2008年11月18日




バンコクからのメール/市川さんの近況報告

  〜オーストラリア留学を終えて7年目、今思うこと。








APLaC 田村さん

 ご無沙汰しております。
 2001年4月にお世話になり、SCE・ACEへ入学する際にお世話になりました札幌の市川です(体験記も書かせていただきましたね^^;  http://aplac.info/gogaku/taikenichikawa.html )。相変わらず田村さんのもとへは、海外で自分を試したいという多くの若者が訪ねてきていることと思います。

 ここ最近の金融ショックで、豪ドル価が私の滞在していた頃のレート(60円台だったと記憶しています。)に近づいたということもあり、近況報告がてらにメールをさせていただいた次第です。

 私は相変わらず○○社の研究所で総務・人事をやっております。
 研修の企画なんかがメインの仕事だったのですが、現在はタイの研究所のリロケーションに際して、事業所の運用を考えたり、新しいルールを作ったりする仕事をするためにタイのバンコク・アユタヤに滞在しています。年内一杯は滞在予定です。

 タイ語が読めない書けない話せない私は、作成資料やローカルとのコミュニケーションは英語、日本人の上司へのレポートは日本語、と不思議な生活を送っていますが、Sydney時代に英語を体にしみこませた(単語をくまなく覚えていなくてもコミュニケーションが取れちゃう技術)ことが、異国の地で働くことに大きく役に立っています。

 田村さんにお世話になった頃は私も22歳の若者でしたが、私も来年で30歳。
 日本に帰国する前日にAPLaCを訪問させていただいた際に、奥様にだったでしょうか、「30歳になったら『ワーホリ期限ギリギリでまたきちゃいました』ってたずねてくるかもね」といわれたことを懐かしく思い出しております。

 本当に行っちゃうかどうかは未知数ではございますが、当時考えていた遠い未来にあっという間にたどり着いちゃっている驚きと、当時の経験が間違いなく自分の血肉になっている感動を田村さんにお伝えしたいと思います。
 田村さんのもとを訪れる方にも是非お伝えいただければ幸いです。

それでは今回はこの辺で。
突然の長文メールで失礼いたしました。


 
田村さん

 こんばんは、田村さん。日本では祝日だったみたいですね。タイは未だ週休1日が基本なので、ちょっと不思議な気持ちです。

 確かに最初のステイはLidcombeでした!
 最初、読み方がわからなかったら、田村さんに「リッカムと発音すると通じるよ」と教えていただいたのを覚えています。

 その後はInternetの掲示板で見つけたStrathfieldの韓国人部屋に移り住み、最後はアメリカン人シングルマザーの家に間借りしてました。(残念ながら、帰国後はメールが不通でもう連絡が取れていません。)

 田村さんには、極力、自力で色々なものを調べ、生きていくことが一番の英語のトレーニングだし、人間としてのタフさを養ってくれるものだと教わった気がします。

> いまは、タイにおられるのですね。 もうどのくらいおられるのでしょう。タイは慣れましたか?

10月の初旬に着任しましたので、もうすぐ1ヶ月というところです。こちらは乾季も深まってきて、朝晩は長袖でもOKな気温になってきました。
水には大分慣れましたが、こちらのスパイスの強さには未だに負けてしまいます。
今日も日本から出張者が来ていたので、ここぞとばかりにイタリアンレストランに逃げてきました。


> このメールが中々記念碑的なので、HPに載せるかもしれませんが、よろしいですか?もちろん社名など固有名詞は”日系企業”くらいにぼやか しますが。

もちろん、問題ございません。むしろ、是非お願いします。
私も多くの方の体験談に支えられ、勇気付けられながら、がむしゃらになっていたように思いますので、少しでも今の若い方のタシになれば幸甚です。

当時の苦労の一つ一つが今でも懐かしく感じますし、ああいう経験をまたしたいと思ったりもします。

が、同時に社会人として6年目を迎え、やっと仕事に想いを入れられるようになってきました。
私の職種はGeneralistのさいたるものであり、当時自分が志向していたものとは必ずしも同じではありませんが、自分の仕事に小さなプライドは持てるようにもなりましたし、面白さも感じられるようになってきました。

またどこかでお会いした際には、Sydneyの最初の夜に田村さんとジュンイチさん(APLaC同期)がワインを飲みながらお話していたような、「仕事人」の話が できたらいいなと、楽しみにしています。





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