通学期間について)
2010/03/09更新


通学期間について




ワーホリで渡豪予定ですが、学校には17週間行くべきですか、それとも4週間程度でいいのですか?予算に限度があるので、出来るだけ安く済ませたいのですが。



 お財布環境に優しくありたい、という思いはすごーくよく分かるのですが、「目一杯行った方がいいよ、結局は得ですよ」とアドバイスしたいです。話せば長いことなので、ゆっくり説明しますね。

 まず、語学学校の通学期間ですが、学生ビザの方は特に上限は定められてませんが、ワーホリの場合の通学期間は「4ヶ月/17週間以下」と法律で定められています。

 もっとも、この規定もザル法で、それを越えても通えちゃったりするのが現実です。
 この点、わりと情報が混乱しているようですので、簡単に説明しておきます。まず、カウントされる週数ですがオーストラリア政府によって学生ビザの対象として認知されたコースに通った週数です。別項の語学学校プラスアルファで説明している児童英語教師養成コースや、コミュニティカレッジ、TOEIC対策講座、ワークショップの類はそもそも学生ビザの対象外ですので、週数カウントされず、幾らでも通えます(逆に言えばこれだけで学生ビザを取得することは出来ません)。また、対象たりうるコース(語学学校の普通のコース)であってもパートタイムはカウントされません。従って、フルタイム17週通った後、その学校でもう少し続けて勉強したかったらパートタイムにしてさらに通学を続けるというのは完全に合法です(だって学生ビザが取れないんだから)。

 次に、本当はイケナイんだけど、、、というムニャムニャした領域があります。例えば学校を変えてしまえば分からないとか、それどころか学校によっては17週通ったあとも”うっかりして”延長を認めてしまうとか。なんでこうムニャムニャしてくるかといえば、当局もこれに関しては真剣に取り締まる気がないからでしょう。このあたりはオーストラリア移住で書いたビザに関する原則、「その国に利益をもたらす者に対してのみビザを発給する原則」に照らし合わせても、オーストラリアにお金を落としていってくれる通学を目くじらたてて取り締まる意味がないからです。じゃあ、なんでこんな週数制限があるのさ?というと、学校ばっかり行ってるのを認めたらなんとなく「ワーホリ制度の理念」に照らして格好がつかないからでしょうし、「学校行くなら学生ビザを」という行政上のカテゴリーという意味もあるでしょう。要はリクツの問題でしかなく、実害があるわけでもない(それどこか実益がある)ので、あんまり本気で取り締まる気がないってことだと思います。
 
 一方、短期の方は特に定めはなく、学校によってはミニマム2週間以上とするところ、1週間からでもOKというところもありますが、超短期留学でもないとそういう実例はマレです。だって勿体ないですもんね。週350ドルの学校でも入学金が200ドルくらいかかります。1週通学だけだったら、合算して週550ドルになってしまうという。

 また、学生ビザの週数の上限はないとはいっても、一気に2年も3年も申し込む人はまず皆無で、学校側でも最大52週くらいしか想定していません。但し、永住権などの絡みで何が何でもIELTS6.5や7点欲しいとなると1年程度ではそこまでいかないのが普通で、1年半とか2年とかいうこともザラにあります。

 さて、話を本題に戻して、「ワーホリで4週通うのはどうか?」です。
 僕がこれまでサポートしたワーホリの方でも「とりあえず4週間申し込みます」とおっしゃられる方がおられましたし、僕自身、最初の頃は「まずは、ものは試しだから、それもアリかな」と特に不思議にも思わなかったのです。ところが、実際にいろんなケースを見ていくにつれ、それってやっぱりマズイと思うに至っています。今では、「どうせ行くんだったら17週間/4ヵ月、めいっぱい行った方がいいよ」とアドバイスさしあげてます。


@英語をナメたらあかん!の原則

 この話はことあるごとに言っております。でも、言っても言っても浸透しません。
 いや、既に現地に来られている方は骨身に染みてお分かりですから特に語る必要もないのですが、日本におられる方との日々のメールのやりとりでは、「英語はナメちゃだめだよ」と、かれこれ数百数千通同じ事を書いてるわけです。こうなったら、もう、根競べで言い続けます。


 まず最初に、ご参考までに、僕個人の英語事情を申し上げます。

 ホームページのあちこちで書いてますが、何を隠そう僕もナメてた一人でありました。出発間際になってゴソゴソ教本を買い集めたけど、大したこともやらず、「思えば大学入試時期がピークだった」てなレベルです。それでも、「まあ、身振り手振りでなんとかなるだろ」なんて思ってたわけです。

 ところが、いざ来てみたら信じられないくらいに何ともならなかったです(思いだし泣笑)。
 ゴングと同時にボコボコにされまくり、微かな自信と甘い見通しはカンプなきまでに粉砕され、「1ラウンド1分12秒KO」状態になりました。人によっては3ラウンドくらいまで持つかもしれませんが、日本でソコソコやってきたという人でも、最初の一か月はブルー入ります。2か月目くらいからブルー脱出しますが、それも英語が出来るようになって脱出するのではなく、単に開き直るからだと思います。

 20週の語学留学でオーストラリア入りした僕の経験でいうなら、最初の10週間はヘレンケラー状態でクラスメートや先生に話し掛けられるのも気が重いというアリサマでした。楽しくなりだしてきたのは、とりあえず思ったことの半分くらいは何とか表現出来るようになった後半からでした。正確には15、16週目くらいだったと思います。

 そのときは我ながら、かなり必死こいて勉強したと思います。学校でのフルタイム授業+宿題の他、ラジオ買って、毎日の通学、ベッドの中とかで聴いてましたし、新聞記事を1日最低一つは読む、2週イチのエクスチェンジ、古本屋で小説買ってきて読む、毎日シェアメイトの福島と特訓(日常も英語でつとめて喋ったり、一人が電話帳を読み上げ、もう一人が書き取る練習など)などなど。辞書も1日100回はひいたと思います。まあ、「起きてる時間は全部勉強」って感じですね。その昔は、司法試験で1日16時間勉強なんてのに慣れてましたので別に辛くはなかったですし、仕事に比べたら責任がないぶん楽でしたけど。その頃のクソ勉強は、英語の勉強方法(全16回)に集約されてますが、あれが書ける程度には勉強しました。半年経過した時点で永住権申請のためにIELTS試験を受けましたが、なんとか6点までいきました。日本に帰ってTOEFL受けて530点くらいで、渡豪直前に受けて430点くらいだったから、まあ半年で100点くらい伸びた計算になります。

