シドニー雑記帳

タクシーの運ちゃん




    私はタクシーに乗るのが好きである。何が好きかって、運ちゃんの話を聞くのが面白いのである。

    オーストラリアでタクシーに乗る時は、助手席に乗る。といっても別にそういうオキテがあるわけではなく、バックシートでお客さん然としてふんぞり返っていても全然構わないのだが、助手席に乗れば運ちゃんと会話がしやすい雰囲気になっていい感じなのだ。
    これを「オージーのマイト(mate)気質の象徴」などと言う説もあるが、他にもお客さんが助手席に乗る国もあるし、オーストラリアだって東京のタクシーみたいにムッツリした運ちゃんもいるし、時には手の早い運転手もいるから「女性は後ろに乗った方が無難」なんて言う話もある。私は実際、そういうメに遭ったことはないが(色気が足りないのかしら?)、虫の居所が悪かったのか無愛想きわまりない運ちゃんに巡り合わせてしまったこともある。でも、一見怖そうな顔してるガタイのデカイ運ちゃんでも、話してみると結構おもしろい人だったりするから、乗る時はいつも<賭け>なのである。中古車を買ってからタクシーをつかまえる機会は減ったが、たまに乗ることがあると、やはり迷わず前に乗りこむ。

    で、運ちゃんとの会話であるが、面白いといっても、そんな落語家みたいなノリで笑かしてくれるというわけではない。シドニーの運ちゃんは国際色が豊かである。まだシドニーに来て間もない人も結構いる。中には英語もロクにできず、土地勘も十分ないのにがんばってる人もいる。特に英語圏以外の国から来た移民にとって、とりあえず英語が自由に操れるようになるまでに食いつないでいける職業というのは限られているから、自然とタクシーの運ちゃんは英語圏以外の出身者が多いという結果になる。
    1つの都市にいながら、世界各国の話を聞けるというのは面白いもんで、それもその人のその国の体験は旅行者としてではなく、生活経験者の話であり、しかもその生活経験者は何らかの理由で私と同じようにシドニーに移住してきているんだから、そら興味が湧く。こんだけマルチカルチャルな町に住んでいても、自分の先輩である「移民」の人から生で話が聞ける機会はそうそうないものだ。
    中には祖国の話をしたがらない人もいるかもしれないと思い、最初の頃はこっちから突っ込むのは遠慮していたが、ほとんどの人が祖国のことを尋ねると、調子に乗ってきて盛り上がってしまうようだ。

    そして、もう1点。どうもタクシーの運ちゃんのうち、ある程度の比率の人が副業としてタクシードライバーをやっているらしい。どの程度なのかは定かではないが、「自分の本業」についての話を聞かせてもらったことも一度ならずある。これもまた、面白さの一因である。

    以下、今まで印象に残っている運ちゃんとの会話を思い出せる範囲で記述してみたい。




    <人のよさそうな、アジア人らしい40代くらいのおっちゃん>

    −どもども。日曜日の朝っぱらから、お仕事ですか。
    「いやあ、道が空いてて気持ちいいけど、ちっとも儲からんですわ-、はっは−。ところで、お客さん、日本人でしょ?」
    −どうして分かるの?
    「そりゃあ、分かりますよ。なんとなくね。」
    −あなたは、どちらの出身?
    「中国ですわ。つっても、こっち来てもう20年以上になるかなあ」

    −20年。長いですねー。シドニーはお好きですか。
    「ああ、いい国ですわなあ。というか、今の僕の生活、気に入ってますのや。」
    −というと、ご家族、いらっしゃるんですか?
    「いやー、一人モンですよ。気楽でいいっすよー。友達なんか、いい年して最近嫁さんもらいましてね、もうオレの人生は終わった、なんてゆーてますわ。」
    −あはは。その方も中国人?
    「そうそう。嫁さんも中国人。中国の嫁さんは強いんですわ。あれせーこれせー、家ん中でいばってますからな、だんなも気の毒ですわ。」

    −あ、でも友達の中国人女性に聞いたけど、中国人と結婚するといいよーって。中国人のだんなさんは、すごく尽くしてくれるって。
    「だから、たまりませんのやわー。女はええかもしれんけどなあ。やっぱり一人モンが気楽でええですわー。はっはー」


