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今週の1枚(05.01.17)





ESSAY 191/英語の学習方法(その8)


−リーディング(その1) 新聞

;color: #002B2B; font-size:95%; line-height: 115%; text-align:left">写真は、ノース方面の高速。夕方のラッシュ。クリスマスに続いて1月は夏休みですから、大都市シドニーは比較的車の空いていて快適ですが、日がたつにつれ徐々にこのラッシュ状態が戻ってきます。Gosh!




 というわけで今週からインプット編、まずはリーディングをやります。

 思うのですが、英語学習の大部分の時間は、実はリーディングなのではないか、と。特に初期においては8割方そうなのではないかと。

 なぜかというと、学習初期においてはまず圧倒的に知識が足りない。足りない知識を補うインプット系にはリーディングとリスニングがありますが、リスニングにそう多くを期待することは出来ないでしょう。1時間リスニングしていたとしても、それで新たに得られる知識の量は微々たるものだと思います。最初は何がなんだかさっぱり聞き取れないし、何を言っているのかチンプンカプンだったりします。なんせ知らない単語は聞き取れませんからね。これは絶対に無理だと思います。もし聞いているうちにガンガン新しい知識は入ってくるのであれば、洋楽なんか中学校の頃から十数年以上聞いてきてるわけですし、洋画だって沢山見てるわけですから、もっと英語ができるようになってないと嘘です。あなたの好きな英語の曲、何百回と聞いた曲もあるでしょうけど、それで意味分かりましたか?もちろん、断片的に聞き取れる部分はあるでしょう。I love you とかね。でも、圧倒的に聞き取れないし、意味も分からないままでしょ。聞いてるだけだったら殆ど伸びないです。

 例えば、頑張ってラジオを聞いていても、”ぅわっどぅやしんかばうあねすぃーじぃや?ぜぁざろったぉぶぷろざんこんざうとぜあ、ゆのう、そぅぁわっどやせい?”てな感じで流れてくるわけです。分かりますか?「安楽死についてどう思いますか。ご存知の通り巷では賛否両論渦巻いていますが、あなたのご意見は?」とすぐに理解できたら大したものですが、初期の時点でそんなことは望めない。

 でも同じことでも読むのであれば、"What do you think about euthanasia? There's a lot of pros and cons out there, you know, so what do you say?"という文章になって目の前に現れるわけです。音というのは一瞬にして消えてしまいますが、文章というのはありがたいもので消えない。半永久的に目の前に留まっていてくれます。だから、ゆっくり辞書を片手に、euthanasia=安楽死、pros and cons=賛否両論、what do you say=あなたの意見は?と聞くときの慣用句、という新しい知識が入るわけです。

 こんな感じで、現地でオージーに囲まれ話を聞かされていても、それだけだったらなかなか伸びないです。リスニングでインプットが出来るようになるには、リスニング自体がかなり出来るようになって、殆ど何を言ってるか正確に理解できてからの話だと思います。そうなれば、「ああ、なるほど、こういう言い方をするのか」って覚えていくでしょう。例えば前述の例でしたら、euthanasia だけが聞き取れず、あとは全部聞き取れるくらいになってくれば、「ちょっと待って、その、あね、あねしーじゃ?ってのはなんなのよ?」って聞き返せるし、そうやって特定して聞けば「それはね」って答えてくれるから知識も増えます。しかし、まったく何も理解できなかったら何をどう質問していいか分からないし、ゆっくり喋ってくれたとしても分かるかどうか疑問でしょ。

 ですので、こと知識を増やすという面でいえば、まずはリーディングだろうと思うわけです。





 もっとも、だからといってリスニングの重要性を否定するつもりは無いです。
 耳で覚えたフレーズというのはとても貴重です。一般的に言って、聞いて覚えた単語は、特に現場で覚えた単語は、活字で覚えた単語よりもはるかに記憶に定着しますし、文脈もクリアだから即戦力になります。また、「耳から入る」というのは、むしろ言語習得の本来の姿ですらあります。母国語は誰でも耳で覚えて習得しますし(だから文盲という存在はあるがその逆はない)、言語の第一義的な姿は「音声情報」なのでしょう(文字が発明されたのはずっと後だし、未だに文字を持たない民族、文化はある)。

