ワーホリ・留学の実戦原理(01)

ワーホリ・留学の実戦原理



01 . はじめに 〜意外に現場で役に立つ”精神論”


ワーホリの部屋語学学校研究で、オーストラリアに留学・ワーホリする場合の情報的なものは十分かなと思っていたのですが、なんかすごく肝心な事が抜けているんじゃないか、って気が最近してきました。

 英語の勉強の仕方や、シェア探しの方法論、仕事の探し方などなど、それはそれでいいんですけど、なんというか、所詮ハウツー系でしかなく、ハウツーで得られるものなんかタカがしれているんですよね。自分でも書いてて、だんだん「だー、しゃらくせえ!」って気がしたりもします。そんなチマチマした情報よりももっと大事なことがあるだろうと。

 それはなにかというと、例えば「何のために行くの?」「どうなりたいの」「行くと何かイイコトあるの?」「どうやってサバイブするの?」という、もの凄いベーシックな部分です。細かなテクニックではなく、「なんのために生きていの?」みたいな大原理みたいな部分です。それが抜けてたなと。

 ただし、こういうことって精神論っちゃ精神論だし、説教好きなオヤジが好んで言いそうなことだし、自分でも「そーゆーこと言うのは避けよう」と思ってたキライがあります。細かなノウハウや知識が要らないから、誰でも思いつきでも書けるし。でも、何と思われようとも大事なことはやっぱり大事なことなんだし、"皆に嫌われたくないから書かない”というのもセコいし、これまで散々実戦的な細かなテクニックを書いていたらもう解禁してもいいだろうってこともあります。そして何より一番の理由は、細かな情報よりも現場で役に立つからです。

 ハウツー系やテクニック系の情報というのは、ハマればドンピシャで威力を発揮するのですけど、ちょっとでも現状が動いたらもうダメって大きな欠点があります。つまり射程距離が短い。例えば、どっかの機関の住所(アメックスTCの交換場所とか)なんか、こちらはやたら引越をするので1か月前の情報ですらアテに出来ないところがある。ビザの取り方を申請書の空欄の埋め方できめ細かく教えたところで、申請書の書式が変わってしまったらパーです(また、結構ちょこちょこ変わるんだ、これが)。要するに応用がきかないという致命的な欠陥があるのですね。例えば英会話の文例。典型的な文例を幾つかピックアップして覚えたにせよ、実際の現場の千変万化します。何処に行っても似たようなことしかやらない観光旅行だったらまだしも、住むとなったらスチュエーションなんか無限に変化します。「すみませーん、この洗濯機、すすぎで止って脱水までいかないんですけど?」とかね。”すすぎ”って英語でなんていうのか知ってますか?(答はこっちに来て洗濯機のコントロールパネルを見よう)。こんな調子で全てを事前に用意するのは不可能でしょ?

英語は気合だっ!

 一方、「英語は気合だ!」という言葉があります。もう、バリバリ精神論なんですが、現場で"役に立つ”のはこういう精神論なんですよね。いや、ほんとに、英語は気合ですよ、気合。まあ、英語に限らず何だってそうだって気もしますが。実際、気合で喋ったら結構通じるし。

 これを原理的に説明しろって言われたら出来ますよ。第一に発音。ことある事にねっちり説明してますが、日本人の発音の最大のネックは”声が小さい”。もっと正確にいえば”音圧”が低い。腹式呼吸で発声しないから、英語独特の発音が出来ていない。だからネィティブからすれば、全てのフレーズの角が丸まって聞こえて、ムニュムニャした音に聞こえる。"th"の発音だって、「歯に舌をちょっと挟むような気持ちで”す”と言う」ような、なんちゃって th だから通じない。あれ擦過音・摩擦音ですから、「こする音」がしなきゃいけない。しかし、ナミの声量・声圧だったらそんなの出ません。だから、腹式呼吸で声量豊かに発音するわけですが、理屈はそうでも実際にどうやるかは分からない。僕は、シェア探し講座の最初の発音矯正のときに、「居酒屋でビールの追加注文をするときの声量」と言ってますが、目の前で手本を示して、何度もダメ出しをして覚えてもらいます。だけど、いざ、実際の現場で2メートル近い怪物のような外人に取り囲まれながら、そんなこと考えているヒマがあるかというと、無いでしょう。じゃあ、どうするの?というと、「英語は気合だ!」って思ってた方が遙かにいい発音が出来たりします。

