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渡豪前の英語の勉強方法について





英語の準備の重要性


 ぜーんぜん英語が出来なくたって、オーストラリアに来ればそれなりにイイコトはあります。だから「英語が出来ないから、、」といって尻込みしてたら勿体ないです。また、英語が出来ないで四苦八苦するからこそ、コミュニケーション能力という貴重なスキルが養われたりもします。

 しかし、渡豪まで日にちや余力があるならば、出来る限り英語の勉強をしてこられる方がいいです。このHPの至るところで書いてますが、現地において英語が出来る/出来ないというのは、かなり決定的な要因になるからです。収入から、交際範囲から将来の展望まで、雲泥の差といっていいくらい違ってくる、言うならば「英語力による格差社会」みたいなものがあるからです(もっとも英語さえ出来れば良いというものではないのは当然ですが)。

 語学学校に入るにせよ、自分が上級者になればなるほどクラスメートの国籍バランスは良くなります。最上級クラスやケンブリッジコースやってたら、ヨーロピアンの友人の方がずっと多くなるでしょう。学校全体のイベントにも参加しやすいし、交友範囲が広がってくるから楽しいです。また、上級者クラスに来ている仲間は、それなりに気合を入れて勉強してきた連中なので話しごたえもあるでしょう。表現範囲が広くなるから、単に「海がキレイ」「コアラが可愛い」という話題ではなく、「西欧社会においてはまだまだアジア人は差別されているのか」「老後の設計について真剣に考えているのか」など、さまざまな領域で突っ込んだ話し合いや情報交換も出来ます。人間的親交も深まります。同じ授業料払うにしてもリターンが大きいのですね。

 これは学校に留まらず、一事が万事影響します。シェアにせよ、アルバイトにせよ、ボランティア、インターン、習い事、交遊関係にナイトライフ、、、意思疎通が出来れば深いところまで踏み込めますし、果実もデカい。逆にここが全然ダメだったら、コミュニケーションが介在するアクイティビティは全滅ということになります。すると、「大自然の雄大さ」などの言葉のいらない世界か、あるいは黙々とお金さえ払えばいい「お金で買う快楽」=消費的なものにならざるを得ません。しかしオーストラリアは日本ほど消費社会になってないので、お金で買うっていっても知れているのですね。大して欲しいものもないし(オーストラリアに来ると物欲がなくなると言う人は多い)、そもそもそんなにお金持ってないし、、、八方塞がりです。

 もちろん英語が出来なくたって、何とかなります。行くか・行かないかでいえば、たかが英語力ごときで行かないという決断をするべきではない、と僕は思います。一人ぼっちで外人に囲まれて24時間暮し続けるのは、それはそれで大きな体験になるからです。でも、欲には限りがなく、もし準備できる余裕があるなら準備してきた方がいいよということです。

 なお、準備一般でいえば、@人間力>A体力>B英語力>Cお金>D情報の順位がつくでしょう。Aがなかったら厳しいというので分るでしょうが、@は案外見落とされがちです。でも、現地でのアナタの日々の生活は、縁もゆかりもない、言葉すら通じない外国の人達に「よくしてもらう」「優しくされる」ことで成り立ってたりするわけです。オージー優しいですしね。めっちゃくちゃ助けてもらうでしょう。でも、同時にあなたがどれだけ人間的にチャーミングなのかってことがシビアに問われちゃうのですね。人間社会に入っていくんだから、人間に愛されなかったら話が始まらないでしょ。この点は奥が深いのでまた別に書きます。

 人間力、体力の次にくるのが英語力です。そして、@−Bを豊かに持っていればCのお金は自然についてきます。働こうと思えば幾らでも働けるし、それも割のいいところで稼げます。Dの情報ですが、これもほとんど要らないです。だって、@−Bを持ってる人は必要に応じて現場で周囲の人に聞けば済みますから。でも、どうも多くの人は、この@−Dの順位をまるで逆にやってたりするわけで、そこにミスマッチが起きるように思われます。

 さて、@−Dを見回した中で、意識的に頑張って何とかなるもの、それも結構意識的になった方がいいものはBの英語力でしょう。また、その獲得方法について最もアドバイスしがいのあるのが英語力でしょう。体力の付け方とか、(日本での)お金の稼ぎ方なんてのは、僕がアドバイスするまでもなく、皆さんの方がよくご存知でしょう。でも、英語力の付け方、特に渡豪を直前にして日本での準備の仕方については、アドバイスする余地が多いと思います。本稿はその点を重点的に書きます。