 ですので、耳から覚えるのは本家本道でありますし、ネィティブと同様の最もナチュラルで最も綺麗な言語を習得できます。しかしそれには欠点もあって、まず第一に効率が悪い。特に初期は、なにをいってるのかさっぱり分かりませんからね。第二に、第一の帰結として精神的に非常に苦痛である。何ひとつ分からない時期が何ヶ月も延々と続きます。第三に、個々の単語、例えば「これはリンゴ、これはコップ」というのは割と早く覚えるし、「朝起きたらモーニングというのだな」とかいうのはすぐに理解できるでしょう。しかし一般的な法則性、つまり文法ですよね、これは中々わからない。「そうか過去のことを話すときには”ど”という音をくっつけるのだな」というのが分かるには相当時間がかかるだろうし、go-went-goneの不規則動詞なんか最初は全然違う単語だと思うでしょう。第四に、つききりで何でも親切に教えてくれる人がいるかどうかです。普通はそんなの期待できないです。だから、理想的な学習法である「耳から入る」という方法論が実行できるのは、それなりに環境的に恵まれている人、つまり子供の頃からその環境で育つとか、ジョン万次郎のように否応なく英語環境しかないような場合でしょう。

 第四に関連して付言しますと、擬似的に子供やジョン万次郎のように100%英語環境にすれば、否応なく英語は伸びるはずだと思う人が沢山います。でもそういう人は、一つ条件を見落としているんだと思います。子供にせよ、ジョン万次郎にせよ(ってジョン万次郎って知ってますよね?江戸時代に船が難破してアメリカに助けられた人)、「彼は言葉が出来ないのだから教えなければならない」と周囲の人間が自然に思うのですね。なぜなら子供にせよ万次郎にせよ周囲の人のヘルプがなければ生存できないという条件下にあります。生きるためには不可避的に他人と接し、他人の世話にならないとならないわけだし、また周囲もその事情を良く知ってるからよく世話もするだろうし、言語コミュニケーションも初歩的なところからやってくれます。でも、あなたが自分のお金で飛行機に乗ってこっちにやってきても、そういう条件にはならないでしょ。誰の助けを借りなくなって、オーストラリアくらいだったら、お金さえ持っていれば幾らでも生きていけるし、好きなときに帰国もできます。英語を喋らなくても全然生きていける。だから別に他人と接触したり英語でやりとりすることが、本質的に「生存に不可欠」ってわけではない。それに周囲だってあなたのことを「生存が脅かされている人」としては見ない。結局のところ、英語を喋ってもいいし喋らなくてもいい環境にしかならない。一言でいえば「否応なく」なってくれない。だから結局喋らない、アテが外れるという。

 リスニングはリスニングとして重要ですが、物事にはそれぞれ長所短所があります。リスニングの効用は、またリスニングの章でじっくり書きますが、ここでは「知識を仕入れる」という観点から、リーディングの方がとっつきやすく、且つ効率もいいよということを言っておきます。





 OK、リーディングの重要性はわかった、じゃあ何を読めばいいんだ?なにか適切な教材はあるのか?という疑問が出てくるでしょう。これに対する僕の答えは、「片端から読め」です。「選り好みするな」「視界に入ってくる英語(現地に居る場合)、すべて読め」と。

 言語というのはTPOによって千変万化します。同じ内容を言うにしても、場面によって使う単語は全然違ったりするし、表現方法なんかも違う。家族間で使う言葉と、友達同士のタメ口と、上司に報告する言葉、天皇陛下に奏上する言葉は全部違う。年齢によっても違うし、状況によっても違うし、時代によってもまた違う。単に会って挨拶するだけでも、「おはよー」「うっす」「よう」って言う場合もあれば、きちんと「おはようございます」と言うときもある。これが時代劇になると、「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じまする」なんて言い方になったりする。同じ時代劇でも、「まろはどうなるのじゃ」という公家言葉から武家言葉、町衆言葉があり、方言がある。

