてきた」。

 「本当かよ?」というくらいの状況ですが、仮に多少の誇張があったとしても(ないだろうけど)、確かに頷ける面もあります。上記の金論文で指摘されていた事実=2004年までの10年間で韓国のニート数は2倍以上に増え、うち非求職ニート(職探しすら諦めた層)は3倍増になっていること、もともと求人数が激減した上、企業が新卒者よりもキャリア即戦力優先にシフトしたことなど=とも付合します。もっとざっくばらんな生理感覚でいえば、僕がこちらで知り合った多くの韓国人達と話しててわかったのですが、韓国というのは「日本以上に日本だな」と。受験競争は日本の比じゃなく激しいし、最近ではネットでの中傷で有名人の自殺が相次いだり、良きにつけ悪しきにつけ、日本でなにかの現象が10起きていると、あっちでは20くらいに起きているという。もともとそういう同質的伝導性の高い土壌に加えて、IMF管理という強力な圧力釜みたいな状況では、日本で生じている問題がはるかに劇的な症状になっても不思議ではないです。

先進国ってそーゆーもの

 韓国のIMF管理下の話はこのくらいにして、ここで分かることがあります。現在地球で流行っているグローバル資本主義というゲームの中で没落しないでやっていこう、国際競争力をつけて強くなろうとしたら、結局若者にしわ寄せがいく、ということです。日本も韓国も大変ですが、しかし西欧諸国に比べたらまだしも可愛いものです。ギリシャと並んで懸念されているスペインの失業率は今年の3月時点で20%ですが、25歳以下の失業率は43%にも達します。PIIGSだけではなく、アメリカでも18%、フランス、イタリアは25%だといいます。それにひきかえ、日本はせいぜい10%程度です。天国ですよね。

 なぜか?思いっきりシンプルに言ってしまえば、「先進国ってそーゆーもの」だからってことでしょうか。先進国は常に発展途上国から追い上げられています。同じレベルの仕事をしていたら、賃金が安い途上国の方が絶対有利だから負けてしまう。従って、途上国には真似の出来ない高度な仕事を創造し、売っていかねばなりません。つまり「誰にでも出来るような仕事」をしてたら負けてしまう。世界最先端のテクノロジーであるとか、イノベーションであるとか、ユニークな伝統工芸であるとか、世界展開ビジネスを統括できる中枢マネージメントであるとか。これは無間地獄のようなもので、10年前まで独走していても、あっという間に追いつかれてしまうから、必死に先頭を切り続けなければならない。そうなると、国内でメインに必要とされるのは抜群に優秀なエリートか特殊技能の持主だけってことになりがち。なぜなら誰にでも出来るような仕事だったら海外に外注に出すし、そうしないと価格競争で負ける。一方、若年者というのはキャリアもスキルもないから、誰にでも出来る仕事しか出来ない。これまではゆっくり育ててきたけど、そんなヒマもなくなってきて、ほんの一握りのエリートだけが未来の幹部として教育を受ける。その他国内で必要な労働需要は、買い手市場ということもあり、コストを抑えるために出来る限り非正規雇用にする。

 何かほとんど生きてて楽しくないような社会ですが、しかしそうすると国が強くなるのもまた事実です。それは韓国の例をみても分かります。これをイヤがって、可哀想だとか言ってると、国全体が没落して、日本にもIMFの恐いおじちゃん達が、GHQのように、ナマハゲのようにやってきて、結局同じ事をもっと血の涙もなくやられてしまう。まあ、本当にそうなるかどうかは分かりませんけど、日本経済が伸びていないことは事実です。ジリジリと後退を続けている。坂道に駐車した車が、サイドブレーキが甘いので数センチづつ下がり続けているような感じ。非常に緩慢なペースだから、周囲を見ても何も変わってないような気がするけど、でも下がってる。

 僕もこれまでは、下がるにしても永遠にこんな感じでズルズル下がるのかなと思ってましたが、最近、この下り坂の先には、どっかに崖があるような気がしてきました。それまでは坂ゆるゆるだけど、ある地点を過ぎるとストンといきなり崖から落ちるんじゃないかって。貯金を食いつぶしている限り昨日と同じような生活が出来ますが、やがてそれも尽きる。借金生活に切り替えてさしあたっての破局を避けたとしても、永遠に借金できるわけではないから、やはりどっかで破綻する。夜逃げや破産という天地がひっくり返るようなことが起きる。つまりは「崖」です。そうなると決まったもんでも無いし、具体的に何がそうなのかは分かりませんが、事柄の一般原理からいって「永遠になだらか」なんてことはないんじゃないかと。「質の変化は、初期においては単なる量の変化となって出現する」という量→質転換の法則というやつです。