 一つ付け足しておきます。英語がいかに大事で、必死に勉強すべきであったとしても、

 「英語が出来るようになってから出発しよう」なんて思わない方がいい ということです。

 そんなこと言ってたら永遠に行けなくなってしまうかもしれません。なぜならば、、、

 第一に、日本で英語を勉強するのは正直言ってかなり効率が悪いです。日本で1年やるくらいだったら現地に1ヶ月いた方が伸びます。環境が全然違いますから。日本で勉強するといっても働きもせず朝から晩まで英語だけに集中できる人はマレでしょうし、それにそんなに暇だったらとっととこっちに来たほうがいいです。多くの人は働いたり、あるいは学生さんで卒論の準備やサークルなどで忙しいはずです。1日で勉強できる時間はかなり限られているでしょう。現地では、他にやることがないから英語ばっかりです。バスに乗っても、外食しても英語で話しかけられますし、道を歩いても広告や看板は全部英語です。周囲が全部英語で、しかもシュミレーションではなく、全部本物。いつ何時英語を喋らなければならないか分からない緊張感。山ごもりの修行に匹敵する環境です。この歴然たる環境差を考えたら、1年かけてゆっくり日本で勉強するヒマがあったら、最初はしんどいかもしれないけどすぐに来てしまったほうがトータルでは遥かに得だといえます。逆に現地にいる僕らからしたら、日本に帰ると急激に英語力が落ちるのですね。落ちないように必死に勉強してもそれでも落ちます。僕も2週間日本に帰省してただけでキッチリ落ちますし、それは自分でも分かります。だから日本で勉強するというのは、激流に逆らって鯉の滝昇りをやってるような効率の悪さだったりします。

 第二に、留学やワーホリの最大の難所は、いかに準備するかではなく、仕事やら恋人やら親やらという日本の「しがらみ引力圏」をいかに離脱するかという点だと思います。僕がこっちに来るときもこれが最大の難所であり、仕事その他の段取りをつけるのに1年半かかりました。これに比べたら現地のしんどさなんか大したことないです。ということは、「行けるときに行け!」です。グズグズしてたら状況が変わってしまうかもしれないし、そういうことはよくあります。僕のところに来られる人でも、出発直前に会社から頼まれたとか、親が入院したとかいって延期になり、そのままズルズルと無かったことになるというケースは頻繁にあります。

 第三に、タイムリミットです。ワーホリなら申請時30歳まで(二回目ワーホリも同じ)、永住権も年齢が若い方が絶対有利です。学生ビザなどは年齢制限はないですが、帰国してからの再就職となるとこれまた年齢の壁があるでしょう。

 第四に、肉体的、精神的な壁もあります。単純に記憶力は日ごと落ちますから、勉強するなら1日でも早いほうがいい。また異国であんな目にあったり、こんな目にあったりというジェットコースター状態も若かったらしなやかに乗り切れます。貧乏旅行もサマになるでしょうし、仲間も多い。これが段々年をとっていくと、そのあたりの動きが鈍くなっていくのですね。特に日本人はその傾向が強い。「もうちょっと若かったら〜」とかそんなことばっかり言っている。

 ということで、ちょっとやそっと日本でやっても効率が悪いのですから、「英語が出来るようになってから」と渡豪期日を先延ばしにするのは、good ideaだとは思いにくいのです。勿論、個人差もあろうし、例外も山ほどあるでしょう。それを承知の上で、敢えてシンプルに言いきりました。

 その上で、渡豪期日が退職の都合などで確定しており、それまでに猶予期間が数ヶ月あるという前提条件がFIX(固定)されていたとして、じゃあ、その期間どうやって英語を勉強すればいいのか?という視点で、以下の勉強方法をお読みください。くれぐれも、これだけやらねば来てはいけないという意味ではないので、お間違えのないよう。

英語準備の勉強法=中学校の教科書を読みかえせ


 日本での英語準備ですが、これは中学校の英語の教科書の復習に尽きるといってもいいです。

 もちろん現在の英語レベルによってアドバイスも変わるのですが、「中学校英語をやれ!」というのは、だいたい8割方の日本人に通用すると思います。つまり、「いやあ、英語はちょっと、、」と語尾が弱くなる人向けですね。逆に、目の前に英字新聞を突き出されて「えーと、なになに、、、」と読もうと思える(実際読める)だけの英語力を持ってる人はこの限りではないです。ただ、そのくらい出来る人は、僕ごときがアドバイスするまでもなく、もう自分の練習方法をお持ちだと思います。

