今週の1枚(03.09.22)
ESSAY123/魚料理の話とYESの話
写真は、Fish Market近くのWentworh Park
先週はぽっかりお客さんも途絶えて、のんびりしたいい息抜きの一週間でありました。今回は普通の日記風に日常のことを書いてみましょう。
先週を何をしたかというとですね、クルマを走らせているときにふと思いついてフィッシュマーケットに行って魚を買って来ました。
そういえば、昔々にシドニー食生活向上委員会というコンテンツで多少料理のことを書いてましたね。特に空腹絶倒とかいうエッセイを書いてましたが、もう随分と何も書いてないです。というか、そもそもそんなに書いてないです。カツオのタタキと麻婆豆腐しか書いてないですね。ネタはあるんだから、もう少しコンテンツを増やしてもいいのですが、1日数時間メールの返事書いてるとそれで燃え尽きてしまいます。メールが来なければ来ないでまた不安だし(^_^)。
フィッシュマーケットへの買出しはよくしますが、大体がお客さんをもてなすための場合が多いです。かつてサポートした人が遊びに来られたときに、「久しぶりに日本食、とりわけ魚料理でも」という感じでやったりするのですね。でも、忙しいさなかに多くの人数分作るからレパートリーも限られてくるので、あんまり冒険も出来ないですよね。それに大体週末になるのですが、週末はそんなに魚が良くないです。それに人出も凄いわ値段も高いわで。週の前半くらいが買い物にはいいですよね。これは魚に限りませんけど。
ハンドルを握りながら、ふと思いついたのですね。「たまには自分のためだけにに作ろうかな」と。
ところで、フィッシュマーケットの駐車場は3ドルもします。以前はもっと安かったんだけど、数年前に3ドルに上がりました。忙しいときや沢山買うときはそれでも停めますが、急いでないときはグリーブ方面に停めてから、Wentworth Parkの芝生をのんびり突っ切って歩いたりします。この公園のBridge Rd沿いに並んでる木立はいい感じですよ。上の大きな写真がその公園です。
魚の値段ですが、メチャクチャ上がりました。皆が魚を食べるようになったってことが大きいのでしょう。9年前に来たときは、アジア系のほかギリシャとかイタリアとか、要するに髪の毛が黒い連中がメインにうろついている、やや閑散とした、工場のように職業的で且つマニアックなエリアだったです。刺身も、マグロがキロ10-20ドルくらいで、半身がゴロンと転がっていて好きな部分を切ってもらったりしてました。いつしか段々シドニーの人々に魚が浸透するにつれ、アミューズメントパーク化が進み、週末などは大盛況です。野生のペリカン(半分餌付けされてると思うけど)もいるから子供にも楽しいし。それにつれて値上がりが激しいです。マグロの刺身もどれも短冊になっちゃって、しかもちょっとイイかなと思うとキロ50-60ドルもします。昔撮ったフィッシュマーケットの写真で魚と値段が映ってるのをみると、「おお、こんなに安かったのね」と思います。
下の写真は97年当時に撮影したものです。鯛がキロ9ドル弱で売ってます。右の写真は、ガランとしたフィッシュマーケット構内。
それでもこちらはまだまだ魚が安いです。とっつき易いサーモンなんかは、日本と似たりよったり、どうかしたら原産国のくせに日本よりも高いんじゃないかと思えるくらいですけど、日本で滅多に食べないような、どうかすると全身の姿を見たことも無いような(切り身とか料理ばっかりの)高級魚が安いです。例えばシマアジとか、スズキとか、オコゼとか。鯛も養殖が進んでるそうで、高くなったといっても、まだキロ12-5ドル前後でしょう。1500円前後も出したら30センチ以上のいわゆる尾頭付き状態のものがゲットできます。
フィッシュマーケットには小売店が6軒くらいあるのですが、いつも全店をぶらぶらと冷やかして、”本日のBest Buy"を探すのですが、この日は火曜日ということもあって、そこそこ出物がありました。まず、以前から「一度チャレンジしてみたいな」と思ってたオコゼ(Rock Cod)を買いました。そんなに新鮮ではなかったけど、どうせ刺身は骨が面倒くさそうで自信がないし唐揚にするからいいや、と。20センチくらいのものを、幾らだっけな、結構高かったけど、それでも400円くらいかな。日本でオコゼ食べに行ったらフグより高いと言われてるけど、数百円だったら気楽なものです。この値段だったら料理に失敗しても笑ってられます。