 何やら不安を煽ってるみたいでイヤなんですけど、見方を変えたら別にそうダメダメな感じでもないとは思います。正規・非正規といいつつ、これだって相対概念なんだから、そのうちいわゆる正社員の方が数からいってマイノリティになり、「非正規」と呼ばれるかもしれず、だとしたら今の非正規の方がスタンダードになり、非正規生活をいかに安定&充実させるかという方向性だってあるわけです。あなたは中高生のときいわゆる「ガリ勉」でしたか?ごく少数の勉強の好きな(燃えている)人と、大多数の嫌いな人がいて、嫌いな人の方がむしろ青春を謳歌してたりするじゃないですか。つまり少数の「仕事が好きな人」と多数の「あんまり好きじゃない人」に分かれ、好きではない人の方が多様な価値観(部活とか)のもとに充実した時間を過す、、って考え方だったあるわけです。オーストラリアがまさにそうだけど。

 さて、そうだとしても、ズルズル下がっているだけなのはイヤだし、IMFみたいな外力によって国の中に手を突っ込まれてグチャグチャにされるのはもっとイヤな気がします。しかし、改革といっても全体の流れがそうなっちゃってる以上、相当大規模なことをやってもまだまだ足りない。なんか革命的なことをやらんと流れが変わらないんじゃないかと。そこで、ふと冗談みたいに思いついたのが40歳定年制度です。

40歳定年制度の骨子

 どういう立法作業をすればそうなるのか分かりませんが、原理はシンプルで、

 全ての国民は40歳になったら定年退職する

 ということです。
 「全て」といっても多くの例外を設ける必要はあるでしょう。とりあえずは天皇は除外。僕は天皇制の信奉者ではありませんが、タイを見てると「あってもいいかも」という気にもなりました。あそこはクーデータが多く、まるで年中行事のように、まるで岸和田のだんじりのように戦車がゴゴゴとやってますが、それでも国全体がまとまってるのは、国民に熱烈に敬愛されている国王がいるからだとされています。首相がどうこうというのも、しょせんは「下々の権力闘争」であるから、戦車が出ようが、空港が封鎖されようが、致命的に世の中が乱れない。この定年制はかなりの荒療治なので、天皇だけはしっかり健在してくれた方がいいかと。あの誠実オーラを放っている温顔で、「大変なご苦労をされていると思います。心から敬意を表します」とか言ってくれたら休まるかと。もっとも天皇も大変なので70歳くらいで定年制を導入したほうがいいとは思いますが。人生の最後に少しばかりは自由を認めてさしあげたいですし。

 その他の例外は、規模は適当だけど「年商1億以下の企業」は除外。中小企業や自営業者は無理やり定年にすると事業そのものが消滅するし、役者さんなど個人芸能者も例外。とりあえず水戸黄門系のドラマが作れなくなっちゃうし。

 それ以外は一切40歳でリタイア。公務員だろうが、大企業だろうが、そして国会議員であろうが、40歳でリタイア。とりあえず一旦退場していただく。

 この暴論の趣旨は、40歳以下の若い連中に、日本をまるごと全部任せるということです。「やらせてやろうぜ」と。

 その昔、ある集団の旗振り役をやってて、いつも組織の活性化、後進の育成みたいなことを考えていた時期がありました。どうしたら一番いいのだろう、、と、考えた結果、リーダー層が後進に対してなしうる最大の貢献は「存在しないこと」だと思うに至り、ある日突然辞めました。もう「ぶっ潰しても構わん」という全面委譲です。教えたり、アドバイスしたりというやり方だけでは、絶対に師匠を越えられない。師匠の存在がその枠を作ってしまう。気兼ねも、甘えも出てきてしまう。だから100%自由にやらせてあげる。もちろんヘタクソだし、失敗もたくさんするだろうけど、そういう経験をしなければ大事なことは分からないですから。言葉で伝えても限界あります。

 40歳以下の若造集団に日本が切り回せるか、そんなこと出来るのか?というと、それこそ「潰しても構わん」くらいの気合でやる。「頼むぞ」と。それが出来ない国に未来はないし、それが出来ないような日本だったら潰れちまえばいいくらいに思ってます。明治維新だって、40歳以下、どうかすると20代の連中が成し遂げたんだし、出来ないわけはない。それに、アメリカのクリントンもオバマも40代で大統領をやっている。あのアメリカを40代で統治できるなら、遙かに規模が小さくてまとまりも良い、統治の容易な極東の島国ごとき30代でいけなきゃ嘘です。世界的にみればせいぜいが支店長クラスの仕事でしょ。アメリカ人に出来て日本人に出来ないわけはない。てか、若いからこそ出来ると思う。

