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ESSAY 423 : 世界史から現代社会へ(80) 中国(6)  チャイナ・リスク(3) 地縁社会と高度成長の副産物




 写真は、Eastwoodの中華系レストラン。先日Eastwoodに行ったのですが、以前行ったときよりもアジア人比率が増えていたような気がしました。チャイナタウンやAshfield以上かも。写真の店は、単に前を通り過ぎただけで入ってはいませんが、結構入るには気合がいりそうですね。Mad Chiliだもんね。



 第6回目を数える現代中国シリーズ、第四回から現代中国の問題点=チャイナリスクを見ています。

 中国には、共産党一党独裁という非民主的な政治システムに根本的な問題があり、多くの問題がこの点から派生しています。しかしそれだけに限らず、@広大な領土、膨大な国民、A漢民族の伝統的な文化傾向、B高度経済成長下にある発展途上国の一般的傾向、C歴史的・地政学的な国際関係、、などが問題の要因として挙げられるでしょう。前回はAの途中までやって時間切れ(ページ切れ)になりました。続きます。

中国の伝統文化に派生する問題 (承前)


 戦乱に明け暮れた中国4000年の歴史によって鍛えられた中国の庶民達はしたたかです。したたかでないと生き残れなかったのでしょうが、「慈悲深い王様が善政を敷いて皆は幸せに暮しましたとさ、、」という幻想を持っていない。国家や政府が国民のために何かをしてくれることを期待していないようです。これは、まあ、中国に限らず、日本も含めてアジア一般の傾向、いや血みどろの闘争で民主政体を勝ち取ってきたヨーロピアン以外の地球人全般の傾向かもしれませんが、中国の場合、特に国土の広大さと歴史の長さから、ユニークな発展をしてきたように思います。

 「上に政策あれば下に対策あり」というのは前回紹介した中国庶民のコトワザであり、心意気みたいなものなのでしょうが、中央権力の政策とは次元も論理も違う自己防衛システムを開発してきています。すなわちグルーピング。相互扶助・集団防衛であり、たとえば家族親族の結びつきや扶助義務意識が強く、役人になればせっせと賄賂をもらって遠い親族まで富を分け与えるというのも前回書きました。しかしグルーピングは家族という縁戚・血縁関係だけではなく、地域という地縁もまた強いと言います。

 中国の何がユニークかといって、単一国家なのか連合国家なのかよう分らんという歴史・地理・民族的特殊性があると思います。何度も繰り返していますが中国は広いです。ヨーロッパがすっぽり入るくらい大きい。また人口も欧州の数倍います。普通これくらい大きくて人が多かったら、ヨーロッパがそうであるように小国乱立になっても不思議ではないです。フランスやイギリス、スェーデンやブルガリア、、、といった形に中国がなっていってもおかしくない。しかし、"中国4000年”というように有史以来、一つのアンデンティティをもった国が一つあるだけです。これって、よく考えたら珍しいです。過去80回にわたって世界史をやってきましたが、人類史上こんなエリアは類例がないかもしれません。

 そりゃあ中国史でも三国志時代や五胡十六国という小国乱立時代がありました。ヨーロッパだって広大な版図を持った神聖ローマ帝国の一時期やナポレオンやヒトラーによる広大な支配がありました。でも違う。中国の小国乱立は、本来一つにまとまるべき大きな国が、群雄割拠によってたまたま小国に分かれているという観念があります。したがって漢や唐などの統一王朝は「天下統一」であり、在るべき姿に戻ったという捉え方をします。これは日本と同じで、戦国時代に甲斐の武田や中国の毛利氏が群雄割拠していても、それは本来の大きな日本を分割統治しているだけだという観念があります。しかし、欧州においては全ヨーロッパを一つの天下としてみる観念は無いんじゃないでしょうか。強いていえば古代ローマ帝国の全盛期くらいでしょうが、それ以外は常に小国乱立であり、それは「本来一つのものを分割して統治」という感じではないです。ヒトラーもナポレオンも広大な領土を持ちましたが、それも「力づくで征服した領土が増えた」というだけで「天下統一」という「本来あるべき姿」というニュアンスは皆無でしょう。だから一代も持たず、喧嘩に負けたら夢のように消えてしまう。つまり全欧州というアイデンティティが乏しい。だからこそ延々会議を重ねてEUを作ったりしているわけですし、EUが出来たところでヨーロッパが統一国家になったというイメージはない。