あとは、これこそ「本日のベスト」という艶々した新鮮なマナガツオが売ってました。英語名は忘れてしまった。Dart Fishだったかな。辞書でひくとpomfretとか載ってたりするけど、そんな名前じゃなかったですね。だんだん分かってきたのですが、魚の英語名なんか結構いい加減ですよね。サーモン、ツナ、サーデンあたりはメジャーだからどこでも同じですけど、ちょっとマイナーな魚になったら、もともとそんなに魚を食べる連中じゃないので正式名称というよりは、そのエリアでのローカルなあだ名みたいなつけ方になります。まあ、日本でも同じ魚が地方によって呼び名が変わったりするから、似たようなものかもしれません。名前とかコトバというのは、皆が共通に知っている概念範囲でのみ名称が付せられ、共通範囲が広がるにつれ一般用語に昇格していくという、社会言語学的には面白くも普遍的な現象ですな。
マナガツオも、いつかチャレンジとか思いながらやってなかったものです。どうやって料理していいのか知らんのだけど、それはおいおい考えるとして、とりあえずゲット。安かったですよ。キロ5−6ドルくらいでしたから、1尾100円くらい。あとは、ウニのいいのがあったのと、鯛の刺身が食べたかったので小ぶりの鯛。「こんなに食べれるかな?」と不安がよぎりましたが、まあ全部で、2000円いくかどうかだし、唐揚は翌日でもいいしと、と思って買いました。
そんなことを考えながら店を歩いていると、Kensingtonの寿司天国のマスターの森川さんにばったり出くわしました。この寿司天国という店は、僕はシドニーの寿司屋さんのなかではダントツにコスト・パフォーマンスがいい店だと思いますが、日系コミィニティ誌に全然広告を出さないから知ってる人しか知らないでしょう。僕も知らなかった。たまたま僕とカミさんの共通の友人がシドニーに遊びに来たとき、その友人のイトコがここのマスター・森川さんだというので、一緒に店に行ったのがキッカケです。ジャカルタで一番といわれていた寿司屋さんをやってたらしいのですが(別途、ジャカルタで食べた元駐在の人からも、あそこが一番という話を聞いたので確かでしょう)、政情不安のためにシドニーにやってこられたのですね。NSW大学の近くで、懐中乏しい学生さんのために、値段を抑えながら質と量をマックスにしたものを出しておられます。日本人的には、事前に電話して予約するといいです。それも前日。25−30ドルの予算でおまかせにしたらいいでしょう。それ用に仕入れてくれますし。ほんと食べきれないくらい出てきますし、寿司もネタが「嘘?」というくらい大きいし(そして美味しい)、かぶりつくような感じで食べます。口一杯に頬張ってるときはかなり幸せですね。奥さんとお子さんとそしてマスター一人で地道に仕事してますから、混んでから入店すると時間掛かります。一番風呂みたいに暖簾を出すかどうかくらいの時間に行くのがコツですね。
その森川さんとばったりフィッシュマーケットで出くわしました。奇遇ですねと思ったけど、まあ寿司屋さんと魚市場で出会うのは奇遇でもなんでもないのかもしれません。なんやかやと「景気はどうですか?」などと雑談してたのですが、週の前半はヒマで、後半は殺人ラッシュらしいですね。まあ、あの値段であの質だもんなー、人気あって当然だけど。でも、僕もよく人に薦める割にはそんなに行ってないです。場所がねー、ケンジントンですから(シティの南)、なかなかノース方面から夕方6時くらいに行くというのが難しいのですね。でも、書いてたらまた行きたくなりました。近い将来行こう。
寿司天国のマスターと雑談をしてたら、Tetsuya's のテツヤさんも同じ店で魚を選んでました。僕は面識はないので、当然挨拶もなにもしないですが、つい数日前、現地の新聞のSydney Mornig Herald で何年か連続で、全レストランのなかから数店のみ選ばれる三ツ星(正確には 帽子マーク)レストランに選ばれていた、いまやオーストラリアを代表するシェフといっても過言ではない人が、一人でフィッシュマーケットに来て、カレイをひっくり返したりして調べてたりしました。寿司天国とTetsuya'sとでは予算がマジに10倍くらい違うのですが、それぞれにそれは納得プライスだったりするあたりが、料理というものの方向性の広さを示してるような気がします。二人が入れ替わってお互いの店をやって同じクオリティのものを出そうとすれば、やっぱり似たような値段になるでしょう。高ければいいとか、安ければいいとい問題ではない。色んな道があるということでしょう。今日これから僕が帰って作る料理らしきイトナミも、プロの彼らから見たら児戯にも等しいものでしょうが、それもまた「色んな道」の一つなのでしょう。
ほお、今日はいろんな人を見るわ、という日でありました。
ちなみに寿司天国ですが、121 Anzac Parade, Kensington, 9663-3388 です。
さて、買って帰った魚ですが、いずれも美味しくいただけました。
