チェチェン戦争は、単にロシア政府とチェチェンだけの二極ゲームではありません。実は登場人物( or 表だって登場はしないけど裏からあれこれ画策している勢力)は思いっきり沢山居ます。
チェチェン側
まずチェチェンですが、これが全然一枚岩ではないのです。チェチェンには、あくまでロシアからの独立を希望する独立派と、ロシアの支配を受け入れようとする派があります。独立派の中では、急進派の
バサエフと穏健派の
マスハドフという路線闘争があり、彼らが一番表だってドンパチ活躍します。一方、第二次チェチェン戦争によって独立派が軍事的に追い払われた後は、ロシアの傀儡政権になり、傀儡政権の担い手として
カディロフ親子や
アルハノフがいます。
しかし、全てのチェチェン人がこの三派に属するかというと別にそんなことはありません。それほど政治的に熱くもなく、また権力に近いわけでもない「普通のチェチェン人」はそのどれでもない。では、普通のチェチェン人は相次ぐ戦乱にひたすら怯える羊のような無辜の集団かというと、意外とそうでもない。というのはチェチェンに限らずカフカースエリアというのは、アフガニスタンと同じように、山がちで古くから各部族が独立独歩でやってきたエリアだけにチェチェン内部でもそれら部族間の軋轢があって、それほどまとまりが良いわけでもない。強大なロシアやらバサエフの派手なテロ活動に隠れて見えにくいのですが、別に羊のような平和な民というわけでもなく、もっと独立不羈の連中だったりします。第一次チェチェン戦争と第二次戦争の間の時期、ロシアの重圧がなくなったのですが、このときも平和に推移してたわけではなく、それぞれに混乱はありました。それどころか疲弊した経済状況のなかで「唯一の産業は誘拐」というくらい、外国人や資産家が誘拐され残虐に殺されていたりもします。そうかと思うと、党派を超えて人道的に医療活動を続け、党派を超えていたから双方に命を狙われアメリカに亡命させざるをえなくなったハッサン・バイエフ医師のような存在もあります(著作もあるし、世界的にも有名、日本で講演をしたこともあります)。
何が言いたいのかというと、チェチェン問題のようなケースでは、ついつい強大なロシアが小さなチェチェンを虐めているかのようなシンプルな図式にあてはめがちであり、ロシアのクレムリンの人々は権力欲にとりつかれた悪魔的な人間で、チェチェンの人々は全員可哀想な羊のような民に見えたりするのだけど、それはあまりにもマンガ的なものの見方だということです。一個の人間としてみたら、プーチンよりも遙かに毒々しく、猛々しいチェチェン人だって山ほど居るでしょう。その昔の「鬼畜米英」みたいに、たまたまどっちかの陣営にカテゴライズされたら味噌もクソも一緒くたにして鬼畜だったり、善良な羊だったりすることはないということです。それがリアリティというものでしょう。
ロシア側
さて、ロシア側ですが、ここも熾烈な権謀術数の世界ですから、プーチン大統領のもとに一枚岩で団結しているわけではありません。第二次チェチェン戦争前後まではプーチン以上の権勢を誇っていた新興財閥
オリガルヒがいます。オルガリヒとプーチンの関係は時期によってガラリと変わます。まず、エリツィン→プーチンへの権力移行の90年代末期には、オリガルヒはプーチンの支持勢力として動きます。というか、その時点ではオルガリヒの権勢の方がプーチンよりも強く、自分らの都合の良いロボット政権を作るためにプーチンを支持したような形です。プーチンが国民の人気を集め、大統領選で勝てるように、チェチェン戦争を利用する際にはオルガリヒも一役買っています。しかし、プーチンが手の平を返したようにオルガリヒ勢力の追い落としを始めてからは、プーチンと敵対するようになります。特にイギリスに亡命させられた
ベレゾフスキー(前回ちょっと紹介しました)は、プーチン政権を弱体化させるためには色々な画策をします。
オリガルヒとチェチェンの関係ですが、オリガルヒの中でも怪物的な存在であるベレゾフスキーの動きが微妙だったりするのですね。ベレゾフスキーが新興財閥としてのし上がっていく過程において、チェチェン系マフィアとの関係があったと言われています(後にこじれて暗殺未遂を起こされたりもしています)。エリツィン政権のときは、チェチェン問題担当としてチェチェンで生じた誘拐事件に関わり、多額の身代金を自腹を切って支払っています。ベレゾフスキーは政府の承認を得た純然たる公的活動であるとしていますが、受け取ったのが当時チェチェンで首相をやっていたバサエフだっただけに何らかの裏取引があったのではとも言われてもいます。また、プーチンと敵対するようになってからは、共通の敵であるプーチンに対抗するため、バサエフが派手にテロ活動をやるにあたって資金などの支援をしているという話もあります。
