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今週の1枚(10.05.03)



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Essay 461 : 「海外」という選択(その10)

オーストラリアにいる方が"世界"を近く感じるのはなぜか (2)




 写真は、Woolwich Dock。シドニー屈指の高級住宅街Hunters Hillに隣接するWoolwichには、歴史的なドックヤードがあり、現在も造船、修理に使われているそうです。興味のある方はシドニーハーバートラストの該当ページ、あるいはWoolwich Dockのページを。

 そういう歴史的な意味はさておき、単純にヨットのマストのてっぺんまで登っているおっちゃんが凄いです。見てたらスルスルと気楽に登っていくのですが、土台が固定されてないし、ムッチャクチャ恐そうなんですけど。



 前回から引き続き、オーストラリアにいる方が「世界」を身近に感じるという点を書きます。

 前回は、仮説その1を考えてみました。
 移住先の国は祖国ほど精神的な土着性が薄いので、どこの国であれ移住をすると、精神と土地との結合が薄れて無国籍的、ボヘンミアンなアイデンティティになりがちであること。すなわち、自分はどこかの国や土地に所属しているのではなく「地球の上に自分がいるだけ」というマクロなグローバルポジショニング感覚と、「どこに居ようが自分は自分」というミクロな個人感覚の両極だけ=それは「世界市民」に通じる感覚でもある=を持つようになる、と。これに加えて、オーストラリアにはそういった無国籍的な人々が多く、ひいては国のカルチャーとして世界市民的であるという特徴があります。周囲のオーストラリアのことを考えるときと、世界全体を考えるときとの感覚が似通っており、その近似性が一層世界を近くに感じさせるのではないか、ということです。これが仮説その1。

 しかし、考えていくとそれに尽きるものではなく、他にもいろいろと要因がありそうです。


仮説その2 オーストラリアの歴史の浅さと特殊性

 二番目に出てくる仮説としては、オーストラリアがまだ若い国であるということです。
 オーストラリアの歴史は浅いです。イギリス人のジェームスクックがオーストラリアに上陸し領有を宣言したのは1770年(その前にオランダ人が発見してるけど、利用価値がないとして放置)、流刑植民地としてオーストラリアの”利用”が開始されたのが1788年。以後40年かけて大陸を探検開発し、全土がイギリス植民地になったのが1828年です。1850年にはアメリカと同じようにゴールドラッシュが始まり、多くの中国系移民が流入したため粗雑な排斥運動が起こり、後の白豪主義につながります。

 イギリスから一応独立したのは1901年です。ここで「一応」と書いたのは本国イギリスとの結びつきは深く、第一次大戦に遠路はるばるトルコまで軍隊を送って戦った(4月25日のANZACデーの起源)のはひとえに本家イギリスへの忠誠心からであり、形の上では独立したものの、本質的には植民地から「分家」に昇格した程度でしょう。なお、精神的な臍の緒は未だに切れておらず、その証拠に国旗にユニオンジャックがまだ残ってます。イギリス本家への義理も忠誠もカケラもない僕ら戦後の新世代移民としては、自分の「国旗の中に他の国旗が入ってる」ようなデザインは、大袈裟にいえば国辱モノなのですが、2000年のときのリファレンダム(国民投票)でも共和制移行が否定されてますし、まだ精神的には「イギリスは別格」みたいな部分が残ってます。まあ、断ち切れというのも無理な話なんだろうけど、これって嫁さんとマザコン夫みたいな感じですね。僕ら新世代移民が嫁さんで、イギリスが姑で、オーストラリアがダンナさん。

 オーストラリアは、まずベースに中国4000年の10倍という4万年の歴史を持つアボリジニ文化があり、その上に皮膜のように薄い白人文化が乗っているという妙チキリンな国です。とりあえずオーストラリアの都市圏で暮していれば、日常的にはイギリス系白人カルチャーがメインになりますが、その歴史は皮膜のように非常に浅いものです。キャプテンクックから数えても240年、入植開始から222年、独立(1901)年から数えたらわずか109年でしかないです。