 まるで家族麻雀みたいに、言葉には「仲間、グループ」があります。この言葉とこの言葉は仲間だから一緒に使っていいけど、これは仲間じゃないから一緒に使ったらいけないって暗黙のルールがあります。例えば(この例は前にどっかで書いたと思うけど)、日本語で「お食事のご用意が出来ました」という表現がありますが、これは旅館に泊まって仲居さんが喋るという状況だったらドンピシャなわけです。しかし、あなたが二階にいて、階下から上がってきた弟さんが「ねーちゃん、ゴハンできたって」って呼びに来るときに、「お食事のご用意ができました」なんて言ったらズッコケるでしょう。逆に仲居さんから「ゴハンできたよ」なんて言われたら面食らうわけです。赤ちゃんに話し掛けるように「ゴハンでちゅよ〜」と上司に言ったら馬鹿かと思われるでしょうし、飼ってるペットに言うように「さあ、エサだぞー」なんてのを人間相手にいえない。野戦行動をしている軍隊だったら「糧食の準備が整いました」と言うだろうし、男の友達同士だったら「おう、メシにしようぜ」と言う。

 さらに分解して、同じ「ごはん」を意味する言葉でも、「(お)食事」「メシ」「エサ」「晩餐」「夕餉」「ディナー」「粗餐」「食料」「食糧」など色々なニュアンスの違う言葉があり、これに続く「用意が出来た」を意味する言葉も、単に「○○だよ、だぜ、○○にしよう」から「準備が整った」などバリエーションがあるわけです。食事+用意が出来たという二つの言葉のカップリグがまさに家族麻雀的で、「メシのご用意が整いました」というのはダメだし、「お食事だぞー」って言うのもなんかヘンです。この原理がまんま英語にも当てはまるわけです。

 このあたりは後でまた述べると思いますが、単語や表現には、こういったグルーピングのようなものがあり、またコロケーション、句動詞(phrasal verb)があり、こういうことをちゃんと知らないとマトモな英語になってくれない。和英辞典をひきひき文章を作っても、大抵の場合は「エサのご用意が整いましてございます」みたいなケッタイな英語になりますから、和英辞典って殆ど使わないですし、使う場合は細心の注意が必要です。

 ともあれこういった膨大なグルーピングやTPOを理解するためには、偏食しないで、満遍なく食べていくしかない。ありとあらゆる局面の英語に接して、雑食のうえにも雑食を重ねて自分の経験や視野を広げて、健全なバランス感覚を養うほかに方法はない。だから、「片端から読め」「あたるを幸い、目に映るものすべて読め」というのはそういうことです。





 具体的にどんなのがあるのか?というと、まず新聞。新聞でも硬い経済記事も、投書も、音楽や娯楽欄、マンガ、広告、求人広告、天気予報に至るまで読め。無料で配られるコミュニティペーパーも読め、CD屋に積み上げられている新譜情報、スーパーの折込チラシ、インスタントラーメンの袋の説明、シャンプーにかかれている効能の能書き、薬の使用上の注意、バス車内の表示や広告、駅前の掲示板、電気代の請求書、スーパーのレシート、入場券の裏の注意書、医者の問診票。もちろん普通の書籍、小説、評論、ハウツーもの、ドキュメント。いくらでもあるでしょう。