 しかし他方では中国の人々は、日本のように一枚岩的な同質性を持っていません。よく知られていますが、中国語といっても北京語、広東語、上海語などいくつも分かれています。七大方言というらしいのですが、論者によっては十大方言とか14とか数え方も違うようです。これらの方言においては、文法やライティングは同じでも発音がかなり違うから、普通に喋っていたら全然通じないそうです。聞き取りにくいとかいうレベルではなく全然通じない。その意味では”方言”というよりも外国語に近いでしょう。これだけ言葉が違ってたら、各エリアの人々のアイデンティティも文化も違うでしょう。日本における東京人と大阪人なんてレベルではなく、日本人と韓国人くらい違うかもしれない。かといって中国語の場合、ヨーロッパの各言語のように、似通ってはいるけど文法は違うってことはないのですね。また書いてしまえば皆同じなので、論語や孟子などの古典教養は共有財産としてシェア出来る。だから、中国というのは、日本とヨーロッパの中間くらいなのでしょう。日本ほど同質的ではないが、ヨーロッパ諸国ほど異質的ではないという。

 また民族的同一性や国家としてのアイデンティティという点があります。中国4000年の歴史において、中国の領土というのは、(大雑把にいえば)殆ど変わっていません。日本もそうだから「それがどうした?」って気になりますけど、日本みたいに最初から小さい島国だったらそれもアリでしょうけど、地続きの大陸で、しかもあれだけ広大なエリアが同じままというのは不思議ですよ。古来巨大な帝国は幾つもありましたけど、1000年も持ってる国はマレです。アレキサンダー大王がいかに偉大であり、いかに版図を広げようとも、没後にはグチャグチャになります。多分一番長いのは東ローマ帝国でしょうが、それも途中でイスラム帝国であるオスマントルコに滅亡させられてしまい、国家としてのアイデンティティが途切れますよね。中南米はインカやマヤ帝国があったけど、スペイン人などに侵略されて国家の同一性はポッキリ折れちゃうし。ロシアなんか中国からしたら全然新興国だし。アフリカは植民地支配でグチャグチャになる前も小国乱立だったし。

 まあ、強いて言えばインドくらいでしょうか。古来同じエリアに同じような人と国家があったという。でも、インドだってアーリア民族と先住ドラビタ人の確執というのが現在でも南北インド問題でまだ残っているし、ムガール帝国のようなイスラム教国ができたりしてるし、そもそも民族的にも多彩だし。それに中国にはあまり存在しない宗教問題がドーンと国民を分割してますし、その結果としてパキスタンやらバングラディッシュなど別の国が出来ているし。だから中国に比べたら、インドだってまだまだダイナミックに流動的というか、分割的ですよね。

 このような特殊性を考えると中国国内というのは、「同じなんだけど違う、違うんだけど同じ」という他に類を見ないわかりにくさがあるように思います。この分かりにくさが、「下に政策あり」的な庶民のしたたかさやグルーピングによる集団防衛システムと結合したりするから、ますますよそ者から見たら不透明な社会になるのでしょう。

 中国国内の地域的な独立性が高い傾向は、これまで触れてきた中でもチラホラ散見されます。例えば、辛亥革命を起こし国民党の初代大統領になった孫文が国内勢力を集めようと四苦八苦している時期なんかもそうですね。李鴻章ゆずりの北洋軍閥を背景にした袁世凱に臨時政府を乗っ取られた後、西南方面の軍閥連中と連携したり、共産党やソ連と連携するなど苦心を重ねます。一方、袁世凱没後の北洋軍閥は、段祺瑞以降の直隷軍閥や張作霖の奉天軍閥として分派し、当時満州に勢力を伸ばしていた日本の関東軍と対立したり合従連衡したりしています。広大な中国大陸での群雄割拠ぶりが見て取れますね。日中戦争後の国共内戦時代も、二つの勢力が関ヶ原みたいなところでドーンと雌雄を決したというのではなく、各地にいる地元のボス、軍閥連中をいかに自陣営に取り込むかという陣地取りゲームのような感じだったらしいです。

 この地域的独立性の強さは、共産主義や現在の市場経済になっても続いています。共産主義による強力な中央指導のもとに計画経済をやっていたわけですけど、実は同時に「諸侯経済」という実態もあります。毛沢東の「大而全、小而全(大きなモノも小さなモノも全部ある)」というワンセット主義で、中国は全てのモノを自力で作れるようにします。消しゴムから人工衛星まで自分で作る。しかし、それを国単位でやるのではなく地域単位でやろうとしました。その産業はそのエリアでは厳しいでしょうというようなものでもその地域で頑張ってやろうとする。だから計画経済のくせに思いっきり不経済になってしまい、毛沢東の大躍進政策が破綻した一つの原因になりますが、なんでそんな不経済なことをしたのかというと、一つのエリアが一つの国に準ずるくらいに独立意識が高かったのでしょう。華北と華南だったらもうフランスとドイツに準ずるくらい意識が違うのかもしれない。