僕ごときがエラそに料理法を書いても間違いも多いだろうし、大した役にも立たないだろうけど、シドニーでも家庭でこういうものが食べられるということを意外と知らない人も多いようですし、「ふーん、こいつに出来るなら俺もやってみようかな」と誰かを勇気付けることもあるかもしれないなと思うので、書きます。
まず鯛ですが、これは三枚におろして、アラは鯛の潮(うしお)汁にしました。片身は普通の刺身状態にして鯛茶漬け用に、もう片身はいわゆる”湯霜造り”にします。しかし、その前に鱗を落とさねばなりません。普通フィッシュマーケットで魚を買って、Clean?と聞かれて頼めば、ハラワタを出してくれて、鱗もひいてくれるのですが、何故か今日に限って鱗が引かれてなかったです。もっとも鱗を取ってくれているときでも、頭のまわりに鱗が残ったりしますから、もう一回チェックしますが。というわけで、「あー、もー」とかボヤきながら、バリバリ鱗を取ります。けっこう鱗が(髪あたりまで)飛び散って、楽しくない作業ではあります。
三枚に下ろす方法ですが、素人料理レベルでしたら、あんまりムキにならんでいいと思います。「ここが腕の見せ所」と張り切っちゃうのですが、あまり張り切ると、やってる最中に骨に身肉が残ったりするのが発覚した時点で、「あああああ、どうしよう?!」と逆上します。そんで焦って手を切っちゃったりします。危ないです。のほほんとやってください。多少うまくいかなくてもいいです。あんまり緻密にやろうとするあまり鯛身を握り締めたりすると身がグチャグチャになっちゃうし。切り易いところからスッスッと包丁を入れていけばいいです。当然簡単にはいかない”難所”が出てきますから、そこで一息おく。こっち側から切ってもラチがあかないときは、反対側から切っていって、難所部分だけを孤立させるようにすると割とやり易いようです。問題は、難所にこだわるあまり、力任せにやって包丁が滑って大怪我したり、あるいは包丁がアサッテの方向にいってメチャクチャな切れ方になったり、身が崩れてしまったりすることです。硬いアバラ骨を切断しなきゃいけませんので、それなりに大変ですから、出来たらちゃんとした重さのある出刃包丁があるといいです。
包丁の良し悪しは厳然としてあります。ただ、いずれにせよちゃんと研いでおくことが大事ですよね。適正な道具を揃えることが出来たら、仕事は半分出来たも同然といいます。そんなにメチャクチャ高価なものでなくてもいいですから、手持ちの機材はチューンナップしておくといいです。砥石はこちらでもゲットできます。チャイニーズのスーパーでも、フィッシュマーケットでも安価に手に入ります。
それでどうしても「ここが難しい」という難所が、パナマ地峡のように残ったりしたら、繰り返しますが、ここで焦らないこと。要するにこの部分が分離できたらいいんだから、韓国焼肉なんかで使う料理鋏で切ってもいいです。あまり大きな鯛だと骨もキツいですから、包丁の性能の関係で無理だったら、もう骨を避けるように、骨に沿って包丁を滑らせて分離切断すればいいです。別にきちんと「三枚」にならんでもいいです。食えたらいいんです。怪我だけはしないように(しつこく繰り返すのは、僕も何度もここで失敗して出血騒ぎになったから)。それで最後にはこう思ってください。骨に身が残っても、どうせアラも含めて、一匹丸々食べるから別に損じゃない、と。それに、後述のように鯛茶漬けにするんだったら、身はボロボロでも構いません。
やっとの思いで身を分離したら、皮をひきます。これがまたワザがいるので、しんどいのですね。新鮮なものは引きやすいけど、ちょっと古くなるとしんどい。皮の引き方は、写真があればいいけど、無いので、各自インターネットなどで調べてください。これもコツは焦らないこと。皮の端を、ちょうどシールをめくるように、最初はほんの数ミリ単位で分離させ、それを慎重に摘んで徐々に分離させていくのですが、これも短気は損気。焦るとビリビリと身がついてきて「あああああ!!」になるし、途中でプツンと切れたりします。そんな板前さんのように、包丁を間に挟んで一気にシャーッなんていきませんから。「うまくいくわけない」という前提で、のんびりやった方がいいです。アメフトみたいに「よーし、5ヤード前進」という感じで、ちょっとづつ。大事なのはここで興奮して手に力が入って身肉を握り過ぎないことです。崩れます。あと身の端は小骨と一緒にタテにバッサリ落としておくといいです。ゆっくり、落ち着いてやってください。これはもう、何事に寄らずモノゴトのコツですね。縦列駐車もしかり。英会話もしかり。舐めたらダメ。舐めてるから、いざ出来ないと「こ、こんなハズでは、、、」と焦る。逆上して自滅する。失敗のパターンなんかなんでも同じですよね。ちなみに、後述の”湯霜造り”が好きなのは、ひとつには皮をひかなくても良いというメリットがあるからです。
