2002年09月12日
2004年03月22日(追補)
池城さんの留学体験
池城さんは、2001年4月から約1年間シドニーに語学留学されました。
本来は、こちらの大学(獣医学部)を卒業するという遠大な計画でこられ、最初は語学学校で英語を勉強しようということでした。まだ高校を出たばかりのフレッシュな18歳だった池城さんですが、最初にウチで数泊されたときの天真爛漫でエネルギッシュな様子は今も記憶に鮮やかです。
オーストラリア大使館が事務手続のミスを理由になかなか学生ビザを出してくれないので(申請書のサインが違うとか)、渡豪直前に沖縄から東京までトンボ帰りをして大使館に行ってビザを取ってくる行動力や、ウチに居合わせた皆さんと鍋を囲みながら、「いやー、大きな動物、直したいですね。アフリカ、行きたいですねー!」と明るく語っておられたのが印象的です。
その後もステイを終えたあと安いウンジシェア(ルームシェアでもなくラウンジに寝泊りする形態。それだけに安い)を早々にキメてきて、「ラウンジシェア見つかりましたよ!安いですよー、いいですよ!」と元気一杯に電話してきてくれました。
そんな池代さんですが、1年以上してからメールをいただきました。お家の事情で日本に帰国していること、でも現在は日本でガンガン勉強していること、をお知らせいただきました。
池城さんが最初に通われたのはユニバーサルでしたので、本来はユニバーサルの学校体験記になっても良いのですが、メールの内容と熱さからして、これはもう個々の学校体験記とかそういうレベルではないなと思いました。
こちらに留学に来られて、ガーンとなって、それからいかに人生がガラリと変わっていくか、そんな素晴らしい熱気に満ちたメールでした。読んでいるだけで、こちらも熱くなってしまうという、素敵なメールでありました。
池城さんからメール(その1)
久しぶりです。っていっても忘れてると思いですが、一年半前にお世話になった沖縄人です。
今沖縄にいて今日久しぶりの休みなのでメールうたせてもらってます。
どうもありがとうございました。
おかげであの一年とても人生経験になりました!あの後、自分でも信じられないほど勉強しまくってsatificate4とれました。
シドニー大学のファウンデーションコースのやつです。
もう半年も前ですね。これでいける!って時に家から連絡で家に帰らなければならない事になり、一時は夢がなくなって 沖縄に帰って何をするんだ?って悲しくなってました。
今新しい夢に向かってます。医者になってやるんです。受験勉強で必死ですけど、あの留学で鍛えた集中力で一日14時間ぶっつづけで、休みなしです。ものすごく楽しいです。
なんか、留学前は30分さえも机に座れなかったのに、数学いつも5点だったのに、驚きです。
お金がなくたってenthousiasmがあれば何でもなれるし、いつも幸せで生きていけるって実感しました。
この事をみんなにわかってほしくてメールさせて頂きました。
いっぱいすばらしい経験させて頂きました。一年前の自分は心が小かったってのがよくわかりましたし、今も更新中です。
留学で人生がかわりました。
あの留学がなかったら受験なんてしようとも思わなかったし、楽な方へと流れていたと思います。
私はアフリカにいきます。いっぱい人助けます。動物も助けます。
いつかでっかい花咲かせるために精一杯がんばります。 ノーベル賞もとります。世界中まわって友達に会いにいきます。
そのきっかけを作ってくれたaplacにも大変感謝しています。
鍋ありがとうございました。おいしかったです。
あと15年後ぐらいに世界的に有名なった私がニュースにでてくると思うんでよく覚えといてください。多分伝記にもなるんで。
絶対になります!医者にならないなら死んでやる!って覚悟で生きてます。
人は逆境の中で強くなっていくものですから。
では、ありがとーーーーございました!
田村からの質問メール
> いっぱいすばらしい経験させて頂きました。一年前の自分は心が小かったってのがよくわかりましたし、今も更新中です。
> 留学で人生がかわりました。あの留学がなかったら受験なんてしようとも思わなかったし、楽な方へと流れていたと思います。
ということですが、この点、もう一歩突っ込んで、「留学のどんなことが気持ちを、視野を、ひいてはやる気を、人格を変えたのか?」です。なかなか答えにくいと思います。「全部」って言いたいかもしれませんが。
ただ、同じく留学しててもぼけーっとして終わる人もいるわけで、留学のどこがそんなにスティミュラスだったのかな?と、そのあたりまで深く言及されるとさらに読んでて唸らされる、心に刻むこむ一文になると思います。たとえば、ホームステイ先での出来事とか、シェアとか(ラウンジシェアでしたよね(^^*))、学校でのクラスでのカルチャーショックとか、、、、
お忙しいとは思いますが、この点も書いていただけるとうれしいです。
池城さんからのメール(その2)
あの留学のどの経験でっていうのも言葉で表すのが難しいですが、しいていえば、自信がついたっていう事です。
友達関係でも家族関係でもすべてに依存していた私にとって語学学校の中での経験が一番影響したと思います。
要はどう自分を捨てるかって事です。捨てるっていうのも人聞きの悪い表現かもしれませんが、この自分の中の偏った物の見方とかそういうのをすべて捨てるんです。私は私なりに意識してさらけだしました。恥を自分からかくつもりでいけばいいと思います。そういうのを繰り返している内に何が大事で何が不必要なのかがわかってきました。
語学学校で私はいっぱい恥ずかしい思いをさせられたし、そして 一方で進んで恥をかいてやりました。
わからない事はわからないとわかる事が成長していくために一番必要な事だと思います。
そうしたら今までとても欲しがったっていたけど手に入れられなかった自信っていうのがいつのまにか自分の物になっていました。
その自信を手に入れてから、私は語学も精神的にも急成長したと思います。
まわりにどんな事いわれても気にしなくなったし、何時間勉強しても苦にならなくなり、それどころか楽しいと思うようになってました。
そうこうしている内にいつも勉強している私に対しての友達の見方も変わり、とてもいい人間関係に恵まれました。
それまで学校内はジトジトした人間関係で影で文句をいわれたりと何かと息苦しかったんです。
いろいろあって6ヶ月もすぎ、新しい家と新しい学校に移りました。大学準備コースの試験もパスし、新しいクラスはみんな英語がとてもうまくて、最初は授業についていけず、とてもショックでした。はやくみんなに追いつきたい追いつきたいと必死で勉強し、気づいたら先生に褒められるようになってました。この時「あぁ、努力した分ちゃんと身になっている」と自信がまたつきました。
私のオーストラリアでの生活は修行の様なもので失敗もいっぱいあったし、でもその分成長もしました。
一つの失敗にくじけないでそれからpositiveな物の見方をすればそれが成功につながりました。
人間諦めたら終わりです。私は絶対に諦めないで自分の夢を追って生きたいと思います。
すみません、国語能力が未熟で。。。
でも、これが私の経験です。ほかにもいっぱいあったんですが、表現するのはとても難しい事でした。
って、今から学校いってきます。
行ってらっしゃい!