 あれから10年以上の年月が経過しましたが、未だに英語には苦労してます。今でも出来るだけ英語の勉強をしようとしてます。時間が許せば3時間でも4時間でもやります。英語字幕がヒアリング練習になるかもと思って映画のDVDレンタルし続けてます。

 今の英語力がどのくらいか、客観的にわかりませんが、例えば、今この文章を頭から全部口頭で英訳しろと言われたら、つっかえつっかえではありながらも、「まあ、出来るかな」っていうくらいです。でも、それでも、渡豪当時に何となく思ってた「英語が出来るようになりたい」という理想レベルからすれば、70%にも達してないと思います。ボキャに関しては、自分で思う「最低このくらいは知っておけよ」という全体の半分にも達してないし、発音にいたっては、ほんとまだまだです。つくづく時間があったらもう一回学校行きたいなと思いますしね、「今こそ、行きたい」って。

 さて僕の話はこのくらいにして、問題はアナタがどうかです。

 「英語が出来ない」というのはどのくらいのレベルかというと、「ごく平均的な日本人」のレベル、つまり『中学高校6年、さらに大学短大で2年英語をやったけど、特に英語が好きでも得意でもなかった。それでも大学入試の頃が一番出来た。以後下がる一方。オーストラリアに来ることになって、泥縄式に、書店に行くたびに英語コーナーをめぐってあれこれ本を買い込んでみたけど、読破した本は一冊もなく、或いは英会話レッスンも週に1回程度、数ヶ月通ったけど、それほど力になってるとは思えない』というくらいの人です。泥縄でもなんでもやればやっただけのことはありますが、いかんせん絶対量が足らない。要するに昔の僕です。

 このくらいの人が1ヵ月くらい学校に通っても、まあ本人の実感としては全く向上したという気がしないでしょう。それは3ヵ月が半年通っても、主観的には「全然伸びてない」という感じでしょう。ということは、今現在日本にいるアナタの目論見というか、予想、つまり「学校にしばらく通って英語を固めて〜」という計画は、現地においては砂上楼閣のごとく崩壊するということです。絶望的なことを言ってるようですが、「今と大して変わらんよ」ということであり、英語が出来ないまま現地に放り出されるということです。

 実は客観的には最初の3ヵ月から半年くらいに飛躍的に伸びます。そのことは現地生活を数年送ってから振り返ってはじめて判るのですが、結局今の自分の英語力の半分以上の基礎は、最初の半年に出来上がってたのですね。実際、最初はロケットのように垂直に伸びていきます。ではなぜ主観的には全然ダメ!って気がするのか?というと、求めているレベルが高すぎるからです。つまり「日常会話くらいは」というレベルが、実はとんでもなく高い。英語が出来ない人が言う「日常会話くらい」ということの内容を考えてみると、要するに少しゆっくりめに喋ってくれればほぼ100%聞き取れて、時間をかければほぼ言いたいことが言えるということだと思うのですが、それが出来るには最低1年、普通は3年はかかると思いますし、英語を志してそこまでいける人って、100人のうちに2-3人いるかどうかでしょう。ゴルフのシングルくらいの感じ。

 例えば、ゆっくり喋ってもらおうが、知らない単語は聞き取れません。ボキャブラリが圧倒的に足りない。大体自分の経験でも、平均的な日本人のボキャなんていいとこ1000語もあれば御の字かと思います。ところが現場では、イディオムなんかも含めれば、やっぱり万単位で知っておかないとならないでしょう。一般に数十万ある英単語のうち、とりあえず3万語と言われますが、それだけの数を辞書をひくのはタダゴトではないです。電子辞書で検索が早くなったとはいえ、1回引いて、読んで、理解するのに最低1分かかるとしても、3万語だったら3万分。500時間です。ところが一発で永久記憶として残る人なんかおらず、最低3回、実際は10回くらい引いてようやく覚えるとしたら、その10倍で5000時間。これを1年365日で割れば、1日あたり13.7時間。毎日毎日、1分一回のペースで、約14時間弱、1日あたり822回辞書を引く続ける計算になります。そのくらいやったらとりあえず1年でなんとかボキャブラリに関してはそこそこモノになるということです。でもこんなの絶対無理ですよね。3万語を1万語にしたところで、1日4〜5時間、274回辞書引けなんてのも無理。いいとこ1日100回でしょう。数ある英語スキルの一部に過ぎないボキャだけでもこれだけかかる。だから英語習得は必死でやっても3年かかると言われるユエンです。

 ボキャが足りないというのは、現場で必要に迫られ、それで絶句するような体験をしないと中々「どういう単語が必要とされるか」を思い付かないから実感しないでしょう。例えば、日常生活で普通に登場する表現、「留守番電話」「電子レンジ」「掃除機」「洗濯物(を干す、取り込む)」「昨日の晩ご飯の残り物」「裏庭の物置」「荷物の整理」「ペットに餌をやる」「停電」「クルマで送ってもらう」「電車一本乗り遅れる」「居眠りして一駅乗り過ごす」「登り坂」「下り坂」「かなりキツイ坂」、、、などなど無限とも言えるくらいのバリエーションがあります。これが、比較的パターンの決まってる旅行英語と生活英語の決定的に違うところで、だから旅行で多少会話が出来ても、いざ住むとなると全然話が違ったりするわけですね。


 さらにボキャがそれなりにあっても、今度は英語独特の言い回しや発想、カンドコロというものがあります。
 以下に掲げる例文は、シドニー現地の新聞の記事から抜粋した一文です。「あなたの部屋を模様替えしてみよう」というコンセプトの視聴者参加番組の実態に関するルポ記事で、TV番組に参加したBreenさんが当時のことを回想しながら喋ってる部分です。これは、地元の人が普通に喋ってるのをそのまま書いているのでとても参考になります。つまり、あなたが出会うであろう地元のオージーはこんな感じ↓で喋ってるよということです。

"To be honest," Breen says, "you could tell some things were said and done just to create a bit of drama." For instance, Breen knew her friend wanted a calming colour scheme. The designer insisted on a makeover that involved painting three walls in bold checks. "But we'd decided beforehand not to argue. You know they're going to try and stir you up. We didn't want a fight."