さらに皮を引いた身から中央に垂直に列をなして刺さっている骨を取ります。骨を取るのは大きな毛抜きのようなものを使います。手では中々取れないから、用意されたらいいです。これも売ってると思いますよ。骨を取るのも慎重に。いい加減に取ってると骨に身がくっついてきたり、引っこ抜く過程で身が崩壊したりします。刺身はほんと、面倒くさいです。
さて、潮汁は、いつも適当に作ってるので、今日はマジメに取り組みました。教科書どおり、鍋にはった水に昆布を沈めます。昆布や塩は日本から送ってもらったいいものを使います。味が濃い料理はわりとなんでもいいって気もしますが、潮汁のように昆布と塩と鯛のダシしか味の要素がない料理は、素材の差が結構出ます。コンブはゆっくり水であらって、多少切れ目をつけてから鍋に入れます。しばらくそのまま安置します。一方お湯を沸騰させます(こちらの電気ポットはすぐに沸くからこういうとき便利ですね)。ガッコンガッコンとパーツ分解した鯛のアラを流しに置き、上から熱湯をかけます。そして水で丁寧にぬめりや血の気を落とします。あんまりやりすぎると身がなくなって骨しか残らないからそこは注意ですけど。
きれいになったアラを鍋の水の中に入れ、火にかけます。沸騰する直前にコンブを取って、火を弱め、アクをすくいながら、静かに十数分煮ます。ほんダシなどの化学調味料を一切使わないでやろうとすれば、ダシの味は非常に微妙でデリケートになります。あんまり欲張って水を多くしすぎると味が薄くなります。鯛の本当の美味しさが出てくるまで、結構長い時間かかるなーという印象ですね。塩で味付けして、できあがりです。なお、鯛の塩焼きをした後にやる鯛雑炊の場合は、残った身を土鍋にいれて、かなり長い間煮込むようにしています。鯛の塩焼きと雑炊は、以前Essay63に書きました。
潮汁ですが、この種のデリケートな吸い物は先に食べた方がいいです。濃厚な煮つけなんか食べた後に飲んだら味がわからなくなります。あと、この味がわかるようになるのは、結構年食ってからでないと無理かも。ケチャップ味とか化学調味料味に慣れてしまうと、殆ど無味でしょうしね。僕も、30歳過ぎるくらいまでは、「ただのぬるいお湯」くらいの感銘しかなかったですから。ただ、どんなに若くてもすぐに鑑賞できるようになる方法があります。一回自分で苦労して作ってみるといいです。そうしたら脳味噌が開墾され、カルティベイトされますから、イヤでも感覚は鋭敏になります。これも何でもそうですね。一回自分でやってみろ、そうしたらよく分かるという。
いかん、料理の話だけで終わってしまいそうだ。チャッチャと進みます。鯛の湯霜ですが、まずボールに氷水をつくって張っておきます。俎板をナナメにして皮付きの鯛の半身を乗せ、端をフォークかなんかで抑えたら、皮の上から熱湯を掛けます。熱湯を掛けたそばから、半身がクルルッと廻るようそっくり返りますから、すかさずその身を氷水のなかに入れて熱を奪います。要するに皮の部分だけ熱して、身はクールのままに保つわけですね。難しそうだけど、意外と簡単です。コツは手早くやることであり、手早くやるためには、絶対に先に氷水を用意しておくことです。お湯をかけてから冷蔵庫の製氷皿を取り出してるようではダメ。高村薫の小説「神の火」に、「テロリストの仕事の99%は準備に尽きる」という一節がありましたが、料理も同じ。いざというときに、欲しいものが ready になってなかったら、その時点でアウト。湯霜における氷水の存在は、銀行強盗における逃走用の自動車くらいに重要です。氷水さえ準備できたらOKです。皮がコリコリ、プニュプニュして、なかなか美味ですよ。お試しあれ。
鯛茶漬けは、炒った白ゴマを浮かべた調味液、ダシ汁と醤油とみりんなど=ダシ醤油を薄めていい=に、適当に切った鯛の刺身を漬けて、ゴハンに乗せて、あとはワサビをきかせてお茶漬けにすればいいだけです。コツはあまり漬けすぎないこと。あまりに濃厚な汁だと、結局醤油の味しかしなかったりして、”とほほ”という気分になります(はるか昔の初挑戦のときはまさにコレだった)。調味液を舐めてみて、それが自分の好みになってるかどうかがキモだと思います。鯛の刺身自体の役目はぷりぷりした触感だけになり、味はもっぱら調味液が決めますからね。別にお茶漬けにしなくても、それだけで食べても美味しいです。アツアツのゴハンの上に乗せるとイイですね。白ゴマはその名のとおりホワイト・セサミで普通に売ってますが、無ければないで構わないです。好みですね。
今回は、20センチくらい小ぶりの鯛でものを500円くらいで買ってやってみましたが、二人だったら、これだけでも十分満足感高いですよ。まあ、満足感のうちの70%くらいは自己満足感でしょうが、なに、自分らしかいないのだからそれでいいのです。