 ここで知っておいて欲しいのは、中学校の英語レベルで日常的にはだいたい事が足りるということであり、英文法がいかに大事か、ということです。

 中学英語を完璧にマスターしていれば、TOEICでも900点はいくといいます。また語学学校でも6段階あるうちの最上級とその次(レベル6、5)にはいきなり入れる筈です。日常的なこともある程度は不自由なく喋れるでしょう。もし、あなたがそうなってなかったら、それは中学英語レベルが未了だということです。

 ただ、誤解されがちなのは、中学英語を知ってるといっても、「知ってる」のと「使いこなせる」のとは天地の差があります。
現在完了+受動態=Have + been + 過去分詞、というフォーミュラ(公式)は知っていても、いざ使って喋ってみろといわれたら使えない。これでは中学英語が「出来る」ことにはなってません。こんなウルトラCみたいな構文、実際の現場で使うのかというと、これが滅茶苦茶よく使います。シェア探しの電話で問い合わせたら、「ごめん、もう決まっちゃったよ」と言われるときも、It's been taken = It has been takenです。これは日本語にすると、「〜(取)られてしまった」「(取)られちゃった」、関西弁なら「(取)られてもーた」ですから、良く使うでしょ。そして、日本人の僕らが「られちゃった」構文をC難度の難しい言い回しだと全然思ってないように、英語スピーカーにとってはなにげない普段の表現に過ぎません。「使いこなす」というのは、このレベルまできて初めて言えることです。

 ぶっちゃけ、多くの人(僕もそう)の場合、中学英語を知ってるといっても、文字通りごくごく基本的な公式を丸覚えしてるだけだったり、あるいは「現在完了!ありましたねー、そーゆーの」という「中学校で英語の授業があったという記憶」であり、内容はさっぱりだったりします。だから中学英語といって馬鹿にするなかれ、です。やるべきことは山ほどあります。

 現地の語学学校に入っても、レベル4以下だったら内容的には中学英語の復習です。文法用語を英語でいうから物珍しいだけで(時制をテンスというとか)、やってる内容そのものは、「今日は現在進行でーす」てな感じなんですよ。だから、ある程度中学英語の基礎が出来てたら、4まですっ飛ばしていきなりレベル5から入れる理屈です。もっとも、後で言いますが、「知ってることを実際に使う」には実戦練習という慣れが必要なのでただちには無理にせよ、数週間から10週くらいで口のフットワーク(変な表現だけど)は軽やかになるから、5に進級できるでしょう。しかし、このド基礎があやふやだった場合、例えば、"can" と "be able to "という表現は知っていても、「どう違うの?どう使い分けるの?」と言われると「う!」と絶句してしまうようでは、修行が足りん!と言われちゃうわけですね。

 また、もっと初歩の5文型とかSVO構文などがダメだった場合、さらに下のクラスに行かされるわけです。SVOというのは、"I go to school"というところを、"I school go"とか言っちゃう場合ですね。ここの語順がメタメタだったら、やっぱりそこからやりなさいってことになります。なお、ここで英語を喋るという行為自体に慣れてないので、パニックになって語順が狂うのと、冷静に考えてもそもそも法則性を知らないのとではレベルが違います。日本人の場合、口頭テストではシドモモドロになるので低い点を付けられ、それをペーパーテストで回復するというのが多くのパターンです。ここで大事なのは、知ってるか知らないかです。知ってるんだけど、不慣れだから喋れないだけならば上のレベルに入れてくれます。慣れればいいだけの話ですからね。でも、そもそも知らないのだったら、イチから覚えないとなりませんから下のレベルになるという。これが、"I go school"と言って"to"という前置詞が抜けたりしてるくらいなら、もうちょいレベルは上。さらに、schoolに冠詞(a, the)が付く場合と付かない場合がある(単に「通学(就学)している」という意味と、ある特定の学校に行くという意味)などになると、レベル4−5になるでしょう。

 語学学校でレベルが一つあがるのには大体10−12週くらいかかりますから、日本で基礎をある程度やってくることは、現地の語学学校ライフを充実させるためには有用です。


スピーキングやリスニングなどオーラルはやらなくても良い

 日本人が一番弱いのは、スピーキングやリスニングなどオーラルと呼ばれる領域です。実戦現場で英語を使ったことがないという経験の未熟さがモロに出てくる領域だからです。ゆえに、日本人のスピーキングに関する渇望感は異様なほどで、その証拠に日本の英語学校は、おしなべて英”会話”学校だったりしますし、英語が出来る人のことを「スラスラ」とはいわず「ペラペラ」と言ったりします。ペラペラ英語を「喋る」こと、それこそが日本人の「英語が出来る」という到達点だったりします。それも無理ない話です。