 どうも日本を見てて思うのは、流れが悪いと。一つ決めて一つ実行するまでのスピードが遅い。また手ぬるい。また片足切断くらいしなきゃいけない状況なのに、深爪をしたくらいでピーピー言うようなメンタルの弱さがある。どこに問題があるかというと、組織や社会の伝導率みたいなものが悪い。平たく言えば、シロアリみたいに要らない人が多すぎる。官僚支配の何が悪いかというと、本来の責務よりも個々人の保身を優先させるカルチャーが蔓延しているからだと思う。ちゃんと仕事をしてたら官僚が支配してても別にいいです。明治政府だってそうだったんだから。要は仕事をしない。なんでしないかと言えば、保身的・保守的になっているから。保身的になってるから、メディアだって鉄板に売れそうなものしかやらない。TVでも同じアイデアの焼き直しばかりだし、登場人物もマンネリ化する。つまりは冒険をしない。

 これを「労害」といっては正確ではないと思います。トップの高齢層には、もっとも過激な精神と実行力を持つ人が結構いるとは思いますし、修羅場を越えてきた人達の凄味もあるでしょう。それは認めるのだけど、そうでない人も多い。シロアリです。シロアリ駆除は難しいです。企業でもリストラをやろうとしたら、残っていて欲しい優秀な人材ほど外に出るし、また気骨のある人ほど汚れ役を買って出て割を食う。結局、影に廻って廻って保身第一につとめてきたネズミ男みたいな一群が生き残るという。これが流れを悪くし、中高齢者特有の保守性で物事を遅延させる。シロアリは駆除できない。その認識に立った場合、シロアリが駆除出来ないなら、建物そのものをぶっ壊したらいいと。一回更地にしろと。

 大体JALとか見てても思うのだけど、存在それ自体、業界それ自体が無駄に近いようなものもあります。日本の銀行だって、図体ばかりでかいけど世界的な存在感は全くないし。貯金好きの国民から預貯金を預かり、誰でも出来るようなマニュアル通りの融資審査をやって貸し付け、バクチは打てないから安全な日本国債ばっかり買っていて、それで困ったら国が税金で助けてくれる、、という現状の仕事に年収1000万円分の価値があるのか。そのへんのバイトにも出来るんじゃないか。話は大きくなるけど、世界がクソ詰まらなくなってるのは資本主義が金融資本主義になってるからで、「金融で儲けてはいけない」という、「利息をとってはいけない」というどっかの宗教の戒律みたいにしたらいいと思ったりもするのだ。僕らが金融に期待するのは、預貯金・融資と決済機能だけど、決済だけなら電話や郵便みたいに世界統一の規格で国連が銀行やりゃいいんだと。ま、これは本当に暴論だけど、そんな気分にすらなるという。


 大きな意味では世代間の公平があります。40歳以上の連中は、程度の差こそあれ日本の良い時期を経験しています。恩恵を被っている。高度成長の記憶もあるし、仕事にも比較的恵まれたでしょう。それに資産的にも技術的にこれまでの蓄積もあるでしょう。何も40歳になったら死ねといっているのではないです。「一旦」退職するだけのことで、その後、それまでの知識や技術を活かして起業したり、コンサルタントになったり、アドバイザーになったり、また再就職することは可能にします。とりあえず数年は食っていける程度の蓄えはあろうし(無い人には手当をする)。

 ここに職務経験、人生経験に恵まれ、また資産もある集団Aと、経験も乏しく、また経験を得るチャンスすら乏しく、資産もない集団Bがいるとします。どうしたらいい?交替すればいい。いつまでも特等席でかぶりつきでいないで、後ろの奴らにも席を譲ってやれと。もう見たんだからいいでしょ?と。

 現状においてリストラすべきでない真に優秀な人材だったら、かならずや起業で成功するでしょう。それだけの能力はあるのだから。また、40歳以下の現役集団Bだって、いくらでも年長者の集団Aからアドバイスを求めることは出来るのだし、是非とも社長には今後もリーダーで居て欲しいというなら、再度雇ってもいいわけです。部下に上司を選別させるようなもので、これって「三等重役」の時代にもあったそうです。労組と協議して重役を指名するという。