オコゼは初挑戦だったので、これでよかったのかどうか未だによく分かりません。ただ、思ったほど面倒くさい魚ではなかったです。イメージ的には頭骨がゴツイので、骨ばっかりで殆ど食べる部分なんか少ないのでは?と思ってたのですが、意外とそうでもなかったです。ちょっと試しに刺身にもしてみようと、薄造りにしたのですが、白にほんのり桜色に染まった身肉はモチモチしていて、なるほどこれなら日本で人気はありそうだなと納得しました。これもフグと同じように、味がどうとかいうよりも触感と美しさでしょうね。
唐揚は、まあ、普通に唐揚にするだけですけど、別にそんなにもてはやされるほど絶品という感じでもなかったです。確かに、身がプリプリ弾力があるのは美味しいかなと思いますが、単純に味だけでいえば、こちらの出来のいいフィッシュ&チップスの方が美味しいかも。まあ、結局は料理がへたくそだからなんでしょうけどね。「オコゼの唐揚はかくあるべし」という理想のモデルが僕の頭にインプットされてないから、どの方向性に行けばいいのか分からんというのが問題です。今度日本に帰ったときにでも勉強したいと思います。
でも、いわゆる”骨せんべい”は美味しくできました。アラが多い魚なので、勿体無いなーと思って、アラもじっくり時間を掛けて揚げたら、いい感じに骨がスカスカになってくれて、パリパリとカルシウム補給になってくれました。
マナガツオですが、これの料理法はインターネットでも沢山出てました。でも、見たところ、皮や身の感じではハマチやブリ系の味がしそうだったので、二尾買ったうちの一尾は煮付けに、もう一尾は二枚に下ろして味噌漬にしました。結果的にはいずれも成功でした。味的にはマナガツオが一番美味しかったかもしれません。マナガツオも、表面がツルツルしているようで、意外と鱗があります。包丁を立ててバリバリやって取れるのだったら、鱗落としはやった方がいいです。鱗付きのまま煮付けにしてしまうと、食べる度に口の中が鱗だらけになって悲しいです(^_^)。
魚の煮付けは、平鍋(フライパンでもいい)に煮汁(水+醤油+砂糖、好みで酒とかみりんとか)を入れ、魚を入れる前に煮立たせます。煮立ってから魚を入れます。水の段階から魚を入れるアラ潮汁とはそこが違う。おそらく水から入れておくと臭みがついてしまうのでしょう(だからアラ汁の場合は先に熱湯で洗って臭みを取るのでしょう)。煮汁は、本当は厳密なレシピーがあるのだと思いますが、僕はいつもテキトーにやってます。あとで煮詰まることを考えて、多少薄めの味にして、舐めてみて「ま、こんなもんでしょ」くらい。強火で煮すぎると煮崩れて、全面崩壊して”魚の残骸”みたいになって悲しいですから、中火から弱火でトロトロと。生姜(皮つきのままでいい)の薄切りを臭い消しに何枚か浮かせます。葱を焦げ目がつくくらいに焼いたものを入れてもいい味がつくそうですが、そこまでなかなか手間が廻りません。魚は途中でひっくり返さなくていいです。下手にひっくり返そうとすると、また全面崩壊の危機が訪れます。時々スプーンで煮汁をすくって上から掛けてやれば結構イケます。
見ててもなんだか煮えてるのかどうかよく分からんのですが、煮物というのは弱火で時間掛けて、煮詰まったり焦がしたりしなければ結構うまくいくようです。ただ、油断すると焦がしますよねー。煮物も焼き物も、誰かが言ってたけど、見てると全然出来ないけど、ほんのちょっと目をそらしたら不思議なくらいいきなり焦げる、と。英語のことわざで、Watched water never boiled というのがあります。直訳は「見つめられている水は決して沸かない」で、本来の意味は「待つ身は辛い」ということですが、期待して見てると全然沸かないんですよね、ほんとに。洋の東西を問わず,考えることは一緒ですね。マナガツオを煮付けですが、ハマチ系のぽってりした身肉が、甘辛煮汁によくあって、美味しかったです。
味噌漬は、これも結構テキトーにやってますが、テイクアウェイでもらうタッパーに、味噌と砂糖と酒を、それこそテキトーに入れてよく混ぜます。しかし、この”テキトー”というのが、難しいんだろうな。わかる人には「こんなもんでしょ」とわかるんだろうけど、分からない人には全然わからんかもしれないですね。コーヒーに砂糖を入れるときに、「適当に砂糖入れておいて」といわれて、普通だったら小さじ1-2杯にしておくところを、大さじ5杯も10杯も入れ、コーヒーカップに砂糖の島ができるくらい入れてしまう人も、いないとは限らない。その人にとっては、それが「適当な量」なんだろうけど。こういうのって「このくらいこの味を入れたら結果としてこうなるだろうな」という味の予測能力だと思うのですが、生来的にこのカンがいい人と悪い人がいるのだろうと思います。カンが悪くても、素人料理レベルだったら、いろいろ覚えていけばいいだけですから大丈夫です。ただ、あまり教条的盲目的に「○○大さじ○杯」と従って、自分で考えようとしないとカンが鍛えられないからいつまでたっても料理はうまくならんような気もします。カンは自分で育てたり鍛えたりするものなのでしょう。
