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シドニー雑記帳



視力回復レーザー手術レポート






レーザーによる視力回復手術をご存知ですか? 先日、私、福島が受けてきましたので、そのレポートをお伝えします。




私は近眼の乱視です(でした)。小学校高学年からメガネをかけはじめ、高校からはコンタクトレンズ生活。オーストラリアに来てからは、コンタクトレンズが入らなくなり(原因不明)、メガネ生活を余儀なくされておりました。視力は日本式に表現すると、0.06くらいです(でした)。

視力が悪いというのは鬱陶しいものですが、長いこと「近眼」をやっていると、そんなに気にならなかったりします。「仕方がないもの」「それはそーゆーもの」として諦めて生きてきました。でも、子供たちが生まれて、大きくなるにつれ、マミィのメガネに興味津々でいじくるようになり、うっとーしくなってきました。

そんなある日、夫が「こんなテレビ番組を見た」と報告してきました。
「日本人観光客がブリスベンにやってきて、視力回復手術を受けたついでに、ゴルフしていくツアーが流行っているんだって」と。
手術代は日本でやるよりずっと安いので、往復の旅費や滞在費を含めても、オーストラリアで受けたほうが安上がりなんだとか。1週間くらいの行程で手術してゴルフできるってことは、手術そのものも簡単なものなんでしょう。「へえ、それ、いいねえ」と思いました。でも、安いっていっても費用はきっと100万円くらいするんだろうな(←根拠はありません)、と勝手に思っていました。そして、「いつか、お金持ちになったら、私もやろう!」と、その時、思いました。

その後、より具体的な情報が耳に入るにつれ、手術が身近で現実的に感じられるようになっていたんですね。費用も思ったほど高くないことが分かりましたし。だもんで、お金持ちになる前に、やってしまいました。

キッカケはまた夫。
「会社の同僚にド近眼の人がいたんだけど、ある日、いつものブ厚いメガネをかけずに出勤してきたんだよ。どうしたのか?って聞いたら、手術受けたって言うんだよね。He was pretty happy about that.」

「今日、会社行く途中、車のラジオで視力回復手術しているお医者さんの宣伝聴いたんだけどさ、片目2000ドルだって(今のレートで12万円くらい)。日帰りで簡単に出きるらしいよ。事前コンサルティングは無料なんだって。」

というわけで、ここらへんで、私はすっかり「その気」になっておりました。振りかえってみると、夫にけしかけられたような(^^;)。

そこで、とりあえず「無料コンサルティング」を受けてみようと思いました。ちなみに、無料といってもお医者さんのボランティアやサービスなどではなく、メディケア(国民保険)でカバーされるから、患者の負担費用が無料、という意味です。

夫に調べてもらったところ、シドニーでレーザー視力回復手術をしている眼科医が3件見つかりました(もっと他にもあるのかもしれません)。そのうち、コンサルティングが無料なのは1件だけで、その1件が費用も一番安かったので、とりあえず、ここに行ってみることにしました。




その眼科医はシドニー西部のアジア系移民が多い町にあります。待合室には数え切れないほど沢山の書類が立派な額縁に飾られています。資格や認可や賞状や、そういったものじゃないかと考えるのが普通でしょうが、よくよく見ると、会議やら研究会やらに出席した証明書なんかも混じっていて、いかにも「枯れ木も山の賑わい」効果を狙った見栄張り戦略って感じ。夫に言わせると、「いかにもアメリカ的」なんだそうです。「どんなお医者さんなんだろう」と、ちょっと不安。

受け付けでもらった紙に自分のデータを記入すると、まずはアジア人の小柄なおねえさんが私を検査室に連れていきました。いくつかの検査機械があって、視力や眼圧なんかを測定します。ほとんどがメガネやコンタクトレンズを矯正する時にやる検査と同じ。ファッション性のカケラもない黒ブチのメガネをかけさせられて、中のレンズを替えながら「どっちがよく見える?」と聞かれる、アレもやりました。

が、ひとつだけ初めて体験した検査がありました。それは、眼球写真撮影。カメラが左から右へとパンしながら、眼球をなめるように移動していきます。別になんてことはないのですが、撮影中10秒くらいかな?、まばたきをしちゃいけないって言うんです。私はもともと目が乾燥しやすいのか、まばたき回数の多いほうなので、まばたきするな、と言われても無意識のうちにまばたきしちゃうんですよ。何度か失敗写真となりましたが、検査のおねえさんが根気よく付き合ってくれて、無事に眼球写真が撮れました。