 これ、じっくり時間かけて文章で読んでも中々意味がわからんと思います。意味は、要するに、『「本当のことを言うとね、番組をドラマチックにするための”やらせ”が結構入ってるのよ」。Breenは、友達が本当は穏やかな色合いの壁にしたかったのを知っていた。でも、番組に登場したデザイナーは、3面の壁を粗いチェック柄にすべきだと主張した。「でね、もうそんなことで議論するのはやめときましょうねって予め(友達と)話してたのよ。どうせ彼ら(番組スタッフ)は、わざわざ事を荒立てるようなことを言ったりするだろうからって。そんなことでケンカしたくないでしょう」』ということでしょう。一回も読み返さないで完全に理解できたら、とりあえずは「英語が出来る人」の部類に入ると思います。もう一つ注意すべきは、 "a calming colour scheme"と"three walls in bold checks"の極端な対比が、読みながら鮮やかに画像イメージとして浮かんできて、「そりゃあひどいわ」と実感として思えたら(そう思って欲しい、共感が欲しいから、Breenさんはわざわざ細かく喋ってるわけですから)、とりあえずOKでしょう。

 これ、そんなに難しい単語を使ってるわけでもないし、構文的に難解なわけでもない。でも、「番組のためのやらせ」みたいな意味を表すのに、”some things were said and done just to create a bit of drama”というような言い方をする、その元となる英語的発想とか感覚、それを聴いて「ああ、ヤラセのことね」と意味が瞬時につかめるには、それなりに「英語慣れ」しなければならないと思います。

 まあこれはネィティブ同士の会話だから100%手加減なしに言ってるわけで、実際には多少手加減はしてくれるでしょう。しかし、文章ではなく、これを耳だけで聞いて(しかもマシンガンのように高速に喋る)、「わはは、なるほど」って笑えるか?さらにそのスピードを崩さないで会話に参加できるか?というとかなり厳しいですよね。いくらゆっくり喋ってくれようとも、これを耳で聞いて判るというところまでは、4週間はおろか1年でも難しいと思います。そんな気がしません?

 ということで、17週間程度でも本当は全然足りません。なまじ17週制限があるだけに、「17週通学したらフル!完璧!」って感じがするのですが、それは大きな間違いです。

 大体4か月制限そのものが制度として不思議なくらいです。まあ、前述のように学校ばっかりいってたら、いわゆる「ワーキングホリデー」とは言いにくいし、当局がメインに想定している「ワーホリ」というのはイギリス人やアイルランド人ワーホリなどで(数的にはイギリスが不動の一位)、学校=英語学校というものでもないのです。どうも当局は「英語が出来ないワーホリ」というのをあんまり想定していなかったのかもしれなません。ここ数年で、韓国人、さらにドイツ、フランス人ワーホリが増えてきましたので(データーでみるワーホリ参照)、「英語の出来ない(ネィティブではない)ワーホリ」も珍しい存在ではなくなりました。そのせいかどうか分かりませんが、2006年7月以降、従来の通学3か月制限が4か月(17週)に伸びてます。もしかしたら、同時期になされた2回ワーホリ制度導入にあたり、ワーホリさんの雇用主であるファームから「もう少し英語力をつけさせてから寄越してくれ」という現場の声が上がっていたのかもしれません。

 ですので、12週間や17週間でも「ようやくとっかかりが出来た」程度だと思いますし、ましてや最初の4週間というのは、「いかに自分が英語が出来ないかとことん思い知らされる時期」でしかないです。社会人経験ある人だったら分かると思いますが、入社して4週間程度の人間が使い物になるかどうか?そこそこ使えるのに3年、3ヵ月だったら「どう?職場にも慣れてきた?」程度でしょ。4週間だったら、新人研修終わった程度。だから、この4週か12週か17週かというのも、設問自体がナンセンスと言えないこともないです。これが本格的な語学留学だったら半年(24週)単位で計画するのが普通ですから。

 4週間で何とかなる人は、基本的に学校に行く必要もない人だと思います。例えば、少なくとも2年以上英語圏で暮した経験があり(1年くらいじゃ全然足りないでしょう)、ちょっとブランクがあるのでブラッシュアップをするようなケースくらいでしょう。学校選びでも、日本から気軽に学校に国際電話かけて色々質問したりすることが出来る程度。

 こう言ってはナンですが、「4週間くらい」という人は、大体英語が出来ない人が多いです。出来ないというより「知らない」のでしょう。昔の僕と同じですね。いかにやらなきゃならない領域が多いか、いかに遅々として伸びないか、まだわかってない人。苦い想いをこめて敢えて言いますが、「4週間で英語力をつけて」というのは、小学生の作文で「大人になったらJリーグの選手になります」といってるのと似たりよったりです。要するに「計画」というよりはただの「夢」です。4週間で何とかなるなら、誰も苦労してないです。僕も苦労してません。まあ、それで何とかなる語学の天才のような人もいるでしょうが、そういう人だったら、中学の時に既にかなり喋れるようになってる筈です。

 というわけで、真実4週程度で何とかなる人だったら、最初からこんな質問していないでしょう。また、僕が一括パックで無料サービスをしてまで、時間潰してアテンドする必要は無いと思います。本人のためにも、そのくらい実力あるなら、もっとどんどん難しいことに挑戦してレベルをあげていって戴きたいです。英語と英語世界は青天井です。「取りあえず喋れる」なんて超初歩にすぎませんから。ただし、語学力とは関係ない、学校選びの相談それ自体は必要ですから、それはいくらでも無料で提供します。ご遠慮なく聞いてください。


A英語が出来る/出来ないで何がそんなに違うのか?