魚は塩を振って30分くらい置いておき、軽く洗って水気を拭き、それから砂糖、酒入り味噌のなかに漬けこみます。冷蔵庫で1−2日おいておけばOKです。ほんのり浅漬けだったら数十分でもいいと思います。味噌漬は鶏肉なんかでもいい感じでできますよ。いい京都風白味噌があったら西京焼になりますし、酒粕を買って来て(こちらでも東京マートなどに売ってます)粕漬けにしてもいいです。フィッシュマーケットにいけば、ブリやらサワラの切り身も売ってます。ブリは King fish、サワラはSpotted Macharel などの名称で売ってる場合が多く、切り身はcutletです。
余談ですが、切り身でも、骨付きのまま輪切りにブツ切りにした状態のものをcutlet、三枚におろして綺麗に骨も削いである状態をfilletというようです。カットレットとフィレットです。これは肉でも魚でも同じです。思うに、明治時代あたりに日本に洋食が入ってきたとき、これらの用語が日本人の間でメチャクチャに誤用され、それが今にいたっているのでしょう。トンカツのカツは、昔カツレツといってましたが、カットレットから来たのでしょう。今の日本語でカツといったら、パン粉衣をつけて油で揚げることですが、油で揚げることは英語でdeepfryといい、cutlet はただの切り身という意味しかないです。トンカツにするブタの切り身をカットレットといってたのが、次第にトンカツそのものを指すようになったのでしょう。フィレ肉も同じくフィレットからきたのでしょう。丁寧に骨から外した身肉のやわらかい部分をヒレ肉といい、そこからヒレカツなんて日本語になったのでしょう。ヒレカツ=フィレット・カットレットをそのまま英語にしたら、単に切り身の仕方を二種類並べてるだけで、なんのこっちゃかわかりません。
焼くときは、取り出して、味噌を落として、紙ナプキンで水気を取る。アルミホイルで、ゆるゆるに包んで、こちらで調理する場合は、オーブンの細いグリルの部分にいれて、15分から20分くらいでしょう。ここで「ゆるゆるに包む」のは、あんまりピチピチに包んでしまうと、ホイルをとるときに身がホイルにひっついて(特に美味しい皮の部分)、またしても「ああああ!!!」という目にあうからですね。
オーブンでもグリルでもどっちでもいいですが、最終仕上げを考えたらグリルの方がいいと思います。ほぼホコホコに火が通った段階で、ホイルを開きます。この時点ではまだ「蒸し焼き」なので、なんとなく焼き魚としてのワイルドさに欠けます。そこで、ホイルを開いた状態で、再びグリルに入れます。そうするとグリルの直火に炙られいい具合に焦げ目がつきます。ただし、やりすぎたら真っ黒に焦げるし、そこまでいかなくても水気が完全に蒸発してミイラ状態になります。そこが難しいのですが、極端な話、10秒ごとに取り出して、焦げ具合を見ていくといいです。本当は、串で打って、備長炭かなんかで炙ったら最高なんだろうけど、こっちではそんな贅沢はできませんし、家庭用のグリルでも十分出来ます。
というわけで、2−3日は買ってきた魚で楽しめました。付け合せにオクラを茹でて刻んだものなんか簡単でいいですね。オクラは、Okraと書き、別に日本語でも日本の野菜でもないです。ギリシア語と聞いたことがあったのですが、よく調べてみると西アフリカ原産のようです。世界中で食べられている食材。こちらでも普通にスーパーで売ってます。
あと、週に三回しか店頭に出ないという韓国人の豆腐屋さんが作ってる美味な豆腐なんかを添えるとなおGOODです。この豆腐、つくってそのまま小さなバケツのようなパックに入れられてもっぱら韓国系の店で売ってます。ある日と無い日があり、すぐ売り切れるし、完全無添加だから買ってすぐ食べないとあっという間に(正しくも)腐ります。豆腐が「大豆の煮汁を固めたもの」だということがストレートに理解できる、醤油なんかかけたら勿体無いくらいいい味をしてます。こちらで売ってる豆腐のなかではこれがベストだと思います。これ以上に美味しい豆腐は、ニュートラルベイの豆腐レストランの”集い”で出してる汲み出し豆腐くらいでしょう。ここは、テーブルの上で目の前でニガリをいれて20分まって固まってから食べるという、文字通り出来立てですので美味です。
なんだかんだいって、ヒマなせいもあって、下手に日本にいるときよりも、シドニーに居る方がイイモノを食べてる気がしますね。
ほぼ全編料理の話ばっかりになってしまったので、最後に別の話を。
YESのコンサートに行ってきました。つい先日ですが、チャイナタウンの隣のエンターティメントセンターでやってました。
