英語雑記帳


逃げ水を追いかけて






 オーストラリア在住期間もかれこれ4年以上になります。来る前は、「行って半年もすれば英語だってかなり出来るようになるわ」と思ってました。半年経ちました。「最初の3年は目をつむって頑張って、4年目になればもうかなりの程度出来るだろう」と思いました。4年経過しました。「あ〜、こりゃ10年は無理だわ」と思ってます。

 のっけから夢をブチ壊すようなことを書いておりますが、いや〜本当にこの「逃げ水現象」みたいな感じです。

 今現在の自分の英語力がどの程度あるのか知りませんが、4年前永住権の申請をするとき受験したIELTS試験では平均6.0でありました。で、IELTS6.0って他の試験ではどの程度なのか判りませんが、同じ頃に受けたTOEFLが550点にちょっと足りないくらいだったような記憶があります。ま、大したことないわけですけど、それから4年現地にいるにしては、「伸びんもんやね」と悩ましかったりします。

 話は前後しますが、一番最初にオーストラリアに来たのは、半年間の語学留学でした(そのあと永住権を申請して翌年に移住)。その前は英語をやっていたのかというと、もう限りなくゼロ。高校時代から英語ダメだったし、大学以降は司法試験で英語どころではなかったし、弁護士になってからは仕事仕事でそれどころではなかったです。そういえば、梅田の紀伊国屋書店で英会話教室の勧誘につかまって、ヒマだったので話だけでも聞きにいったのですが、「仕事終わるのが午後10時とか11時なんですが、それからやってるコースってありませんか」「ありません」で終わってしまいました。

 そんでも留学の半年前位からかな、さすがに「これじゃマズイんちゃうか」とか思い出して、書店に立ち寄った際にはガソゴソ英語教本を買い漁ったもんです。あれね〜、見てるとどれもこれも魅力的なのですね。で、買ったら読むかというと読まない。本屋で立ち読みしてるときが一番学習意欲があるんですよね。本屋で勉強したらいいかもしれん。

 で、留学前に「どんなもんやろ」と思ってTOEFL受けましたけど、すごかったですね。イッコも判らんかったですもんね。あの試験って、ずっとテープ廻してて、受験上の注意とか号令とかも録音されているテープを流してやるのですけど、当然ながら全部英語。「では答案用紙に名前を書いてください」とか英語で言うんだけど、それも聞き取れない。いきなり周囲がザワついて皆が名前を書き出したのを見て、「え?!」と慌てて名前を書いてるという、そんなテイタラクでした。で、何点だったのかなあ、二回受けて380点と430点とかそんなもんでしたね。もう「死んでしまえ」みたいな点ですね。あの点数って偏差値を10倍にしたような採点だったと思うから、偏差値40前後ですもんね。わははは、マークシートのマグレ当り度数みたいなもんです。よくまあ点があったなと思うくらいで。

 それで現地で半年英語学校行ったら、前述のように550点弱。いきなり100点以上UPしました。伸びれば伸びるものですが、まあ、地の底から始まってるから伸びて当たり前だし、実際あの半年は勉強しましたもん。



 他の箇所でも述べてますが、学校はシドニー大学付属に行ってましたが、別にそこでの教え方が素晴らしかったらこれだけ伸びたというもんでもないです。もう行ってた学校がいい/悪いじゃないですね。今から思えば、あそこは別にそんなに良くもないし、レベルも4クラスしかないし。最初の10週間なんか高いクラスに入れられてしまって、毎日行くのが苦痛でしたもんねえ。相棒福島も通っていて、彼女は良く出来たのでビジネス英語コースに勧められて行ってたのですが、これがまた全然面白くないクラスらしく日々憮然としてましたね。で、二人で月曜の朝になると土気色の顔して無言のままGlebeの坂を黙々と歩いていたもんです。

 本当にもう、学校には「畜生!」と思いに行くようなもんで、先生はよかったんですけど、何言ってるのか全然わからん。一人づつ答を言っていく時でも、僕だけ全く違うページの問題をやってて答えたら教室がシーンとしちゃったりして。先生も気を遣ってくれて、もう、その気を遣ってくれるのが見えててね、当てて答えさせるときも気遣わしそうな視線を一瞬投げかけ、「ああ、ちょっと無理だろうな」という感じで僕だけ飛ばされたりして。

 そんでもって「ちっきしょう」とかブツブツいいながらまたGlebeの坂をトボトボ歩いて帰ってくるわけですね。畜生といっても、誰かが憎いわけじゃなくて、友達も先生もよかったですよ。殆ど会話にならなかったとはいえ、いい人達なんだろうなということは判りますから。だから畜生はもっぱら自分に向けられるわけです。だから勉強、やりました。