ひととおり検査が終わると、今度はお医者さんとの会見。やったら元気で愛想のいいおじさん。年は60代くらいでしょうか。机からこちらに向くや「さて・・・」と呼吸を整え、こんな講談が始まりました。

「あなたはメガネなしでは生活できない。けど、わたしはメガネなしで生活できる。」

・・・リズミカルな唄のような、滑らかなセールストークのような。一日何度もやってるんだろうなあ。

「この手術をすると、近視、遠視、乱視が治ります。ただし、誰でも40歳になったら老眼が入ってきます。それはこの手術では避けられません。まあ、先のことですが。」

あのぉ、私、もうすぐ40なんですけど・・・

「この手術にあなたの目が適しているかどうか、それが大事です。まずはそれを判断しましょう。うーーん、イエス! あなたの目はこの手術に適している!」

まるで、おまじないか、占い師みたい。

「わたしは視力回復手術を1977年からやってます。昔はダイヤモンドのナイフを使ってやったものです。日本へもナイフの技術を教えるために行きました。7年前からレーザーが導入されましたが、当初はいろいろと問題がありました。わたしは97年からレーザーを導入し、既に2500人の患者さんの視力を回復させました。」

このあたりの説明は、わりに説得力がありました。

「実を言うと、わたしはもうこの10月で、レーザー手術の執刀をやめるつもりです。でも、あなたのことはちゃんと術後もずっと面倒見るから大丈夫。やめる理由? わたしにとってはもう"ENOUGH"なんだよ。たくさんやってきたからね。これからは人材育成のほうに廻ろうかと思ってる。」

ってことは、経験豊かな先生が引退する前にやってもらったほうがいいのかなあ。しかし、レーザー機械も莫大な値段するだろうけど、2500人も手術したら、既にモトは取れてるだろうなあ。

「手術は実に簡単です。手術前にリラックスするためにバリウムをあげます。手術中はまぶたを固定するので、まばたきの心配はいりません。レーザーがレンズを削る間、ジージーっと音がしますが、あなたは何も感じません。片目10分ほどで終わります」

とっても簡単そうな話。まるで美容師さんにヘアカットしてもらうみたい・・・。

「手術後に使う目薬を処方するから、薬局で買って当日持ってきてください。それを点眼しながら、目を休めてください。どんな感じかというと、コンタクトレンズ使ったことある? あの違和感ですね」

ハードコンタクトいれてるときに、目にゴミが入ったくらいの痛さなのかな。

手術は毎週金曜日にやっているから、週末ならゆっくり休めるでしょ? いつから仕事に復帰できるかは、ケースバイケースだけど、翌月曜日から復帰する人が多いですよ」

そんなら私の仕事には支障ないだろうな。

「リスクがないとは言わないが、ほとんどの人が成功します。視力は手術直後、1週間から3ヶ月の間に次第に見えるようになっていくんだけど、10人に1人くらい、3ヶ月たっても期待したほどの視力が出ない人がいます。その場合には無料でわたしが再手術をやります。炎症は滅多に起こりません、いや、わたしが今までやった中で炎症が起きた例はひとつもないな。」

得るものはないかもしれないけど、失うものはないってことみたいだ。それなら賭けてみてもいいんじゃないか・・・

「この手術が失敗するとしたら、患者さんの協力態度によります。たまーに若い男性にいるんだがね、手術中に精神的にパニックになるのか、やたらとピクピクと動いて、僕に仕事をさせてくれない人がいるんだ。もし手術中に動かれたりすると、手術中止になってしまって、向こう3ヶ月は再手術が出来なくなります。だから、リラックスして僕に仕事をさせてください。」

うう、それが一番難しいかも。リラックスしろと言われても、麻酔なしで目いじくられるわけでしょ?