 これに加えて、オーストラリアの植民地あがりという特殊事情があります。
 植民地というのは宗主国あってのものですから、そもそもその成立時点からしてグローバルな存在です。初期においては、国民全員が本国から来ており、心は本国のままです。本社採用の社員がたまたま関連会社に出向しているようなもので、アイデンティティはしっかり本店にあります。オーストラリアの場合も、そこに来ている人々の魂はイギリスにありますし、入植から独立までの100年強の間は法律的にも「イギリス人がオーストラリアにいる」だけのことです。

 この「心はイギリス、身体はオーストラリア」みたいな感覚は今もなお残ってますし、また戦後の移民のほとんどが北半球からやってきていることから、北半球メインの発想として残っています。だから世界地図も北半球が上になってる地図を普通に使ってるし、クリスマスともなれば、暑いさなかにご苦労なことにサンタクロースの衣装を着てたりします。

 世界には植民地時代を経験した国々が多いのですが、植民地時代の支配階級(宗主国出身者)がそのまま支配を続け、植民地以前の原国民の存在感が薄い国は、オーストラリア、アメリカ、カナダ、NZ、アルゼンチンなどの幾つかの例外を除けば、それほど多くはないです。ヨーロッパ以外の全てのエリア(アフリカ、アジアなど)は、植民地支配を受けた後に独立していますが、その独立は原住民の自治権回復という形でなされています。つまりオーストラリアにおいてはアボリジニが独立して国を建てるとか、アメリカだったらインディアンが建国するような感じです。南米諸国はイギリス以上に長い間スペイン、ポルトガルの支配を受けてましたし、国語もスペイン語やポルトガル語ですが、原住民との混血が進んでいますし、旧宗主国の影響力はそれほど強くないでしょう(アルゼンチンだけは珍しく”白い国”ですけど)。

 世界シリーズでもやりましたが、イギリスは植民地経営が上手というか老獪というか、下克上や革命のような形で独立がなされるというよりは、「禅譲」に近い形で独立させていますので、独立後もかなりその影響力や遺産が残っています。南アフリカしかり、シンガポール、香港しかり。だからこそ、コモンウェルスゲームというオリンピックみたいなスポーツ大会が行われ、オリンピックと見まがうばかりの参加国の多さ(53カ国、71チーム)を誇ってます。未だに植民地親睦会みたいなことが続いていること自体、僕としては驚異であり、これって旧日本軍の植民地になったアジア諸国で大東亜共栄圏スポーツ大会が行われているようなものです。

 さらに、同じ大英帝国系植民地の中でも、アメリカとオーストラリアの違いがあります。
 イギリス植民地国家を兄弟関係で例えれば、長男アメリカ、次男カナダ、三男オーストラリア、四男NZ、、と続くのでしょうが、長男アメリカは向こう気が強く、親離れが早いです。ボストン・ティーパーティ事件でちゃぶ台ひっくり返して、イギリス相手に独立戦争という壮大な親子喧嘩を起こし、これに勝って独立します。それ以降、イギリスではない米国だけのアイデンティティを強く持ちますし、「俺はアメリカだ」という意識が伝統的に強い。イギリスには微妙な敵愾心を持っており、イギリス人が紅茶を飲むならコーヒーを飲み(別に意地になって飲んでるわけではないだろうけど)、イギリス英語とは違ったアメリカ英語を独自に開発し、「こっちの方が正しい」くらいにすら思ってるフシもあります。イギリスにはない大統領制を取ってますし。本国イギリスでイマイチ冷や飯を食わされてきたプロテスタントやピューリタンが建国したので、プロテスタント系が強いという宗教的傾向もあり、それが時々トチ狂ったかのような先祖帰りの潔癖性になって、クリントン前大統領の不倫というパーソナルな問題で国を挙げて譴責をやったり、ダーウィンの進化論を教える学校が攻撃されたりという形で現れたりするのでしょう。

 そこへいくとオーストラリアなんぞは穏やかなものです。穏やかというより、お兄ちゃんのアメリカから見たら「覇気の無い弟」くらいに見えているのかもしれません。オーストラリアの1901年の独立にしたって、アメリカのようにバーンとイギリスと大喧嘩をして「勝ち取った」というようなものでもなく、独立とはいうものの、形式的にはドミニオン(自治領)です。イギリス帝国領のなかでは高度な自治権をもっているエリアくらいの意味に過ぎない。後日、徐々に自治権の範囲が広がり、ほとんど独立国と変わらなくなっていきますが、アメリカのように国としての強力な自我があったとは言いにくいです。