 だから、皆さんCDなどを買い込んできて一生懸命オーラルの練習をするし、それこそが準備だと思いがちです。確かに弱点補強は戦略としても正しいです。しかし、「これから現地で勉強する」という特殊な条件がかかっている皆さんの場合、話はそう単純ではないです。むしろ優先順位としては劣後するでしょう。幾つか理由を述べます。

 まず、オーラルの練習なら現地にくれば幾らでもできます。24時間×360度、ぜーんぶ英語、英語、英語ですから、(日常の英語環境さえ整えれば)普通に生きているだけで自然と勉強になってます。スピーキングしなかったらゴハンも買えない。しかし、現地に来てしまうと、目の前の生活現実を処理するので燃え尽きてしまって、地味な文法とかやらなくなるんですよ。文法って本当にジミですからね。ある日、「よし、やろう!」と一念発起しても長続きしない。三日坊主の最たる領域です。つまり、現地に来れば否応なくやりまくるオーラルを、何も日本にいる段階でやる必要はないんじゃないか。だったら、現地に来たらやらなくなる地味な基礎練習をやった方が良いのではないかということです。そして、地味な基礎文法は、日本に居ても実行可能ですし、それも押し入れから中学の教科書を取り出してくれば良いというお財布に優しい方法で可能です。

 第二に、スピーキングの練習は車の運転に似ていて、要はどれだか数をこなしたか、どれだけ実戦場数を踏んだかです。同じ表現を練習にするにしても、シュミレーションでやるのと実際の現場で喋るのとでは記憶の深さや学習効率が全然違います。また、日本人の場合、英語を喋る云々よりも「外国人に取り囲まれている状況」ということ自体に不慣れです。日本人の英語の初期段階の問題点は、ビビってるから実力の半分も出せないメンタルの弱さだと思いますし、それを克服するにはやっぱり現場経験しかないです。ということは、日本人同士で英会話やったり、あるいは机に向かってヘッドフォンでやってても、この種の現場経験や度胸はつきませんから、単位時間あたりの学習効率が悪いということです。教習所で1年みっちり練習するくらいなら、1−2週間路上を走った方が早く上手くなるでしょう?

 第三に、ここが最も肝心なところですが、発音はおっそろしく難しい、究極的には不可能といってもいいくらい難易度が高い。この恐ろしさはレベルが上がるにしたがって骨身に染みてきます。だから、かなり本腰をいれて、超真剣に取り組んでください。そのためにはしょっぱなからその厳しさを思い知った方がいいです。
例えば、バスに乗って行き先を告げても全然理解してくれないという経験をするなどです。何回も発音しても通じない。手を替え品を替えは言っても通じない。しまいは「何故だ!なんで通じないんだ!?」と泣きたくなってきます。発音というのは通じないときは本当に通じないですから。なぜか?基礎が間違ってるからです。他の箇所でも書きましたが、在住3年目にして"boy"が通じないときは落ち込みましたね。「お」の母音が違うのですよ。日本語の「お」ではなく喉の奥で発音する「お(あ)」。指三本タテに揃えて口に中にはいる位大きく口を開けます。そうすると喉の奥の声帯がひらきます。その開いた声帯で出してやる音です。舐めていた飴玉を間違って飲み込むときの音です。これをしてやらないと「ボウイ」に聞こえてくれない。母音の厳しさを思い知らされたわけですね。こういう経験は定期的にあります。

 日本語の発音は口を1センチあければ全部OKなのですが、英語は3センチ以上あけないとダメな音、また舌の使い方、声帯の使い方などが日本語よりもはるかにダイナミックです。そのためには舌筋、頬の筋肉、声帯周りの筋肉をかなり筋トレしてやらないとダメです。さらに腹式呼吸で発声しないと英語の音になりません。だから、英語の発音がある程度出来るようになるには、ゴルフのシングルとまではいいませんが、そこそこコースを回れるくらいの練習量が必要です。何となくカタカナ英語でやってたら永遠に無理です。何万回という反復練習をこなしてください。

 しかし、その厳しさは、日本人同士だったり個人練習でやってたら分らないのですね。骨身に染みない。だからいい加減な発音フォームが身につく。先にいい加減なフォームが身につくくらい厄介なものはないです。正しくやろうと思ったら、一旦身につけたフォームを壊さないとなりませんから、それに時間がかかります。そんなくらいだったら何も知らない方がずっとマシです。つまり、いい加減なオーラル練習を日本でしてくる位なら、してこない方がマシだってことです。