というわけで、唯一不安だったのは、「手術中、パニクらないで、落ち着いていられるか」でした。だって、手術中ずっと意識もあるし、目が見えるわけですもんね。ふつうの手術なら「おねんね」している間にすべてがチャンチャンと終わっているわけですが、この手術はそういうわけにいきません。

ただ、どういうわけか、結果については、既存の出来事のように「絶対見えるようになる」という気がしていました。じゃなきゃ、こんな手術受けなかったでしょう(^^;)。

というわけで、コンサルティングの直後に「一番早い日はいつですか?」と手術の予約を入れました。すると、目薬の処方箋と、リスクや注意点が書かれた「同意書」を手渡されました。




ちなみに、レンズを削ることによる視力回復手術の歴史は1970年代から始まったそうです。まだ世界が冷戦中だった頃、ロシアの戦闘機士が事故に遭い、メガネが割れて目のレンズに傷がついた。失明覚悟でいたら、前よりよく見える・・・??というわけで、目のレンズの形を変えることによって視力を回復することが可能だと気付いたんだそうです。

もちろん昔はレーザー技術などなかったので、ナイフを使って手作業で削ったそうです。当然手術時間もかかるし、炎症の危険性も高かったでしょう。それなのに、この技術が急速に発達したのは、ロシアの戦士のおかげであり、言ってみれば冷戦という時代背景もあってこそ、だったようです。

先の事件をキッカケに、ロシアでは視力の弱い戦士に視力回復手術をどんどん行うようになります。なにしろ、戦闘中に破損したメガネがレンズを傷つけるリスクよりも、手術に失敗するリスクのほうが低いということですから、実験台を探すのに苦労はいらなかったのでしょう。そのうちに、レーザー技術が導入されて、今のように短時間で、より正確に(コンピューター制御で)レンズを削ることが可能になっていったそうです。

お医者さんの待合室にあった資料によると、この手術が適用できるのは、近視、遠視、乱視。ほとんど全盲に近い人でも、段階的に手術をすると、通常の視力か、あるいはコンタクトレンズで生活できるほどにはなるとか。ただし、子供など、度数が安定していない人は向いていないと。折角手術しても、まだ視力が変動してしまっては意味がないってことなんでしょうね。

ちなみに日本でも同じ手術が受けられるようですが、オーストラリア価格の2〜3倍するようです。だから、ブリスベン行きツアーが流行るワケなんでしょう。




さてさて、手術の当日。幸い、直前までバタバタと忙しかったので、手術のことなど考えるヒマはなかったのですが、お医者さんに向う車の中で、だんだん緊張してきました。また、お医者さんの待合室には眼科医の専門雑誌が置かれていて、読んでも専門用語ばっかで全然意味はわからないのですが、ここに掲載されている写真がけっこうグロテスクで、見ているうちに怖くなってくるのでした。あーゆー雑誌は、待合室なんかに置かないほうがいいんじゃないのかなあ。

まずはサインした同意書を手渡すと、また別の紙をくれて、「手術後、私を家に連れていって面倒見てくれる人」を記入しろ、といいます。一人じゃ帰宅できないような状態になるのかぁ・・・と、またちょっと不安になったりして。

白衣のエプロンみたいなものを着せられ、頭と足(なぜか靴ごと)のカバーをくれました。両目に何かを点眼されましたが、もしかしたらあれは麻酔だったのかな。目の周りをアルコールのようなもので拭かれたので、目がスースーして開けていられなくなりました。しばらく待っていると、手術室に案内されました。目がスースーするままなので、ハッキリとは見えなかったけど、大きな機械に大きなベッドが付いていて、例のお医者さん以外に3人くらいの女性がいました。ベッドに寝ると、頭を正しい位置に固定します(ベッドに頭がコポっと入る窪みがある)。

目の前、たぶん眼球から10センチくらいの距離にレーザー機械の腕部分が翳されて、光が見えます。中央に緑色の光、その周囲に円を形どる黄色の光。最初にまぶたや目の周りをテープのようなもので固定していきます。個人的には、これが一番イヤでした。まばたきしようとするまぶたが引きつっているみたいだし、テープみたいなものが目の中に入ってくるような感じがして。

固定作業が終わると、お医者さんが何か目の上に置いてみたり、いじくったりしています。たぶん、レンズをレーザーにあてるために、角膜を取り除く作業をしていたんだと思います。具体的にどうやっていたのかは分かりませんが。これは、痛い!ってほどではないけれど、目をいじくられるんだから不快は不快。早く終わらないかなあ、と祈るような気持ちです。

準備が終わると「動かないで、じっと光を見ていてください」と言われます。緑色だった光が赤く変わって、火花のようにパチパチと細かな光を発散しています。瞑想中に見える光みたいなもんでしょうか(^^;)。これはこれで興味深い光景でした。痛くもかゆくもないけど、少しだけジリジリと熱を感じる程度。あっという間です。