 全体の勉強が100あるとしたら、学校の勉強の占める比率なんかその半分にも達してないと思います。新聞読んで、ラジオ買ってきて通学途中もイヤホンで聴きながら歩いて、古本屋でドサドサ本買ってきて読んで、TV見て、オージーとエクスチェンジやって、てな感じです。

 学校はペースメーカーというか、教えて貰うというよりは、「喋りに行く」という感じでした。英語ヘタな奴にあれだけ喋らせてくれる空間というのはオーストラリア広しと言えども英語学校くらいでしょう?教え方が文法中心だろうが何だろうが、とにかく四六時中喋ってられますし、喋っちゃ駄目のときでも私語は出来るし、休み時間も放課後もあるもんね。それでええわいという感じ。クラスに日本人も半分くらいいましたけど、日本語で話し掛けられても英語で返せばいいだけですしね。まあ、そんな「日本語喋るまい」なんてカタクナな感じは全然なかったけど、頭が英語になってるから、また頭切り替えて日本語喋る方が邪魔臭いって部分はありましたし。



 こう書くとなんか暗〜くガリ勉生活やってたみたいですが、全然。楽しかったですよ。最初の半年が一番楽しかったなあ。勉強が大変とか英語が出来ないとかいったって、仕事のしんどさに比べたら屁みたいなものです。当時33〜34歳ですから、ハタチのときとは違いますから、「自分のために勉強する」なんてことがいかに贅沢なことか分かってましたもん。「しんどい」も「畜生」も、そういうことしたくて来てるですから別段不満は無かったですし、これだけ目の前にハッキリと「やること(英語の勉強)」が提示されてる分かりやすい環境って、人生長いこと生きてもそうそうあるもんじゃないですし。

 ちなみに後半の10週間は、レベルは同じクラス(アッパー・インターミディエイト)だったですけど、その頃にはクラスで一番出来る部類に入ってたこともあってか楽しかったですね。前半意地でも食らいついていったご褒美みたいな後半10週間でした。このくらいになるとそこそこ喋れるようになってますから、友達とも冗談飛ばして笑えるようになりますし。何か知らんけど韓国の男の子連中にやたら好かれて、学校出てから一ヶ月近く経ってからも帰国パーティ開いてくれましたし、当時の友達が韓国に帰国する際にわざわざ関空経由で会いに来てくれましたし。面白かったですよ。

 でも同じクラスでも色々不満言ってるコはいましたけどね。何がそんなに不満なのか、僕にはようわからんかったですけど。英語というのものを「教えて貰うもの」だとカン違いしてたのかな?という気もしますけど。受け身で身につくものなどこの世に一つもないと思うんですけどね。ただ先生の善し悪しというか相性はあるでしょうけど。



 さて思い出せば昨日のことにように思い出せるわけですが、あれから伸びたかというと、まあ伸びはしました。当時は新聞記事も辞書と首っぴきになって、一つの記事を制覇するのに丸一日かかってましたけど、今ならある程度は読めるようにもなりました。

 それでもシビアに読めば全然駄目なのは自分でもよく分かりますよね。そりゃ大意は掴めるけど、大意だけという。細かなところになってくると途端に怪しくなる。「こんな不定詞の使い方俺は知らんぞ、少なくとも文章書けと言われたらとてもじゃないけど自分からは思い付かないぞ」とか「この主語の省略の仕方はすごい大胆だけど、こう書くとどういう効果があるんだろう」とか。aとtheの区別でも、記事の全ての冠詞に「なぜここはtheであってaではいけないのか」の理由を言えといわれたら判らんのが大分あるし。もっと単純に文章の意味が分からん、そもそも文法構造が分からんというのもあります。さらには、単に「こんな単語知らん」というもゴロゴロあります。

 TV見たって相変わらず聞き取れないところは全然聞き取れないし。ボキャブラリーも一定増えてくると楽になりますが、逆にこんどはその維持が大変。知ってた筈の単語が出てこないとか。今日も「あれ法医学ってなんて言うんだっけ?」とか情けない思いをしたりします。発音も気を付けているつもりですが、たまに自分の発音録音して聴いてみると穴掘って埋まってしまいたくなります。本人はちゃんと喋れてるつもりでも音にしてみたら聞えてない。「俺はちゃんとVで下唇を噛んだぞ」と思うのだけど、客観的にはVになってない。「うそ〜」と愕然としますね。それがダメな発音と判るだけでも進歩といえば進歩なんですが(4年前ならうっとりしてたかもしれん)、情けないですわ。