 第四に、第三と微妙に重複しますが、現地で練習する場合、ほぼ周囲の全員が先生です。そして、周囲の人々の発音は100%本物です。この環境がいいのですよ。発音の練習といっても、自分では合ってるのか間違ってるのか分らないのです。言ったそばから「ダメ!」とダメ出しをしてくれないと、自分の発音の軌道修正が出来ない。オーラルというのは「音」を扱うわけで、いわば音楽の練習です。何よりも音感を良くすることが大事。目の前に正しい音程と音色の見本があり、自分でもやってみてダメ出しをされるということが必要です。実際に本物の音に接し、自分でも音出しすることが大事。楽譜だけ読んでたって上手くならないです。

 第五に、本当の現場のネィティブの英語というのは、英会話の教材のようにキレイに喋ってくれません。かなりいい加減に喋るし、個人差も激しいです。何を言ってるのかさっぱり分らないし、そもそも英語なのかどうかすらわからない場合もあります。ビジネス交渉や、学校の報告くらいだったら、まだしも綺麗な文法と、綺麗な分りやすい発音でやるから比較的楽です。しかし、皆さんの現場であるストリート上では、そんな洗練された言い方、洗練された発音で喋りません。

 どんな言語でもネィティブというのは、それが日常的によく使われる言葉であればあるほどちゃんと発音しないという傾向があります。例えば、日本語の「ありがとうございます」でも、あなたはNHKのアナウンサーにように一音一音ハッキリ明瞭に発音してないでしょう?「あざーす」とか言ってるでしょ?英語だって同じ事です。さらにシドニーなどの国際都市では、これに各言語の訛りというツイストがかかります。ユーゴスラビア訛りの英語、レバノン訛り、中国訛り、インド訛り、無限のバリエーションがあります。しかし、それこそが英語という国際言語の実体であり、どんな訛りでもついていけないと実戦では通用しない。

 要するに、日本で勉強してくるオーラルは、文字でいえば活字や楷書みたいなものですが、実際には草書というか、それ以前の手書きの文字です。勿論悪筆も人も沢山いる。なんて書いてあるのかネィティブでも読めない(ちなみにネィティブの英文の手書きは読みにくいですよ)。だから、日本で一生懸命オーラルをやってきても、いざ現場のストリートでは全く通用しないでガビーンと来たりするわけです。もちろんやったらやったなりの学習効果はあるから無駄ではないのですが、なまじ頑張ってやってきているだけに、「ガーン!あんなにやったのに、、」というショックが強い。どうせ実戦ですぐに役に立たないのなら、間違いの少ない地味な基礎文法をやっておいた方がいいよということです。精神安定剤的にも。

 第六に(まだあるのだ)、日本で勉強する場合、記憶効率が悪いという点です。
 よく「とっさの一言」とか実戦的な会話例を勉強すると思うのですが、あれもクセモノです。僕も来る前に山ほど買い込んできましたが、今読むといい本なんですよね、どれもこれも。でも、自分が無能だった頃に読んでても結局あんまり役に立たなかった記憶があります。

 何故かというと、まず紙で読んでいても、実際問題そんなに覚えきれないからです。覚えたとしても、それこそ「とっさに」出てこない。今、僕がとっさに出てきている英語というのは、紙で覚えたものではなく、ひとつひとつ現場で恥を掻いて「なるほど、そう言うのか」で覚えたものです。だから、あの種の本を使いこなせるには、10の文例が載ってたらそのうち8個くらいはもう自分でも知っていて、「あ、これは俺もよく使う」ってなくらいになって、2つの未知の用法を見て、「ふーん、こんな言い方もあるのか」で覚えるような場合でしょう。全部初対面だったら到底覚えきれないと思います。

 また英語というのはエリアによって随分違うもので、「これはアメリカでは言うかもしれないけど、オーストラリアでは言わないなあ」というのがあります。そもそも、「本当にこんな言い方してるのかな?」と疑問なものもあります。さらに、あまりにもくだけすぎていて、人が喋るのを聞く分にはいいけど、自分から使ったら違和感があるだろうなって言い方もあります。つまり、ベタ覚えてしても効率悪いし、ある程度自分で選別できるようになってた方がいいと思いますね。さもないと効率が悪いので。

 まだまだ幾らでもあるのですが、とりあえずは以上の理由で、あんまりオーラル中心に準備しない方がいいじゃないかな?と思います。


なぜ文法が役に立つのか

 「文法なんかやっても喋れるようにならない」とよく言います。僕も最初はそう思ってました。これが、WRONG!なんですよ。大間違い。

 もちろん最初は、ブツ切りにして単語を並べるようにして喋ってていです。それしか出来ないなら better than nothing ですよ。しかし、滞在何ヶ月かしてもまだそのレベルだったら、やはりちょっと情けないぞ。それに、ブツ切り単語並べ英語では、表現の限界があります。ちょっと複雑なことになるともうお手上げになってしまう。