 ワーホリの方を対象に言いますと、英語の出来/不出来で、イチから十まで全部世界が違ってくると言っても言い過ぎではないと思います。

 例えばホームステイ。詳しくは「ホームステイ2000」でセキララな現状を書いてますのでご参照いただきたいのですが、せっかく目の前に「オーストラリア人家庭の100%ナマの生活」があるのに、その実りを十分に見出せないで終わったり、それどころかステイ生活が異様に息苦しくなったり、辛くなったりします。

 もとより相性も当たりハズレもありますが、同じ条件だったら英語が出来る(つまりコミュニケート出来る)方が楽しくなる確率はずっと高いでしょう。コミュニケートできないと、ほんと音声消してTV見てるだけというか、ただの傍観者に過ぎませんし、相手から見たあなたは「ただの物体」でしかなくなっていきます。実際、家族が楽しげに喋る食卓で、何一つ理解できないまま一人でモソモソ皿を見つめて食べ続けるのは、かなり精神的にツライですし、その苦労にさして意味があるとも思えません。

 人間社会というのは、言うまでもなく人間によって構成されてるわけで、人間同士の関係はコミュニケーションによって成立してます。だから、コミュニケーションが出来なかったら、海や山を見つめて暮す以外、ほんとに何にもできなくなってしまいます。

 で、実際にも、ほんとに何にも出来なくなってしまうわけです。というか、コミュニケートできる範囲でしか世界が広がっていかない。「コミュニケート出来る範囲」とは何かというと、要するに日本語の通じる「現地在住の日本人世界」しかない。だから、日本人とシェアして、友人も日本人だけで、行くところもワーホリさん御用達のような情報センターで、日本の雑誌やマンガを読んで、日本の連続ドラマのDVDを借りて、日本食レストラン食べて、英語を喋るのは買物するときに1日1分くらいしか無かったりする、、、、なんてケースも、現実にはいくらでも転がってるわけです。

 知り合いのイギリス人は、日本人ばかり6名ほどいる所にシェアしていたそうです。彼にとっては日本語を勉強したいから理想的な環境なのですが、電話がかかってきても他の日本人が誰も電話を取ろうとせず、いつも自分がとらないとならない、「みんな英語の電話取るのが恐いんだよ。でも電話の9割以上が日本人からかかってくるのに」ってと愚痴ってました。たまにしかかかってこない英語の電話(殆どがセールス電話)を怖がって知らん振りをしてるというのも、けっこう情けないですが、でも僕に言わせれば、「その気持は、すっげーよく分かる」です。これが現実。これがごく普通の、英語偏差値50近辺の素顔の日本人の姿です。大体、シェア探しでも、日本人専用の日本語掲示板でシェア探しするのが当たり前という感覚が蔓延してますが、それがそもそもヘンですよ。皆が英語でコミュニケートして、ローカルに入っていけてるなら、日本語掲示板なんか必要性に乏しいでしょう。シドニー人口420万人のうち日本人のせいぜい1万人かそこらしかおらず、企業駐在員や永住者などを除くシェア関係人口になるとせいぜい数千人かそこら。過疎村くらいの人口しかないのに、ドドド!と日本語シェア広告が出てるというのは何故か?といえば、結局のところ大多数が日本人村から抜け出せないままでいるという証左でしょう。

 かといって、別にそれが悪いわけではないです。そんな他人のことなんかどうでもいいし、none of my business なのですが、でも、したくてそうしてるわけでもないと思うのですね。本来ならもっと違うことしたかったんだけど、言葉の壁で可能性がひとつ一つ閉ざされ、消去法的にそうなってしまうというのも現実だと思います。もっとも、英語が出来なくてワーホリに来ても何とかなります。何とかなるようなルートも既に出来てます。だから余計にタチが悪いのですが、日本人のシェア先、職場、日本人のレンタルDVD、カラオケボックス、漫画喫茶、日本人ワーホリの行き付けのパブ、もう何でもあります。そのあたりを日課のように回遊し、シティの学校にいって、シティのフラットに日本人(プラス韓国人)と過密シェアで暮らして1年を終える。仮にラウンドを思い立っても、自分でファームを探す自信もないからお金を払って斡旋して貰う、バッパーすらお金を払って予約して貰う。最初からそういうことしたいなら、それで全然OKです。

 でも、もう少し世界を広げたいなら、それなりのパワーとスキルが必要です。そのパワーとスキルも沢山ありますが(強靭な体力、打たれ強い精神力など)、その大きな柱として語学力があるわけです。

 英語が出来るかどうかでそんなに違うか?とまだ疑問の方は、日本語が出来ないベトナム人と、出来るベトナム人が日本で暮す場合を想定されたらいいです。出来ないベトナム人がどれだけ苦労するか。結局出来なかったら、同じ民族コミュニティーの中でしか生きていけなくなるでしょう。それと全く同じです。

 あまりにも当たり前過ぎて語られる機会が少ないのですが、英語が出来ないのに現地に居るというのは、実は現地の感覚でいえば、結構イレギュラーなことだったりします。日本人同士でいると、英語なんか出来なくて当たり前だったりしますが、こっちの平均的な(つまり日本人社会ではない)オーストラリア人からすれば、英語なんか出来て当たり前です。こちらは移民社会ですので、英語ネィティブでない人はいくらでもいますし、また皆もそれに慣れてます。しかし、国民性もあるのか、日本人(&韓国人)以外の連中は、さほど物怖じせずローカルの中に入っていけるから、すぐに口語は出来るようになるのですね。英語はしょせん場数ですから。だもんで、「ネィテイブじゃなくても英語なんかすぐに喋れるもの」という(日本人にとっては)迷惑な感覚が蔓延してたりします。そんな世界においては、標準的な日本人の英語レベルというのは、かなり珍しいくらいに出来ない部類に入っちゃうわけです。「なんでそんなに出来ないのか理解できない」って言うオージーもいますよね。poor English って。逆に外人さんって日本に1年もいたら、ソコソコ喋れるようになってるでしょ?1年もいても全然喋れない人間なんか、彼らからしたら「ありえない」です。

 オーストラリア人は一般に人が良いですから、そういう僕らにでもフレンドリーに接してくれる場合が多いけど、「あ〜あ、こいつ、何とかしてくれよ」みたいに肩を竦められたり、聞こえよがしに溜め息つかれたり、舌打ちされたり、電話でタドタドしく喋りはじめた途端にガシャンと切られたり、全然話を聴いてもらえなかったり、要するに一個の人間としてレスペクトされないなんてことは日常茶飯にあります。それがやっぱりツライから、日本人同士寄り添いあって生きていく、、みたいなことになるわけです。僕はそんなに人種で差別されたことはないけど、英語力で差別されることはありますし、自分が英語が出来るに従って待遇が良くなってきたなってのはすごい感じましたよ。それを肌身で感じるからこそ、前述のようにクソ勉もしようかって気になるわけです。


Bじゃあ、4週間を17/12週間にしたくらいで差が出るの?