 もしあなたが現地にいるのだったら教材には事欠かないわけです。日本にいたらこうはいかないですよ。英語教材を見ても、やっぱりそれが製本されたりする時点で時代遅れになってるかもしれないし、地域によって言い回しが違ったりもします。しかし、現地で目に入るものは、間違いなく今この瞬間に使われている英語であり、鮮度100%なわけです。しかもイチイチお金を払って教材を買い込む必要もない。電車に置き忘れられている新聞だけでも優に一週間分の教材になるでしょう。バンドエイドやサンスクリーンの効能書など普通にモノを買ったらリーディング教材がついてきます。もう夢のような環境ですよね。まあ、それだけ右を向いても左を見ても英語英語英語の世界だから、地獄とも言うけど(^_^)。





 その中でもとりわけ何が良いか?というと、新聞がいいと思います。以下、新聞について突っ込んで書きます。
 新聞の長所は、第一に最新であることです。毎日毎日新版が出ます。第二に、文章のプロが書いているのでそうそう文法的に間違ってるとかおかしな表現はないです(時々誤植があるけど)。第三に、これは読む場所にもよりますが、テーマが満遍なく散りばめられていることです。政治経済だけではなく、社会面ではどこそこのパブで殴り合いがあったとか、ジョンさんのところの農場がどうしたとか、最近オーガニック野菜が流行っているとか、新たなガン治療法が開発されたとか、彗星がやってくるとか、TV欄の番組紹介など、ジャンルが多岐にまたがっているので、様々な分野の表現を仕入れられます。第四に、新聞に載っているのは記者の文章だけではなく、評論家やエッセイストの文章もあるし、普通の人が書いてきた投書もあり、いろいろな表現の方法やクセに触れられます。特にこちらの新聞は、雑誌を買う必要がないくらい各テーマごとの分冊ページが多いです。第五に、これは大きな副産物ですが、自分の住んでる国や町のことがよくわかります。新聞をコンスタントに読んでいたら、かなりオーストラリアのことや、オーストラリア人が何を考えているかわかりますよ。第六に、安い。土曜日版なんか300ページくらいありそうな、日本の新聞の元旦版くらいありますが、これで2ドル20ですからね。180円くらいです。前述のように車内に置き忘れているのを拾ってくれば無料です。インターネットで読んでも無料。

 次に読み方ですが、幾つか気をつける点があります。思いつくまま書いておきます。

@.大見出しはわからなくても良い(一番難しい)


 見出しはヘッドラインといいますが、僕の意見ですけど、このヘッドラインが一番難しいと思います。
 なぜヘッドラインが難しいかというと、第一に、字数制限のため、あるいはキャッチコピーとして人目を引きたいがために、独特な省略表現をするからです。これは日本の新聞も同じだと思いますが、「巨人王手」とか書いてたりしますよね。「昨日の日本シリーズで勝ったことにより、巨人はあと一勝すれば優勝というところまでこぎつけた」なんて長々書いてられないから、大胆に省略します。このように見出しには独特の(ケッタイな)用法があって、場合によっては平気で文法も無視します。現在形でかかれていることは過去のことだし、過去形でかかれていることは大体受動態の意味だったり(そしてbe動詞は無視)、これは慣れないと「なんのこっちゃ?」と思うでしょう。

 昔読んだ本に、新聞見出しのルールみたいなものを要領よくまとめたものがあって、さっきから本棚を探しているのですが見つかりません。誰か持っていっちゃったかな?しかたがないのでインターネットで探していたら、伊藤サムさんという方がドンピシャのコラムを書いてくださっていました。「英字新聞見出しのルール」というもので、なんと全69回にもわたって書いてくれています。よくそんなに書くことがあるよなと、自分のことは棚に上げて感心してしまいますが(^_^)、これだけまとめて書いてくれていると助かります。素晴らしい。