    <彫りの深〜い顔立ちにイカしたロングカーリーヘアのおにいちゃん>

    −いやー、シティの中は混んでますねー。
    「この時期はしょーがないよ。皆して買物だから。」
    −クリスマスシーズンなのに休まないの?
    「ああ、かきいれ時だからね。でも年明けには、日本に行くんだ」
    −え?、日本に? 旅行ですか?
    「いやあ、仕事だよ」
    −???(タクシーの運ちゃんにも日本出張があるのか・・・)

    「オレさ、こう見えてもモデルなんだよね・・・」
    −へえ、カッコイイ。
    「で、今度、ツアーで日本へも行くの。」
    −どのくらいいるの?
    「うーんと、半年くらいかな」
    −そんなに長く?! スゴイじゃん。ね、ところでモデルになるのって、大変なんでしょ?
    「まあね。ってゆーか、運だよね。オレはさ、生まれつきルックスがよかったけど、それを認めてくれる人がいないと、ダメだしね」
    −で、その体型をキープするのが、また大変じゃない?
    「そうだよー。毎日筋力トレーニングしてるもん。サボったら死活問題。」

    −へえ。で、シドニーでスカウトされたの?
    「そう。オレ、もともとレバノン出身なんだけどね、こっちでオーディション受けたらうかったんだ。」
    −レバノン? じゃあ、英語には苦労したでしょう。
    「うん、メチャメチャ苦労した。国では学校で英語習ってなかったから、イッコもわかんなかった」
    −そうなんだー。アクセントがネイティブみたいだから、わからなかった。
    「そんなことないよー、オレのはヨーロッパ風の癖があるから。でも、あんたも英語うまいよ」
    −ありがとう。でも、まだまだ苦労してるのよ。
    「わかるよ。」
    −わかるか。


    <色の黒い、愛想の悪そうな40代くらいのおっちゃん>

    (ムスッとして運転している、こわそう・・・)
    「で、空港って言ったっけ?」
    −は、はい。国際空港です。
    (ラジオのニュースに耳を傾けている・・・)
    「なんでー、また税金あがるんじゃねーかよー。ったくやってられんなあ」

    −税金高いんですか?
    「メチャクチャだわさー。こんな商売やってても、ちっとも儲かりゃしねーよ」
    −あの、失礼ですけど、どのくらい儲かるんですか?
    「なに?、あんた年収を聞いてるの?」
    −あ、いえ、その・・・(別にいいんだけど)
    「そうだなあ。去年の年収は4万ドル(約400万円)くらいだったかなあ。」
    (意外にもマジメに答えてくれる)
    −へえ、いいじゃないですか。(少なくとも、私の年収よりはいいぞ)

    「んでもな、そのうち税金払って、年金払って、保険払ったら、もうあと2万5千ドルくらいっきゃ残んねーんだよ。そう、保険だよ、保険。バカ高いの。いい加減にしてほしいよな。」
    −そうですよねー、保険高すぎますよねー。
    「今日だって俺なんか朝の7時から今まで(夜7時を過ぎてる)働いてんだぜ。もう今日はあんたでオシマイにして帰るけどさ。毎日10時間働いてコレだぜ。」
    −そら、大変すぎますよ。
    「だろ?」
    (こんな話をしてたもんで、思わず「お釣りはいいです」と、いつもはあげたことのないチップをはずんでしまった。)


    <おだやかそうなヨーロッパ系の初老紳士>

    (この運ちゃんとはメルボルンで出会った。)
    −あ、あれは公園ですか?
    「あれはね、植物公園だよ。ここはガーデンシティって呼ばれるくらい、公園がいっぱいあるんだ」
    −そうですね、キレイですね。私はシドニーに住んでいるんですけど、今回はじめてメルボルン来て、いいなあって思いました。この町、お好きですか?
    「そうだねー、好きだねー」

    −ご出身は?
    「ルーマニア」
    −ルーマニアですか。じゃあ、ルーマニアと比べて、どっちが好きですか?
    「難しい質問だね。ルーマニアは美しい国だよ。冬は寒いけど四季がはっきりあって、季節の移り変わりが美しいんだ。」
    −ああ、日本と同じですね。日本の季節の移り変わりも美しいんですよ。