 もともとそれまでのオーストラリアは、「オーストラリア」という名前の植民地があったのではなく、現在州になっているNSWなどの6つの植民地が「たまたま同じ大陸にある」という状態に過ぎなかったようです。それが曲がりなりにも独立したのは、オーストラリア生まれの国民が7割を越えて地元意識というかナショナリズムが強くなってきたこと、アメリカやカナダなど他国の独立状況、さらに通信設備が整ってきて、大陸に点在していた植民地同士で連絡が取りやすくなったという背景事情があるそうです。この時期のオーストラリア史を調べると、「イギリスから独立」という点よりも、バラバラだったら植民地を「連邦制として統一すること」の苦労話がメインに書かれており、宗主国イギリスと戦って勝ち取ったというニュアンスはありません。当時のイギリスも、南アフリカのボーア戦争などで家計が火の車で、植民地経営がしんどくなってきた頃です。だからこそ日露戦争前に日英同盟を結んで日本に働いて貰おうとしたりしますからね。そんなイギリス本家からしたら、あくまで英帝国領内に属することを前提にしたオーストラリアが高度な自治権を得ることくらい、それほど問題視もしなかったと思います。

 もっとも、オーストラリアのイギリス乳離れも徐々に進んでいきます。第二次大戦のとき、日本軍の猛攻を支えたのはアメリカとオーストラリアで、イギリス軍はオーストラリアを支援する余裕もなく、「何のための宗主国じゃい」という意識が広がったとか。また大戦後の世界秩序はアメリカVSソ連という冷戦構造で、米国中心に動いていきます。そしてイギリスもECに加盟し欧州経済圏に入っていくこともあり、軍事的にも経済的にもイギリスとくっついていなければならない必然性が薄れてきます。同時に戦後しばらくやっていた白豪主義も、徐々に時代錯誤なものになり、戦後新秩序(アメリカ経済覇権やアジア経済)に対応するべく、マルチカルチャル国家に転換していきます。

 このように政治経済的にも、社会文化的にも徐々にイギリス色が薄れるのに反比例するようにオーストラリア色が強くなっていきます。この傾向は現在もなお進行中です。僕が来てからの十数年間でおいてすら結構変わってきてます。イギリス系の紅茶よりもイタリア系のエスプレッソコーヒーは年々支配的な飲みものになりつつありますし、アジア系の食材や文化はどんどん増えてきています。些細な例ですが、今でこそ日本のカセットコンロは安価に手に入りますが、僕が来た当初は中々無かったし、あっても買う気が起きないくらい高かったです。フィッシュマーケットは、アジア人と南欧系というサカナ食いの黒髪民族だけのマニアックなスポットだったのですが、今ではメジャーな存在ですし、オーストラリア人の魚の消費量も年々増えているそうです。中国をはじめとするアジア諸国の旧暦正月は、チャイニーズニューイヤーということでほとんどの人が知ってるし、普通に干支すら知ってたりします。今年は寅年ということで、"Year of Tiger"の記念切手や記念コインまで作られてます。

 今では、すっかり「ここは他の何処でもないオーストラリアなのだ」という誇りと自覚を持っている立派な独立国です。盲腸のようにイギリス女王が形式的に元首になってたり、女王誕生日が国民の祝日になってたり、貨幣の肖像になってたりしますが、それでもどんどん形骸化しつつあり、マルチカルチャルなオーストラリアというアイデンティティに変わりつつあるといっていいでしょう。

 以上の諸点、つまり@歴史が浅く、A植民地あがりであり、Bアメリカのように宗主国と敵対する経緯を持たず、C新アイデンティティがマルチカルチャルなグローバルなものであること、を総合して出てくることは、オーストラリアにはアンチグローバルな強烈な土着的アイデンティティはそれほど存在していないということです。土着性が育まれるほどの歴史の長さがなく(@)、イヤでもグローバルな存在を自覚せざるをえない植民地としてはじまり(A)、さらに宗主国と敵対するほどナショナリズムの高まりもなく(B)、新しいアイデンティティはマルチカルチャルという世界市民やグルーバル性に相通じるものである(C)、ということですね。