 もう一つ見出しが難しい理由は、これも上記の伊藤さんのサイトに書かれてますが、結構な確率でパロディとか洒落、言葉遊びで書いたりするのですよ。まあ元ネタが分からなくても、とりあえず意味は分かるというケースもありますが、それでも「なんでこんな書き方にするのか」と奥歯にものが挟まったようなもどかしさがあります。なかには元ネタが分からなかったら全然お手上げってのもあります。元ネタは、大体、英語のコトワザとか、有名なセリフなどが用いられます。時々刻々と変わるような大事件のニュース(例えば最近だったら津波被害状況)などはまだ比較的パロッてない素直な見出しが多いですが、ちょっとまとまった解説や評論記事だったらかなりの確率でパロってると思います。だからTIMEとかNEWSWEEKとか、そのへんは難しいです。

 ひとつだけ例をあげますと、これはずっと昔にTIMEかなんかで読んだ見出しですが、”pie in the sky”という見出しでした。内容は、たしかアメリカ空軍の最新戦闘機の紹介だったと思います。超高性能でえらく高額なんだけど、なんかの理由(忘れた)で実際にはあんまり役に立たないという噂もあるというという話です。 pie in the sky というのは、「空に浮かんだパイ」から「絵に描いた餅」という意味の慣用句ですが、「高性能新型戦闘機も絵に描いた餅じゃないか」という意味で内容とマッチしてます。しかし、それだけではない。その戦闘機の写真(空を飛んでる写真)が載ってたのですが、これがピザの一切れのようなクサビ型の三角形で、ほんとに「空に浮かんだパイ」みたいに見える。この見た目と内容とをひっかけ洒落にしてるわけですね。

 でも、こういうことって最初から元ネタを知ってないと全然面白くないのですね。ですので、初期の段階で勉強する場合はどうしたらいいかというと、もう大胆に「見出しは無視する」くらいでいいです。ここでひっかかってたらいつまで経っても先に進めないだろうし、知ってるか/知らないかってのは百万年考えても分からないですからね。聖書の一節なんかパロられたらもうアウトですもん。だから見出しは流す程度でいいです。そして最後まで読んで意味が大体分かってから、もう一回見出しに戻って、それで「ああ、そういう意味か」で分かれば上出来です。意味が全部わかっても見出しが理解できないってこともあるでしょうけど、気にしなくていいです。そして、たまには元ネタまで全部分かるときがあります。こういうときはメッチャ嬉しいですから、素直に喜びましょう(^_^)。

A.日本語で読んでも分からないであろう記事は読まない=読んでて楽しそうな記事を読む

 例えば専門的な経済記事とかですね。例えば、株式関係の記事で、「(○○製薬会社は)業績の伸び悩みから海外ファンド売りなどで昨年来高値から1500円幅の調整となっていたが、悪材料織り込み済みの値ごろ感に加え、ここにきて相次いで発売のサプリメントへの見直しも働いている」などという内容は、日本語でも興味の無い人には分からないでしょう。これを英語で読もうなんてのは無理です。自動車の記事とか、パソコン、園芸、、、それぞれの分野でそれぞれの専門用語と論理の転がし方がありますから、そこが分からずに英語で読んでも何をどう訳していいのか見当もつかないでしょう。逆に言えば、自分が好きな領域、専門用語も論理もわかっているような領域だと読んでいても「ははあ、あのことを言ってるのだな」と理解が早いし、楽しいしです。

 ただ、しかし、あなたが大学を卒業してバーチャロー/学士の称号を持っていながら、普通の新聞の普通の記事が理解できないというのは、日本ではそんなに問題ないかもしれないけど、こっちではモンダイかもしれない。世界的に言えば大学出というのはインテリですから、あんまりあれも知らん、これも知らんでは馬鹿にされるか、呆れられてもしゃーないです。特にヨーロピアンなどは、びっくりするくらい国際問題や政治経済を当たり前に知ってるし、当たり前に議論しますから、英語力以前に学力でついていけないケースが多いでしょう。大学の経済学部を出て「公定歩合」の概念が分からないというんじゃ論外でしょ。

