★語学学校体験談
読者投稿−−武末さんの場合(その2)




NSW大学セント・ケンジントンキャンパスでの体験

The Insitute of Language, University of New South Wales kensington Campus



 NSW大付属の訪問記、楽しく読ませていただきました。

 私の知らないことがいっぱい!!だいたい、シドニー一の規模を誇る学校だったなんて知らなかったし、福島さんが「この学校に行っていたら変わっていただろう」と思ってしまうほどの学校だったなんて!

 しかし「生徒からの不満が全くない」なんていうのは広報担当者なら誰でも言うことではないですか?生徒にしてみれば細かい不満はいくらでもあるわけですから。ホームステイのひどい話も聞いたし、体験記にも書きましたが生徒同士はけっこう不満を言い合ってましたよ。

 ま、大きな不満はない、ということかな。私は他を知らないから何とも言えませんが。

 体験記は、訪問記を読む前に書いたもので、情報が古いところがあるようなので、その辺は付記していただけると幸いです。でもアプラック情報の影響を受けていないという点では「主観的」で体験記としての役割を果たしているといえるかも...。


ということで、お送りします。





語学学校体験記 2

The Insitute of Language, University of New South Wales /Kensington Campus



 この語学学校は以前私が体験記を書いた(今はなき)セントジョージキャンパスと同じ学校ですが、このキャンパスの特徴は、目的が「大学入学を目指す」ことのみに絞られている点です。したがってコース内容は3つ。「大学直接入学コース」(このコースを一定の成績でパスするとニューサウスウェールズ大学入学に必要な英語力があると認められ、ほかの英語テストを受けなくてもよい)、「英語テスト準備コース」、「大学入学ファウンデーションコース」(主に高校を卒業した学生のために大学での勉強に必要な英語力、ノートの取り方やレポートの書き方といったスキル等を教えるコース)。

 私が勉強したのは「大学直接入学コース」です。学校案内のパンフレットには、20週間のコースと書いてありますが、10週間でもOK。(さらに最近、5週間ごとに入学できるようになったらしい)私は97年の10月から12月までの第4ターム10週間のみ受けました。

 このタームは翌年3月からの大学入学(通例2月の終りですが、今年は曜日の関係で3月初頭の月曜日になります)に備えて相当な数の生徒がアジア各地からやってきます。生徒数は約300人。こじんまりとしたセントジョージキャンパスからやってきた私は、当初お上りさん気分でした。その上、日本人ばかりだったセントジョージと違ってここではアジア各国語とアジアなまりの英語が飛び交い、肌の色もさまざま。インドネシア人が最も多く、タイ人、中国人、韓国人、もちろん日本人。たまにベトナムやカンボジアから、そしてフランス人、ロシア人などの白人がちらほら、一番ユニークだと私が思ったのはチリから来たという女性。彼女はジャーナリストでかなりの切れ者、英語も話すのは何不自由なく、先生とも対等にやり取りしてました。

 おもしろいのは、国によって英語教育が違うのか、得意分野が違うこと。良く言われますが、日本人は文法が得意でテストを受ければそれなりに良い成績、でも自分の意見を話すのはニガテで、授業中もどちらかというとおとなしくしてます。一方、インドネシア人は特徴のある発音で自国語のようにぺらぺらしゃべって(何言ってるかわからないことが多い!のだけど、話し慣れているということでは日本人はかないません)、授業中も良く質問したり意見を言います。生徒同士で議論するときも必ず質問するのがインドネシア人。質問されたほうも決して譲らず、こじつけだろうが堂々と答えてました。彼等に近いのは韓国人ですが、頑固ということで言ったら韓国人のほうが数段上、あくまでも自分で見たり聞いたり考えたことにこだわるのです。それは決して悪いことではないのですが、そのおかげで授業が進まなかったり話していてちょっとむっとすることもありました。




 クラスは英語力と大学での専攻によって分けられました。直接入学コースが英語力で4レベル、各レベルに専攻別に3〜4クラス(商学部専攻とエンジニアリング、人文・社会科学専攻など)、各クラス15〜20人でした。とはいってもクラス分けはテスト準備コースとオーバーラップしていて、初め直接入学コースに入った人が人数の都合でテスト準備コースの同レベルのクラスに変わることもありました。