 具体例を挙げます。日本語で言った方が分りやすいから、日本語を例に取りますが、例えば「行く」という動詞(用言)があります。これが文法的に変化して色々な付加的な意味をつけて表現になっていくわけです。

 まず基本的な語尾変化として、五段活用などがあるわけです。未然・連用・終止・連体・仮定・命令ですね。行かない・行きます・行く・行くとき・行けば・行けです。日本語は超ややこしくて、同じ動詞でも、やれこれは五段活用、これは上一段、これはサ行変格などバリエーションが多々あります。これに上記の5−6の変化が加わるという。日本語喋ってる外人さんはエライんです。日本語の動詞ひとつひとつをこれは五段でこれは下一段でとベタ覚えし、さらに否定活用する場合には、語幹は未然や仮定形になるから、「行ない」「行ない」だなと頭の中で組み立てているわけです。ネィティブである僕らは、こんなこと考えてたら到底日本語なんか喋れません。だから外国語って難しいんですよね。

 基礎文法がダメだというのは、まずここがダメなんですね。「行かない」と言うべきところを、「行くない」とか言ってるわけです。「行けばいいじゃん」というのを「行くばいいじゃん」と言ってるようなものです。これが僕らの英語。ネィティブにはそう聞こえているわけです。最初は愛嬌でいいけど、いつまでたってもそのレベルだったら阿呆かって感じになるでしょ。

 5文型がダメとか、前置詞が狂ってたりすると、日本語の「てにをは」がダメなのと同じです。「私は学校の皆と海に行った」と言いたいのを、「私に皆の学校へ海を行け」とか言ってるようなものなのですね。「はあ?」と言われちゃうでしょ。

   さらに、行く=GOと覚えておけば一件落着なんてもんじゃないです。「行く」にしたって無限の表現のバリエーションがあります。
 「行く」は"go"、「行った」という過去形になったら"went"、このくらいは分りますよね?じゃあ、以下の「行く」のバリエーションを全部英語に直してください。

 ・行くだろう
 ・行っただろう
 ・行くつもり
 ・行くつもりだったのに
 ・行こうと思えば行けたんだけど
 ・行けば良かった
 ・行くとしたら
 ・行けば行くほど
 ・行ってきたら?
 ・行かない方がマシ
 ・行くべきだった
 ・行かなきゃわからないよ
 ・行ったら最後
  ・・・・

 いかがですか?全部英語にできますか?
 別に難しいこと言ってるわけではなくて、日本語ではよく使う表現でしょう。英語としては、単語的には”go"だけで、あとは全部文法技術やイディオム表現です。should haveとかwouldが入るとか。逆にいえば、文法ゼロの単語ブツ切りだけだったら、これらの意味の違いを表現できないわけです。ここらへんが自在に言えなかったら、実際に会話しててもかなり制限されちゃうから厳しいですよ。

 文法が出来るというのは、一つのボキャブラリ、一つの単語を、何倍にも増幅し、何十ものバリエーションで使いこなす技術であり、一般法則です。だからやっておいて損はないし、「文法やってても喋れるようになれない」「会話上達には文法は不要」という命題は嘘だということです。上の例を見てもわかるように、これらの多彩な変化を会得したら、あとは「行く」というパーツを「食べる」「書く」に置き換えればいいだけのことです。文法が分るというのは、基本のメカニズムが分ると言うことだから、ベタ覚えしなくても、いくらでもパーツ交換やカスタマイズで応用範囲を広げていけるというメリットがあります。このメリットは強力ですよ。


 但し、文法”だけ”やってても喋れるようにはなりませんよ。誤解しないように。
 実際に喋れるようになるためには、上に述べたように発音も大事だし、現場の場数も必要です。もちろん適切な単語を選び抜くためのボキャブラリも大事です。全てが揃って、最終的には「喋れる」という現象が生じるわけで、何か一つだけやっておけば良いなんて甘い世界じゃないっす。


中学の教科書でどう勉強するのか


 大事なのは「中学英語の復習」ということで、必ずしも中学校の英語の教科書現物が無ければならないわけではありません。もう捨ててしまった人もいるでしょうし、教科書は馴染めないという人もいるでしょう。別に参考書でも、ドリルでもなんでもいいです。ネット上でも中学英語の内容を親切に説明してくれているサイトもあります(例えば、中学校英語学習サイトなど)。