 読んでていて楽しいor分かり易い分野として、「日本について書かれたもの」があります。日本のことだったら背景事情とか良く知っていますし、それに日本のことが外国人記者からどう見えているか興味深くもあります。ただ、惜しむらくは、日本の記事が少ないということです。僕が来た当事の10年前は、世界における日本のプレゼンス(存在感)はまだ結構あったのですが、ここのところ存在感ないですからね。でも、国際面を見てるとマレに出てくることはあります。



B.一面トップの大きな記事を読み、TVとラジオと連動させる


 これはどっちかというとリスニングの練習になるかとは思いますが------
 例えば今回の津波被害報道のように、大きな事件だと連日その報道がなされますし、TVやラジオのニュースでも繰り返し流れます。そこでまず、このような大きな記事を一回根性を据えて読みます。5時間かかっても10時間かかってもいいから、きちんと調べて徹底的に読むといいです。次にテレビやラジオのニュース番組を見て下さい。かなり聞き取りやすくなっている筈です。以下でも述べますがニュースに使用される表現方法というのは決まりきったものが多いですし、またその事件特有の単語については予め新聞記事で予習しています。そして1日に何度も繰り返しやりますから、十数回も聞いていればサワリの部分はほぼ完璧に聞き取れるできるでしょう。このときの感覚が大事なのですが、「完全に聞き取れるというのはこういうことなんだ」というのを体感してください。

 あんまり小さな記事だとニュース番組で取り上げるかどうかわかりませんし、やったところ1、2度でしかないでしょうから勿体無いです。出来れば連日そればっかやってるような記事の方が長持ちしますよね。

 繰り返し読んだり聞いたりすることで、その記事に登場するの単語や表現は、ほぼ記憶が定着するでしょう。記憶というのは一回忘れてまた思い出して、また忘れて記憶喚起して、、を、短時間の間に何度も繰り返すと長時間記憶として頭に焼きつきますから、効率いいですよ。

 また、読んでいるときには自分勝手にいい加減な読み方をしていた単語があります。発音記号にかなり忠実に自分なりに再現したとしても、それでも実際にネィティブが喋ってるのはまた微妙に違います。リーディングの欠点は「サウンドが無い」ことですが、TVニュースなどでおっかけることによって、覚えた単語がどのように響くのか、どう発音すればいいのかのカンドコロが分かります。

 同じように、固有名詞の読み方も徐々に覚えていってください。人の名前、地域の名前、やっぱり最低限知ってないと困ります。たとえば、"Sean"と書いて「ショーン」と発音するとか、”Stephens”と書いて「スティーブンス」と読むなど、アルファベットと実際の発音が対応していない固有名詞が沢山あり、英語圏でやっていく以上「そのくらい知っておけ」というレベルのものも沢山ありますから、こういう機会に覚えてください。地名なんかもそうですね。シドニーに住むなら、Mamahons Pointは”h”は発音しないで「マクマンズ」ですし、Leicchardtは「ライカード」、Sydenham「シィディアム」、Camnpsie「キャムシー(ケンプシーと書いてあるものがママありますが、ケンプシーは"Kempsey"というNSW北部の海辺の町)、TempeやBronteは「テンピ」「ブロンティ」と最後はエ音ではなくイ音になります。


C.ベーシックな背景事情、主な登場人物を習いたかったら特集記事がいい


 新聞記事は連続小説のようなもので、読み手にある程度の知識を要求します。与党のボスは誰で、誰がそのライバルで、今なにが問題で、どういう状況にあるのかというのが分からずに、連続するシリーズのヒトコマだけ読んでも何がなんだか意味が分からないでしょう。そのあたりの事件の基礎知識を比較的初歩から教えてくれる記事があるとすれば、特集記事です。これまでの出来事の流れを整理してマトメもやってくれますしね。

 シドニーにおられるのでしたら、シドニー・モーニング・ヘラルドという地元紙の土曜日版の第二分冊である、News Reviewを読まれるといいです。結構ボリュームがあって大変なんだけど、断片ニュースではなく、総合的な「おはなし」として書いてくれているので便利です。