 第二にコミュニケーション能力が付く。日本人の英語の欠点の第二は、「英語を喋ろうとする余りコミュニケーションをしていない」という点です。とにかく間違いのない英語を喋れろうと思うがあまり、今自分はコミュニケーションをしているんだって意識が無くなってしまうのですよ。でも、人間の会話というのは、顔の表情や全身の仕草やオーラで大体何となく言わんとするところは分かる。”英語を上手に喋ろう”という意識は、人間同士のピュアなコミュニケーションからしたらむしろ”邪念”であって、オーラを殺してしまう。そういう意味でも”気合”といのは、貧弱になりがちな人間的オーラ&コミュニケーションを賦活させる意味がある。

 第三に、オーストラリアの人と社会に関して言えば、結構皆さん融通をきかせるのに慣れているから、通常だったらダメだけど、特別になんか事情があったり、可哀想だったり、思わず応援したくなったりすると、OKにしてくれるケースが多いです。まあ、人間大抵そうですけど、こちらの方がより人間的だということですね。だから、気合で喋ってた方が、相手に熱意が伝わり、物事はうまい方向に進みやすいです。

要するに能面のような表情&低体温でボソボソ喋ってたって、「お前、本当にそうしたいと思ってるの?」と伝わらない、何言ってるのかわからんけどなんか一生懸命喋ってるから聞いてあげようって風にもならないってことです。これ、現場においては生死を分かつくらいの差になることがあります。結果が正反対になるかもしれないだから。

 しかし、こんな腹式呼吸がどうのとか理屈や説明をあれこれ並べて理解しなくても、「英語は気合だ、気合!」って思ってた方が早いんですよね。精神論の方が実は現場で役に立つ、というのは、そーゆー意味です。



 ということで、精神論であることを恐れず、説教臭くなることをも恐れず、すごくベーシックなこと、モノの考え方や心構えに焦点を据えて幾つか書いてみたいと思います。

 これまでだって、決して小手先のテクニックを書いてきたつもりないし、ちゃんと応用が利くようにベーシックな考え方まで掘り下げて書いてきたつもりです。ただ、「○○する場合」「○○の選び方」とトピック別にしていたので、どうしても抽象的で、力まかせなテーマをメインに据えてはいませんでした。それをここでやります。

 もちろんエラソーに説教垂れてそれで終わりにするつもりはないので、上の「英語は気合」の例のように、なんでそうなのか?部分は執拗に書きます。理屈っぽいのは性格ですので。だから、タイトルだけ見て「おー、そうかー!」ってわかる人、血中酸性度が上がる人は、グタグタ書いてる解説部分を読まなくてもいいです。グダグダ書いているのは、この世で最も疑り深い人を論破するくらいの勢いでやってますから。ホームページもまた、気合なんです。

 第二に、「本当に役に立つ」というプラクティカルな視点は絶対に外したくないです。でなきゃここで書く意味がない。役に立つという視点を外して、単に考えていると面白いようなことは今週のエッセイで書いてます。ただし、本当に役に立てば立つほど、また役に立つ範囲が広ければ広いほど、抽象的な精神論になっちゃうんですよね。究極的には「苦あれば楽あり」「急がば回れ」みたいな、日めくりカレンダーの標語みたいになってしまう。まあ、本当はあれだけで十分なんですけど、あまりに真実というのは人生50年くらい失敗し続けてみないと「そうか、そうだったのか」と本当の意味がわからん。そのあたりのバランスが難しいところです。が、まあ、能書きはこのくらいにして本論にいきます。

ワーホリ・留学の実戦原理

01:はじめに 意外と役に立つ精神論 英語は気合だっ! 
02:修行のススメ 〜ひどい目にあおう! 
03:「失敗」の美味しすぎる効用 
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