 それがどうした?というと、こういった土着性の薄さやグローバルな親和性から、「世界の中にいる」という感覚と「オーストラリアにいる」という感覚が似通ってきて、ひいてはオーストラリアにいると世界を近くに感じる原因になっているのではないかと、ということです。


仮説その3 欧米文化圏、英語圏、そして海外体験率

 オーストラリアの公用語は英語です。また、オーストラリアは欧米文化圏の国です。
 欧米式システムと英語というのは、現時点での世界のスタンダードになっているといって良いでしょう。

 欧米式のシステムというのは、あまりにも普及していて今更何がどうだと指摘するのが難しいくらいですが、例えば国というシステムの成り立ち論がそうです。個人の尊厳を最高価値とし、それを最も良く守り、最大多数の最大幸福を得るために社会が形成され、メンテナンス組織として国家というものが存在するという考え方=近代人権思想とそれに基づく国家統治システム(民主主義とか権力分立とか)です。

 当たり前過ぎてピンとこないかもしれないですが、要するに日本の江戸時代までの封建社会のように、まず無条件に士農工商という階級があり、人は生まれながらにして不平等であり、不平等であることが秩序そのものであり、また正義ですらあるという社会ではない、ということです。当時の人々の感覚でいえば、これも当たり前すぎていちいち不平等とは思わなかったでしょう。百姓の家に生まれたら「お侍様とは生まれが違う」ということでそれで納得していた。丁度今の日本で、天皇家に生まれた者だけが天皇になれ、「なんで俺は天皇になれないんだ、不平等だ」と改まって不満に思う人が少ないのと同じです。あるいは宗教国家のように、この世で最高価値を持つのは神様であって、神の慈悲によって人々は生を受け、神の声をもっとも良く聞くことの出来る者が王として人民の上に君臨するというシステムもあります。はたまた、戦国時代のようにとにかく暴力的に強いことが正義、弱者は服従か死かいずれかしか選択肢がなく、それこそが正義である時代もあります。

 今の僕らの社会は、そういった悪夢のようなシステムになっていません。人間は生まれながらにして平等。現実には幾らでも格差はあるけど、でも理念としては平等。だからAさんを殺したら殺人罪だけど、Bさんだったら殺しても良くて無罪、なんてことはない。この世のルール(法律)は自分達の手で作り、人間以外の神様が作るというのは認めていない。また、血統ないし出世地によって無条件でメンバーシップ(国民、国籍)が与えられ、その権利は平等で、一定の年齢に達すれば誰でも投票出来るし、立候補も出来る。こういうシステムを世界で一番早く作り上げたのはヨーロッパであり、今では世界の多くの国々が採用しています。

 経済・産業面においては、イギリスの産業革命以降、機械化と技術革新によって大量で効率的な生産システムが取られています。昔のようにある職業に就ける人はその家に生まれないとダメだとか、カーストがあるとか、勝手に生産方式を替えてはいけないとか、そういうことはないです。そして産業革命と二人三脚のように発展してきた資本主義システム。安価な材料を世界中から買い求め、最新鋭の設備で、最高の付加価値をつけ、これを世界中に売りさばいて利潤を上げるというゲームです。中世日本やヨーロッパのように、市や座、ギルドのような特殊な職能集団が業界を治外法権的に仕切るというのは一部の例外を除いて許されないです。

 以上は政治経済のシステムですが、文化システムにおいても同じようなことが言えます。
 システムと呼べるくらいカッチリしたものとしては、例えば義務教育などの教育システム、労働者の権利を定めたり、健康保険など福利システム。さらに個人を家に従属させず、男女平等で、一夫一婦制度があり、離婚が認められ、子供への親権という概念が認められたり、、という、近代的な社会構造や規範意識もやはりヨーロッパが先駆的です。

 その他、スーツにズボン、スカート、さらにはジーパンやTシャツというファッションも欧米、特にイギリスやアメリカから流れてきたものですし、琴や三味線ではなく、ピアノやバイオリン、ギターやドラムという洋楽の流れ、建築においても昔の農家のような大家族制ではなく、夫婦と子供という核家族を前提にした建築スタイル、食事においても紅茶、コーヒー、ウィスキー、ビール、ワインという飲み物、また小麦+牛乳+肉を基本要素とした西欧系の調理スタイル、流通においてはチェーン展開するスーパーマーケット、宿泊におけるホテル形式、文具における洋紙とペンというスタイル、冷蔵庫や掃除機という家電製品、自動車、コンピューターの活用、、、、いずれも欧米系です。