 同じようにニュース週刊誌、つまりは TIMEとかNEWS WEEKとかも、購読者が国際的であることもあって、全く何も知らない読者を想定して書いている部分もありますからイチから説明してくれている度合いが高いでしょう。


D.特集記事を読むときの注意=第一パラグラフは無視してもいい


 短い報道記事だったら、比較的5W1Hの定石で、いつどこで誰が何をしたという骨子となる事実を書いてくれるのでわかりやすいです。しかし、特集記事の場合、壮大な「おはなし」「物語」として書こうという傾向が強く、ともすれば映画のようなドラマチックな構成、やたらペダンティックというか「ちょこざいな」というか、「俺ってこんなセンスのいい文章が書けちゃんだもんね」的なイヤミな感じが漂ってたりします。ジャーナリストのことを、オーストラリア弁で半ば馬鹿にして「ジャーノ」と言ったりしますが、ジャーノを嫌いたくなる気持もわからんでもないです(^^*)。このイヤミったらしさは、ここ数年読んでないので今は違うかもしれないけど、TIMEが一番鼻につきました。わざわざ面倒くさい表現を使ったり。NEWS WEEKの方がまだ洗練されてないというか、マトモな感じがします。

 壮大なお話をドラマチックに語ろうとするあまり、冒頭の部分が何を言ってるのかさっぱり分からんという場合もあります。例えばですね、日本のリストラ失業状況をレポートするときに、こんな感じに始まるのですね。

 「11月下旬のトーキョーの朝は既に冬の訪れを感じさせる厳しさだった。都心から1時間の近郊都市の駅周辺では、まるであつらえた制服のように同じコート姿に包まれたサラリーマンの一団が足早く改札の中に消えていった。ミチオ タカハシもその一団の中にいたが、皆と違うのはコートのポケットから魔術師のように鮮やかに定期券を出すのではなく、券売機で切符をかっていることだ。ハシモトも3ヶ月前までは魔術師の一人だった。彼の切符の行き先は23年勤めたマルノウチではなく、イケブクロだった。そしてそこには職安があるのだ。」

 てな感じで始まるわけですよ。これが第一パラグラフであったりするわけです。だから読んでて「あー、何を書いてるんじゃ来れ?」と思ったりするのですね。まだ日本の記事だったらいいですよ。これがジンバブエの政変とかになったら、「イギフリグ・ゲーハララムはテーブルの上に置かれた一枚の古ぼけた紙片を食い入るように見つめていた」とかそんな感じで始まるから、イヤになっちゃうんですよね。これもスラスラ読めるくらい英語が上達してきたら笑えるけど、一行に4回も辞書をひき、タカハシがどうしたというパラグラフだけで26回も辞書をひかされたら腹も立ちます。

 だからそういうときは、ちゃっちゃと無視して第二パラグラフに移った方がいいですよ。第二パラグラフからはマトモなってる率が高いから。「先月、日本政府から発表された雇用統計によると失業率は約5.1%であり〜」とやっと本題に入ってくれたりします。

 以後の文章構造は大体一緒です。問題状況を簡単に説明したあとは、識者の意見を、甲論乙駁形式に、互い違いに並べているだけって場合が多いです。「東京雇用リサーチ所長の意見」「厚生労働省失業対策本部の○○の意見」とかね。やたらボリュームが多いように見えて、実は3行くらい全部肩書きだったりします。例えば今日の新聞でパラパラ見てても、"Professor Gordian Fulde, head of the emergency department at Sydney's St Vincent's Hospital, said -" という感じで、「シドニーの線とビンセント病院緊急病棟長のGordian Fuldeはこう述べる」ということで、殆どが肩書なんですね。慣れないうちからこの種の肩書きをイチイチ読んだり辞書ひいてると面倒ですからスッ飛ばしていいです。