    「あんた、日本人かね?」
    −ええ。
    「私はねー、アホでねー」
    −アホって??
    「いや、私は日本人と中国人と韓国人の区別がつかないんだよ。よく友達はわかるって言うんだけどね」
    −そんなあ、私もアホですよ。私だって日本人と中国人と韓国人、よく間違えますもん。言葉聞くまで分かんないですよ」
    「おお、あんたでも区別できないのか。ふーん。」

    −いつオーストラリアにいらしたんですか?
    「1946年に移住してきたんだけどね」
    −おお、私はまだ生まれてなかった遠い昔ですね。
    「あんた、何歳?」
    −32です。
    「おお、ほんのヤングガールじゃないか」
    −いや、ヤングですけど、ガールではないと・・・

    「まあ、とにかく、私はコミュニズムがキライだったんだよ。でも今は変わった。共産主義時代には私の家も土地も皆国に奪われていたけど、共産主義をやめると私の土地も家も戻ってきた。だからね、今は別にルーマニアに住んでもいいんだけどね。でもね、ほら、ここにいると年金もらえるだろう? ルーマニアでは貰えない。ルーマニアでは働いて来なかったからね。それが今ここにいる大きな理由だな。」
    −なるほど。

    「ところで、日本人は仏教徒だろう?」
    −ええ、まあ、そういうことになってますけど。でも実際仏教を信じている人って少ないですよ。他にもキリスト教、神道はじめ、いっぱい宗教ありますし。私も宗教信じてないです。」
    「ほお・・・」(どうも理解に苦しんでいる様子)
    「ほんじゃ、あんたは何を信じる?」
    −何をって宗教ですか?
    「いや、そういうことじゃなくて、もっと広い意味で」
    −うーん、難しい質問ですねー。自分自身とか、自分の直感とか。
    「ふーん。」
    −あなたは?
    「うーん、難しい質問だねー。」
    −・・・(自分で出したんだろが)
    「私はそうだなあ、あの、自然の中に生命が生きてるってことを信じるな。そして、すべての生命は永遠に生き続けると。」

    −じゃあ、生まれ変わりを信じますか?
    「ああ、信じている。人間は死んだ後、必ずしも人間に生まれ変わらないんだ。正しい精神を持った者だけがまた人間に生まれ変わる。他は動物とか、植物とかに生まれ変わる。」
    −それって、ルーマニアでは一般的に信じられている考え方なんですか?
    「いや、これは私のオリジナル。こんなこと言ってんの、私だけかもしれない。」
    −じゃあ、自然は大切にしたいと。
    「ああ、でも私は自然保護運動家とは違うよ。別に主張することも抗議することもない。ただ、私は自然の中の命を敬っているんだ。これは私個人の信仰なんだ。」
    −なるほど。

    「キリスト教なんかアホみたいだね。だって、イエスみたいな人間が神の子だって言うなら、私たちだって皆神の子じゃないか。そんな理屈、どう考えたって変だよ。」
    −ああ、そうですねえ。でも、日本古来の信仰で「自然の中にそれぞれ神がいる、いっぱい神がいる」という考え方があったんですけど、生物すべてに神がいるなら、人間の中にも神がいるってことになりますよね。
    「ああ、でも、自然には神がいるような気がするよ。」
    −ええ、それはわかります。

    「あ、もう着くね。あのね、私、別の仕事もしていてね、これ、ビジネスカード持っていきなさい。あんた、今度メルボルン来る時は先に電話するんだよ。そしたら私がリムジンで空港まで迎えに行ってあげるから」
    −えっ? リムジンですか?
    「そう、私、旅行者サービスもやっててね、観光案内もするよ。何しろここに38年住んでるんだよ、38年。メルボルンのことなら何でも聞いたらいい。あ、でも、リムジンの分はチャージしないから。普通のタクシーメーターつけて走ってるだけだから。あんた、友達が来る時も電話しなさいよ。迎えに行ってあげるから」

    そんなわけで、またメルボルンに行きたくなった。メルボルン空港までリムジンで迎えに来て欲しいという方は、彼の連絡先、教えます。


福島 2月28日

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