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自己破産のススメ(その3)

−あなたが破産を申し立てるとして−


 さらに続きます。


 さて以上のことを踏まえて、逆算していけば、「どうやって破産申し立てをするか」が自ずと見えてきます。まず第一に、破綻した時点で、暴力団その他の「ややこしいスジ」の人を入れないようにします。債権者のなかには知り合いのヤクザやコワモテするお兄さん(大阪のそのスジのスラングで「ヤカラ」などともいう)を連れてきて、本人を拉致したり、自宅に上がり込んで帰らないなどして、強引に家の権利証を持っていったり、「○○さんに全ての処理を委ねます」旨の委任状を書かされたり、いいようにされてしまう。そうなると、財産もどっかに消えてしまったり、名義書き換えをせずに車の売買をする裏市場に車を売らされたり(「車を沈める」ともいう)するので、そこから全てを正常に戻すのは至難の技です。だから妙な誘いや威嚇には乗らずにガンとして拒絶すること。

 といっても借りてる弱みのある本人が、全てを跳ね除けて処理することは事実上不可能ですので、弁護士その他しかるべき人に相談し、その人が全権を担って処理するようにします。たいてい実印から権利証、預金通帳、手形帳、帳簿の類を弁護士事務所のなかの金庫に移してしまいます。余談ですが、債権者が来ていない深夜に破産者の自宅や事務所に行って、懐中電灯たよりにこれらの品々を取りにいったりするわけで、ほとんど泥棒みたいなことするわけですね。僕も自分がやるまでは、まさか弁護士になってこんなことするとは思わなかったです。

 次に、破産申し立てのための書類を作ります。戸籍、住民票、登記簿謄本にはじまって、権利証やら預金通帳などの原本類、総債務の集計計算、本人から事情を聞いてなんで破産せざるをえなくなったのかの事情を記した申立書や陳述書の作成。一刻を争うなかで数日はこれに没頭させられます。債務の集計とかいっても、クレジット30社もあったら、請求書の分類仕分けやら、1円単位の集計など、発狂しそうなくらい面倒くさい。普通の個人破産だけでも大概大変なのに、これが負債数百億レベルになると集計する債権者数も1000人を超えますので、これを氏名、住所、債権額、取引生年月日などをパソコンのリストに入力するだけでも大変。さらに現場保存ということで、債権者が工場倉庫にトラックを乗り付けて商品をかっさらっていくのを防止するため工場に泊まり込んで、不寝番ほか人員配置をして備えるなど戦場のようなヒトコマもあります。通例、破産申立ないしその前に全債権者に、「この件は俺が仕切るから、文句があったら俺に言え。債務者には指一本ふれるな」という通知を出しますから、怒鳴り込んでくる債権者との応対やら説明やらもやります。



 一方個人自己破産の場合、しかも同時廃止が見込めるような事案では別種の配慮が必要です。というのは、管財人をつけるようになれば、申立時点で、最低50万円は管財人報酬の引き当てとして裁判所に積まないとならない、同時廃止だったらこの金が要らないということで、金がなくて困ってる債務者にとっては死活問題になります。しかも申立手続の弁護士費用だけでも少なくとも30万円程度はかかりますから(もっと取ってる人もいるし、可哀相すぎてタダでやらざるを得ない場合もあって一概には言えないのですが)、債務者にとって実現可能な予算に抑えておく必要があります。

 そのため同時廃止狙いの場合は、申立前に管財人がやるような業務は先にやってしまっておきます。預金も全部引き出してゼロにしておく、生命保険も解約する、電話加入権も誰かに買ってもらって現金化する、車も売り払うなどなど金目のものは全て現金化しておきます。それでも実際には大した額にはならないので申し立て費用に消えてしまったりしますし、多少残った場合には全債権者に平等に一回分だけ弁済しておくなどなど、「管財人を選んでもやることがない」ような状態までもっていってから破産申立をして、同時廃止にして(なるかどうかは最終的に裁判所が決めるが)、破産者の負担を軽減するようにします。だって無理矢理金つくれといっても限度あるし、破産費用のために借り入れをするなんてのも論外だし。