 記者の中にもやっぱり文章が上手な人とヘタな人がいるようで、説明やコメントの配置が要領よく分かり易い記事もあれば、ごちゃごちゃしてきて何をいってるのか分からん場合もあります。英語が出来ないうちは、わからなかったらすべて自分の英語力のせいだと思いがちですが、書かれている英文自体がスカタンだってことも結構あります。これは日本語でもそうです。余談ですけど、実家からAERAを送ってもらっているのですが、ここ数年めっきり質が落ちたと思います。記事の内容も脱力的なものが目立ってきた(特に巻頭記事)のと平行して、日本語としても質が悪くなってるのではないかと。分かりにくい文章というのは、例えば、指示代名詞の連結が悪いような場合で、「それはー」と書いてあるんだけど、「それ」というのは前文のどの部分を指すのか文章だけからでは良く分からないような場合。「彼は」「そういう人」とか言われても誰のことを言ってるのか、Aという可能性もあるし、Bという可能性もあり、いちいち立ち止まって「えーと」と考えなければならない文章は悪文だと思います。僕の基準では一読して理解できない文章は悪い文章だと思うのですが、英語日本語に関わらずこの種の悪文はあります。

 以前カミさんが英語の本で勉強してたのですが、どうにもこうにも読みにくく四苦八苦してました。たまたまエクスチェンジしていたイギリス人の友人に「これ、どういう意味?」と聞いたら、そのイギリス人曰く、「これは分からなくて当然、僕でもよく分からない。かなりひどい英文だな」。というわけで、異様に分かりにくかったら、それは書いてる奴が馬鹿だくらいに割り切っていいのかもしれません。もちろん自分の英語力が足りず、熟語や慣用句を見落として意味が通じないような場合もありますから、一定の辛抱は必要なんだけど、あまりに悲惨なときはチャッチャと他のものを読んだほうがいいですよ。ここではリーディングの練習というか、新知識を仕入れるために読んでるわけで、別に題材なんかなんでもいいです。

 TIME的ペダンティックな記事ですが、こうしてひととおり状況を書き終えると、記事の最後に、またエピローグのようにタカハシが出てくるわけですね。「券売機を前にしてタカハシは迷っている。これだけ長く職安通いをするならいっそのこと定期券を買ってしまおうか、と。家計は、もちろん楽ではない。しかし定期券を買うとその期間だけ失業が続くことを前提にするようで、どうにも躊躇われるのだ。”なんか縁起が悪いみたいでしょ”とタカハシは言う。エンギガワルイというのは日本語の表現で、もとは仏教から来たらしいのだが、自らバッドラックを招くようなものという意味らしい。エンギを気にするタカハシは結局今日も定期券を買わなかった」とかなんとかいって記事が終わるわけです。面白いっちゃ面白いんですけどねー、でもねー(^_^)。

 とかなんとか書いているうちにもう紙数が尽きました。
 続きます。


文責:田村

英語の勉強方法 INDEX

(その1)−前提段階  ”量の砂漠”を越える「確信力」
(その2)−波長同調
(その3)−教授法・学校・教師/スピーキングの練習=搾り出し
(その4)−スピーキング(2) コミュニケーションと封印解除
(その5)−スピーキング(3) スピーキングを支える基礎力
(その6)−スピーキング(4) とにかくいっぺん現場で困ってみなはれ〜二つの果実
(その7)−スピーキング(5) ソリッドなサバイバル英語とグルーピング
(その8)−リーディング(その1) 新聞
(その9)−リーディング(その2) 新聞(2)
(その10)−リーディング(その3) 小説
(その11)−リーディング(その4) 精読と濫読
(その12)−リスニング(その1) リスニングが難しい理由/原音に忠実に
(その13)−リスニング(その2) パターン化しやすい口語表現/口癖のようなボカした慣用表現、長文リスニングのフレームワーク
(その14)−リスニング(その3) リエゾンとスピード
(その15)−リスニング(その4) 聴こえない音を聴くための精読的リスニングほか
(その16)−ライティング 文才と英作文能力の違い/定型性とサンプリング


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