 これは市場経済に移行しても同じで、中国国内での経済活動がほとんど”貿易”みたいになっていて、自分のエリアの産業や経済を中心にして動いていると言われます。例えば、広東省なら広東省の百貨店のコーナーには、広東省の企業の製品しか陳列せず、他省の製品は置かないとか。もちろん中央政府はこのようなことを禁じているのですが、実際にはこの種の慣行は中々改まっていないようです。

 また、ワンセット主義は今も健在で、中国の鉄鋼生産は世界一位なのですが巨大な企業がドーンとあるのではなく200社を越える鉄鋼メーカーがひしめき合っており、その中の最大の企業でも世界的にみれば第六位に過ぎません。これが自動車になるともっと凄くて、自動車メーカーは全国23省に123社もあるそうです。年間生産50万台をこえるのはトップグループの上海汽車、汽集団の二社だけで、大部分は年間1万台にも達していない零細メーカーです。また、経済成長著しい中国ですが、よーく見てみると、輸出の占める割合は15%にも達せず、また国内取引のうち70%以上は同一エリア内での取引だそうで、他地域への取引は十数%でしかないそうです。グローバリゼーションの進展で中国経済が発展したと思っていたら、実のところ、地域単位での自給自足構造が強く残っているわけですね。

 これだけ地域の独立性が強ければ、それが中央の政治に反映するのも当然で、最高権力を巡る熾烈な権力闘争も、例えば北京閥、たとえば上海閥などの政治グループがあります。それどころか地域地域の勢力が強いので、将来的には中国は分裂していくという説を唱える論者も相当数いるようです。

 こうしてみてくると、中国の国内事情もだんだん見えてきますよね。

 毛沢東ひきいる共産党が天下を取ったあとの中国は、末期の文化大革命に至るまで圧倒的な中央集権体制で引っ張りました。その頃のイメージが強くて、僕らはなんとなく中国というと、人民服を着てキラキラ光る目で空を指さしているという、ちょっとキモチ悪い宗教団体的な洗脳状態を思い浮かべてしまいがちです。大きな北朝鮮みたいな。だから中国人というと皆同じであるかのように思ってしまうのですが、実は国内では思いっきり違うのでしょう。準ヨーロッパのように地域勢力が割拠し、一人一人の中国人は逞しくしたたかで、日本人以上に個人主義者だったりもします。

 独立心旺盛な国民がいて、万年戦国時代のように群雄割拠していたら、そりゃ中央政府だって大変でしょうよ。暴力的粛清と、カルト的洗脳で無理やり統一しようとするでしょうよ。その意味ではロシアの「砂の社会」にやや似てるような気もしますね。そして、上が共産主義だ、革命だ、市場開放だと政策を告げれば、したたかな庶民は"対策”として「革命万歳」「毛主席万歳」と”熱烈歓迎”するでしょう、でもって面従腹背で従わないという。中央政府がさんざん掛け声をかけても、地方政府レベルで動く気がないから話が前に進まないというケースは多々あるようです。

 以上、@強力で非民主的な中央政府の強権というシステムAがあったらとしたら、A地下水脈のように縦横に走る地縁・血縁ネットワークというシステムBが同時に起動し、しかも国民はしたたかでタフな”大陸の人”です。こういうマーケットにビジネス進出するとしたら、とてもじゃないけど一筋縄ではいきそうにないですし、翻ってそれがチャイナリスクにカウントされるのでしょう。


高度経済成長下にある発展途上国としての問題


 それまでの革命万歳が、市場開放でビジネス万歳、お金儲け万歳に路線転換しました。もともと商才のある人達ですし、海外には華僑ネットワークという強い援軍もあり、イギリス統治下で資本主義の果実も毒もたっぷり経験している香港もあります。燃えないわけがありません。ガンガン経済成長し、世界の工場としてMade in Chinaは世界中に出回るようになります。

 資本主義工業経済が軌道に乗り始めた勃興期というのは、若々しく逞しいエネルギーで社会が廻るようになります。「若々しい」とか「逞しい」とかいうと、いかにも清潔なイメージですが、その実態は、ティーンエイジャーがそうであるように、粗野で、荒っぽく、無茶苦茶だったりします。ということで、経済開放後の中国では、毒入りギョーザをはじめとして、勢い余ったトンデモ話に事欠きません。曰く製品の品質が悪い、安全性や信頼を犠牲にしても価格を重視する(安かろう悪かろうでOK)、金が全て的な拝金主義、偽ブランドや知的財産権無視のパクリ天国、、、もう枚挙にいとまがありません。