 OK、英語が必要なのもわかった、英語習得がそれなりに大変なのもわかった、でもだったら4週間を12ないし17週間に伸ばしたところで大差ないんじゃないのか?同じように出来ないままだったら、取りあえず日本人の友達を作るための4週間で十分じゃないのか?という疑問を持たれる人もいるでしょう。それはそれでスルドイです。

 確かに12〜17週間程度の英語力が素晴らしいかと言われたら、大したことないです。20週を越えてくると、そこそこカタチになってくるとは思いますが。だから本気で英語やりたかったら、学生ビザでミッチリやったらいいと思います。しかしワーホリだったら最初から17週間という制約があるわけで、その制約のなかで物を考えないといけない。そして、17週間という制約のなかで考えた場合、現実的なターゲットは、「英語が出来ないまでも、少しづつ世界を広げていくにはどうしたらいいか」だと思います。

 こちらで暮す生活パターンを考えてみると、全てが悪循環になっていくライフサイクルと、全てが好循環になっていくサイクルがあります。あるポイント ないし分水嶺(英語力+経験値)を境にして、それを越えると物事が良い方向に転がって、世界が広がっていくけど、その分水嶺まで達しなかったら、生活は閉鎖的なサイクルにはいってしまうという。このあたりについては、ワーホリ実戦講座(2)で述べてますが、重複を恐れずここでも書きます。

 具体的に言います。その「分水嶺」とは何かというと、例えば「英語で電話して、日本人以外とのシェアを決められるくらいの能力」だと思います。この分水嶺は結構高いです。電話英語は対面英語の倍以上難しいですから。その必要性が嵩じて、今ではシェア探し特訓が一括パックサポートの中核的位置すら占めています。

 で、なんでこれが分水嶺になるかというと、こういうことです。
 このボーダーを越えることが出来ると、日本人以外と暮すことになりますから、日常嫌でも英語を使うようになります。使わざるを得ない。一方、学校を出た後、普通に暮してたら意外なくらい英語を喋る機会なんかないです。僕ですら、こういう日本人相手の仕事してる関係上、どうかしたら一日全然英語喋らないこともあります。英語なんて、基本的には「体育」だと思いますから、日々数こなさないと駄目だし、1日でも休めばキッチリ落ちる。だから、自分である程度英語が日常に接せられる環境を構築しておいてやる必要があると思います。そこまでいけば、普通に暮していくだけで徐々に慣れていきますし、また次のステップも見えてくるでしょう。

 「英語で電話してシェアを決める」ということが、ある程度気楽(っていっても気楽にはならんでしょうら、最初の頃ほど「悲壮な決意をしなくても」という程度)にできるようになってきますと、何にでも応用がきくようになってきます。例えばシェア先のオージーなり留学生に誘われてパーティーにいってみるとか、バイトを紹介してもらうとか、色んな生活のノウハウを教えて貰うとか。出会ったオージーがたまたまボランティアをやっていて、その人から活動内容を聞いたり、参加の仕方や窓口を聴いたり。APLaCのホームページで初期の頃集めたレストラン情報その他も、オージーや他国の留学生から教えてもらったのが殆どです。ホテルガイドも、オーストラリア人の口コミで知ったのも結構あります。一回教えて貰えば、二度目は自分で出来る、三度目は応用が利くということで、どんどん広がっていきます。

 こちらの社会は、キチンとしたパンフや情報が整理されているのではなく、通常電話番号がポンと書いてあるだけで、「詳細は電話して聴け」というのが殆どです。だから電話できないと話が全然前に進まない場合が多いし、逆に出来るようになってくると、どんどん情報も集まるし、道も出来てきます。ラウンドや旅行に出掛けるのでも、電話して宿を予約したりできますし、ツアーの予約も出来る。インフォメーションセンターで色々な情報を引出すこともできるし、バックパッカーの宿で他の連中から話を聞いたりすることも出来ます。こちらの人は気軽に何でも教えてくれます。店にいって目当の物が無かったら、「どこにいったら入手できますか」と聞いたらいいです。気軽にサラサラと住所書いて渡してくれたりしますよ。

 それに、こちらは日本ほど堅苦しくないので、例えばチャイルドケアに興味があったら、トコトコとそこらへんの幼稚園に入っていって聴けばいいです。「見学してもいいですか」「ボランティアで手伝えることはありませんか」「やらせて貰えそうな所はありませんか」などなど。そうやって自分のテリトリーを広げていくうちに、いろんな関係がマトリクスのように絡み合って豊かになっていきますから。

 仕事にしたって、日系バイトと現地(英語)バイトとでは、時給が2ー3倍ほども違います。日本食レストランだったら、時給8ドル前後。それも電話で予約を聞けないとか、オーダーが取れないと裏方の皿洗いに廻され、又こちらの洗剤は強力で手が荒れるわけで、そこで怒鳴られながらゴシゴシやって、それで交通費ゼロ。現地バイトだったら、映画館の掃除みたいな仕事でも、時給15ドル前後は出ます。しかも労働法が貫徹されているから、土日の割り増し賃金、公休日ともなると倍くらい出ます。えらい違いです。仕事にしても、シェアにしても、人口比400分の1の小さな日本人社会で探してるよりも、400倍広い市場で探した方が選択肢は広いです。

 そうやって社会との接点を設けていけば、そこからまた友達の紹介やら何やら別の接点が出てくるわけで、どんどん世界が広がっていくという。要するに好循環になっていくわけですね。