 勉強方法は個々人の好みですが、老婆心ながらいくつかポイントをあげておきます。

 @.あまり分厚い本は避ける。分厚い本の方が沢山例文や解説があったりして分りやすいのですが、途中で挫折するリスクも高いです。このリスクを避けるためには、薄い本がいいです。「え、これだけ?」と不安になるくらいの、どうかしたら1時間で読めてしまうくらいの薄い本がいいです。「高校入試直前対策一週間」みたいな100ページもないような本でいいです。これだけ薄かったら、持ち運びも楽ですし、やろうという気になりやすい。

 教科書がいいのは、既に持ってるからお金がかからないこと、とにもかくにも過去に1年つきあってる筈なので記憶喚起がしやすいこと。また、単なる要点の解説だけではなく、英文会話例とか長文が載ってるので飽きないし、英語の頭になりやすいことです。短所としては、解説が少ないこと(先生が解説するのを前提にしているので)ことでしょう。あとは適宜補えばいいと思います。


 A.あんまり律儀にキチキチやらないこと。順番なんかどうでも良く、どこから始めても良いです。暴論かも知れないけど、言語文法というのは、数学と違って、冠詞を知らなければ比較級が理解できない等という論理関係に立ちません。馬鹿正直に1頁目から潰していかねばならない義理はないです。

 なぜこの点を言うかというと、文法書の最初の方って、名詞の種類(不可算名詞とか)、冠詞、Be動詞、単数複数といった単調な一般原則がくるのですね。これらの総則類というのは、やってて面白くない割には奥が深くて難しいのです。冠詞や名詞の単数複数の使い分けは、僕も未だに謎ですもん。それに加えて例外がやたら多い!Theがつく名詞とつかない名詞とか、ひとつづつベタ覚えするしかなく、あまりの例外の膨大さに気分が萎えます。そして、実戦ですぐに役に立つかというか、意外と役に立たない。実際に喋るときに、イチイチどの名詞にtheをつけるかとか、これは不可算名詞だから単数形だなんて気が廻らないです(殆ど冠詞抜きで喋ってるのが実情でしょう)。それに現場で喋るときは、そのあたりを間違っても傷は浅いですし、どっちにせよ不明瞭な発音で喋っているから正解を喋ろうが間違えようがネィティブには同じに聞こえてたりして、効果に差がないケースも多い。

 ということで、最初から律儀にやるのは、詰まらない割には難しく、しかも例外などベタ暗記事項が多いという学習難易度が高いところから始めるという挫折しがちなルートだったりします。そのくせ出来たからといっても、実戦有効性が薄いという哀しいエリアです。これら総則は、英作文をするときには頭を悩さねばならず、非常に重要な領域なのですが、どちらかといえば意味内容の骨格を作るのではなく、「細かなところまで仕事が丁寧」という外装やインテリア部分ですので、ある程度出来るようになってから詰めにやればいい部分でもあります。


 B.深くやるよりも広く浅くやるべし=受験ではないので完璧主義に陥らないように
 本の半分を100%の完璧さで学習するくらいだったら、全体を50%の浅さでやった方がいいです。とにかく総合的に全体の記憶喚起を図るのが大事です。「あー、そういえば、そーゆーのがあったね」という記憶喚起。喚起すべき記憶もない人は、「ふーん、そーゆーのがあるのだ」という概略理解。これが大切です。

 受験などでは最終的に出てくる結論が正解かどうかが大事ですので、99%の理解では0点と同じというテクニカルな要素があります。しかし、ここでは外国のストリートで「とにかく何か言え!」ってスチュエーションでの話ですから、「いかにして沈黙を回避するか」に力点が置かれます。「なんか言う」ためのネタを拾ってくるって感じでいいです。

 今の時点で完璧に理解できなくてもいいです。比較級なら比較級、受動態なら受動態で、「そーゆーものがある」というのを思い出したり、知っておくだけでもかなり違います。実際、結構忘れていますよー。最初パラパラと目次を見ても、「あれ、不定詞って何だっけ?」てなものでしょう。

 既にある程度覚えている人は、さらに細かなところまで立ち入って復習してみてください。細かなところに入ると、結構忘れていることや、新鮮な発見があったりします。



補足その1 : 即戦力になる実戦会話はどうすればいいのか


 なお、こういった基礎の大事さはわかるにしても、いきなり現場で即効性のある準備は出来ないものか?という希望もあるでしょう。お気持ちは、よく分ります。いくつかのコツはありますし、実際のシェア探しのお手伝いなどでは、その場で伝授していますが、ここでも多少書いておきます。