 全体で10週間のコースでした。初めの1週間はこのクラス分けで終始し(あまりのいい加減さに生徒は皆あきれてました)、最後の1週間は最終試験も終わってほとんど授業にならず、結局勉強の中味があるのは実質8週間だといえるでしょう。

※注:この「最初の1週間クラス分けに終始し」という部分が気になったので、武末さんに詳しい状況をお伝えいただけないかメールでお願いしたところ、以下のとおり返信をいただきました。

●クラス分けに関しては、かなり大ざっぱに書いてしまって誤解を招いてすみません。直接コースはレベル0〜3まであるのですが、私がいたときは、レベル0は1or2クラス、レベル1は2or3クラス、レベル2が4クラス、レベル3は3クラスでした。これはそれぞれのタームの生徒数によって変わってくるのだと思います。で、準備コースは実は専攻別ではなくレベル1〜3までそれぞれ1クラスです。(わー、前に言ってることと全然違いますねー!!)

 ですので、田村さんがおっしゃるほどには複雑ではないのですが、あまりにも混乱していたためどういう基準で生徒をあっちやったりこっちやったりしているのか、私にはとんとわかりませんでした。先生の説明では、最初の日に登録していなかった生徒があとから申し込んできて、その生徒を適切なレベルに配属するには、そのクラスのボーダーラインの生徒を他のクラスに移さなければならない、ということでしたけど。ただ単に初めのクラス分けが時間的に間に合わなくて、とりあえず分けとくか、程度のものだったというような気もします。

 最初の1週間に起こったことですが、初め直接コースのレベル3・Cクラスには20人弱いたのですが、2時間目に「あなたはこのクラスに行ってください」と2、3人の人がレベル3の他のクラス、あるいは準備コースのレベル3のクラスに移りました。直接コースのレベル2に移る人もいました。次の日には昨日見かけなかった生徒が1、2人加わったかと思うと、先生に移るように指示された人がまた2、3人。次の日には最初の日にいた人が戻ってきたり、さらにまた移るようにいわれたり、もう混乱の極みでした。先生と事務方の連絡もいい加減で、あっちのクラスでは「こっちに行け」、こっちのクラスでは「あっちに行け」と言われ、先生もしょうがないから「じゃあこの時間はこのクラスで勉強して、終わったら事務に聞きに行ってください」という...。最終的に落ち着いたのは第一週の金曜日。そのとき初めのクラスにいた人は半分くらいかな。



※つまり、先生の説明によると、「後から入ってきた人がいたため、トコロテン式にレベルのボーダーラインにいる生徒さんを移動した」ということですね。

 しかし、クラスの半数が変更するほどの大移動であり、しかもそれが1週間も続いたという現場の実感としては、そんな「微調整」みたいな話とは思いにくい。やはり『最初の分け方が大雑把過ぎたので、その後チビチビ修正を重ねざるを得なかったのではないか。しかも、修正過程で「伝言ゲームのバトルロイヤル」みたいな無茶苦茶な連絡行き違い状態に陥り、朝令暮改が続いたのではないか』という気がするということですね。僕もそんな気がします。しかし、それでもよく一週間で収まったような。




 私のクラスは19人(少々多すぎる)で、男12人、女7人、国籍はインドネシア人6、日本人5、タイ人3、韓国人3、台湾人2。ほとんどの人が自国で大学を卒業し、大学院進学希望でした(働いた経験のある人もけっこういて、平均年齢は25歳位と高め)。男性のほとんどはエンジニアリング専攻、他は人文・社会科学専攻でした。私にとってインドネシアやタイのクラスメイトも初めてなら、エンジニアリング専攻のクラスメイトをもつのも初めてで、なかなか興味深いクラスでした。ディスカッションのクラスで、ある考えについて賛成か反対かを議論したのですが、全く違う意見が出たりしてかなり面白かったです。