 社会の基本システムや、生活様式、規範意識、どれをとっても18世紀以降世界の先進地域だった欧米スタイルが世界に広がっており、日本も明治維新と戦後の新憲法でそのほとんど継承しています。もう憲法からTシャツまでまんまコピーといってもいい。もちろん伝統的な日本文化と共存させてはいますが、西欧システムは選挙システムにせよ、Tシャツにせよ、やたら使い勝手が良いので特に激しい反発もないまま浸透していってます。そして、後発の国々もまた「日本の明治維新に学べ」とばかりに追随するから、世界的に広がっています。

 もとより世界の全てがこの欧米スタイルで統一されているわけではありません。北朝鮮のようにほとんど封建社会そのままになっている所もあるし、イスラム文化圏ではコーランが憲法類似の役割を果していますし、妻は4人までめとることが出来るなど、異なるシステム体系を持っている国々も多いです。まあ、細かく見ていけば、どんな国でもその国独自のユニークな文化スタイルがありますし、欧米の中でも微妙に違ってたりします。しかし、それでも大まかにいえば、欧米のシステムやスタイルが世界の標準になりつつあるとは言えるでしょう。アフリカの、あまり聞いたことのないような国の内戦のニュース映像を見ても、普通に皆さんジーパンやTシャツを着てデモとかやってますし。

 これらはあまりにも普及しているので、別にオーストラリアなど欧米圏でなくても世界のどこででも見られますが、それでもやっぱり本家本元は強いです。民主主義にせよ、社会システムにせよ、本家の方が徹底度や正確性が高いです。これは何を意味しているかというと、欧米圏内での生活に慣れると、いつも自分達がやっている普通の感覚が、そのまま世界のどこにいってもある程度は通用するということです。これはデカいです。

 よく、「日本の常識、海外の非常識」などと呼ばれ、このジャンルの書籍や番組が多く作られています。これは、日本人にとって海外や世界というのは、日頃の自分らの常識が通用しない恐ろしい所なのだという認識につながっています。本当は言うほど違ってるわけではなく、現代においてはむしろびっくりするくらい似通っているのですが、日本のシステムがそのまま世界に通用するとは思いませんし、また日本のシステムが世界を制覇すべきだとも思ってません。トヨタのカンバン方式など一部の工業生産システムや製品の優秀さについては、世界は日本から学びますし、日本人もそれを当然だと思う。また、柔道や空手については日本が本家だから絶対の自信を持ってるし、世界は日本のシステムに合わせるべきだとも普通に思う。しかし、その他の社会システム全般については、そうは思えない。やっぱり巨大な未知数を抱えてておっかなびっくり世界に出ていき、世界を眺めることになる。これが本家と分家の意識の違いです。

 この意識の差、欧米圏の本家意識というのは、自分らのシステムや常識が世界のどこでも通用して当たり前、通用しなければ嘘だくらいに思うので、世界はとっても身近な存在になります。理解を絶した異空間という具合にはならない。

 これに加えて英語圏というものがあります。
 これも強力で、自分らの母国語が世界の何処にいってもそこそこ通用するというのは、日本人にとっては羨ましい限りです。これも本当は言うほど通用するわけでもなく、英語ネィティブだって世界のアチコチにいって英語が通じずにかなり苦労はしています。それでも、よほどの奥地に入り込まない限り、必死になって探せば誰か英語の喋れる人の一人や二人はいるでしょう。これもデカイです。

 どのくらい大きいかといえば、世界のどこに行っても日本語が通じると思ったら分るでしょう。実際には誰も彼もが喋れるわけではなく、それなりに苦労はするのだろうけど、どの町にいっても一人か二人くらいは日本語が喋れる奴がいるだろうと「期待できる」というのは精神的には大きなアドバンテージです。また、ホテルなど旅行関係の施設だったら、まず必ず日本語を喋れる人がいる、居て当たり前だと。アメリカだろうが、ロシアだろうが、フランスだろうが、中国だろうが、パラグアイだろうが、日本語が出来る人がどこにでも居て、ホテルではまず間違いなくいる。心強いですよね。