 しかし、それはちょっと前にESSAY(418)生命の猥雑、死の清浄で書いたように、若いということは、本来的に猥雑で、とっ散らかって、メッシーなものだからだと僕は思います。というか、中国のことを調べていてふと思い浮かんだことをあのエッセイで書いたのですが、パワフルな時期というのはナチュラルに無茶苦茶なんでしょう。日本の高度成長期もかなり無茶やっていたでしょうし、かつてはMade in Japanは粗悪品の代名詞でもありました。今でこそ安全性や信頼性が大事にされていますが、とっくの昔に高度成長が終わっていながら未だに安全とか信頼とかいってるというのは、それ以前がいかに進んでいなかったかです。高度成長の走りのころ、1953年には森永ミルク中毒事件というのがありました。安価であることから工業用のヒ素を触媒にして作られた化合物(添加物)を粉ミルクに添加していたところ、不純物としてヒ素が含まれており、1万3千名もの乳児がヒ素中毒、130名以上の中毒死を出しています。これが突発的例外的事例でないのは、この事件が被害者救済という形で解決をみるまで20年以上もかかっているという国や企業の責任回避姿勢をみてもわかるでしょう。

 経済成長の副作用として出てきた食品公害は、いわゆる事件という形で報道されたものだけでも、食用油にダイオキシンが入っていたカネミ油事件(1968年)などがあります。発ガン性がわかって全面禁止になったチクロ甘味料なんてのもありましたね(実は今ではチクロの発ガン性は否定されているようですが)。そして公害。四大公害事件といわれる水俣病、四日市ぜんそく、イタイタイ病など全国各地で公害被害が出て、工業廃水で川は死に、土壌汚染、大気汚染は進行し、日本語ボキャブラリーにPCB、六価クロム、ダイオキシンなどが加わり、有吉佐和子著“複合汚染”がベストセラーになったりしました。食の安全性や環境に関する問題意識は、高度成長が一段落する70年代あたりから広く日本人の間に高まってきており、豊かになればなるほど「安価に腹一杯食べられたらそれでいい」という荒っぽい価値観が洗練修正されていくことが分かります。もっとも、食品偽装問題や、保存剤、添加剤、農薬問題、さらに耐震安全性偽装など最近に至るまで、昔に比べて「真剣にどれだけ安全になったのか」というと心許ないものもありますが。

 経済成長のもう一つの副作用として、古き良き倫理やモラルの低下もあります。経済成長するから皆さん嬉々として働く。モーレツ社員なんてのが流行語になるくらい働く。また東京などの大都市への人口集中がなされるから大家族から核家族化し、地域コミュニティも崩壊する。結果として、父親不在の家庭崩壊、高学歴→出世という人生の鋳型による受験戦争、ついていけない生徒を落ちこぼれと蔑称して非行化を招き、息子が就寝中の父親を金属バットで撲殺したりする。巨大人口を収用するための団地やマンション群などの”郊外”が出来たのはいいが、酒鬼薔薇事件など多くの理解不能の凶悪事件が都心ではなく郊外で起きるようにもなっていく。核家族化したことによる育児ストレスの高まりと児童虐待が増加する。ひいては核家族化どころか非婚化が進む。かつての団地ニュータウンは高齢化によりゴーストタウン化が始まる。一方小金を持ち始めた日本人は、猫も杓子も海外旅行に出かけ、"Ugly Japanese"と世界の顰蹙を買います(ちなみに日本の先代は”Ugly American"だった)。筒井康隆の「農協月へ行く」で痛烈に風刺されているように、スチュワーデスに強姦手前のセクハラをしまくる猥雑そのものの当時の日本人パワーが書かれていますが、そこまで田舎者ぶりは影を潜めたとはいいながら相変わらずアジア買春ツアーは行われ、ブランド店に群がり、バブル期は世界の名画を買い漁ったりしています。まあ、これだけやってりゃ嫌われるよね。

 このように経済成長はいいことばかりではない。やってる最中はドラッグにラリってるようなもので、「大きいことはいいことだ」「隣の車が小さく見えます」なんて能天気に消費を享受していればいいけど、副作用もある。副作用というのは通例遅効性でタイムラグがあるからやってる最中には気づかず、気づいたときには深刻な事態になっている。今でこそ清潔で洗練されてはきたものの、日本にだって多くの”若気の至り”のような恥ずかしい過去はあったりします。あなたは年齢的に知らないかもしれないし、既に忘れてしまったかもしれないけど、俺は覚えているぞ。

 しかし、これは日本人がどうのというよりも、急速に勃興する発展途上国の通弊であり、いわば人類共通の生理みたいなものだと思います。年寄りが若者の素行の悪さを嘆くように、老いたるヨーロッパ人はパワフルなアメリカ人を「文化も何も理解しないあの粗野なアメリカ人」として非難し、日本が伸びてくるとエコノミックアニマルとして嘲笑し、そして今は中国が世界で”憎まれっ子世に憚る”状態になっているということでしょう。