 授業内容はけっこう充実してます。リーディング、リスニング、グラマー、ライティングはもちろんのこと、アサインメントスキル(ロングエッセイの書き方)、クリティカルシンキング(直訳すれば批判的考え方)、テストプレパレーション(IELTSやCULTといった大学入学に必要な英語力テストに対応する)、セミナー(各自20〜30分のプレゼンテーションをする)、ディスカッションと盛りだくさんです。これらの授業が週に1コマ2時間ずつ、その他に自習の時間が2コマ、ゲストレクチャーが1時間あり、全体で週23時間+ロングエッセイのコンサルテーションが2週間に1回(一人15分)というのがスケジュールでした。

 大学入学準備ということもあり、ライティングにかなり重点がおかれていて、学術的なエッセイの書き方については論理の展開の仕方、段落の構成の仕方、使うべき言葉、参照文献のリストの書き方等々、初めから終わりまで徹底的に教わります。ロングエッセイというのはテーマは自由で1500〜2000字の論文をタームの終わりまでに提出するのですが(授業とは別)、2週間に1回テーマやアウトラインを先生に見せて相談しながら進めていきます。この程度の字数なら「たいしたことない」と思われるかもしれませんが、実質8週間のうちに、授業中に出る宿題をこなしつつ、かつプレゼンテーションの準備もしつつロングエッセイを書いていくのは相当しんどいものでした。このプレゼンテーションというのも結構クセもので、評価基準にはテーマ内容や論旨の一貫性に加え、聞いている人とのアイコンタクトやボディランゲージが十分かどうか、メモを読まずに自由に話しているかどうかなど、キビシイ項目がずらっと並び、さらにビデオで撮られ記録に残ってしまうということで、皆自分のプレゼンテーションの前はけっこうナーバスになってました。(もちろん私も)

日本とはやはり違うなと思ったのは、こうした授業内容もそうですが、最終的な成績の評価基準がコースの最初の段階ではっきりと示されること。ここでは最終テストの割合が最も高く45%、ロングエッセイが30%、プレゼンテーションが10%、グループプレゼンテーションが5%、出席(出席率と授業への参加状況)が5%(だったと思います)。専攻によって違いますが、この最終評価でCあるいはC+(プラス)をとらないと大学には入学を認められません。とはいえ最終評価でCー(マイナス)だった人がクレームをつけ、結局Cをもらえたというケースもありましたが。

 日本との違いは良いところばかりでもありません。細かいことを挙げればいろいろ気になることはありますが、大きく違うのは先生の姿勢ですね。生徒の自主性を重んじるということなのかもしれませんが、先生の生徒に対する責任感がいまいちという気がします。日本流の「至れり尽せり」「かゆいところに手が届く」的なやり方に慣れている者にしてみると、教えっぱなしで出した宿題を返してくれないのでフィードバックできないとか、先週先生の都合で変更したスケジュールを今週当日になってまた一方的に変更してあまり生徒に悪いと思っていない(ように見える)とか、よく休むから前後の脈絡など何もわからない代理の先生に教わらなければならない等々、先生への信頼感をいまひとつ培えないという感じでした。表立って抗議するということはありませんでしたが、生徒同士ではけっこう不満を言い合ってました。悪く言うつもりはないのですが、文化の違いだからしょうがないといって納得してばかりもいられないですよね。何しろこちらとしては大学に入れるかどうか必死な訳ですから...。

 結局本当に自分が必要とすることは、臆せず個人的に先生に相談するなり持ちかけるしかないということです。そうやって来た生徒に対して邪険にすることはまずないのですから。これが個を重んじる文化ということなのでしょうか...?(とはいえ、このケンジントンキャンパスの約半数の先生が、大学側の突然の契約システムの変更で我々の卒業と同時に職を失ったということを考えると、先生の無責任さばかりを責めるのは片手落ちかもしれません...。)

※注:この「約半数が職を失った」という穏やかならぬ部分も気になったので再度お尋ねしてみました。

●先生の解雇のことですが、私も卒業式の日に雑談のなかで先生に聞いた話なので詳しいことはわからないのですが、これまで大学との契約は実質的に終身雇用の人と1年契約の人がいて、大学側が契約システムを今年から急に変えることになり、1年契約の人は更新できないようになってしまったとか。それで半数の先生は解雇となってしまった訳です。どうしてなのか理由まではわかりません。