 一方、この分水嶺を越えられないと、前に述べたように、日本人環境どっぷりになってしまいます。
 それはそれで気楽でいいのですが、そのままいってたら本当に英語に接する機会がなくなってしまいます。また、友人も日本人、それも類友でその種類の日本人が殆どになってしまい、それが当たり前になっていく。日本人同士で行動すると、そこで対外的に英語喋る奴というのは、どうしたってグループで一番英語が巧い奴になりがち。だから、出来ない奴はいつまでたっても喋る機会がないから、益々出来なくなってくる、そのうち喋ろうという気も起きなくなってくる。「とりあえずこれでイケてるんだから、それでいいじゃん」みたいになっちゃう。この時点で初志貫徹ではなく、初志は完全に崩壊します。

 ワーホリのモチベーションというのは、一番最初に空港に降り立ったときが一番高く、あとは時間がたつにしたがって下降線をたどります。人間てのは弱いもので、誰だってしんどいことはやりたくない。だから、最初の燃えてる時期、アドレナリンが出まくってる時期に、集中してスキルを磨き、ハードな環境も構築して慣らしていかないと、興奮が冷めるにつれどんどん意欲は低下していきます。鉄は熱いうちに打てです。後になればなるほど出来なくなってくる。崖から飛び降りるのはイキオイが必要ですが、ふと考え込んでしまうと、もう恐くなって出来なくなってしまう。今日やらないことは明日にはもっとやらない。

 ある意味では時間のとの戦いで、モチベーション(「覚悟」と言い換えてもいい)が下降しきる前に、人工衛星を打ち上げて衛星軌道に乗せてやらないとならない。ある程度乗ってしまえばこっちのものです。

 さて、ここまでの話は、英語が出来る/出来ないの生活の落差一般論であり、4週 or 17週論ではありません。したがって問題は、その「分水嶺」まで4週間だったら厳しくて、17週だったら出来るのか?ということになります。これに対する僕の答えは、「おおむね(頑張れば)YES」です。

 人によって個人差はあるでしょうが、まず従来の12週を例にとって考えてみます。12週を3つに分けてみると、最初の4週間(一ケ月目)は、前述のように英語(生活)環境に突入して揉まれる「ボコボコ期」。このあとの2か月目は現地の生活にも慣れ、クラスの英語環境にも慣れ、一ヶ月目ほどドギマギしなくなります。かといって英語が出来るというのは程遠い感じで、とりあえずは最初の環境激変が鎮静し、淡々と学校に通うという「淡々期」。そして、3ヶ月目になってくると、多少は積極的に英語を使うようになり、クラスの中では、取りあえずは言いたいことが言えるかな?くらいになると思います。17週でプラス5週余計についてくると、収穫率はかなり上がると思います。英語学校というのは(なんでもそうかもしれないけど)、後になればなるほどモトが取れるようになってますから。

 僕としては、この3ヶ月目が結構大事だと思います。12週で終了する人は、4ヵ月目は無く、そこから先は自分一人でやっていかないとならないわけですから、一気にある程度のレベルまで持っていってカタチにしておかねばならない。習い事というのは何でもそうですが、ある一定のレベルまでいけばその後そうそう実力は下がらないけど、そこまでいかないと時の経過とともに元のモクアミになってしまうという。自転車がいい例ですが、一回乗れてしまえば一生乗れますが、乗れないまま練習だけして止めちゃったら、またゼロに戻ってしまいます。

 英語でいえば、英語で聞いて、英語で考えて、英語で答えるという。知覚→思考→表現の一連の過程で、日本語をカマさないで全部英語だけでやってしまうこと。一ヵ月目はこれが壊滅的に出来ないから、なかなか苦しい。それが2ヵ月目くらいになると、徐々にそういった回路が頭に出来てきます。でも、まだ「時には作動することもある」という貧弱な回路にすぎない。これを3ヵ月目に自覚的に「使えるレベル」までもっていってやらないとならない。それは日常的にガンガン使うことによって養われますから、ここを先途と、昨日覚えたばかりの単語でも言い回しでも積極的に使ってみて、自分の血肉にしていってください。

 12週間やれば誰でも分水嶺を越えられるか?と言われたら保証はできません。学校以外での自習( それは外国人の友達とお喋りなどが効果的)をしっかりやることを条件にすれば、平均的な人類の適応能力があれば、そこまでいける程度の時間的ボリュームはあると思います。少なくとも「とっかかり」くらいは掴めるようになると思います。あとは、掴んだとっかかりを放さないようにしてどんどん進んでいくことでしょう。個人差を考えれば、12週よりは17週の方が安全係数は高いでしょう。「おっかなびっくり自分から話し掛けられる」というレベルから、さらに多少ゆとりを持ちつつ話し掛けていけるところまではいくでしょうからね。

 逆に4週間でここまでいけるか?というと、これはかなり苦しいと思います。多くの場合は元のモクアミで、結局、「安物買いの銭失い」になる可能性が高いと思います。もちろん4週間でも伸びるには伸びますが、畑耕して、タネを蒔いて、刈り取らずに終了って感じになりがちなので勿体ないです。

Cそうは言っても予算に限りがあるし、、予算的にはどうなのか?

 詳しい予算のシュミレーションは、また、予算の項を参照していただくとして、通学期間1か月が3か月になれば予算は3倍かかります。ただし、正確に言えば、入学金、ホームステイアレンジ代などはダブりませんから、単純3倍ではないです。特に最初の4週程度はステイをしますが、それ以降はシェアに移行する人が多いでしょうから、住居費は半額とまではいかなくても、3−4割は削れるでしょう。

 この3か月ないし4か月で、とにかくも自分が喋って参加しなきゃいけない英語環境、しかもそれは自分と同じレベルのクラスメートに囲まれ気兼ねをしないで済むという環境が与えられます。学校という特殊環境を離れたら、こんなに同じレベルの連中が集まることってないですし、何時間も自分の下手な英語を喋らせてくれる環境ってないです。この環境を、あなた自身がどれだけの価値を見出すか、です。また、普通にしていたら出会えない他国の友達を作る機会、さらに生活のリズムが与えられます。これもまた大きいと思います。