 だからこの点に起因する多くのチャイナリスクは、発展途上段階の一過性のものが多いとは思います。平成日本人がタイムマシンに乗って昭和30年代の日本人に直接相対したら、「なんてパワフルで、なんて野蛮な奴らだ」と思うかもしれません。あの頃は一家5人が四畳半一間に暮らしているのが普通でしたからね。ただ、しかし、わかってはいてもその種のカルチャーギャップは厳しいでしょうねえ。

 ところで中国人というと、権利主張が激しく、拝金主義的であり、安全や品質を犠牲にした粗悪品やジャンク専門で、環境汚染も汚職も人権も屁とも思わぬ人々の集まり、という芳しからぬイメージが日本で、あるいは世界で流布されていますが、どうなんでしょうね。常々僕は思うのですが、「○○人は○○」という分かりやすい認識というのは、往々にして実体に乏しいものです。「大阪人はがめつくてケチだ」とかさ。確かに一面真理というか、そういう側面も部分もあるでしょうけど、でも側面や部分でしかない。倫理的な面でいえば、中国は義とか仁などの東洋的道徳の発祥の地でもあるし、中国人は信義を重んじるという真逆の指摘もあります。孔孟の教えなんかとっくに廃れているとか、実体がそうでないから逆にそこが強調されたのだという意見もあり、それなりに説得力もありますが、それを言うなら今の日本人の住居やライフスタイルのどこに日本の誇る「わび、さび」があるのかって気もしますよね。でも現実はあんまり存在しないけど、日本人だったらその価値は知っているわけで、それと同じ事だとも言えます。

 中国人といっても十億以上いるんだから、いろんな人もいるでしょう。個人レベルの認識でいえば、どの中国人に会って、どういう体験をしたかってこともあるでしょう。僕の場合は、日本で中国系の友人が多少おり、またオーストラリアで多くの中国系の人と接触してきましたけど、純粋に個人的な体験で言えば、イヤな思いをしたことは一度もないです。僕が接触するのは、こちらに来ている中国系の人、それも高度の技能を持って永住権を取り、現地に根を下ろして暮らしている人達ですが、もともとがインテリ層ということもあるのか、言ってることもやってることも極めてリーズナブルですし、別にがめつくもなんともないです。ただね、これで僕が中国に赴任して、日系の工場を管理する立場に立ったら出会う中国人もまた違うタイプの人達だろうし、日本で半ば不法就労という形で働いている人達に接したらまた印象は異なるでしょう。仮に同一人物であっても立場が違えば接し方もまた変わるでしょう。でもそれは民族の違いというよりは「立場や状況の違い」という面が大きいような気がします。発展途上国に観光旅行するとさんざんタカられ、ボラれ、騙されって悲惨な目にあったりしますが、同じ国に住人として、ちゃんと現地の言葉も習慣も覚えて住んでいると、また全然違った扱われ方をする。

 僕がこちらで会う場合は、同じ外国人として、同じように永住権を取り、同じように現地に生きているという、ほぼ対等で同じような立場です。同じ立場だから比較しやすいと思うのですが、そうやって比較する限り、中国人だからどうってバイアスはゼロに近いくらい無いです。共に第二言語として苦労して英語を覚えて、英語でコミュニケートするわけですが、実際相手が中国系だろうが、マレーシアだろうが、ベトナムだろうが、感じるのは個性の差で民族的な差というのは一対一の関係になると案外と感じないです。

 先日、シドニーで中国系の家族5人が惨殺される事件があり大きく社会の耳目を集めています。オーストラリア人は、中国に対する危機感情というか反発意識が日本人よりもやや強いところがあるのですが(日本人以上にアジア的なものを理解しにくいしね)、それでも被害にあった中国系家族に対しては全国的に同情の声が満ちていますし、一人だけ旅行をしていて難を逃れた少女には満腔の同情が寄せられています。一家が経営していたニュースエージェント店前には献花やカードが積み上げられ、コミュニティでは追悼集会がもたれています。要するにオーストラリア人に受け入れられ、愛されていたといってもいいでしょう。これも「死んでしまえば皆善人」みたいなノリではなく、勤勉で、誠実で、フレンドリーだから愛されるという王道的なノリであり、その王道に沿って現地に受け入れられている中国人は多いです。実際勤勉だし、見てても本当によく働きますわ。

 だから、国家政府の動きや方針、経済活動などではバリバリ不協和音を立てていても、個々人レベルになると全然違ったりします。前回やったRio Tinto事件と今回の殺人事件はほぼ似たような時期に発生しているのですが、オーストラリア人としては「それはそれ、これはこれ」ってことなのでしょう。というか、抽象的・相対的な民族やグループのイメージと、実際の個々人レベルのイメージは常に違っていて当たり前なのだと思います。