見つけたのは偶然ですが、インターネットで、Halftixのサイトです。ハーフティックスというのは、文字通り”チケット半額”の激安チケット屋さんです。昔、マーティンプレイスにあったのですが、オリンピックのときのシティ大改装で追い出されたのか、その後転々として、今はシティのYork Stにあります。http://www.halftix.com.au/にサイトがあります。
大体チケット系は、”オーストラリア版ぴあ”みたいなTicketek(ティケテック)http://premier.ticketek.com.au/Ticketek/default.asp
が定番なのですが、ときどき掘り出し物を探しに、ハーフティックスも見てみます。そうしたら、「え、嘘、YES?来るの?というかまだやってたの?え、2枚で55ドル?うそお?」という掘り出し物にあたったわけです。
当然のことながら、ソッコーで買いました。インターネットでも買えるのですが、何度やってもあっちのサーバーが死んでてラチがあかないから実際に出かけていって買いました。行列も何もなし。ぶらっと入って、タバコでも買うように買いました。明後日のコンサートでも余裕で買えるという。
YESなんて、まさか生で見れるとは思ってもいませんでした。もう、高校時代にFMで"Heart of Sunrise"を聞いてガビーンとなってからのファンですから、僕にとっては神話の世界の神様同然。生きてて良かった状態です。彼らも結成35周年とかいうから、長いですよね。ほんと、まだやってたの?という感じで。
僕らの世代でロック知ってる人は、YESは知らなきゃ嘘だと思うけど、もっと世代が下ると知らないでしょうねー。知るはずないでしょうねー。その昔、ピンク・フロイドとかELP、キング・クリムゾンとかと並んで、ブリティッシュ・プログレの巨頭バンドでした。あの頃のプログレは世界的に凄かったです。商業的にも凄くて、ピンクフロイドの「狂気」というアルバムは、アメリカで連続570週チャートインしたといわれてます。570週ですよ。10年以上。ただ、売れているということよりも、音楽のクオリティがズバ抜けて高いし、クオリティ以外では殆ど語られたことがない(売れてるとかスキャンダルとかルックスとかロックの定番話題は誰も語ろうとしない)というのも凄いです。実際、今聞いても鳥肌立つくらい凄いですし、ある程度耳が肥えてからの方がより凄味がわかってむしろいいです。
YESは、まずその演奏能力のケタ違いの巧さに世界中がのけぞり続けてるバンドです。もうデビュー時点で、どうしようもなく巧かったですから。変拍子と転調が怒涛に続く、おそろしく長く複雑な曲構成。各パーツがまったく別の曲をやってるかというくらいバラバラ。どうしてこのギターに、こういうベースになるの?というバックに、平然と全然違うメロディのボーカルが軽々と乗っかるという。普通だったら、グチャグチャになりそうなんだけど、それが渾然一体となって完成されているという。何を食ったらそんなこと思いつくのかという音楽的発想の飛躍度の凄さ。なんかもう天才的なプレーヤーが5人、神様にしか通じない言葉で打ち合わせしてるような感じ。この表現が大袈裟だと思ったら聞いてみなはれ。あなたにこういった曲が作曲できるか、このアレンジが思いつくか?と。
YESの音を聞くたびに、芸術品のような時計を思い出します。まるで、スイスの超精密な時計をみてるみたいに、一つひとつのパーツは何に使うんだかさっぱりわからないのだけど、到底理解できなようなパーツ相互の玄妙な結びつき方をして、それで全体でこの上なく精密な刻みをするという。かつてバンド仲間の間で「一小節もコピーできない」と言われたYESですが、指揮者でもいてくれないと出来ないですよ、あれ。他人の音を聞いてたらそっちに引っ張られてグチャグチャになっちゃうし、かといって聞かないとこれまたグチャグチャになっちゃうし。
ただ、それだけ巧いにもかかわらず、テクニック見せびらかし大会的な嫌味はゼロだし、ひとりよがりにやたら複雑なだけにもならず、音楽としてすっと気持ちよく耳にはいってきて、音楽として素直に楽しめるというところが最大に凄いです。だから、変拍子も変拍子に聞こえないし、転調も自然だから違和感ないです。曲構成も、どうしてここでこうなるのだ?というくらい、木に竹を接いだような突拍子も無さなんだけど、感覚的にはすっと受け入れられてしまうという。普通、テクニック的に優れれば優れるほど、没個性的になり、誰がやっても一緒みたいに聞こえがちなんだけど、YESは厳然たるオリジナリティがあり、どこをとってもYESだし、音を聞いたら「あ、YESだ」とすぐわかる。逆にYES以外のバンドにあの音は出せないでしょう。