このあたりの諸事情は憶測の域を出ないのですが、かたやKGB出身のプーチン、かたやクレムリンのゴッドファーザーとまで呼ばれたベレゾフスキーの対決というのは、両者のキャリアや資性からして多分に「何でもアリ」であろうし、何がどうなっていても不思議ではないです。ここでは、少なくともロシアが一枚岩で団結しているわけではない、ということだけ押さえておきましょう。
他のカフカース諸国
チェチェン以外のカフカース諸国ですが、これがまた平和で安定した社会を謳歌しているわけではありません。各国相互に仲がよくない上に、各国内部でもまた”小チェチェン”のような独立を目指す少数民族集団がいて、旧ユーゴスラビアのコソボやセルビアみたいな民族浄化をやってたりします。例えば、90年代前半のグルジア独立時におけるグルジア内部の
アブハジア統合紛争などがあります。グルジアはロシアからは独立したいのだけど、グルジア内部で独立したがっているアブハジアは自分のところに吸収したいということで、二重構造の独立紛争になります。その際、アブハジアを後ろから焚きつけているのがロシアだったりして(とグルジア政府は非難している)。また、チェチェン戦争でロシアの不倶戴天の敵になるチェチェンのバサエフが、この時期にはロシアと協同してアブハジア独立のための義勇軍として参戦してたりするから、話はややこしいのですね。
同じような問題はオセチアにもあり、こういった地下のマグマが2008年のグルジア・南オセチア紛争という形で噴火したりします。要するにカフカース地方というのは、第一次大戦のときに「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたバルカン半島にように複雑であり、バルカン半島の複雑さが冷戦終結後も旧ユーゴ内戦と虐殺という形で尾を引いたように、あちらこちらに火薬を抱えたエリアであるということです。バルカン半島は古代から交通の要所であるが故に民族が複雑に入り乱れており、しかも第一次大戦当時の国際政治の焦点に近かったためにグチャグチャになったわけですね。第一次大戦というのは、斜陽期にあったオスマントルコ帝国とかオーストリア帝国と、勃興する英仏独露の利権争いだったわけですが、トルコとオーストリアの間にあるのがバルカン半島なわけで、ややこしい地域がややこしい時期に舞台になってしまったわけです。
チェチェンをはじめとするカフカース諸国の問題というのは、後でも述べますが石油資源の利権争いと中東イスラム勢力VS西欧勢力の戦場にも近いということで、これまたややこしいエリアがややこしい時期にややこしい舞台の近くに存在してしまっているわけです。分りにくい筈です。カフカース諸国の中でもチェチェンが最も反骨精神旺盛で、独立・弾圧・反抗・鎮圧・テロ・弾圧といういちいちド派手な経過をたどっているから世界的に突出して有名ですが、この種のゴタゴタは別にチェチェンだけの話ではないようです。
さて、以上が「土着勢力図」みたいなものですが、これに「部外勢力」が入り込んできて、話はさらにややこしくなります。
イスラム原理主義勢力
まず、イスラム勢力です。もともとカフカース地方はイスラム教エリアですが、同じイスラム教でもスーフィズムという土着宗教とミックスした形のイスラム教がメインでした。スーフィズムというのは、僕もよくは分らないのですが、神秘主義的というかイスラム教における密教みたいなもののようです。過去にも何度か言及しましたが、イスラム教というのはあんまり神がかってないというか、宗教というよりも法律や国家制度といった方がいいような規範体系だったりします。ともすれば法律のように無味乾燥になりがちなので、もうちょっと神がかった潤いが欲しいということでしょうか、スーフィズムでは禁欲的で厳しい修行をおこない、回旋舞踏というグルグル廻る踊りを通じてトランス状態になり、神と合一するという。この修行とか覚醒、神との合一といういかにも宗教らしいウェットでドラマチックな要素が受けて、古来多くのエリアに浸透していますし、各地の土着宗教と混合していたりします。