 なんでこんなに力説するかというと、僕自身も下らない過ちを犯していたからです。関西人に対する偏見です。僕は東京生まれの東京育ちだったから、ナチュラルに関西人、特に大阪人に対する偏見がありました。ちょうど今の日本人が中国人に対する抱く偏見に似ていて、はしっこくて、がめつくて、情緒も文化も理解しない拝金主義者で、妙に馴れ馴れしくて、図々しくて、油断も隙もない、、みたいな。まあ、極端に言ってますが。しかし、自分が関西・大阪に住むようになってからは、こんな下らない偏見は瞬殺って感じで消滅しました。偏見を持ってたこと自体忘れてしまうくらい。東西同じくらいの期間を過ごした身でいえば、総じて大阪の方が人間臭いし、フレンドリーだし、実質的だし、「人間の真実により近いところ」にいるように思います。住んでしまえば東京よりも暮らしやすいですよね。大阪人はケチだというのは大嘘で、実際には相撲のタニマチの語源になったように文化芸術のパトロンも多い。ただ個々人の鑑定眼がシビアで、他人の意見に左右されず独立性があるため、幾ら流行っているからといってもお金分の価値がないと判断すればお金を使わず、良いと思ったものには気前よく払う。より本音に近いところ、より真実に近いところにいようとするから、勢い現実的にもなるし、生臭い話を回避しない。話が人間関係的に際どいところまでいくから場を和らげる話術やジョークが多く、フレンドリーにもなる。

 こういった大阪人の美点とも呼ぶべき傾向を、東京あたりの遠くから見ていると、「金の話ばっかりする」「やたら馴れ馴れしい」という具合に映るのでしょうね。逆に大阪から東京を見れば、本当の人間同士のふれあいもせず、真実に近い大事な事柄から逃げ、やたら周囲をうかがってカッコばっかりつけている本質的には冷血漢の集まり、に見えたりもするわけです。しかし、東京ネイティブ的には、特に山の手方面に昔からある「淡交をもって尊し」とするカルチャーがあったりするわけです。他人の領域に踏み込みすぎるのを避けようとする、シャイな照れや、デリケートな思いやりがあるのですね。でも、遠くから見てると「冷たい」の一言で斬られてしまう。そんなもんだと思います。そして、集団の傾向ではなく、目の前の一人一人についていえば、全然違いはないですよ。東西の差よりも、個々人の個性差の方が何十倍もデカいです。だから集団レベルでのゼネラルな傾向をいくらあげつらっても、「人間の真実により近いところ」でいえば、ほっとんど無意味というか、酒の肴の話題くらいの価値しかないと思いますね。

 だいたい大阪人だって、別に俺は大阪人だって力みかえって24時間生きているわけではなく、普段は自分が大阪人であること自体意識はしません。それは日本にいるあなたが日本人だと四六時中力みかえっているわけではないのと一緒。それが大阪的特徴を全面にフィーチャーするような言動を取るのは、何かのキッカケによってそれが起動するからです。そういう話題になったからということもあるでしょうし、こちら側がよそ者オーラを全開にしてたり、相手を見るのに「異人種を見るような目」で見ているから、鏡のように相手から反作用を受けているのだという気がします。つまりは「そういう気にさせる」態度を無意識のうちにとっているからでしょう。だから、同じ住人、同じ地平に立ってしまえば、同じ人間ということでその種のイガイガした摩擦は消えます。
 
 話を中国に戻して、その他、粗悪品であるとか、人権意識が低いとか批判点も又一面的な見方だと思います。中国人が民族的に粗悪なものしか作れなかったり、創意工夫発明の才能がないならば、青磁や茶器のように高度に芸術的な工芸品なんか産み出せるわけないです。また、世界の三大発明の印刷、火薬、方位磁針は全て中国で発明されたもので、それがヨーロッパに伝わったものです。低能民族(もしそんなものがあれば、だが)にそんなこと出来るわけねーよ。文化や芸術、ライフスタイルについても、漢方薬や鍼灸、中華料理の奥の深さ、中国武術のバラエティなどを見てもわかるように、探求心の深さがハンパではないです。

 人権や民主的なものへの指向性でいっても、天安門事件は民主化を求める学生や民衆の集まりだったし、殺されるのを覚悟で戦車の前に立って進軍を止めた映像も世界に配信されています。強権的な中国政府に楯突いて投獄されたり、処刑されたりしたジャーナリストや活動家もいます。逆に今の日本に、殺されるのを覚悟で人権や社会正義のために戦える日本人がどれだけいるのかって気もしますね。