 @.言わなくても状況で分るようなことは言わないくても良いし、むしろ言わない方が自然。
 A."I would like to〜"のような「手続き」みたいな部分はどうでもよく、キーワードをゆっくり大きく発音する。
 B.Thank you、Plase、Sorry、Excuse meという日常会話の四天王みたいな簡単なフレーズを馬鹿にせず、キチンと大声で言う。それだけで人間関係は格段にスムーズになるし、場の雰囲気もフレンドリーになる。難しいフレーズを流麗に言うよりも、簡単なフレーズをキチンと言うこと。
 C.語尾を小さくしない
 D.分らないことは、ちゃんと分らないという顔をして、その旨言うべし。分ったふりして頷いてるとドツボにはまる。
 E.重要な事項は、相手の言葉にYES/NOを言うよりも、こちらから再度言って相手にYES/NOを言わす。その方が間違いが少ない.
 F.現地のシステムをよく知っておく(→海外生活体験マニュアルの買物、食事、交通機関などを参照)。
 などなど。
 なお、超ド基礎の英語フレーズは、同じくマニュアルの知っておくと便利な「超」初歩的フレーズ を参照してください。

 あれこれ知識を増やすことよりも、今ある中学英語の基礎を「使いこなす」という活用面に留意されたらいいと思います。
 「活用」というのは、会話文例集という正解をみて覚えるのではなく、その場で即興で英語を喋る練習です。「言われたら知ってるけど、自分からはとっさに出てこない」ということが殆どだと思われますので、その反応速度を短縮していくことです。

 具体的な練習方法としては、幾らでもありますが、日常的な日本語の会話を片端から英語に直していくのいいですね。「今、帰ったばっかり」「もうしばらくしたら行かなきゃいけないんだ」「昨日もカレー食べたしなあ」とか、何でもいいんですけど、それらを英語で言ってみる練習。例えば、マンガや小説を読んで、日常的によく使うようなフレーズが出てきたらそれを英語に直してみる。

 この場合、正解にたどり着けなくていいです。「とにかく何か言う」という練習。100%は無理でも、せめて50%、30%を言おうとしてください。現場では、足りない部分は相手から補足的に聞いてくれるから、全部喋らなくてもいいんですよ。「もうしばらくしたら行かなきゃいけない」でも、「もうしばらくしたら」という表現なんか分らなくていいから、最初はとにかく、I go.でもいいです。そのうち、I have to go.と進化させると。「もうしばらくしたら」の部分は現場でどうなるかというと、「今すぐなの?Right now?」って向こうから聞いてくれるから、"いや、でもすぐに。20分後くらいかな No, but soon, 20 minutes later"という感じで、なんとかかんとか意思疎通が出来ていくという感じなんですね。この場合、「もうしばらくしたら」というところでウンウン唸って結局沈黙してしまうのが一番イケナイ。とにかく切り出す、とにかく何か言うって練習をされると、現場で役に立ちますよ。

 とりあえず滅茶苦茶なんだけど何か言えるようになったら、今度をそれを磨いて洗練させればいいのですから。最初の壁は、絶句、沈黙です。絶句しない、沈黙しない、とにかく何か言う、ドンピシャは無理でもニアピン賞を狙う、それも無理なら前に打つ、それも無理ならとにかく打つとレベルを下げていっても何らかのアクションにつなげていくこと。これが知識の活用です。

補足その2 : じゃあ、高校英語は?


 もちろん、余力があったら高校英語もやればいいです。
 ただ中学英語が骨太な原理原則なのに比べ、高校英語は表現のバリエーションを増やしたり、洗練させたり、例外を集めたり、、といった傾向が強く、中学英語をポリッシュして(磨いて)いく感じですよね。実際によく使う表現も多いし、このあたりがわかってないとリスニングも厳しい部分があったりするのですが、いかんせん「こういうのもあるよ」という「小技」系が多い。本を読んでだーっと勉強するというよりは、実際に生活していく現場で一つ一つ潰していった方が分りやすい気もします。まあ、仮定法はやっておいた方がいいとは思いますが。

 ただ中学英語はほぼ出来て、基本的なことなら大体喋れるというレベルまで来たら、高校の教科書を読み直すのもいいでしょう。ここから先は「技を増やす」というバエリエーションがポイントなので、変幻自在なあらゆる英語表現にぶち当たって場数を増やしてください。英字新聞はいい教材なのですが、歯が立たなかったら教科書の長文読解なども良いでしょう。