 一方では、学校に行かなかったらこれらのお金は浮きますが、浮いたお金と時間をどう過すかが次の問題になります。1日寝て暮せばそりゃお金は減りませんけど、何にしに来たのか分からない。気分的にも焦ってきます。で、町に出てみても、そこらへんのパブに入って地元のオージーと仲良くなってギャハハとやってられるくらいなら問題ないです。でも、そんなに物事うまく進まない。トボトボ歩いて、何も起らず、足が疲れて、そんで帰る、、みたいな感じでしょう。

 で、間がもたないから、日本人の友達とフードコートで時間潰したり、パブいったり、カラオケいったり、情報センターをハシゴしたり、インターネットやったり、、だから、結局お金使っちゃうんですよね。我が身を省みつつ、キツイこと言わせてもらうなら、英語が出来ない奴が社会に接点持とうと思ったら、結局お金を使うときしかない。だからどうしたって金遣いが荒くなりがち。それが嫌だったら、重複しますが、自分一人の力で電話をかけ、訪問し、話を聞き、情報を集め、参加して、また話をして、、、と、どんどん切り込んでいくしかないんです。

 だから話は簡単。学費ケチッて、浮いたお金で、何するの?そして出来るの?です。
 結局さしたる収穫もないまま、遊び金で消えていくなら、そっちの方がよっぽど無駄だと思います。

 予算は個々人の事情ですので、これ以上一概に言えません。あとは各自お考え下さい。
 ただ、お金ってのは、「いかに節約するか」だけを考えてるよりも、「無かったら稼いだるわい!」くらいの方が、生活がダイナミックになっていいと思います。

 あと、語学学校に行ってる間はバイトが出来ないと思い込んでる人が意外に多いです。なんでそう思い込むのかな?と不思議でしょうがないのですが、別に通学しながらバイトすることは可能です。また、バイトのためにパートタイムにするという考えもナンセンスじゃないかな。というのは、英語学校に通ってる程度の英語力の場合、そうそうオフィスワークなどは出来ないでしょうから、いきおい現場仕事、それも日本料理のレストラン(ジャパレス)が圧倒的多数を占めるでしょう。レストランの仕事というのは、ランチタイムとディナータイムに忙しくなります。勤務時間帯としては午前11−1時、夕方5−10時がメインでしょう。あなたが厨房でシェフをするのでもない限り、午後2−4時というのはやることがないです。一方学校は遅い学校でも4時過ぎには終わりますから、その足で5時出勤には十分間に合うでしょう。また、パートタイムにして12−1時に終わったとしても、それから出勤してたらランチタイムに間に合わないから意味ないでしょう。

 ジャパレスの給料は10年前と殆ど変わらず時給7−9ドルですが、仮に時給8ドルで5時から10時まで5時間働き、最後に賄い(支給の晩ご飯)を食べたら、1日40ドルと晩飯代が浮きます。それを週3回やるだけで120ドル。安目のシェア代くらいは出るでしょう。なお、シェア先近くのオージーのカフェやレストランで働けたら、時給は15ドル以上出るでしょうし、勤務時間帯ももっとフレキシブルには出来るでしょう。

D12週行くことを前提に、最初は4週間申し込んでそのあとに延長するという方式はどうか?


 僕も昔は、これ、いい考えだと思ってました。
 でも、今は、全然いいとは思ってません。

 理由は一杯ありますが、
(1)4週間くらいでその学校の良し悪しがわかるのか?他でも書きましたが、学校の印象は先生とクラスメートでガラリと変わる。で、先生は4〜5週タームで変わる場合が多いから、最初がハズレだったとしてもそれで決めるのは早すぎる場合が多いです。それに、最初の1ヵ月はブルー入りますから、なんでもネガティブに見えてしまう部分もあります。要するに適確な判断が出来るのか?です。

(2)そこが駄目で他の学校を探すとしても、次の学校が今よりも良いというのが何故わかるのか?どんな学校にも賛否両論ありますし、ある人にとっては良くても、他の人には良くないということもありがちだから、他人の評判もそれほどアテにならない。結局、やってみなければわからない。

(3)それで4週づつ学校を転々としたら、入学金が3倍かかるし、校風やシステムに慣れ、友達が出来かかったところで終わりだから、逆に効率が悪い

(4)延長と言いながら、そのときになったら延長しないケースが多い
 4週間というのは、英語環境で一本立ちするには早すぎるけど、日本人環境を築くには十分な時間です。でもって、ボコボコにされる時期ですから、「ちょっとくらい英語やっても駄目だあ」って精神的にメゲてくる頃でもあります。また、新鮮味も薄れてきて、学校行くのが面倒になってくる時期でもあります。

 物事というのはイヤになった頃が実は一番伸び盛りでして、ここで辞めちゃうと三日坊主でモノにならないけど、ここをガマンするとモノになるという倦怠期があります。で、4週間終わったくらいで、最初の「危機」が訪れるわけですね。一方ではメゲてる、片方では心地よい日本人環境が出来上がってきつつある。もう、オーストラリア人相手に緊張したり、屈辱的な思いをするくらいなら、日本人仲間相手にビール飲んでオージーの悪口言ってる方がずっと楽しいじゃん、別にこれでいいじゃん、、ってなりがち。

 また、この頃になってくると、現地の貨幣価値に慣れてきてますから、学費がとんでもなく高く思えてきたりもします。そんなこんなで延長しないで、そのまま。で、巣立てる人はいいですが、そうでないなら前に述べた悪循環サイクルにハマり頃だと思います。

 これをクリアするにはどうしたらいいか?だから最初に全部申し込んじゃうんです。先にお金を払ってしまえば、勿体ないからイヤでも学校行きますもんね。おそらくは気弱になってるだろう4週間後の自分にジャッジを委ねるのは危険じゃないか、ということです。

(5)5番目の理由は、これは趣味的なことですが、一方では勉強の道も開いておいて、一方ではお金も節約して、、とかいう八方丸くおさまるような、一見ナイスに見えてながら、その実チマチマしてるというか、単なる優柔不断というか、要するに日本政府お得意の「決断先延ばしのモラトリアム」に過ぎないじゃん?って気がするのですね。