 もっとも、だからといって中国の何もかもが素晴らしいって浅薄なことを言ってるわけじゃないですよ(わかるでしょうけど)。問題点は死ぬほどあるし、だからこそ何回にもわけて延々書いてるわけだし。ただ、それらの現象や欠点を列挙して「だから中国人は○○なのだ」的なことを言っていても仕方ないし、それこそ浅薄だと思うのですね。大事なことは、これらの欠点がどういう理由、どういう構造によって発生し、そしてその実相はどんな程度であるかということを見極めることでしょう。


 さて、最後にC歴史的・地政学的な国際関係というポイントが残りましたが、これは国際関係上の諸問題として次回に述べます。





過去掲載分
ESSAY 327/キリスト教について
ESSAY 328/キリスト教について(その2)〜原始キリスト教とローマ帝国
ESSAY 329/キリスト教について(その3)〜新約聖書の”謎”
ESSAY 330/キリスト教+西欧史(その4)〜ゲルマン民族大移動
ESSAY 331/キリスト教+西欧史(その5)〜東西教会の亀裂
ESSAY 332/キリスト教+西欧史(その6)〜中世封建社会のリアリズム
ESSAY 333/キリスト教+西欧史(その7)〜「調教」としての宗教、思想、原理
ESSAY 334/キリスト教+西欧史(その8)〜カノッサの屈辱と十字軍
ESSAY 335/キリスト教+西欧史(その9)〜十字軍の背景〜歴史の連続性について
ESSAY 336/キリスト教+西欧史(その10)〜百年戦争 〜イギリスとフランスの微妙な関係
ESSAY 337/キリスト教+西欧史(その11)〜ルネサンス
ESSAY 338/キリスト教+西欧史(その12)〜大航海時代
ESSAY 339/キリスト教+西欧史(その13)〜宗教改革
ESSAY 341/キリスト教+西欧史(その14)〜カルヴァンとイギリス国教会
ESSAY 342/キリスト教+西欧史(その15)〜イエズス会とスペイン異端審問
ESSAY 343/西欧史から世界史へ(その16)〜絶対王政の背景/「太陽の沈まない国」スペイン
ESSAY 344/西欧史から世界史へ(その17)〜「オランダの世紀」とイギリス"The Golden Age"
ESSAY 345/西欧史から世界史へ(その18) フランス絶対王政/カトリーヌからルイ14世まで
ESSAY 346/西欧史から世界史へ(その19)〜ドイツ30年戦争 第0次世界大戦
ESSAY 347/西欧史から世界史へ(その20)〜プロイセンとオーストリア〜宿命のライバル フリードリッヒ2世とマリア・テレジア
ESSAY 348/西欧史から世界史へ(その21)〜ロシアとポーランド 両国の歴史一気通観
ESSAY 349/西欧史から世界史へ(その22)〜イギリス ピューリタン革命と名誉革命
ESSAY 350/西欧史から世界史へ(その23)〜フランス革命
ESSAY 352/西欧史から世界史へ(その24)〜ナポレオン
ESSAY 353/西欧史から世界史へ(その25)〜植民地支配とアメリカの誕生
ESSAY 355/西欧史から世界史へ(その26) 〜産業革命と資本主義の勃興
ESSAY 356/西欧史から世界史へ(その27) 〜歴史の踊り場 ウィーン体制とその動揺
ESSAY 357/西欧史から世界史へ(その28) 〜7月革命、2月革命、諸国民の春、そして社会主義思想
ESSAY 359/西欧史から世界史へ(その29) 〜”理想の家庭”ビクトリア女王と”鉄血宰相”ビスマルク
ESSAY 364/西欧史から世界史へ(その30) 〜”イタリア 2700年の歴史一気通観
ESSAY 365/西欧史から世界史へ(その31) 〜ロシアの南下、オスマントルコ、そして西欧列強
ESSAY 366/西欧史から世界史へ(その32) 〜アメリカの独立と展開 〜ワシントンから南北戦争まで
ESSAY 367/西欧史から世界史へ(その33) 〜世界大戦前夜(1) 帝国主義と西欧列強の国情
ESSAY 368/西欧史から世界史へ(その34) 〜世界大戦前夜(2)  中東、アフリカ、インド、アジア諸国の情勢
ESSAY 369/西欧史から世界史へ(その35) 〜第一次世界大戦
ESSAY 370/西欧史から世界史へ(その36) 〜ベルサイユ体制
ESSAY 371/西欧史から世界史へ(その37) 〜ヒトラーとナチスドイツの台頭
ESSAY 372/西欧史から世界史へ(その38) 〜世界大恐慌とイタリア、ファシズム
ESSAY 373/西欧史から世界史へ(その39) 〜日本と中国 満州事変から日中戦争
ESSAY 374/西欧史から世界史へ(その40) 〜世界史の大きな流れ=イジメられっ子のリベンジストーリー
ESSAY 375/西欧史から世界史へ(その41) 〜第二次世界大戦(1) ヨーロッパ戦線
ESSAY 376/西欧史から世界史へ(その42) 〜第二次世界大戦(2) 太平洋戦争