 以上のことから、破産相談を弁護士などにして依頼をした時点から、全てのことは貴方の手から離れます。家財道具からなにから、自分のものであって自分のものではなくなります。そのかわり、鬱陶しい返済からは解放されます。これは表裏一体で、全て弁護士(→裁判所)預かりにすることによって、自分の財産を自分で動かせないようにするからこそ、自分の一存で借金を返すことも禁じられるわけで、その反射的な利益として債権者がなにを言ってきても「もう自分の手から離れた」と言えるわけだし、実際には債権者も弁護士のところに事情を聞きにいったりします。泥沼のような返済生活もその日を境に一応ストップするわけです。あとは指示にしたがったり、相談したりして、順次財産の処分に協力していくだけで、あなたが考えることはゼロリセットしたあとの身の立てかたです。多くの場合、破産したくらいでは会社をクビになったりすることもなく(意外かもしれないけど、誠意をもって事情を話せば、温情で報いる会社(特に中小企業)が日本では多い→最近数ヶ月どうなってるかは知らないけど)、次の人生を考えることになります。

 ちなみに家財道具の売却といっても、オーストラリアと違って中古品が殆ど無価値に近いような日本の場合、二束三文の値しかつきません。買い揃えるとき300万かかっても、いいとこ20〜30万円で売れたら御の字でしょう。実際どうしてるかというと、管財人が家を訪れ、各財産を見聞、評価して目録を作ります。で、売れる財産全部ひっくるめて20万円だとした場合、あなたの友人や親類などに頼んで30万円くらいで買い受けて貰います。で、それをタダで使わせてもらうようにすれば、事実上家財道具は何も動かず換金が済んだことになります。もちろん、知人間のお手盛りで安く売却することのないように管財人はチェックしますし、値段がわからないときには、それなりの業者(ここからバッタ市場に流れたりする)を呼んで見積もりして貰ったりして(車の場合もディーラーなどから見積もりを取る)適正市場価格を調査したりします。それで適正価格以上であれば、親族だろうが知人だろうが、簡単に売却換金できるわけですので誰の損にもなりません。それでも「安すぎる」と文句のある債権者がいる場合は、「じゃあアンタが40万の買手を見つけてくるか、自分で買ってくれ」というと、売れもしない中古家具など誰もその値段で買おうとしないので、自然と収まる価格に収まるわけです。

 だもんで家財道具の売却といっても、実際には「執行官がやってきて封印をし、やがて近所の見守るなか、家財道具が運び出される」というマンガのような事態はあまり起きないわけです。だいたい個人破産年間5万件で、全てそんな面倒くさい手続してたら、あなただって近所でこの類のシーンの一つやふたつ目撃してなきゃ嘘ですが、見たことないでしょ?

 「破産すると世間体が悪い」とか言いますけど、思うほど世間は知りません。タチの悪いマチ金などから借りて、ドアをガンガンやられるような事態を除けば、いざ破産手続になってから、「あの人破産した」と分かるようなビジュアルな場面など限りなくゼロに近いです。数年前に先輩から聞いた話ですが、大阪市役所や府庁で働いてる人で実は破産宣告を受けた人というのは100人以上いるとか。本当かどうか知りませんが本当であっても全然不思議じゃないです。ただし不動産など資産がある場合、そして保全しておかないとややこしい人々が入り込んでしまうような場合、「この不動産は裁判所預かりとする。何人たりとも立ち入るべからず」という紙が貼られます(封印執行など)ので分かってしまうけど、でも借家だったらそんな問題ないし、仮に貼られたとしてもその頃にはもう転居してたりするから(危なくて住んでられないから)、あんまり問題ないです。また破産しても、戸籍に載るわけでもないし(ここらへん誤解多し)、せいぜいが官報に載るだけですが、官報を欠かさず読んでる人なんか極めて稀ですし、だいたい「官報」という存在を知らない人が殆どでしょう。



 その他破産にまつわるこぼれ話やエピソードは沢山ありますが、そのくらいにしておいて、最後に一点追加しておくと、自己破産と並ぶ選択肢として「任意整理」というものがあります。