 英語やるんだったらやる、やらないんだったらやらない、もう決断はドンと決めて、腹を据えて、「よし、もう、やるっきゃない!」でやった方がいいと思うのです。で、そのためには納得いくまで現地で学校を見学して、じっくり考えたらいいと思います。そのために僕もサポートしてるわけです。無料一括パックなんて、こっちだって時間潰してしんどいだけだし、日本で入学決めて貰った方がデスクワークで済むからよっぽど楽なんですけど、それでもやってるのは、それなりの理由があります。

 ついでに、一括パックとの関係について書いておきます。
 ピュアに企業経営的にいえば、これはもう、とにかく学校紹介に専念すべきです。だって収入は学校紹介料(コミッション)しかないんですから。シェア探しなどという一銭にもならないことは、適当にJAMSなどの日本語掲示板を教えておけば良いのです。しかし、全くの非生産部門、最大のリストラ対象部門であるシェア探し特訓が、逆に年をおうごとに、まるで意地クソのように充実していってます。何故か?その必要があるからです。

 第一に、24週単位で考えるべき学校に17週とか12週しか通えない致命的ハンデを取り戻すためです。多くの日本人の英語は、英語基礎知識や技術以前に、「外人と接する絶対経験量の不足」という大きな問題があります。英語がかなり出来る人でもペーパードライバー状態が多い。だから、学校に通っても、最初の1−2ヶ月は英語&外人環境に慣れるための捨て玉みたいなものです。ところがシェア探しで数日間に集中して50本なり100本電話をこなし、十数件見学に廻り、そこらへんの人に道を聞き、また聞き、さらに聞きとやっていって、のべ30人、50人と外人に接していけば、語学学校1〜2か月分の効果があります。正統な英語知識は増えないんだけど、「英語の使い方」やコミュニケーションのカンドコロが分かる。また、英語が出来る/出来ないでこんなにも違うかということをイヤというほど実感するから、モチベーションが全然違う。学校に入った後に死に物狂いで勉強するようになります。これで17週でも24週分の効果を得る。なんとなく「最初は学校から」で通ってる人とは天地の開きが出来てくる。これだけ出来れば、荒削りながらなんとかならないこともない、ってことです。

 第二に、年々日本人ワーホリにとって環境が厳しくなってることです。幾つかの要素がありますが、まず日本の社会環境が年々よそよそしくなって、「知らない人に話しかけるのは犯罪です」みたいな感じになってること。コミュニケーション能力というのは知らない人に話しかけてナンボですから、錬成機会がどんどん減ってる。同じく「人を見る目」を養う能力、ダイナミックな人間関係構築能力も練習する機会がすくない。海外では、言葉も文化も違う連中ばかりだから、ほんとに「魂の激突」みたいな付き合いをしないと前に進めないって部分もあります。皆の体験談でも、ラウンドして、砂漠のど真ん中でクルマを停めて、同行のドイツ人と炎天下の下で何時間も罵り合いをした経験が書かれてますが、そういう経験や強さです。ここが練習不足なら、ドカンと集中して人間にふれあい、「人間っていいな」という素朴な幼稚園児代の感覚を取り戻していただく。これが一つ。

 二つめは、独仏ワーホリの激増と、彼らが二回目ワーホリを取るためにファームに進出していることです。彼らはガタイがいいだけではなく、押しが強いですし、平均的な英語力はかなりあります。強敵が増えることで、ラウンド先のファーム仕事の競争率が高まってること。さらに、インドと中国の経済発展で、どんどんオーストラリアにも来ているし、大学とかビジネス学校に通ってます。シドニーでローカルジョブをゲットするには、彼らと戦わねばなりません。一言でいえばどんどんグローバルな闘いになってきているわけだし、文字通り世界レベルで通用しなきゃならなくなっているわけです。それだけに基礎戦闘力を増強しなければならない。

 三つ目は、日本の雇用環境の劣化によってこちらで稼ぐ必要性が以前より増して高まってること。オーストラリア人の給与はここ十数年で倍近く伸びてますし、物価もそれに比例して上がってます。しかし日本人の所得は減っているし、ジャパレスの給与も昔とそんなに変わらない。時給10ドル超えているところは珍しいでしょう。要するに経済的に苦しくなってるわけで、ジャパレスからはじめるにしても、何が何でも(と言ってもいいが)、ローカル仕事や、良質なファームジョブ(奴隷農園みたいなところではなく)をゲットしなければならない。でも、上に述べたように、西欧勢や、印中勢が立ちふさがってるわけです。もちろん数で日本人の3倍以上いる韓国勢もライバルです。ワールドカップみたいなものですね。だから、初動の立ち上げ時期に鍛えておき、とにもかくにも分水嶺を乗り越え、好循環サイクルに持って行く必要があると。

 まあ、明確にこうやって言葉にして思ってるわけではないけど、日々の感覚として、必要性に応じつつ「もうちょっと」を続けているうちに、リストラに逆行して、自然とそうなってしまったって感じです。90年代は、そんな問題意識もなく、のほほんと「最初はホームステイ」とかやってて良かったし、それでいて皆もラウンド先でマグロ漁船乗ったりして、結構イケていた。でも、そんな牧歌的な感じではなくなってきたから、やっているということです。経営者としては心中フクザツなんですけど、、、

 最後に、お金って、使うと決めたらドンと遣った方が結局得ですよ。なんかオヤジの一杯飲み屋の講釈みたいで恐縮ですけど。でもね、ほんとにそうですよ。寿司を頼むなら、松か梅。材料費からいけば実は松が一番得。一番損なのは竹。でも日本人は竹を好むから、お店では竹で稼いで採算が合うようになってたりするんですよね。

 以上、ご参考になれば幸いです。尚、8週とか10週とか14週というのも勿論アリです。それは4と17の間から推察してください。
 でも4週だろうが17週だろうが、1日だろうが、行くんだったら絶対モト取ってくださいね。もう、鼻血が出るくらい勉強してください。入学していてサボるというのは、学費が1ドルだったとしても無駄です。お金を生かすのは結局自分自身だということですね。




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