レーザー射光が終わると、また角膜を処理して、固定テープをはずして、オシマイ。たしかに、短い時間だし、痛みという痛みは感じませんでした。快適ではないけど、不快度よりも不安度のほうが高かったかもしれません。なにしろ、一部始終が見えてしまうわけだし。コンサルティングの時に言われたように、やっぱり患者さんが気丈でリラックスしていないと難しいんでしょうね。こちらもお医者さんの指示に従わないといけないし。

手術室から出ると、休憩室のようなところに連れていかれて、お茶とサンドイッチをもらいました。目はかろうじて開けられる程度。開けてもボンヤリしていてよく見えないし、なにしろ涙が止まらない。痛いというより、涙腺を何かに刺激し続けられているような感じ。10分くらい休憩したでしょうか。夫に連れられて病院を出たのは、チェックインから約1時間後でした。





家に帰る車の中で、次第に痛みが増していきました。「痛くなったらパナドール(市販されている鎮痛剤)を飲んでください」と言われたけど、車の中に鎮痛剤はなかったので、ひたすらガマンします。帰宅する頃には「痛いよう」とわめいていました。といっても、陣痛よりはずっとマシよ(^^;)。
鎮痛剤を飲んだら、落ち着いてきて、そのまま寝入ってしまいました。この経験から、手術に行くときには、鎮痛剤を持参することをオススメしたいです。

手術の当日と翌日は、ひたすらひらすら寝ました。目が開けられないから起きていても退屈ってこともあるんだけど、なぜか眠くてしょうがない。目が回復するために免疫力をフル回転しているのでしょう。食欲もなかったので、トイレに起きるたびにクレイ水を飲みました(免疫強化作用があるので)。朝から晩まで、これでもか?!というくらい、寝ました。考えてみると、こんなに心身ともに長いこと休息できたことって、今までなかったかもしれません。目が覚めてもどうせ目が使えないから、「仕事しなきゃ」とか「子供のゴハン作らなきゃ」といった脅迫観念に襲われないわけです。術後の面倒を見るために夫は1週間会社休んでくれたから(そこまでする必要は全然なかったんだけど)、子供たちの面倒も心配しなくていいし。とにかくリラックス〜〜しまくった2日間でした。

手術の翌日(土曜日)、検査に行きましたが、簡単に角膜をチェックして、視力を試しただけでした。私は翌日からいきなり1.2まで見えてしまって、お医者さんもビックリの結果でした。ふつうは1週間から3ヶ月かけて、次第に視力があがるというんですが。

3日目(日曜日)からはふつうに日常生活できるようになりました。メールの返信も書きはじめました。まだ目はしょぼしょぼするし、長いこと画面を見ているのはツライけど、どうにか仕事することはできます。徹夜明けの疲れ目に、目に合わないハードコンタクトレンズをいれているような感覚。

4日目(月曜日)になると、だいぶラクになります。まだコンタクトを入れているような違和感はあるけど、それだけのこと。ただ、光にセンシティブになっているので、日光など強い光がまぶしく感じられます。だから、家の中でもサングラスかけてました。

術後やっちゃいけないことは、まぶたをぎゅっと閉じること、目を触ることの他、水泳、喫煙が禁止と同意書には書いてありました。でもタバコは煙がいけないんだろうと思ったので、目を閉じて吸うことにしました(^^;)。あと、寝ている間に目を触っちゃいけないとのことで、お医者さんから目のカバーみたいのをもらいましたが、不便なので使わず、代わりにサングラスかけたまま寝ました。

1週間後に再度検査にいくと、今度は1.5まで見えました。
メガネなしで世の中がはっきり見えるというのは、なんと爽快なことか?! 朝、目が覚めたとき、メガネを探さなくても時計が読める。おまけに、闇が明るく見えるんですね。近視だと多少は夜盲症(トリ目)の傾向がある、とは聞いていましたが、これは矯正しようがないので自覚症状がないだけに怖いですね。手術してみたら、たしかに違う。




そういうわけで、私としては「やってよかった」と満足しております。

費用的にも、長い目でみれば十分価値あると思います。使い捨てコンタクトが1日1枚200円程度でしょうから、2〜3年でモトとれますよね。ふつうのコンタクトでもケア用品にかかる費用を考えたら、けっこうしますし。
もちろんリスクはあるし、安い費用ではありませんが、視力の矯正方法として、選択肢のひとつに考えてもいいんじゃないかな、と思います。




2001年9月20日:福島



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