余談になりますが、ある意味、日本の仏教に似ているところもありますよね。日本の仏教、特に民間信仰レベルにおいては、極楽浄土思想や祖先霊崇拝信仰があるわけですが、釈迦の唱えた純粋仏教では人は輪廻しつづけるのだから、本来的に祖先崇拝なんてないし、極楽浄土なんか無いです。だからそこへ誘う大日如来なんかも居ない筈です。だって死んだら「はい、お疲れさーん、じゃあ次ね」ということでグルグル輪廻するんだもん。回転寿司のように循環しているのだから、どこが先頭でどこが末尾ということもない。だから論理的に「先祖」という存在はありえないです。草葉の陰に祖先の霊なんかいないし、お彼岸になったら帰ってくるなんてこともない。ここでは仏教が日本土着の祖先崇拝信仰とごた混ぜになってるわけです。さらに、アミニズム的山岳信仰(役行者みたいな)ものとドッキングして山伏が出てきたり、マントラ(真言)を唱えて宇宙の真理を垣間見る密教とか、千日廻峰、即身成仏という独自の展開を示していくわけです。当然神道ともごちゃ混ぜになる。「お地蔵さん」という仏教上のいかなる教理から導き出されるのかようわからん存在が全国各地に点在しているわけですし、毘沙門天や帝釈天のようなヒンドゥー教の登場人物が出てきたりします。でも、これは日本の宗教が無節操というのではなく、宗教というのはある土地に浸透していく際に、その部族のそれまでの文化と自然に混ざり合っていくということだと思います。キリスト教だって、イスラエル発の砂漠宗教のくせに、キリストの誕生日には何故かボッテリ厚着をしたサンタクロースというおじいさんがトナカイのソリに乗ったりするわけです。どこであれツッコミどころは満載ってことです。
さて、カフカース地方ですが、民族部族が入り乱れてそれぞれに長い伝統をもっている彼の地では、イスラム教もスーフィズムという形で受け入れられていました。ところが、冷戦終結後のイスラム世界と西欧世界の対立、イスラム教の原点に戻れという原理主義の勃興によって話は変わってきます。西欧に対する敵対意識をもつイスラム原理主義者は、その敵対姿勢によって戦闘集団的な様相を持ち、ジハド(聖戦)やムシャヒディン(イスラム戦士)という文脈で活動するようになります。そして、チェチェンをはじめとするカフカース地方がロシアと戦闘状態になるや、中東方面のイスラム世界から義勇兵が駆けつけてきて、チェチェンにおいては過激派の首領であるバサエフと共同戦線を張るようになります。彼ら原理主義者は、原点回帰に固執しますので、スーフィズムのように宗教的ヒラヒラの装飾性を邪道呼ばわりします。特に、サウジアラビアあたりのワッハーブ派が多かったようですが、ここで同じイスラム教のなかでも確執が起きます。でも、チェチェンの若年層、特に戦争後の失業率70%とかいうとんでもない窮迫状況において人生の意義も目的も希望も見失いがちなだけに、イスラム義勇兵らが持ち込んできた「全部西洋の悪魔的な価値観のせいだ、奴らを倒すために戦え」というプロパガンダは魅力的に映るようです。
その他の国際勢力
部外勢力その2としては、アメリカをはじめとする西欧勢力です。筆頭にくるのが当時のブッシュ(子)大統領率いるアメリカです。特に911テロのあとは、対テロ戦争という錦の御旗を掲げ、イラクを攻め、アフガニスタンを攻め込みます。ただし、アメリカ国内もロシアと同じく一枚岩ではないです。ブッシュ政権内部でも強硬なネオコン派と穏健派の対立があります。
また、経済的にみればソ連の誇る原油資源のパイプラインが中央アジアからカフカース地方を通ることから、世界の石油企業や商社などが利権を求めて争奪戦を展開します(ニュー・グレート・ゲームというそうです)。そして、この石油利権系の登場人物とアメリカ側の登場人物はかなりの程度重複したりします。だいたいブッシュ家の家業も石油屋さんだったりしますし。
さらに、これらのショーの「観客」ともいうべき国際社会、特に西欧社会における”世論”があります。アメリカ大統領やロシアといえども国際世論に逆らったら権力の維持が難しいです。だからといっておとなしく世論に従うかというと、逆に世論(マスコミ)を操作するようになります。
これに加えて、西欧&イスラム勢力以外の国際勢力がいます。例えば中国やインドです。どちらもBRICsの一翼を担い、猛烈な経済発展の末にくる資源エネルギー不足を解消するためにロシアやカフカースの石油利権には敏感です。それに加えて、インドは不倶戴天のパキスタンとの絡みで、パキスタンの支持するアフガンのタリバン政権や中東イスラム勢力、アメリカ、ロシアと微妙な関係を築こうとします。中国の場合には、自分のところでもチベット問題というチェチェンと似たような問題を抱えているので、うかつな言動は取れません。それぞれがそれぞれの思惑を持っているということですね。また、カフカースと民族的に近いトルコ。さらにイスラエル。ロシアのオリガルヒにユダヤ人が多く、イスラエルに亡命してたりします。
このように登場人物だけでもムチャクチャ沢山おり、しかもそれぞれの行動原理や利害の次元が全然違う。あたかも同時に3曲くらい音楽を鳴らしているような状況になっているわけで、本当に何がなんだかよく分らなくなっています。まさにチェチェンの迷宮です。