 それだけではないです。世界中のどこでも、これまたアメリカだろうが、ネパールだろうが、日本語教室があり、学校では日本語を教え、書店に行けば日本語学習本が山積みされているという。だから、ワーホリやバックパッパーで世界を放浪しても、日本語さえ喋れたら日本語教師として食べていくことが出来る。

 さらに(まだある)、英語圏のように日本語を公用語にしている国がそこそこあると、働くのも生計を立てるのも格段に容易です。税理士だろうが、ITだろうが、美容師だろうが、普通の営業や事務だろうが、なんせ言葉が同じなんだから日本での職歴やスキルが右から左にスライドしやすい。システムの多少の違いとか、労働ビザの規制などはあるから100%ストレートではないけど、それでも外国の職場に行って100%喋ってることが理解できる、というかほとんど日本にいるのと同じだったら、どれだけ楽か。

 過去のエッセイでも書いてますけど、英語圏の連中の世界感覚というのは、日本人の全国感覚くらいでしかないです。つまり、オーストラリアからカナダにいって働く場合の感覚は、和歌山県で働いてた日本人が新潟県に行くくらいの心理的距離感でしかない。

 といっても、良いことばかりではありませんよ。言葉が同じというのは言語バリアがないということだから、外国の商品や労働力がモロに入ってくるということでもあります。オーストラリアの場合、イギリスや米国のTV番組がモロに入ってくるわけですから、オーストラリアの地場産業が育たない。必死になってスタッフ育てて、機材を揃えて、制作するよりも、アメリカあたりから番組買ってきた方が安いって場合もあるでしょう。だから、オーストラリアの場合にはTV番組に外国製の番組の放映枠が○%以下にしろとかいう規制があるとかいう話を以前に聞いたことがあります。同じように、音楽も文学もストレートに入ってくるから地元としてはたまったものではないです。オーストラリアの地場産業を救うために、オーストラリアではCDの値段も、書籍の値段もかなり高いです。僕も最初、「外国だからCDや洋書が安いぞ」と思って期待してきたら、あまりの高さに愕然としました。全ては地場産業の保護のためだそうです。苦労が絶えないという。

 日本の場合は言語バリアがありますけど、もしこれが世界中で日本語使って、日本語が公用語になってる国々が日本の人口の数倍、数十倍レベルであったとしたら大変ですよ。日本語ペラペラというか、どうかすると自分よりもはるかに日本語が上手な外国人が山ほどいて、ビザや労働規制とかしなかったら、純粋日本人の失業率は考えるだけでも恐ろしい数字になるでしょう。今ですら全体5%若年10%程度、好景気に湧くオーストラリアと似たような数字(同じ数字なのにどうしてこんなに雰囲気が違うのか)の失業率が、50%とか70%とかになったらどうする?です。なんせ日本人の何十倍も数がいるので、上位数%のトップレベルだけが来ても日本の労働人口とほとんど同じくらいになるでしょうからね。同じように、海外から日本語で書かれた小説、雑誌、TV番組、映画などが怒濤のようにやってきたら、日本の制作会社やアーティストはたまったものではないでしょう。マイケル・ジャクソンクラスのアーティストが日本語で歌ってJ-POP市場に参入してくるわけですから、対抗できる日本のアーチストがどれだけいるかって話です。

 長々書きましたけど、このくらいしつこく考えないと言語圏の便利さと恐ろしさというのは分りにくいと思います。

 ということで、オーストラリアなどの英語圏で生活が出来るようになってくると、彼らと似たような言語圏感覚になります。今僕はオーストラリアに居ますが、これが将来仕事の関係でカナダに行くとか、アメリカに行くとかいっても、それほどの外国感覚は持たないでしょう。生まれも育ちも東京だった僕は大学から関西圏に行きましたが、そのときに抱いた「敵地に乗り込む」的な感覚すらも感じないでしょう。

 また英語がそこそこできれば、世界のどこにいってもそんなに致命的に困るということはないでしょう。中国に行こうが、インドに行こうが、現地の出来のいい奴だったら普通の英語喋れますから。インターネットで検索して調べるにしても、世界中の英語文献が検索対象になりますからリソースの数が桁違いです。そんなこんなで、前回の最後に書いたような感覚、「隣町の隣町に世界がある」ような、「自転車に乗っていける」くらいの近距離に世界を感じるようになります。