 これは年長者において酷かもしれないけど、「過酷」ではないと思う。なぜならそれだけの時間を貰っているのだから。これで若造相手にタメで張り合って負けるようでは、これまで何やってきたんだ?って。むしろそこで負けるような人間に退場して貰うことにこの主眼はあるのだから。

 日本を背負うのは「若造」にも出来ます。今の状況ではネットワークもコネもない若造には無理だけど、状況が変われば出来る。仕事そのものは大したことないもん。敢えて言い切っちゃうけど。今の日本社会で成功するのが難しいのは、本業というよりもむしろ「つきあい」にある。例えば、官庁の許認可を取り付けるためには官庁とのコネがいる、だから天下りがなくならない。公共工事の受注にしてもしかり。社会の中枢部との良好なコネクションがなければ、本業で成功しても、古くはリクルート、近時にはホリエモンみたいに叩き潰される。要するに老人ネットワーク、老人倶楽部の会員になってないと、何一つ出来ない。だからこそせっせと接待ゴルフをやったりするわけでしょ。そこが難しく、だから若造には無理、ということになる。

 しかし、総理大臣から、住友財閥の総帥から、最高裁長官まで全員が40歳以下になるのだったら、この種の老人クラブそのものが消滅する。皆がみんなタメ年かそれ以下だったら話は通りやすい。明治維新がなぜ成功したかというと、上がいなかったからだし、戦後の日本でなぜ成長できたかといえば、上が居なかったからでしょう。それだけが原因ではないけど、上の不存在は順風になりうるということです。

 これによって何が得られるかといえば、若い世代に大きな経験機会を与えてあげられる。ユニクロとコンビニ弁当だけの人生なんか詰まらないでしょ。ユニクロもいいし、僕も着てるけど、でもハレの舞台もあってもいい。一着数十万円のスーツでビシっとキメて、一食5万円のフルコースも食わせてやれ、と。しかし、そんな金銭的なことよりも、入社十年目くらいでいきなり重役になるから面白いよ。もう発狂するくらい大変だとは思うけど。だって、来週にはマジで日本の政財界の代表としてEU各国の政財界連中に挨拶回りしてこいって話になります。本物のイギリス王室や貴族階級と交際してこいと。チャチなもの着てたり、教養の浅さがバレたら大恥かきます。だからもう一夜漬けでもなんでも死ぬほど勉強しないと追いつかない。でも、若い奴らに本物の世界の大舞台を踏ませてやれって、それが十数年分の社内研修の効果があるし。

 上の世代がどっと居なくなることにより人件費は一気に軽くなります。重役一人クビにしたら新卒3人は雇える。誰でも正社員になれる。というか、なって貰わないと人手が足りない。入社早々、いきなりワシントンに飛ばされたり、チューリッヒ勤務をやらされたり、いきなり九州全部を任されたりする。入社3年目でもう課長になってるし、大企業では25歳で億単位の決裁権限を任される。面白そうでしょ。役人だって面白いぞ。日本を好き勝手に作り変えることが出来るんだから。「出来る」となったら意欲も湧くでしょう。毎日が祭りみたいなもので、ニートなんかやってる場合じゃないです。なんつっても40歳になったらチャンスはパーになるんだから。

 40歳近くの「高齢者」は、いきなり最高権限を任されるから、げっそり消耗するでしょう。僕がそうだったように、最初の1年目は過労で倒れて点滴打つハメになるでしょう。目の下のクマが取れなくなるでしょう。それでもいい。だって、たかが数年ことですから。40歳になったら自分もリタイアするんだから。思うのですが、人生100年のうち、本当に仕事のピークのピークは5年あったら十分でしょう。この短い、大体35歳から40歳までの期間に燃焼しろと。スポーツ選手だって、脳外科医だって一定のピーク時があるのだ。

 ね、無茶苦茶でしょう?でも、このくらい無茶苦茶な方が面白いと思うぞ。

想定しうる問題点とそれに対する回答

 さて、ここで想定しうる批判に答えると、まずそんな若造に日本を任せて日本がコケたらどうするんだ?という点については、コケたらそのときはそのときですよ。日本民族はコケてからが強い。本領発揮のときです。日本でなんで「もうダメだ悲観論」が強いかといえば、あれは「悲観」してるのではなく「期待」しているのだというのが僕の持論です。皆無意識ではゼロリセットしたがってるんだ。ゲームのハイスコアを狙う完璧主義集団としては、ちょっとダメになったらすぐにリセットボタンを押して最初からやり直したいのだ。俺たちはゼロからでも出来る!という絶対の自信を持っているのだと。そうでなければ、あの神戸地震であそこまで秩序良く、見事に復興できるもんか。先日のNZ地震でも火事場泥棒みたいな盗難が相次いだというけど神戸では殆どなかった。逆にボランティアが盛り上がり、一気に市民権を得た。働くのが大好きな国民、協力し合う連帯感が大好きな民族は、コケてからが強いのだ。