 話を聞いた先生は、ファウンデーションコース(1年)の生徒はまだ残っているのに、先生が途中で変わってしまうのは問題だと、かなり憤っていました。(当り前ですね)

 でも以前聞きかじった話では、ここのお給料は相当良いらしく、先生の定着率はそういう点では良かったのではないかと思います。

 政府財政のリストラ→補助金カット→大学財政のリストラと波及しているのでしょうか。単なる契約システムの一元化をはかるための過渡期的処置なのか、それともリストラの大鉈を振るったのか、よくわかりません。ただ、今回のアジアの経済危機はオーストラリアの大学、とりわけアジア系留学生の比率が多いとされるNSW大としては厳しいかもしれない。今回の騒ぎで、オーストラリアドルに対して韓国ウォンは2分の1、インドネシアルピーは3分の1まで下がりましたから、留学生にとってみたらいきなり物価が2倍、3倍になるようなものでしょう。留学生数も激減するでしょう。そこらへんの絡みもあってのことなのかな、とか、色々な背景事情を忖度してしまいます。


 これは質問ではなく意見交換なのですが、一方で武末さんの報告を読ませていただきつつ、他方でこの学校の精密に分岐したカリキュラム/コースを合せ考えると、学校当局、とくに上層部としては、美しい理論的な構想をもっているようですが(アカデミックコースで、ここまでレベル別×分野別でやったりはしない。まとめて一クラスなんてところも沢山ありますから)、どうもそれにスタッフがついてこれていないというか、そんな印象を受けたりもします。笛吹けど踊らずというか。そこらへんどうなんでしょうか?と直截に聞いてみました。

●−−−というご指摘ですが、うーん、どうなんでしょう、そこまで分析するほどの洞察力がないもんですから...。でも結局のところ、組織の上のほうにどんなに美しい構想があっても、先生個々人の能力ややる気、姿勢にかかってくるのかなという気はします。ここの学校にも素晴しい先生もいれば、個人的には好きだけどどう考えても先生としての資質に欠けるって人もいましたし。

 日本的に考えると、たとえば会社で上のほうが美しい構想を持っているとすると、社員に対してそれがいろいろな形で伝えられて社員も会社への忠誠というか帰属意識をもつプロセスが何となくイメージできるのですけど、ここではどうなんでしょう?美しい構想はどうやって末端まで伝えられるのかなあ?何だかオーストラリア人て「会社(仕事)のことより、週末やフィットネスの方が大事!」って思っているような気がするんですけど...。


 あは、確かにそういうオーストラリアの一般論でいえば、そうなのかもしれません。特に政府関係なんかはそうなのかもしれません。制度それ自体で言えば、巧みでよく出来ているのだけど、現場がそれに対応できてないとか(ビザを発給する移民局など、行く度に違うことを言われる、というのはよく聞く話ですし)。

 ただ、そういう風土を前提にして、それでも末端までキチンと行き届いている組織というのはあると思います。このあたりは論じだすと面白いので脱線しそうですね。例えば、日本企業のロイヤリティといっても、それは会社上層部に対するロイヤリティであって、消費者に対するロイヤリティかどうかは別問題だとかね(上層部に気兼ねして、HIVの資料公開を拒み続けた厚生省のパターンとか、総会屋には手厚くもてなしながら個人客を陰でゴミ呼ばわりしてきた証券会社とかね。




 あっという間の10週間でしたが、我ながら大学受験以来、本当に久々に必死に勉強したなという感じです。プレゼンテーションの前や試験の前は「なにゆえ私は今ごろこんなプレッシャーを感じなければならないのか?!」と疑問にも思いましたが、終わってみるとこれが充実感になっているから不思議です。もちろん大学院に行くこれからはもっともっと大変で、英語学校で必死になっている場合ではないのですが...。

 いろいろ書きましたが、教材や施設など総じてこの学校は充実していると思います。他の学校を途中でやめてきた友人の話を聞くと、大学付属といってもかなりひどいところもあるようですから。NSW大学を目指す人はもちろんのこと、他の大学に行きたいという人もたくさん受講しているので、シドニーで大学進学を考えている人にとって、この学校は一考の余地はあると思います。

それでは皆さん、GOOD LUCK!!


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