 長くなりました。最後にもう一点。
 オーストラリア生まれの生粋のオージーも、聞いてみたらやたら海外体験が豊富だったりします。生まれてこの方オーストラリアから一歩も出たことがないというオージーは少ないのではないでしょうか。特に、シドニーのような都会のホワイトカラーだったら、率は分りませんけど、かなりの割合でオーストラリア外で暮した経験があるように思います。それも転勤で行くというよりは、転職などキャリアアップとして行く。あるいは純粋に気分転換で行く。ちょっと前のヌーサ特集のときに紹介したレストランのシェフの経歴も、HPでみたら、イギリス人なんだけど、フランスにも修行にいってるし、アメリカでもキャリアを積み、キューバでも結構働いてます。途中ほとんど世界一周のような感じで渡り歩き、そこで知り合った女性と結婚して、今はオーストラリアのサンシャインコーストで店をやっているという。そういった経歴はこちらでは珍しくもなんともない。

 また、若い世代ほどマルチカルチャル世界で育ってきます。小学校時代からありとあらゆる移民の子供達がクラスメートになり、各国文化に親しんできています。なんせバースデーパーティに100人来るとか300人来たとかいうレベルですから、年柄年中どっかでパーティがあり、中国系の子供のパーティにいけば中国系の家で本格的な中華を食べ、それがペルー系、レバノン系、スペイン系、クロアチア系、フィジー系、、とやってるわけです。ものすごい英才教育といえば英才教育です。さらに大学入学前後に当たり前のように世界一周に出るので、彼らの”世界”観というのは、手を伸ばせばどこにでも届くような感じでしょう。

 生粋のオージーですらそうだとしたら、もともと移民系の家庭(移民1世〜3世くらい)ではどうなるかというと、親や祖父母の故郷という親しみやすい外国を持っているわけですし、里帰りとしてその国にも行くでしょうし、その国の言語、文化、食べ物にも親しむでしょう。これが民族間結婚をし、さらにまた民族間結婚をし、、となると、親戚やゆかりの地を訪ね歩くだけで世界旅行になるという。

 そんな連中が珍しくない、というよりもそんな連中ばっかりが周囲にいるのですから、それは世界も近く感じるでしょう。ウチのお向かいさんはアイリッシュ系だし、そのお隣は旧ユーゴスラビア系だと聞いてますし。


 以上、前回の仮説1(移民すると自分が無国籍・世界市民的になり、且つオーストラリアそのものが世界市民的であること)に加え、今回述べた仮説2(オーストラリアの歴史の浅さと特殊性)、仮説3(欧米文化圏、英語圏)が、オーストラリアにいると世界を身近に感じるという原因に数えられるのではないか、という話でした。


 で!オーストラリアの世界近接感覚は、僕ら日本人にとっては特に大きな意味を持ちます。It means a lot to us.です。なぜなら日本というのはこの真逆ですからギャップが激しい。激しい分だけ強く感じる。ここで仮説5「日本人だから特にそう感じる」という点が出てくるように思います。


文責:田村


 「”海外”という選択シリーズ」 INDEX

ESSAY 452/(1) 〜これまで日本に暮していたベタな日本人がいきなり海外移住なんかしちゃっていいの?
ESSAY 453/(2) 〜日本離脱の理由、海外永住の理由
ESSAY 454/(3) 〜「日本人」をやめて、「あなた」に戻れ
ESSAY 455/(4) 〜参考文献/勇み足の早トチリ
ESSAY 456/(5) 〜「自然が豊か」ということの本当の意味 
ESSAY 457/(6) 〜赤の他人のあたたかさ
ESSAY 458/(7) 〜ナチュラルな「まっとー」さ〜他者への厚情と冒険心
ESSAY 459/(8) 〜淘汰圧としてのシステム
ESSAY 460/(9) 〜オーストラリアの方が「世界」を近く感じるのはなぜか(1)
ESSAY 461/(10) 〜オーストラリアの方が「世界」を近く感じるのはなぜか(2)
ESSAY 462/(11) 〜日本にいると世界が遮断されるように感じるのはなぜか 〜ぬくぬく”COSY"なガラパゴス
ESSAY 463/(12) 〜経済的理由、精神的理由、そして本能的理由


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