もうガンガンにいってくださいね。
お世辞ではなく、また陳腐な修辞ではなく、世界はあなたを待ってます。
ありがとうございました!!
熱いメールを戴いてから2年近く経った頃、池城さんから熱い追伸をいただきました。
池城さんからのメール(その3)
こんにちは!久しぶりです。沖縄人の池城です。
2年間死ぬほどやりました。今日2次も終わりました。^^(あとは面接だけ)
精一杯だしきりました。
思いっきり難しかったです。
でもがんばりました。力は尽くしました。
そして諦めません。何があっても諦めません。
この2年間、オーストラリア以上の修行でした。
先生にも「おまえは医者には向いていない」とすら言われました。
なんてたって数学0点でしたから。(^^;)
いっぱいトイレで泣きました。
悔しくて悔しくてこいつら全員見返してやるとひたすら勉強しました。
そしたら徐徐に成績も上がって、医学部目指していると胸はって言える様になりました。ギリギリで受かるかも?と言われた時、先生の前で思いっきり泣きました。うれしくてうれしくてたまりませんでした。
という間もつかの間。今年センターの傾向がガラッとかわり、自信持っていた教科にぶちのめされました。
でも、やっぱできる人はできているらしいので、私の努力不足という事でまだまだ修行は続けていきます。
私がここまでこれたのは実はAPLACのおかげなんです。
あの田村さんが載せてくれた私の体験記のおかげなんです。
一年前、私はもう塾代は払えませんでした。
その時、私の学力はまだ全然だったし、親戚からもいろいろ言われた時期でもあったので、とてもつらかったんです。
なんで馬鹿なのに、お金もないのに医者になろうとしてんだ?と現実を感じていました。
一年目は脚きりくらったので2次はなかったんです。
もう諦めるかの瀬戸際でした。
チラシにふとみた塾で、めずらしく奨学金をだしている所をみつけました。
よし!ここだ!ってきめて、早速自己アピールの文とAplacの体験記のホームページを紹介しました。
塾長にあって必死で泣きながら頼みました。家庭の事情もすべて話しました。
すると、塾代半額と残りは大学入ってから月2万円てことになりました!
先生方の間で私の体験記が評判になり、一人の先生が生徒にコピーしてみせました。
すると、私が塾にはいったとたん、いろんな人が「あの文のおかげでいっぱいやる気でたよ」とか、友達がたくさんできました。
今ではこの子達が私にたくさんやる気をくれてくれます。
いろんな人達の助けがあって私はここまでこれたし、今からも続けられていけます。
何回も何回も諦めようとしても諦められないのが本当の夢、本当のやりたい事なのだと気づきました。
だから諦めません。
死ぬほどやっていきます。
予備校ってすごい所ですね。オーストラリアにいた時よりもっともっと成長したような気がします。
山は高いほど登るのはつらいけど景色は最高です。
私はエベレストにでも登るつもりです。
きっと景色は最上級でしょうね。(^0^)
今年からは仕事しながらやっていきます。
絶対医者になってやります!
池城の近日状況でした。(^^)
池城さん お久しぶりでした!
相変らず、触ればやけどするくらい熱いメール、ありがとうございました。僕も読んでて熱くなってしまいました。
でも、あの体験談で学費がリーズナブルになったというのは一種の美談ですよね。また、それを認めた塾の方もエライと思います。
> 予備校ってすごい所ですね。オーストラリアにいた時よりもっともっと成長したような気がします。
それって、予備校がすごいのではなく、池城さんがすごいんだと思います。ギリシア神話に「触れるものみな黄金になる」とかいうミダス王というのがいたと思いますが、池城さんがすごいから池城さんがコミットするものもすごくなってしまうのだと思いますよ。
頑張ってくださいね!池城さんのような人にこそ医者になってもらいたいし、そう思う人は僕だけではないはずです。
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