 それにコケるというのは大事な教訓であり、その大事なことを若い世代に体験させ、さらに次の世代に伝えていくのだ。それに、どっちにせよ今のまんまだと、遅かれ早かれじゃないのか?同じコケるなら、若い奴らにその貴重な経験をやらせてやった方がいい。度胸もないままセコい四球狙いで見逃しの三振するくらいなら、代打を出して空振りの三振の方がいい。このまま何もしないでコケたら、彼らは何一つ得るものがない。年長者が勝手に騒いで、勝手にビビって、勝手にコケて、請求書だけ回ってくるという不遇感だけが残る。「失われた20年」という大失敗をしたのは俺ら年長世代なんだから、きっちりケジメをつけるべし。自分らだって出来なかったんだから、うだうだ文句言う資格はないと思うぞ。またこの程度のことでコケてしまうような世代だったら、そう育てた俺らに第一次責任がある。目先の利益にとらわれ真剣に次世代教育をやってこなかったってことなんだから。

 そんでもって、連中がコケたときの尻ぬぐいは俺ら年長者がやればいいんです。慣れたもんでしょ?部下の不始末は。菓子折さげて土下座しに行こうぜ。上の連中は「ゼロから経験」があるんだから、初体験ではない。焦土敗戦に比べたら楽なもんでしょう。又、やりゃあいいんだ、やりゃ。それだけだ。

 第二の批判は、じゃあ年長者はどうする?ですが、ご心配なく。もっと難易度の高い大事な仕事が待ってます。一つは「辛抱強く見守る」という高度の自制心を要求される仕事があります。第二に、「仕事以外の生き甲斐」という日本では未開拓の領域を、徹底的に、大規模に、開発しろと。ここが今の日本には致命的に弱いから、就職できない=人生終りという愚劣な幻想が広まるのだ。そして、その開拓は、既に仕事をなしとげ、仕事の何たるかも知っており、且つ無職である劣等感もなく、世の中の渋みも甘味も分かる年代の連中がやるのが相応しい。半分趣味的な起業をしてもいいし、なんと形容したら分からない全く新しいイトナミを生み出してほしい。「リタイアした後こそが人生は楽しい」と、誰もがリタイアを待ち望むようなフロンティアを広げていくこと。これは若造には出来ない。政治や経営などの「雑務」は下っ端にやらせておけばいい、くらいの気構えでいて欲しい。。

 また、生計が立ち行かないとか、ローンを抱えて、、という生活困窮不安については国が面倒見る。最初からコケるの覚悟でやってるから、赤字国債バンバン発行する。しかし、生活保護とかそういう方向ではない。40歳以上が取りあえず食っていくくらいだったらそれほど多額に掛からない。何が掛かるかといえば被扶養者の費用です。子供を大学にやるとか、ニート息子の面倒とかです。だから親は子供の面倒から開放する。教育機関の学資は国が無条件で奨学金をつける。40歳定年だったらまず就職できるし高給取れるから貸しても返ってくる。オーストラリアのHECSのように給料から天引きすればいい。それに景気もよくなる筈です。景気というのは「金遣いの荒さ度」だから、金遣いの荒い若い連中に金を持たせてやった方が景気はよくなるのだ。一方、現状で実際に資産があるのは年長者グループだから、グループ内部でビジネスやったりしてれば適当に廻っていくでしょ。なんせ総理大臣から財界の長老までいきなりヒマを持て余しているのだから、全く新しいビジネス環境になります。

 第三の批判は、そんなことをしても悪知恵も金も持ってる年長集団が、あの手この手で若年現役集団を取り込んでいくので結局変わらないという点です。それはあるでしょうね。「とてもそんな自信はないです」「恐いです」とビビって、元の年長者集団をガンガン再雇用したら、もとの木阿弥です。でも、そうするかな?それは彼らに決めて貰えばいいんじゃないの。そして、責任の重さにビビって、腰が引けるような連中だったら、遠慮無く食いつぶしてやればいいんですよ。世間の恐さを教えてやるのも大事な責務だし、チャンスを与えられながらそれを活かせなかった奴は、それなりに扱われても仕方がないです。少なくともチャンスを与えないよりはずっといい。