かといって、「よう分らん」を連発しているだけでは芸がないので、多少なりとも文脈解析をしてみましょう。
チェチェン問題を理解する一つのコンテクストとしては、テロ(反テロ)の流れがあります。
ご存知のように2001年の911テロによって、アメリカのブッシュ政権は「テロとの戦い」を掲げ、イラクやアフガンに侵攻するようになります。今となれば悪評ふんぷんでボロカス言われている反テロ戦争ですが、当時は非常に盛り上がっています。このブッシュ大統領の反テロ戦争の旗印に、プーチンはさっそく支持表明をします。アメリカの主張に間髪入れずにロシアが支持を表明する、冷戦時代には考えられなかったことですが、それぞれがそれぞれに思惑あってのことです。
まず、ロシアのプーチンとしては、ロシア軍のチェチェン侵攻が国際的には人権侵害、弱い者イジメのように見えて、あちこちから批判されてうるさくて仕方がなかった筈です。プーチンは「テロリストは便所に追い詰めて肥溜めにぶち込んでやる」(99年)、 「我々が戦っている相手は残酷な連中、人間に化けた獣だ」 (2005年11月)とチェチェン勢力に対して攻撃的な言説を吐くのですが、同時に「我々の敵はテロリストでなく、ジャーナリストだ」(01年05月)という、チェチェン側に同情的だったり、チェチェン側の取材を行おうとする西欧ジャーナリズムに対する苛立ちも隠せません。その意味で、チェチェン独立派を「あれはテロリストなんだ」とレッテルを貼りかえ、チェチェンへの軍事侵攻を”弱い者イジメ”という文脈から「テロとの戦い」に変えてしまえば、国際世論の批判をかなりクリアできるという目論見があったと思われます。
一方、アメリカはイラクやアフガンへの作戦を展開するにあたり中央アジアやカフカース諸国での米軍駐留をロシアに認めてもらいたいという思惑があります。また、アメリカと中東の立場が険悪になることに備えて、非中東圏の産油国であるロシアとはうまくやっていこうという思惑もあります。ここに米ロの思惑が合致し、反テロという錦の御旗のもとに米ロ蜜月状態が現出します。ロシアはアメリカの駐留を認め、アメリカはロシアに対する人権侵害的な批判を弱めます。
反テロ潮流の尻馬に乗ろうというプーチンの戦略は、ミエミエな論理のすりかえではあるのですが、しかしそれをすり替えと感じさせないくらい、チェチェンの過激派バサエフのテロ活動も凄まじいものがありました。第二次チェチェン紛争以後、穏健派のマスハドフと袂を別ったバサエフの行った「仕事」をリストアップすると以下の通りです。
2002年10月:モスクワ劇場占拠事件 - 42名の武装勢力がモスクワのドブロフカ・ミュージアムで人質922名を取り、ロシアのチェチェン撤退を要求。ロシア政府、軍精鋭部隊(スペツナズ)を強行突入させ武装勢力側は全員死亡。しかし、その際に使った有毒ガスの詳細や解毒の情報周知が不徹底だったため、人質129名が中毒死する(犠牲者数については諸説あり)。また、ドサクサに紛れてロシア側が死傷した人質の所持金などを”火事場泥棒”したということで、2009年3月モスクワ裁判所は一部を認め賠償を命じる判決を下しています。
2002年12月:チェチェンの首都グロズヌイの政府庁舎での自爆テロ。約80名死亡
2003年5月:チェチェン北西部のズナメンスコエ行政庁舎での自爆テロ、59名死亡。その二日後、ロシアの傀儡政権であるカディロフ(父)大統領に対して女性の自爆テロ敢行、14人死亡するも、カディロフは無事。その他、2003年にはスタヴロポリ駅爆破、赤の広場爆破事件などがあります。
2004年には有名な北オセチア共和国のベスラン学校占拠事件が発生し、322人の犠牲者を出します。9月1日に実行された占拠により、7歳から18歳の少年少女とその保護者、1181人が人質となってます。3日間の膠着状態ののち、9月3日に犯人グループとロシア治安部隊との間で銃撃戦が行われ、治安部隊が建物を制圧し事件は終了したもの、386人以上が死亡(うち186人が子供)、負傷者700人以上という犠牲を出す大惨事となりました。
他にも2004年には、モスクワ地下鉄爆破、隣国イングーシ内務省襲撃、グロズヌイにてカディロフ(父)大統領を爆殺、モスクワ発旅客2機同時爆破があります。2005年には、カバルジノ・バルカル共和国の首都ナリチクへの襲撃事件。
というわけで精力的にテロをやりまくっていたバサエフですが、これには女性も参加しており、チェチェン紛争により家族を失った女性たちにより組織された黒い未亡人(ブラック・ウイドウ)と呼ばれるテロ組織もありました。
暴れ回っていたバサエフですが、2006年7月10日にイングーシとチェチェンとの国境付近で、ロシアのFCB(ロシア連邦保安庁)によって爆殺されます。