ただ、あまりに完璧に精密にそして美しいから、逆にフックが薄くて、聞き終ったときにあまり残らないです。それが欠点といえば欠点なのかもしれないけど、今ではその残らないところが、上善如水的にいいのかなと思います。最高の酒は限りなく水に近いというアレですね。
そのYESですが、目の前でやってくれました。チケット二枚55ドルで。
こっちのコンサートは、いつものどかですよね。Big Day Outとかは凄いのかもしれないけど、今回のYESも暢気なものでした。エンターティメイセントセンターという、シドニーの武道館みたいなところでやったのですが、建物に入るのも全然フリー。いよいよホールに入るという段階でチケット検査があるだけ。荷物チェックもなし。カメラ持込全然OKじゃん、持ってくれば良かった。押し合いへしあいなんて殺到状態は皆無。クラシックのコンサートみたい。
席は二階席の後ろのほうでしたけど、ほぼステージ中央で音的には良かったです。それにホール自体が大した広さでもないから(東京ドームの半分くらいじゃないかな)、二階席のうしろでも、東京ドームだったら丁度ドームの中心点みたい空間的に位置(センター上空くらい)にあるので、結構良く見えるのですね。アリーナだったら144ドルだったけど、もうこれで十分です。
彼らももう50歳過ぎていいオッサンになってましたねー。若い頃の写真くらいしかあまり見たこと無いけど、若い頃研ぎ澄ませたナイフのように鋭角的で近寄り難い雰囲気だった彼らも、今は陽気なオジサン達の集まり。スティーブ・ハウは、田舎の高校の古文の先生風だし、アランホワイトも田舎の高校の体育の先生みたいだし、クリス・スクワイアは軽くステップを踏んでたけど、貫禄つきすぎちゃってるから動きが妙に「踊るお相撲さん」みたいにコミカルに見えるし、リック・ウェイクマン先生はさすがに往年の面影を残してましたが、それでも貫禄ついてストレートロングの金髪が今ではプロレスのハルク・ホーガンに見えたりします。ボーカルのジョンアンダーソンは、ロビンウィリアムスを彷彿とさせるお茶目ぶりで、動きが盆踊りのようにゆっくり手足をひらひらさせてヒョウキンだわ、合間を見つけてはステージの袖にいる奥さんのところに駆け寄って二人で踊ってるわ(自分のバンドの演奏でカミさんと踊ってるボーカルも珍しい)。
ただ、腕は確かなままでした。音は凄かったです。「あんなもんどうやってライブで再現させるんだろう?」と思ってたあの曲、この曲、しっかり再現してました。一曲目の「シベリアン・カートルーン」から、アンコールラストの「ラウンド・アバウト」まで、完コピ以上。目の前でやられても信じられん。「水晶のようなボーカル」といわれてたジョンアンダーソンも、動きのひょうきんさは別として(^_^)、声はまんまあのとおりでした。この世に、こんな透明感にあふれた声を持った人間が本当にいるんだ、という。エコーも少なめで、かなり歌いにくいであろう音でしたけど、苦も無くサラリと歌ってましたね。
観客はやっぱり年齢層がやや高めでした。選曲も初期の「こわれもの」「危機」あたりのからの曲が多かったです。帰りがけにオージーのいいオッサン達が、"lots of from Fragile"(「こわれもの」から沢山演ってたね)とか話してましたから、この人達も高校生くらいの頃必死に聞いていたのでしょう。
そして、こちらのコンサートの常として、ミッチリやってくれました。2時間半から3時間くらい延々プレイしてくれました。全部終わったのが11時半でしたから。「見たー」という感じですね。
日本にいるときも好きでコンサートは行ってましたが、こっちの方が全然安いし、長いことやってくれるし、近くで見れるし、チケット取るのも楽だし、リラックスできるし、いいですよ。
というわけで、こちらに住んでおられて、まだ美味しい魚料理も、安くて楽しいコンサートも経験されてなかったら、Why don't you try?ということでした。
(文責・田村)
参考までに、、、、
左から二枚は、YESの「危機」(Close to the Edge)、「こわれもの」(Fragile)。
右の一枚は、USA570週チャートインしたというPink Floydの「狂気」(Dark side of the Moon)。最近リマスタリングして音はよくなったらしい。「元祖癒し系」とかいってまた日本でも再評価されてるらしいのですが、「癒し系ねえ、、、」という気がしないでもない。たしかに、「虚空のスキャット」(The Great Gig In The Sky)のスキャットは癒されるかも。
アマゾンにリンクさせてるので、リンクをたどっていったら(ちょっぴりだけど)視聴もできます。
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