渡航先としてオーストラリアを選んだのは、「マルチカルチャリズム(複合文化主義)」にひかれたから。以前はオーストラリアといえばコアラとカンガルーの国という認識しかなかったのですが、実は世界各国からの移民が共存するという理想的なコンセプトに挑戦しているという事実を知って、日本以外の文化や物の考え方を吸収するには最適な環境ではないかと思い、オーストラリアに決めました。
又、英語ポイントについては、IELTSテストを改めて受験せねばなりませんでした。リーディング、ライティング、リスニング、スピーキングの各科目で6.0以上を取得したら最高ポイント(20点)をもらえるというわけです。これが努力次第でどうにかなる唯一の審査ポイントですから、がんばるしかない。通っていたシドニー大学の先生に直接交渉して、放課後にエッセイの添削など個人指導していただきました。10月初旬、UTS(シドニー工科大学)で試験に挑み、スピーキングを除いた3科目で6.0、なぜか一番苦手だと思い込んでいたスピーキングは7.0。無事、最高点を得点することができました。
あとは職業(キャリア)ポイントですが、私のような平社員に一体何点くれるのだろう?と非常に不安でした。自分が実際携わっていた仕事内容をすべてリストアップして弁護士さんに送ると、後日、「あなたの仕事内容だと、70点(=事実上の最高得点)とれそう」という連絡を受けました。勿論、嬉しいことは嬉しかったのですが、それでも半信半疑でした。
弁護士さんの説明によれば、職業(キャリア)ポイントというのは、いわゆる「社会的地位の高い職業」が必ずしも高得点になるわけではなく、オーストラリア国内の需要が高い職業のポイントが高くなっているのだそうで、それも時期によって異なるから個別に調べてみないとわからないのだそうです。また、 肩書きは全く関係なくて、 実際自分がやっていた仕事の内容でどの職業分類にあたるかを判断されるのだそうです。移民局が発行する職業リストには、その職業に適用する仕事内容まで細かく掲載されているので、自分の仕事内容と一致する職業を探していくわけです。
このリストには「プロダクト・マネージャー」という職種は存在しなかったので、仕事内容が最も近い「Public Relations Officer(広報部長)」としてみなされるだろう、ということなのです。「私がやっていた仕事は広報部長並みの仕事だった」とも言えるわけですが、そうは言っても「私なんかに広報部長の資格、あるんだろうか?」と不安になります。
そんなわけで、不安ながらもとにかく申請してみることにしました。ビザ申請代理業者には4000ドル支払いましたが、万一却下されたら半額返還されるとのこと。申請に際して行った手続きは、健康診断(HIV検査含む)、IELTSテスト受験結果、警察からの無犯罪証明、戸籍謄本、大学卒業証明、過去に勤めた会社からのリファレンス等の提出です。
オーストラリア大使館から連絡が来たのは、1995年3月中旬。申請から6ヵ月弱でビザが発給されたことになります。ビザ発給前に大使館での面接とかあるのだろうと思っていたのですが、何事もなく「パスポート持って取りに来い」と、ただそれだけ。神戸から東京に戻った折、オーストラリア大使館に出向きました。窓口でパスポートを手渡すと、10分ほどで手続き終了。見れば「学生ビザ」と同じような紙切れがパスポートに挟んでありました。
これからオーストラリアの永住ビザ申請をお考えの方にアドバイスするとしたら、