 まあ、こんなホームページやって、毎日日本語読み書きして、毎日日本のお客さんと日本語喋ってたら英語なんかそうそう伸びないんですけど、そんな言訳言ってる場合じゃないですよね。ネタ探しの意味もあって、毎日かならず新聞記事の一つは目を通そうと思ったり、出来るだけキチンと且つ早く発音できるように音読したり、一日に必ず一回は辞書引こうとか思ってるわけです。「思ってる」のは神に誓って真実ですが、やってるか?といわれると、また穴掘って、、(以下同文)。でも完全毎日は無理でもそれなりにはやってます。でもこれ10年続けてどこまでいけるかなあ?となるとちょっと心もとないですけどね。

 ですので、こちらに初めてやってきて英語出来なくて不安な方、語学学校に土気色の顔して通ってる方、もう気持ちはとてもよく分かります。ただ、「ちょっと現場でやれば英語なんか」とナメてる方、「あたし英語出来なくてもいいも〜ん」と諦めちゃってる方には、気持ちは判りますが、それではアカンよと言いたくなります。余計なお世話だからほっておけばいいんだろうけど、冬の富士山にTシャツ一枚で登ろうとしてる人や、耳栓と猿轡をしてこれから毎日過ごしていくのを「いい」と言ってる人には、「ほんとにそれでイイの?」と、やっぱり人情として言いたくなります。

 「じゃあ、どないせーちゅーんじゃ」と問われるでしょうが、「コツコツやるきゃないでしょ」とお答えします。芸事、習い事をされた方はお分かりでしょう。こーゆーのはもうキッチリやった分しか跳ね返ってきませんし、やったらやっただけの報酬はあります。「何もしなくても自然と出来るようになっている」なんてことはないです。それはもう僕が保証します。スぺルだって真面目にやってないから、未だに全然書けないんですもんね。読んでればそのうち字面を覚えて、、とかタカ括ってましたけどね、そんな甘いもんじゃなかったですわ。それで相棒福島には未だに笑われてるし。ほんとは漢字練習帳みたいなのでやらんとならないんでしょうね。

 ボキャブラリーも、今何千単語知ってるのか知りませんが、知ってる単語とか言い回しのうち、どのくらいだろう?そうだな7割くらいは、どういうキッカケで覚えたのか言えます。例えばTIMEのあの記事を読んだときに出てきた単語だとか、この言い回しはレストランいって友達のオージーに教えて貰った ものでその時の会話の内容は、とか覚えてます。知らない間にボキャブラリーが増えたなんてことは、まあ無いです。悲しいくらい無いですね。それどころかほおっておけば毎日どんどん忘れていくし。

 ほんとに「魔法の杖」の一振で何とかなるなんてことはない。魔法の杖なんて、今まで生きてきて一度も手に入れたことなんか無いです。これまで無かったことは、これからも無いと考えた方が合理的でしょう。魔法の杖なんてものを欲しがった時点で、ちょっと古いけど「おまえはもう死んでいる」状態だと思います。



 「コツコツやろう」なんてこと、今更言われなくても判ってると言う方もいるでしょう。でも、それは僕に言わせれば「わかってない」んです。わかってる人は黙々とやってますもん。エラそうに言う僕だってわかってませんもん。それを時々「ああ、やんなきゃなあ」って痛感して思い出すんです。だから「コツコツやりなさい」ということは、本当は毎日言われたっていいくらいです。言うだけでなくて後ろから竹刀でドツかれるくらいで丁度いいんです。

 というわけで、「コツコツ」ということは強調してもし過ぎることはないと思います。これは精神論でも説教でもなんでもなく、カラッカラに乾いたドライな事実認識です。結局、「量的蓄積」と「反復による習得」しかありえないもん。英語をやるというのは、「東京から大阪まで歩いていく」ようなものだと思います。そのココロは、@容易なことではない、でもA絶対に可能なこと。

 ただ、同じコツコツやるにしても、別に無味乾燥にやる必要もないです。それどころか東海道中膝栗毛みたいに、地味なようでいて山あり谷ありだったりします。「結局歩いてるだけじゃん」とか言われればそれまですけど、でも、具体的に何をどうやったとか、どんな風景が見えるのかとか、そういう話は面白くもあるでしょう。同じ長い道中をトボトボ歩く者どうし、書けたらいいかなと思います。





99年05月13日初出:田村
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