ESSAY 377/西欧史から世界史へ(その43) 〜戦後世界と東西冷戦
ESSAY 379/西欧史から世界史へ(その44) 〜冷戦中期の変容 第三世界、文化大革命、キューバ危機
ESSAY 380/西欧史から世界史へ(その45) 〜冷戦の転換点 フルシチョフとケネディ
ESSAY 381/西欧史から世界史へ(その46) 〜冷戦体制の閉塞  ベトナム戦争とプラハの春
ESSAY 382/西欧史から世界史へ(その47) 〜欧州の葛藤と復権
ESSAY 383/西欧史から世界史へ(その48) 〜ニクソンの時代 〜中国国交樹立とドルショック
ESSAY 384/西欧史から世界史へ(その49) 〜ソ連の停滞とアフガニスタン侵攻、イラン革命
ESSAY 385/西欧史から世界史へ(その50) 冷戦終焉〜レーガンとゴルバチョフ
ESSAY 387/西欧史から世界史へ(その51) 東欧革命〜ピクニック事件、連帯、ビロード革命、ユーゴスラビア
ESSAY 388/世界史から現代社会へ(その52) 中東はなぜああなっているのか? イスラエル建国から湾岸戦争まで
ESSAY 389/世界史から現代社会へ(その53) 中南米〜ブラジル
ESSAY 390/世界史から現代社会へ(その54) 中南米(2)〜アルゼンチン、チリ、ペルー
ESSAY 391/世界史から現代社会へ(その55) 中南米(3)〜ボリビア、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル
ESSAY 392/世界史から現代社会へ(その56) 中南米(4)〜中米〜グァテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、ベリーズ、メキシコ
ESSAY 393/世界史から現代社会へ(その57) 中南米(5)〜カリブ海諸国〜キューバ、ジャマイカ、ハイチ、ドミニカ共和国、プエルトリコ、グレナダ
ESSAY 394/世界史から現代社会へ(その58) 閑話休題:日本人がイメージする"宗教”概念は狭すぎること & インド序章:ヒンドゥー教とはなにか?
ESSAY 395/世界史から現代社会へ(その59) インド(1) アーリア人概念、カースト制度について
ESSAY 396/世界史から現代社会へ(その60) インド(2) ヒンドゥー教 VS イスラム教の対立 〜なぜ1000年間なかった対立が急に起きるようになったのか?
ESSAY 397/世界史から現代社会へ(その61) インド(3) 独立後のインドの歩み 〜80年代の袋小路まで
ESSAY 398/世界史から現代社会へ(その62) インド(4) インド経済の現在
ESSAY 399/世界史から現代社会へ(その63) インド(5) 日本との関係ほか、インドについてのあれこれ
ESSAY 401/世界史から現代社会へ(その64) パキスタン
ESSAY 402/世界史から現代社会へ(その65) バングラデシュ
ESSAY 403/世界史から現代社会へ(その66) スリランカ
ESSAY 404/世界史から現代社会へ(その67) アフガニスタン
ESSAY 405/世界史から現代社会へ(その68) シルクロードの国々・中央アジア〜カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギスタン、タジキスタン
ESSAY 406/世界史から現代社会へ(その69) 現代ロシア(1)  混沌と腐敗の90年代と新興財閥オリガルヒ
ESSAY 407/世界史から現代社会へ(その70) 現代ロシア(2)  発展の2000年代とプーチン大統領
ESSAY 408/世界史から現代社会へ(その71) 現代ロシア(3)  チェチェン紛争の迷宮
ESSAY 410/世界史から現代社会へ(その72) 現代ロシア(4)  チェチェン紛争の迷宮(2)
ESSAY 411/世界史から現代社会へ(その73) 現代ロシア(5) 王道のロシア文学
ESSAY 412/世界史から現代社会へ(その74)  現代ロシア(6) 北方領土
ESSAY 413/世界史から現代社会へ(その75)  中国(1)  ケ小平と改革開放経済
ESSAY 415/世界史から現代社会へ(その76)  中国(2) 誰が一番エライの?〜中国の権力メカニズム
ESSAY 417/世界史から現代社会へ(その77)  中国(3) 中国における都市と農村の地域格差
ESSAY 419/世界史から現代社会へ(その78)  中国(4) チャイナリスク(1) 政治システム上の問題点
ESSAY 421/世界史から現代社会へ(その79)  中国(5) チャイナリスク(2) 派生問題〜”規模の政治”と伝統カルチャー


文責:田村




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