 やることは破産の管財と一緒で、総資産を整理し、配当するだけのことですが、裁判所は一切タッチせず、全て関係者の同意に基づいて行われることが違います。任意整理も大概は弁護士が全ての財産を預かって、債権者と協議し、返済条件やカット額など合意に達したら合意書を作成していくというダンドリになります。ただし、歩いて緯度全員の同意が得られるような場合でないと、目茶目茶になりがちで、後でやっぱり破産申し立てとなることもあります。破産の場合は裁判所が破産法に基づいて粛々と執り行ないますので、文句がある債権者がいても異議申立その他の手続で審理され、却下なら却下で強引にケリがつけられます。が、任意整理の場合、うるさいのが一人いると、結構大変。うるさい奴だけ優遇して返済すると他の債権者が黙っていないだろうし。その兼ね合いが難しいところです。

 ただ任意整理の場合、杓子定規に物事が進むわけではなく、弾力的にやれるのでそれが大きなメリットになるときもあります。例えば、債権者Aさんは債権額の半分を即金で返し、残債権は全部カットという合意にしつつ、Bさんの場合は、月々3000円無利子でもいいから全額払うという合意になったり、そこは状況に応じて様々です。また破産の場合は精算型処理なので、事業活動は終わりますが、任意整理なら事業継続を前提して月々減額/金利カットのうえで返し続けるという再建型の処理も可能です。要するに誰もが納得してたらそれでOKなので、どのようにでも処理が出来る反面、皆を納得させるのはそれなりに難しいということです。これはもうケースバイケースですね。

 しかし、「破産になると外聞が悪い」との一点のみに闇雲に固執し、何がなんでも任意整理を希望される方がいますが、(全員が納得するのが)無理なものは無理だろうし、結果としてヘビの生殺し状態が延々続くだけのことになる恐れもあります。もっとマズいのは、「破産だけはいやだ」の心理に付け込み、「俺が整理してやるから安心しろ」と近寄ってくる輩に任せてしまうことです。そんな輩に任せたら、美味しいところだけ食い逃げされ(優良資産だけ売却しその売却代金を持ち逃げするなど)、地獄の底が開いてもう一つ深い地獄に落ちることになりかねない。なかには、せっかく弁護士などに頼んでおきながら、委任を撤回して任意整理に走る人もいます。勧誘の手は巧みで、「破産したらどんなに大変なことになるのか分かっているのか?」「信じた人を裏切っても平気なのか?人間のクズになりたいのか?」「破産者の娘なんかに嫁の貰い手があるわけないだろう」「ご先祖様に申し訳ないと思わないのか?家名に泥を塗ってそれでもいいのか?」など、無知に付け込みあることないこと吹き込むわ、心の傷をグリグリえぐるわするわけです。

 どうしても免責を受けたり借金チャラになることを潔しとしないで破産に踏み切れない人に一言だけ言っておきますが、破産、免責になって借金チャラになったとしても、あなたが自発的に返すのは自由です。これをあんまり言うと、債権者がまた押し寄せてきたりするから言いたくないのですが、免責は、あくまで法律上の債権債務関係を消滅させるだけ(正確には「自然債務」など学問的には説明の仕方がいろいろあるけど)のことです。つまり債権者は返済せよと言うことは出来ない、裁判かけても負けるということです。債務者が好きこのんで、自発的に返済(というか厳密にいえば「贈与」みたいなもの)するかどうかは、自由です。

 要するに破産というのはドライな計算処理を効率的かつ公平にやるだけのもので、それ以上深い道義的・哲学的な問題は、法はタッチしません。「いかに生くべきか」は人間様の領分で、法律ごときが土足で入ってこれるものではない。だから、法律上は何ら支払う義務がなくても、あたかもお歳暮や香典返しと同じように、あなたが気が済むように「お詫び」なり「ご恩返し」は出来ます。それは残債務額分だけの金銭を「贈与」するという形でなくても、相手が困ってるときには今度は親身なって助ける、何らかの心尽くしをするなど、いくらでも方法はあります。そして、お歳暮や香典返しがそうであるように、貰う側が「よこせ」と請求できる筋合いのものでもないです。それだけ言っておきます。


(97年2月10日/田村)

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