 第四は、年長者集団から仕事という生き甲斐を奪って、人生に絶望するとかそういうデメリットがあるのではないかという点です。これは二点あって、一つは、仕事が生き甲斐みたいな人材こそ、同時に強い厭世観を持ってたりするものだと思う。「世捨て人になりたい」という出家願望です。「本当は画家になりたかった」というような人が、企業の社長をやってたりする。大体、今の状況で日本の権力の中枢とか、大企業の幹部とかやってて楽しいかというと、楽しくないと思いますよ。シガラミでがんじがらめだし、尻ぬぐいや煮え湯を飲まされたり、火中の栗を拾わされたり。出来る人ほどそうですわ。だから、解放してあげて、好き勝手に趣味的に起業してみろと言われた方が嬉しいと思う。管理職なんか詰まらんもん。若返ると思うぞ。「いやあ、懐かしいなあ。昔はデスク一つで始めたもんだ」と。もう一点は、日本人というのは「皆と一緒」だったらどんなことでも耐えられる。自分一人が失業するならキツいし自殺もするだろうけど、これは全員せーので失業するんだから、そんなに恐くないよ。「いやあ、とんだことで」「まったく」とかいいながら、結構ウキウキするんじゃなかろか。

 第五は、そんな若造集団だったら諸外国から舐められるという点ですが、逆に尊敬されると思うぞ。これだけドラスティックなことをやったら、日本は見直される。「いやあ、やるときにはやるもんだね」と。それに日本の方が、若い人にビジネスチャンスが廻ってくるということで、世界中から優秀な人材が集まってくる。今、世界で一番面白くてホットな国になれる。中国やインドみたいに単に経済が成長しましたなんてチャチなレベルではないもん。最先端の社会モデルを世界に発信するのだ。

 第六に、40歳で定年になったら、リーダー層がコロコロ変わるので十分な運営が出来ないという批判もあるでしょう。しかし、今の日本の首相だって1年単位で変わってるじゃないですか。それがいいとはいけないけど、あれが長くなって良くなるのでしょうか?ところで、1年単位でリーダーが変わるものといえば部活がそうですね。3年生が途中で引退して、「これからはお前らだ」といってバトンを後輩に渡す。それで廻っているじゃないですか。人の流動が激しいからこそ、ちゃちゃと動いていくという。それに長期ビジョンだったら、最初から下の連中と徹底的に議論して策定するでしょう。下といっても僅か数年の差だから、すぐに自分にバトンが廻ってくるし、真剣にならざるを得ないし、発言権もある。10年待っても、20年待ってもバトンが廻ってこないからシラけてしまうんじゃないかな。

 第七に、若年集団が羽目を外して、年長集団を虐待するような政策をガンガンやるかもしれないという懸念ですが、これは無いでしょう。だって、数年後は自分がリタイアしてその目に遇うんだから。一点歯止めをかけるとしたら、このシステムの変更だけは出来ないようにしておくことですかね。つまり自分達が天下を取った40歳近辺の世代が、法律を改正して定年を押し上げていくことです。それじゃ意味がないので。

 ただ、まあ、思うのは、こういう政策自体が「甘やかし」の過保護なのかもしれませんね。こんな世代交代、本当は上から言われているようではいけません。権力は順番を待って得るものではなく、奪い取るものです。年長者集団がうざいと思ったら、力で引きずり下ろせ。それが人類の昔からのルールであり、動物の世界だってそうです。上を噛み殺してでも昇って来い、と。

 しかし環境の変化ってのもありますよ。資本主義の構造が変わっていったという経済環境、劇的に寿命が延び、70歳くらいではまだまだピンシャンしている生物的環境などなど。それに上にいけばいくほど修羅場経験が豊富で、手強いです。戦争世代は死体なんか見慣れているし、全共闘世代は機動隊と殴り合ってたし、その下は暴走族と校内暴力の世代だし、喧嘩慣れしている肉食獣集団ですから。ハンデつけてやんなきゃ可哀想そうだって気もします。

 というわけで、冗談半分の与太話でした。でも、半分本気というのは、そういう制度にしなくてもいいから、「どんどん下にやらせる、経験を積ませる、美味しい思いをさせてあげる、人材の交替を加速させる、上はもっと別の領域を探す」という精神は、今この瞬間からでも活かせるのではないか?ということです。



文責:田村




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